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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第3章 ゴブリン編

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第48話 プムスワンの暮らし

 クリスタル洞窟を進む。

 やがてゴブリンの村、プムスワンの入り口が姿を現した。

 両脇には巨大な獣の頭骨を思わせる、白い柱が並んでいた。

 その間を縫うように道が続いている。


(でかい骨……)


 これ、飾りってことか?

 骨を飾る文化……?


 俺は思わず、ごくりと喉を鳴らした。


 案内役のラクンは誇らしげに胸を張る。

 俺たちを導くように歩いていく。


 入口に足を踏み入れた途端。

 暖かな空気と湿った土の匂いが身体を包んだ。


 目を凝らすと、壁や天井には青白く光る苔がびっしりと張りついていた。

 揺らめく光が幻想的に洞窟内を照らす。


(……声がする)


 進むにつれて耳にざわめきが届く。

 石を打ち合わせるような甲高い音。

 子どもたちのはしゃぐ声。

 低く合唱するような歌声。


「……意外ね。もっとジメジメした場所かと思ったけど」


 隣を歩くユラが、天井を見上げながら呟く。

 その頭の上の耳が、ぴくぴくと周囲の音を拾っていた。


「ほんとに"村"なんだな」


 山に繋がる洞窟。

 その洞窟に住むなんて……。

 全然イメージになかった。


 けれど、そこには確かな生活があった。


 やがて広場のような場所に出る。

 天井の裂け目からわずかに自然光が差していた。


 壁面には棚のように削られた住居が並んでいた。

 縄ばしごを使って行き来するゴブリンの姿もある。


 広場の中央には、大きな骨で組まれた門。

 その前に屈強なゴブリン戦士たちが立ちはだかっていた。


(大きなゴブリンもいるんだな)


「ラクン、戻ったか」

「客人、連れてきた」


 先頭にいた戦士が、俺たちをじろりと頭から足元まで見下ろす。

 背後の兵たちが槍を構える。

 空気がぴりりと張り詰めた。


 ユラがすっと身を低くし、喉の奥で小さく唸る。

 トラベルも不安げに鳴き声をあげた。


(なんか……めちゃくちゃ警戒されてないか!?)


 思わず息を呑んだその時。

 ラクンが声を上げる。


「こやつ、ケルという」

「ケル?」

「獣人、ユラ」

「ユラ!」

「あと、馬だ」

「ウマ!!」


 戦士の1人が首をひねり、隣の戦士と短い言葉を交わす。


「変わった名だ」

「悪くない名だ」


 ざわざわと「ケル」「ユラ」「ウマ」という呼び名が広場に広がっていく。


(一気に個人情報が拡散されていく……)


 今が一体どういう状況なのか全く理解が追いつかない。


 隣を見ると、ユラも困惑していた。

 口を開きかけた俺の背中を、ラクンが叩いた。


「名を、知らせるは、歓迎の、しるしだ」

「……そうなんだ」


(歓迎……されてるのか? これ)


「馬はここまでだ」


 戦士がトラベルを止める。

 ユラが俺の前に半歩出て、庇うように戦士を睨んだ。


「その馬をどうする気?」

「心配ない。客人のもの、傷つけない」


 ラクンが割って入り、なだめるように言う。


「……わかった。トラベル、いい子で待ってろ」


 俺は馬の首筋を撫でて、名残惜しげに手綱を戦士へ渡した。

 ユラも少し不満そうだったけど、俺が頷くと警戒を解いた。

 間もなく、族長のもとへ案内される。


◇ ◇ ◇


 広場の奥。

 骨と石で組まれた椅子に腰掛けていたのは、白髪混じりの大きなゴブリンだった。

 深いシワに覆われた顔は威厳を纏っていた。

 その両目は鋭く光っている。


「ラクン、この者たちが客人か」

「我の歌を、聞いた」


 族長の視線が俺を射抜く。

 その威圧感に、一瞬、胸の奥が締め付けられるような緊張を覚えた。


「人間よ。お前はなぜ、我らの洞窟へ足を踏み入れた? 道に迷ったか?」


(族長……すごく流暢に話すんだな)


 隣のユラが緊張で強張っているのが気配でわかる。

 俺は彼女を安心させるように、一歩前に出た。


「道に迷ったわけではありません。ただ……あなた方のことを知りたいと思ったんです」

「知る? それは、我らを知り、やがて害するためか?」

「いいえ。俺がラクンの歌を聞いたように。今、こうしてあなたの声を聞いているように……ただ知りたいと、思ったんです」


 気づけば口から素直な言葉が出ていた。


(ラクンの歌を聴いて……)


 この村をもっと見たいって、心から思ったんだ。


 短い沈黙の後、族長が重々しく口を開く。


「ケルよ」

「……は、はい」

「よくぞ来た。我らの地に人が訪れるのは久しい。外から来る者は歌を乱す。だが、時にそれが新しい節になることもある」


 族長の低い声が部屋に響く。

 兵たちが槍を引いた。


 張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

 ユラがほっと息を吐くのが聞こえた。


(なんか知らんけど……助かった)


 ラクンが一緒じゃなきゃ、どうなってたんだ?

 勝手に入ってたら大変なことになってのかも。


◇ ◇ ◇


 夕食の時間。

 洞窟の中央にある焚き火の周りに、ゴブリンたちが集まってきた。

 俺たちもその一員として輪に加わる。


 骨の皿に盛られた料理が回ってきた。

 土器の鍋からは、キノコと根菜を泥のようなモノで煮込んだ料理が湯気を立てている。


(……どうみても泥なんだよな)


 でも食べないと悪いよな。


 隣のユラに目をやる。

 彼女は鼻をヒクつかせ、露骨に顔をしかめて首を横に振っていた。


「……無理」

「ええ……」


(俺がやるしかない!)


 勇気を出して口へ運ぶ。

 ドロリとした謎の液体が舌の上を流れる。


「ん……?」


(あれ……意外にイケる!?)


「どう?」


 ユラが恐る恐る聞いてくる。


「見た目はアレだけど、根菜のスープみたいで悪くないよ。土の香りというか」

「土の香りって……それ泥じゃない?」


 次に手に取ったのは、黒い粉が練り込まれたパンだ。

 ラクンが「コオロギ粉だ」と嬉しそうに教えてくれた。


 香ばしい匂いが食欲をそそる。

 食べると少し独特の風味が残った。


(ゴマかと思ったらコオロギだった……)


 洞窟でもらったのこれだよな。

 一度食べてしまえば、もう大丈夫だ。

 そう悪くない。


「タケル、あなた本当になんでも食べるのね……」


 ユラが若干引いていた。

 その時、ラクンが、ぷるぷるとした緑色の物体を指差した。


「ごちそうだ」


(うっ、なんだこれは……)


「スライムゼリー」

「……お、美味しそうな……名前だね」


(食事って、こんなに勇気が必要なイベントだったか?)


 俺は恐る恐る口に運んでみた。


「うおっ!?」


 噛んだ瞬間。

 口の中が裏返るような刺激が走った。


「なんだこれ、すっぱっ!」


 強烈な酸味に俺は思わず目を白黒させる。

 それを見て、ラクンは「ヒッヒッヒ」と楽しそうに笑う。

 ユラも吹き出していた。


「ふふっ、すごい顔」

「みんなこんな顔になるって」

「やっぱりタケルは変な人ね」


 ユラは笑いながら、コオロギパンを小さくちぎって口に入れた。


 大人たちは「ドクミ酒」という、濁った酒を豪快に飲み交わしている。

 勧められて一口飲んだ。

 喉が焼けるような強烈な匂いに、俺は鼻をつまんでむせてしまった。


 骨や土器が並ぶ食卓。

 泥のような煮込み料理。

 奇妙な味のスライムゼリー。


 人間の食卓とはかけ離れたものばかりだった。

 けれど、俺は不思議とマズイとは感じなかった。

 むしろ、彼らなりの知恵と工夫が詰まった、豊かな食文化がそこにあった。


 隣ではユラも、少しずつだけど料理に手を伸ばしている。


 俺は、これから始まるプムスワンでの暮らしに、かすかな高揚感を覚えていた。

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