第43話 盤外の共犯者
カホンの冒険者ギルド、支部長室。
深夜の静寂は、いつものように私の思考をクリアにしてくれる。
手元のエナックには、ここ数日、ひっきりなしに通知が届いていた。
その中心にあるのは、隣の管轄区である貿易都市レベックだ。
◇ ◇ ◇
【件名:レベック市街地における高位モンスター出現について】
送信元:[レベック支部/GM]
[レベック支部/GM]
報告。
レベック市街地にてレイドレベル15相当のスパルトイが出現。
市街地への被害は甚大なるも、住民への人的被害は最小限に留まった。
当該モンスターは、現地クランのダイヤモンドライフおよび、
複数の冒険者パーティの連携により討伐を確認。
[王都本部/解析班]
レイドレベル15の個体が市街地に召喚された経緯は?
また、討伐の決め手となった魔法痕について、
「極めて高密度のマナ」が観測されたとの報告があるが。
[レベック支部/GM]
召喚については、逃亡した指名手配犯ルードによるものと断定。
魔法痕については、複数の魔法使いによる同時攻撃、
および魔導具の連鎖爆発によるものと推測される。
個人の魔法によるものではない。
[王都本部/査問会]
承知した。
引き続きルードの捜索および、事後処理にあたれ。
◇ ◇ ◇
私は画面をスクロールさせ、ふっと口元を緩めた。
「……狸ね、あの堅物も」
ギドン・クレメル。
レベックのギルドマスターであり、融通の利かない厳格な男として有名だ。
その彼が、本部に対して堂々と虚偽の報告をしている。
「個人の魔法ではない、か」
嘘だ。
あの現場にいたのはタケルだ。
ワイバーンを焼き尽くしたあの熱量を、ギドンも目の当たりにしたのだろう。
そして、私と同じ結論に至った。
――この新人は、公にすれば潰される。
ギドンとは反りが合わないと思っていたが、意外と話が合うかもしれない。
彼もまた、組織の利益よりも"冒険者の未来"を優先する側の人間だったようだ。
そんなことを考えていると、エナックが個別の通知音を鳴らした。
タケルからだ。
◇ ◇ ◇
From:タケル
『お疲れ様です。
レベックを出て、王都へ向かうことになりました。
ユラも一緒です』
To:タケル
『そう。それがいいわ。
レベックは君には狭すぎるし、騒ぎになりすぎた』
From:タケル
『それと、モーリンさんに話しておきたいことがあります。
ある人に言われました。全てを話せる相手が必要だと』
◇ ◇ ◇
画面を見つめる私の目が、自然と細くなる。
『全てを話す』
以前、彼は自身の特性を「全ての職業スキルを取得できる」と語った。
だが、私は気づいていた。それだけでは計算が合わないことに。
消費SPの帳尻が合わないのだ。
次のメッセージが、ゆっくりと表示される。
◇ ◇ ◇
From:タケル
『俺の特性は〈天賦の才〉といいます。
本当の効果は、獲得するSPが常に2倍になることです』
◇ ◇ ◇
「…………は?」
深夜の支部長室に、間の抜けた声が響いた。
私は眼鏡を外し、目頭を揉んで、もう一度画面を見た。
見間違いではない。
"2倍"と書いてある。
「2倍……?」
思考が停止し、そして猛烈な勢いで再起動する。
SP獲得量が増加する特性など聞いたことがない。
1レベル上がるごとに、通常の冒険者の倍の速度で成長する?
いや、祠の巡礼も含めれば、その差は倍どころではない。
レベルが上がれば上がるほど、他者との差は絶望的なまでに開いていく。
「……なるほど」
乾いた笑いが漏れた。
計算が合わないわけだ。
条件をクリアすると、ボーナスSPを取得する種族がいる。
それに近い特性の可能性を考えていたが。
そんな生温いものじゃない。
彼は、根本的にリソースの総量が違うのだ。
戦士の身体能力を持ち。
盗賊の目と耳を持ち。
魔法使いの火力を放つ。
それが可能なのは、彼が"何でもできる"からではない。
"何でもできるだけの燃料"を持っているからだ。
「とんでもない怪物を拾ってしまったわね……」
背筋に寒気が走る。
もし王都の魔法協会が、あるいは騎士団がこの事実を知れば、彼をどう扱うだろうか?
"研究対象"として解剖するか、"兵器"として鎖に繋ぐか。
どちらにせよ、彼の自由な冒険は終わる。
タケルは、それを私に打ち明けた。
"全てを話せる相手"として。
(……責任重大じゃない)
重い。
だが、それ以上に胸が躍る。
私はエナックを操作し、返信を打つ。
指先が震えているのは、恐怖からか、それとも興奮からか。
◇ ◇ ◇
To:タケル
『了解したわ。
その情報は、墓場まで持っていく。
ギドンにも話してないわね?』
From:タケル
『はい。モーリンさんと、ユラだけです。
それと、シナジーボーナスという力があるんです。
いくつかのスキルの組み合わせで、
新しい力を手に入れることができるみたいなんですけど
何か知っていますか?』
◇ ◇ ◇
その後、何度かのメッセージのやり取りで把握できた。
戦士ボード:〈フィジカル・ブースト〉
盗賊ボード:〈探知〉〈ステルス〉
水魔法ボード:〈フォッグ・クラウド〉
火魔法ボード:〈ファイヤー・アロー〉〈インパクト・フレア〉〈フレイム・ランス〉
回復師ボード:〈ヒール〉
共通ボード:〈剣マスタリー〉〈杖マスタリー〉〈マナコスト軽減〉〈マナ回復強化〉〈マナブースト〉
商人ボード:〈鑑定〉
錬金術師ボード:〈採取〉
シナジーボーナス:〈調査者の才覚〉
条件:〈鑑定〉〈探知〉〈採取〉の同時習得
効果:探知できる範囲内で、採取可能アイテムがマップ上に表示されるようになる。
シナジーボーナス:〈マナの福音〉
条件:〈マナコスト軽減〉〈マナ回復強化〉〈マナブースト〉
効果:WISの上昇と、最大マナの増加。
噂では聞いたことがあった。
しかし、実際にその力を持つ人間に会ったのはタケルが初めてだ。
シナジーボーナスは魔法協会が研究していたはずだ。
スキルの開花、進化に加えてシナジー効果ね。
〈マナの福音〉なら共通ボードだけで取得可能だ。
〈マナブースト〉のスキル書は入手困難だが、不可能ではない。
(頭が痛くなるわね)
どういう理屈で、彼がこれらのスキルを選んだのかも気になる。
一見すると、不必要にも思えるスキルもある。
◇ ◇ ◇
一通りの送信を終え、私は椅子に深く沈み込んだ。
カホンの片田舎で燻っていた私の手元に、世界を変えうる"特異点"が配られた。
いいえ、彼はもう私の手駒ではない。
盤上を自由に動き回る存在だ。
「……行ってきなさい、タケル」
窓の外、王都の方角を見上げる。
そこには、私の嫌いな古狸たちが巣くっている。
彼らがタケルの存在に気づき、慌てふためく様を想像すると、最高に痛快だ。
私はワインボトルを取り出し、グラスに注いだ。
彼と、彼の相棒の旅路に、密かな乾杯を捧げるために。




