第46話 寄り道の先で
俺たちは王都へと続く街道から少し外れる。
近くには川が流れていた。
空気はまるで別の世界のように一変した。
冷たい湿り気が肌を撫でる。
苔の匂いが鼻をくすぐる。
レベックを出て4日目。
俺たちは、あまり進んでいなかった。
「タケル、この川沿いよりも、少し東側から攻めた方がいいわ」
「……了解」
意外にも、ユラにはマップを埋めたい癖があるようだった。
たしかに俺も、できるだけマップを埋めてから進みたいとは思っていたけど。
彼女の徹底ぶりは俺以上だ。
マップの霧が晴れる範囲は決まっている。
下手に進むと既に探索した範囲と重なって、少しだけ無駄になる。
ユラはそういう"塗り残し"が許せないらしい。
◇ ◇ ◇
「フタツ実だっけ? 俺のスキルなら見つけられるかもしれない」
俺の持つシナジーボーナス〈調査者の才覚〉は採取可能アイテムがマップ上に表示される。
「ああ、群生地が分かるってあれね」
「そゆこと。だから、ちょっと寄り道しても無駄にならないよ」
俺がそう言うと、ユラは少しだけ歩調を緩めた。
「……ありがと。私のワガママに付き合わせて」
「なに言ってんだよ。俺もこの辺りのマップ情報が欲しかったし、丁度いいって」
レベックにいた時よりも、今の彼女は生き生きとしている感じがする。
誰かに追われる恐怖から解放されて、旅を楽しんでいる。
これが本来のユラなのかも。
「なによ、ジロジロ見て」
俺がユラを見ていると、彼女はいつもこう言う。
「いや、元気そうでよかったなって」
「……そういえば、手紙。ちゃんと届くかしら」
ふと、ユラが視線を南の空。
故郷であるトガクシの方角へ向けた。
レベックを出発する直前。
俺はユラに「家族へ手紙を書くべきだ」と説得した。
彼女は最初、迷惑がかかるからと拒んだ。
けれど「生きていることだけでも伝えるべきだ」という俺の言葉に、最後は折れて筆を執った。
「大丈夫だよ。ギルドの配達便だぞ? 絶対に届くさ」
「『生きてる。今は王都へ向かってる』……たったそれだけの内容で、安心してくれるのかな」
「してくれるよ。便りがないのが一番不安なんだから」
俺は努めて明るく言ったが、胸の奥がチクリと痛んだ。
(……俺は、伝えられないからな)
今の俺は、こんなにも健康だ。
自分の足で歩くことができる。
風を感じて、美味いものを食べている。
もし、この姿を両親に見せられたら、どれほど喜んでくれるだろう。
「俺は元気だ」と、たった一言伝えることすら叶わない。
(ユラに手紙を勧めたのは……俺のエゴだったのかな)
自分ができないことを、彼女に託しただけなんじゃないか。
そんな自己嫌悪が頭をよぎる。
「タケル?」
ユラが心配そうに顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもない。……きっと、喜ぶよ。ユラが生きてるって分かれば」
「……うん。そうね。ありがとう、背中を押してくれて」
ユラが少し照れくさそうに笑う。
その顔を見ると、俺の迷いも少しだけ晴れた気がした。
「見つかるといいな、フタツ実」
「そうね」
◇ ◇ ◇
さらに山道を進む。
靄の向こうに、岩肌を削ったような洞窟が口を開けているのが見えた。
(洞窟か……。ちょっと怖いんだよな)
気づけば王都のルートから大きく外れていた。
洞窟の入り口付近で足を止める。
俺たちはマップを確認する。
ふと、地面の色が周囲と微妙に違っていることに気づいた。
その時。
〈探知〉が反応を示した。
(こんな場所に、人?)
「ユラ、人の反応だ」
小声でユラに伝える。
モンスターの場合は警戒しないといけない。
でも、こんな辺鄙な場所にいる人の反応には、もっと警戒が必要だ。
野盗か、それとも――。
「何人いるの?」
「1人だけ」
手綱を軽く引き、愛馬トラベルをゆっくり進ませる。
しかし、トラベルは耳を伏せる。
鼻を鳴らして足を止めた。
洞窟の奥から「コツ、コツ」と規則的な音が聞こえてきた。
(なんだこの音?)
トラベルが怯えてる?
動物的な勘で何かを感じ取っているのか。
「ユラ、トラベルとちょっと待ってて。様子を見てくる」
「うん、気をつけて」
ユラはトラベルの首を撫でながら、不安げに俺を見送った。
◇ ◇ ◇
洞窟の入口は、まるで巨大な生き物が口を開けたように黒々と広がっていた。
足を踏み入れた瞬間。
外の陽光が背中からすっと剥がれ落ちる。
ひんやりとした闇が肌にまとわりつく。
(なんか……息苦しい)
緊張のせいか、指に力が入る。
ひんやりとした暗がりに耳を澄ませる。
(人の声?)
いや、歌のような……?
音のなる方へと進んでいく。
視界に半身を現したのは、背丈が俺の腰ほどしかない、小柄な緑色の影だった。
ごつごつとした肌。
釣り上がった黄色い瞳。
わずかに尖った耳。
(ゴブリン!?)
その手には武器はない。
四角い木箱を抱えていた。




