第42話 旅路の果て
レベックの劇場の中。
満員の観客がざわついていた。
ドーム状の天井に描かれた星々が、魔法の光で淡く輝いている。
俺とユラは、テオドロス座長から貰ったチケットで、最前列の席に座っていた。
(ここって関係者席みたいな感じか)
演目は『光の勇者と死の神』。
「……始まるわよ」
ユラが少し緊張した面持ちで囁く。
ブザーのような低い音が響き、幕が上がった。
そこからの時間は圧巻だった。
役者が声を張り上げるたび、舞台に組み込まれた魔法陣が輝く。
観客の心に直接"情景"を送り込んでくる。
風の音。
戦場の土埃。
そして、張り詰めた殺気。
ただの芝居じゃない。
そこには"世界"があった。
物語のクライマックス。
死の神に追い詰められた勇者ラクレス。
背中を預ける仲間たちに叫ぶ。
『最後の瞬間まで、共に歩もう! 我が友よ!』
その言葉に応え、1人の戦士が前に出た。
長い耳と俊敏な動き。
亜人の戦士、テューデウだ。
彼が纏っている深緑の鎧。
今、ユラが着ているものと似たデザインだった。
『種族など関係ない! 背中を預けると決めた! それが我らの誓いだ!』
テューデウの叫びが、劇場を震わせる。
ユラが、無意識に自分の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
その瞳は、舞台上の英雄たちの姿に釘付けになっている。
(ユラにあの服を贈った意味……今なら分かる気がする)
亜人だって、獣人だって、英雄の隣に立てる。
物語の中だけじゃない。
きっと現実でも。
万雷の拍手の中、幕が下りた。
隣を見ると、ユラがそっと目元を拭っていた。
◇ ◇ ◇
観劇を終えて、宿に戻った。
俺たちは、裏庭の焚き火スペースを借りていた。
夜風が心地よい。
「はい、これ」
俺はギドンから届いた小瓶を取り出した。
蓋を開けると、ツンと鼻を突くスパイシーな香りが広がる。
「これ……まさか」
ユラが目を見開く。
「『ヤホァ』だろ? ギドンに頼んで取り寄せてもらったんだ」
(この発音、一生慣れないな)
荒野でユラが話していた。
砂漠都市カーヌーンから伝わる、辛いソース。
貿易都市レベックなら手に入ると踏んだんだ。
「覚えてたの……?」
「当たり前だろ。俺も食べてみたかったし」
俺はデルミ肉に、赤いペースト状のヤホァをたっぷりと塗り込み、網の上に乗せた。
ジュウッ! と脂が落ちる。
香辛料が焦げる刺激的な匂いが立ち上る。
「懐かしい匂いだわ」
「辛そう……でも、いい匂い」
焼き上がった肉を串に刺し、ユラに手渡す。
彼女はふーふーと息を吹きかけ、恐る恐る一口かじった。
「……っ! ん~!」
耳がピコピコと動く。
ユラが本当に美味しい物を食べるとこうなるのか。
「そんなに?」
俺も慌てて口にする。
舌が痺れるような辛さが突き抜けた。
その直後に肉の旨味が爆発した。
「からっ! ……でも、うまっ!」
「でしょ! 水ちょうだい!」
2人でヒーヒー言いながら、水を回し飲みする。
涙目になりながらも、ユラは楽しそうに笑っていた。
荒野で食べた焼き鳥よりも、ずっと豪華で、ずっと温かい食事。
肉を食べ終えて、火が小さくなった頃。
俺は改まってユラに向き直った。
「ユラ、明日のことなんだけど」
「……うん」
ユラの表情から笑みが消え、真剣な眼差しが返ってくる。
「事件は一区切りついた。ルードは逃げたけど、レベックでの活動はもうできないはずだ」
「そうね」
「ここから集落までは1日もかからない。帰ろうと思えば、明日には帰れる」
ユラは火を見つめたまま、黙って聞いている。
「それに、レベックに残るのもありだ。ギドンもユラを買っていたし、仕事には困らないと思う」
俺は言葉を区切り、深く息を吸い込んだ。
これは、俺のエゴだ。
(でも、言わなきゃいけない)
「俺は……王都へ行く」
「王都?」
「チャールズに勧められたんだ。もっと広い世界を見ろって。それに、ルードのことも気になる。王都へ行けば、何か分かるかもしれない」
俺はユラの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ユラ。俺と一緒に、王都へ来てくれないか」
ユラが息を呑む。
「俺にはユラが必要だ。この世界のこと、分からないことだらけだ。ユラが居ないと、もっと分からなくなる。それに……1人じゃ、飯も味気ないしな」
「……なにそれ」
ユラが呆れたように笑う。
でも、その目には迷いの色はなかった。
「……いいわよ」
「本当?」
「勘違いしないで。私もルードを許せないだけ。それに、タケル1人じゃ危なっかしくて見てられないし」
彼女は立ち上がり、パンパンと服の埃を払った。
そして、俺に向かって手を差し出す。
「"共に歩もう、我が友よ"」
その言葉は、舞台の上のラクレスの台詞よりも、ずっと俺の心に響いた。
「そこはテューデウのセリフじゃないの?」
俺は彼女の言葉が嬉しくて、それを誤魔化すように言った。
「いいでしょ! それっぽいセリフ、なかったんだし」
レベックでの日々が終わる。
新しい旅が、始まろうとしていた。




