第39話 勧誘
レベックの上街にある、おしゃれなカフェ。
落ち着いた照明と木の香りが漂う店内。
そこは、焼き菓子の甘い香りが重なっていた。
「レベックには多くの交易品が流れてきてね。このお茶は、なかなか手に入らないんだ。なにより、このチェリーパイに良く合う」
そう語るのは、ダイヤモンドライフの魔法使いスチュワート、の隣に座る男だ。
(さくらんぼだ。この世界にもあるんだな)
切り分けられたパイから、真っ赤なチェリーが顔を覗かせている。
スチュワートは昨日、スパルトイ戦で共闘したパーティの1人。
今日は彼に誘われ、この店を訪れていた。
「改めまして。ダイヤモンドライフのリクルーター、アンドリューだ。よろしくな、タケル」
にこやかに差し出された手を握り返す。
「タケルです。よろしくお願いします」
アンドリューはさっそく本題に入った。
「ダイヤモンドライフのことはどこまで?」
質問が自分に向けられたのか、スチュワートに向けられたのか、一瞬迷う。
「まだ何も。昨日は戦闘後で話す時間がなかったからな」
スチュワートが代わりに答えた。
「そうか! ダイヤモンドライフはレベックでランク5位のクランだ。探索や収集クエストを主に請け負っている」
「クランランク?」
(そんな制度があるのか?)
レベックでのってことは、その町ごとにランキングがあるのか。
「ん? 君、アカデミー生じゃないのか?」
アンドリューが不思議そうに首を傾げる。
「俺もそう思ってたんだが……」
スチュワートも困惑顔だ。
「いえ、俺は数日前にレベックに着いたばかりで、チャールズたちに色々教えてもらってたんです」
「そうだったのか! それは素晴らしい!」
アンドリューが嬉しそうに指をパチンと鳴らした。
(ん? アカデミー生じゃない方が都合がいい……?)
「おっと、その前に」
アンドリューはスチュワートに合図を送った。
すると、スチュワートは杖を軽く振った。
俺たちのテーブルを囲むように透明な壁を作り出す。
(なんだ、この壁……?)
「まず、君の質問から答えよう」
そう言ったアンドリューの声が、反響するようにわずかに響く。
「クランランクはギルドが管理しているランキングだ。上位になるほど特典がもらえる。お金だったり、クエストの優先権といったものだね」
「そんな仕組みに……」
俺は自分の声が響くことにも少し驚いた。
「そして、これはスチュワートのスキルだ。〈サイレンス〉の開花で防音障壁を作っている。内緒話の基本だよ」
「そんなことまでできるんですね」
(これ、欲しい……)
〈サイレンス〉なら俺のスキルツリーにもある。
スキル開花ってどうやるんだ?
俺は目を輝かせた。
「ふむ……。君は少し変わった経歴でもあるのかい? アカデミーを出てなくても知ってそうなものだが……」
アンドリューの言葉には悪気はなく、純粋な好奇心からくるものだと感じた。
「アンドリュー……」
しかし、俺に気を遣ったスチュワートが制止する。
「ああ、すまない。詮索するつもりはないんだよ。……そう、さっき素晴らしいと言ったのはね、卒業を待たずにクランに入れるからだ」
(そういえば……)
チャールズたちは、卒業してからクランに入るって言ってたな。
学生の間はクラン所属に制限があるのかもしれない。
アンドリューが真剣な目で俺を見据える。
「質問は一つだ。いや、すでに答えは知っているから、確認と言った方がいいか。タケル、君は火の上位魔法を習得しているね」
俺は迷わず「はい」と即答した。
もはや隠す必要はない。
むしろ、この能力が新たな道を開くのだと、心の奥底で感じていた。
アンドリューは静かに頷くと、身を乗り出した。
「はっきり言おう。君がウチに加入すれば、君の上位魔法を最大限に生かせる狩り場を用意する! そしていつか、火属性に弱い強化モンスターを討伐して……祠を占拠する」
アンドリューは熱を込めて語る。
(祠の強化モンスター……)
レイドモンスターみたいなものか?
祠の場所を知っている?
チャールズたちも利権が絡むって言ってたよな。
「討伐クエスト部隊を設置したいと、ずっと考えていたんだ。これはダイヤモンドライフの代表、『アデュウ』の考えでもある。君の話をしたら、是非に、ということだった。討伐部隊を稼働させれば、俺たちはもう一つ上の景色が見れるはずだ」
(悪い話じゃない。むしろ……かなり良い)
レベル上げも効率化できるし、祠にも行けるかもしれない。
「俺は……クランのことは今まで全然考えたことがなくて。少し、考えさせてください」
(でも、今は即答できない)
「もちろんだ。今日明日に答えがもらえるとは思っていないよ。他のクランからも勧誘を受けるだろうから、しっかりと吟味してくれ」
アンドリューがにこやかに返す。
余裕のある大人の対応に見えた。
「おっと、お茶が冷めてしまった。代わりを頼もう」
手を上げて注文するアンドリュー。
俺はチェリーパイを口に運んだ。
とてつもない甘さが口いっぱいに広がる。
(あっま! こんなに甘いのか)
新しく運ばれてきたお茶を口にする。
(こっちは……美味しい)
強烈な甘さが洗い流され、茶葉の香りが鼻に抜ける。
まるで、このお茶を引き立てるための甘さみたいだ。
◇ ◇ ◇
夕方、宿の前でチャールズが立っていた。
「あれ? チャールズ、待ってたのか?」
「いや……そんなに待ってない」
少し目を伏せ気味に答える。
いつもの快活さがない。
「明日の朝、時間くれないか? 会わせたい人がいるんだ」
(会わせたい人……?)
「いいよ。今日は何か食べに行く?」
俺の誘いに、チャールズは首を振った。
「今日はやめとく。明日、迎えに行くよ」
足早に去っていく背中が、夕日に染まっていた。
(俺のことで何かあったのか……?)
「じゃあ……明日」
俺の声は届いているのか、いないのか。
何かを1人で抱え込んでいるかのようなその背中に、俺は一抹の不安を覚えた。




