第4話 歩きスマホの代償
〈剣マスタリー〉を取得したからだろうか?
今まで意識したこともなかった間合いや立ち位置、視線といった情報が、自然と頭に入ってくるようになっていた。
トカゲのモンスターを倒すと、ウィンドウが小さく明滅する。
(お? これって……)
「レベル上がったのか!」
ファンファーレも鳴らなければ、特別な演出もない。
あっさりとしたものだ。
もうちょい派手に祝ってくれてもいいのに。
ステータスを確認してみる。
(増えてるよ~ポイント)
パラメータの伸びはランダムなのか?
(ランダム要素って怖いんだよな)
項目はかなり細かく分かれている。
聞き覚えのあるSTRやINTから、聞き馴染みのないモノまで様々だ。
(運ゲーにならなきゃいいけど)
冒険者の祠で手に入れたSPが2ポイント。
レベルアップで手に入れたSPが2ポイント。
合計4ポイント分のスキルを割り振れる計算だ。
俺は森の中を歩きながら、スキルツリーを指でスワイプする。
歩きスマホ……ならぬ、歩きスキル検索だ。
ウィンドウは半透明なので前は見えている。
認識できているかは怪しいけど。
「どうするかな~」
欲しいスキルは山ほどある。
例えば〈解体〉スキル。
今バックパックに入れているモンスターを、その場で素材に変えられる。
荷物が減るうえに、解体費用も節約できる。
でも取らない。
少なくとも、今は取れない。
お金で解決できることに、SPを使いたくない。
アイテムボックス的なスキルはなかった。
いわゆるインベントリは自分で持てる分までだ。
(何もないところからアイテム取り出すの、憧れてたんだけどなあ)
そんなことを考えていた、その時だった。
ゾワリ、と。
うなじの毛が逆立つような悪寒が走った。
「――っ!?」
(やばっ!)
ウィンドウの向こう側。
木の陰からトカゲのモンスターが飛び出してきた。
俺は反射的に横へ飛び、無様に転がりながら剣を振るった。
ガキンッ!
鋭い牙と鉄の刃が擦れ合う音が響く。
「……ッ、らぁ!」
俺は体勢を崩したまま、追撃しようとしたトカゲの胴体を蹴り飛ばす。
起き上がろうとするトカゲに、強引に剣を突き立てた。
トカゲは完全に動かなくなる。
何とか、間に合った。
「はあ、はっ、はっ」
たった一瞬のことだったのに、息が途切れ途切れになる。
しまった。
余裕をこきすぎた。
(アホか俺は)
崩れた体勢のまま、周囲を警戒して剣を構える。
(せっかく……夢にまで見た、健康な身体を手に入れたのに。簡単に手放そうとするなんて……)
偶然避けられただけだ。
さっきの一撃を思い出しただけで冷汗が出る。
俺に足りないモノ。
……危機感。
そういうのは察知できるスキルがいる。
それに、いざという時のための"逃げ"スキルも合った方がいいかもしれない。
出会ったモンスターを、全て倒せるとは限らないんだ。
俺は震える指で操作し、〈探知〉スキルを取得した。
さっそく使っておこう。
〈探知〉
効果:周囲の生き物を察知する。
スキルを使った瞬間、頭の中の地図が塗り替わるような感覚があった。
(……これいいな)
感覚的にも分かるし、マップにも赤い点が反映されてる。
これなら、さっきみたいな不意打ちを食らう可能性は減る。
(よし、テストだ)
俺は息を殺し、マップ上の光点を意識しながら森を進む。
さっきまでは"どこから来るかわからない恐怖"があったけど、今は違う。
右前方の茂みの奥。
そこに"いる"ことが分かっている。
俺は風下から回り込み、そっと近づく。
茂みの向こうで、モンスターが呑気に草を食んでいる気配がする。
「そこッ!」
飛び出しざまの一撃。
モンスターは反応することすらできず、一撃で沈んだ。
(……すごい。難易度がまるで違う)
情報を制する者が勝つ。
ゲームの鉄則は、この世界でも同じらしい。
常時発動のマスタリー系スキルと違い、能動スキルにはマナの消費が必要になる。
〈フィジカル・ブースト〉や今の〈探知〉を使った瞬間、体の奥から何かが少しだけ抜けていく感覚があった。
(そういえば。MPじゃなくて、マナって呼ぶパターンなんだな)
今は余裕があるけど、そのうちマナ残量の管理も必要になってきそうだな。
俺はマップ上の赤い光点。
モンスターの位置を確認しながら、慎重に歩き出した。
◇ ◇ ◇
日が傾きかけた頃、俺はカウベルの村へと帰還した。
ギルドのカウンターへ向かい、倒したトカゲのモンスター数体を解体してもらう。
肉や皮は素材として買い取ってもらえる。
モンスターによって、骨や牙など素材の価値が変わるそうだ。
少し期待して待っていると、受付の女性が申し訳なさそうに差し出した。
「解体費用を差し引きまして、銅貨20枚ですね」
「マジすか……」
(魔石が出ないと全然お金もらえないじゃん!)
昨日は魔石1つで銀貨が9枚(銅貨900枚相当)だったのに。
予想外の低収入。
「あの、魔石ってそんなに出ないものなんですか?」
「そうですねぇ。低レベルのモンスターですと、運が良くないと……。数を狩るか、もう少し強いモンスターを狙うしかないですね」
女性は慣れた様子で答える。
モンスターを解体すれば魔石が手に入る。
この言葉に間違いはないが、どうやらシビアな確率があるらしい。
(なんか、今日はダメな日か?)
いや、切り替えだ!
今日を良い日で終わらせればいい。
この後はギルドでクエストを受けてみようかと思っていたけど、この稼ぎじゃ装備を整えるのも一苦労だ。
焦るな。ダメな日は無理に動かない方がいい。
俺にはまだ、昨日の稼ぎがある。
◇ ◇ ◇
ギルドを出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。
家路を急ぐ村人たちや、仕事を終えて酒場へ向かう冒険者たちの喧騒が心地よい。
どこかの家から漂ってくるスープの香りが、空っぽの胃袋を刺激する。
カウベルの村は、宿と食堂が同じ建物にある。
食堂の奥、温かな灯りに照らされた木のテーブルに腰を下ろす。
香ばしい匂いが鼻を突く。
今日の稼ぎは少なかったけど、景気付けに一番高いメニューを頼んでみた。
(……これ、絶対うまいやつだ)
目の前に運ばれてきたのは、分厚い牛肉のステーキ。
その上には、トロリと黄金色のチーズソースがたっぷりとかけられている。
肉の表面はしっかり焼き目が付いていて、ナイフを入れると中はほんのりピンク色。
切った断面にじゅわっと旨味がにじみ出した。
「うわ……なにこれ、最高かよ」
フォークで一口分をすくい、勢いよく口へ運ぶ。
(んん、美味すぎる!)
噛んだ瞬間、柔らかな肉の繊維が舌にほどける。
チーズのコクが肉の香ばしさと溶け合って、叫びたいほど美味しかった。
(……あー、これ毎日食べたい)
横に添えられたパンに手を伸ばす。
昨日食べた黒パンとはランクが違う感じがする。
表面はカリっと焼かれていて、軽く焦げ目のある香ばしい香りが漂う。
ちぎってみると、中はふかふかで湯気がふわりと立ち上った。
そのままチーズソースをたっぷりすくって口に運ぶ。
(くぅ~~っ! 優勝!)
このパンだけでもすでに美味しいんだよな。
ステーキとパンを交互に頬張りながら、自然と笑みがこぼれる。
現実世界で味わえなかった"日常の幸せ"が、ここにあった。
(ずっと病院食だったからな)
"食べる喜び"とは程遠かった。
この世界が、少しずつ、自分の居場所になっていく予感がしていた。
でも、ふと思う。
このステーキ、今日の稼ぎ(銅貨20枚)じゃ食えないんだよな、と。
(……もっと稼げるようにならなきゃな)
美味しいご飯を食べるためにも。
あの手記に書かれていた場所へ行くためにも。
俺は最後の肉を飲み込み、明日の予定を頭の中で組み立て始めた。




