第37話 相反する属性
宿までチャールズたちが送ってくれた。
部屋に戻ると、これまでの騒ぎが嘘のように静寂が訪れた。
ランプの灯りだけが揺れる部屋。
ユラはベッドの端に座り込み、うつ向いていた。
「ユラ、大丈夫?」
声をかけると、ユラは弾かれたように立ち上がり、俺に抱きついてきた。
華奢な体が震えている。
「ミヤビとツナは、一緒に育ったの……」
「……うん」
「なのに、私は怖くて……」
「うん」
「何も……できなかった」
(ずっと苦しんでいたんだな)
俺は彼女の背中に手を回し、ゆっくりと撫でた。
「ユラが居たから、止めることができたんだ」
ユラは俺の胸に顔を埋める。
服が少しずつ濡れていくのが分かった。
「ユラがその子たちの名前を呼んだ時、絶対に止めなきゃって思ったんだ。あそこで魔石を取り返せなかったのは悔しいけど……」
「……だから、戻ったの?」
「うん。これ以上、ユラの悲しむ顔を見たくなかったからな」
「……バカ」
ユラは小さく呟き、腕に力を込めた。
「俺の方こそ、無茶して心配かけてごめん」
「ホントよ……心配したんだから」
「……ありがと」
その夜、俺たちは少しだけ安心して眠りにつくことができた。
◇ ◇ ◇
翌日。
レベックの冒険者ギルドの最上階にある応接室。
3度目ともなると、この高級ソファーにも慣れてくる。
もはや、自分の家のソファーのようなものだ。
正面にはギルドマスターのギドン。
そして、その斜め後ろには相変わらず無言でペンを走らせる妻の秘書。
さらに、部屋の隅には魔法教会のアリソンの姿もあった。
俺とユラは定位置に座る。
「まず、何から話せばいいやら」
ギドンは頭を抱えるような仕草をする。
厄介事を抱え込んだという顔だった。
けれど、その瞳の奥は少し楽しそうにも見えた。
スッ、とギドンの妻が無言で書類を渡す。
「ああ、そうだな。これから片付けるか」
そう言って、足元の木箱をテーブルに置いた。
「今回の礼だ。ユラ君の協力がなければ、アジトを見つけることはできなかった」
「これ……」
箱の中には、深緑色の上質な服が収められていた。
「その昔、勇者ラクレスに仕えた亜人、テューデウの旅装束だ。レプリカだがな」
「私……に?」
「鎧もあるが、身軽さを活かすユラ君には、こちらの方がいいだろうと思ってね」
俺はそっと〈鑑定〉してみる。
〈エルフの旅装/防御力:+25/魔法耐性+30/耐久:60/60〉
(俺の皮鎧より普通に強いんですが……)
布に負けるなよ、皮鎧さんよ。
ユラが戸惑ったようにこっちを見る。
「正当な報酬だと思うよ。ユラに似合いそうだ」
「……分かった。ありがたくいただくわ」
「隣の部屋で試着して、サイズの調整をしてくれ」
ギドンの妻がユラを促して部屋を出る。
バタン、と扉が閉まる音が響いた。
「俺とユラを離すために、わざわざ用意したんですか?」
「タケルの言う通り、正当な報酬だよ。彼女のお陰だ」
ギドンの言葉に、嘘はなさそうに思えた。
「……ユラ君は、タケルの能力について、どこまで知っているんだ?」
「全部話してますよ。隠し事はしたくないんで」
「……そうか」
(案外気を回す人なんだな)
ギドンはチラっとアリソンを見る。
「私はタケルを、水魔法の使い手だと思っていた」
「素晴らしい炎の使い手だったと聞きました。僕も見たかったです」
アリソンが横から口を挟む。
(あんた腰抜かしてたからな)
「『火を灯せる者は、決して水を操れない』。私が若い頃、アカデミーで教わった言葉だ」
「2属性持ちは珍しくありません。『デュアル』などと呼ばれもしています。しかし、相反する属性を操れるものは、そうは居ません」
付け加えるようにアリソンが言う。
「あの〈フレイム・ランス〉は見事だった。あれは紛れもなく、上級魔法だ」
「いや、たまたまトドメが俺だっただけで、えっと、スチュアート?さんの魔法で、ほぼ勝負はついていました」
「そういうことじゃない……レベル6で、上級魔法を行使したという事実だ」
(う……やっぱり、そこを突っ込まれるよな)
「俺の特性で、といえば納得して頂けますか?」
「ふむ、実際それしかないだろうな。スキル書の可能性もなくもないが、タケルのこれまでの記録から見てドロップするとは思えん」
(そうか、マナ認証のログで、俺の行動記録はギルドで把握できるのか)
ギドンは深くため息をつく。
「火と水のデュアル。少なくとも私は聞いたことがない。……ん? まさか水属性の上位魔法も使えるのか!?」
「いえ、使えません!」
(今はまだ、だけど)
「あ、いや、そうだな。そもそもSPが足りんか。忘れてくれ、私も動揺しているようだ」
(「実はSP2倍なんですよ~」、なんて言ったらどうなるんだろうか)
一息ついてギドンが口を開く。
「ルードという男の行方についてだが」
「……はい」
「いつの間にか、あの場から消えていた。召喚のドサクサでまんまと逃げられた」
(スパルトイが召喚されてから、ルードのことを考える余裕はなかった)
「何者なんですか? あいつは」
「私にも詳細は分からんが、知ってそうな人物に心当たりがある」
そう言ってギドンは、アリソンを睨むように見る。
「……僕の知っていることを話します。だからギドンさん、この〈石の鎖〉を解除してください。逃げませんって」
「聞いてから解除しよう」
「こんなのが公になったら、困るのはあなたなんですからね!」
(なんだ石の鎖って?)
俺には何も見えない。
ギドンのスキルでアリソンを制約しているのか?
不可視の拘束魔法か何かだろうか。
「ルードという男はですね。……恐らく過去に魔法協会で"管理"していた男です」
「やはりか」
(管理?)
「そもそも僕は医学研究者で、専門も違います。資料で知った情報だけですよ」
(この人、医者だったのか)
「もしかして、サライの? トリ族の女の子をカウンセリングに?」
「ええ、彼女だけではありませんがね。この街には心のケアが必要な人が多い。ギドンさんにも、おすすめしておきます」
「私は遠慮しておこう。それで続きは?」
アリソンは肩をすくめ、話し始めた。
「ルードが協会に確保されたのは今から約30年前。彼がまだ幼い頃、10歳になるかどうかくらいだったようです」
「そんな子供を?」
思わず口にしてしまった。
アリソンは黙って頷いた。
「光と闇のデュアル。それが、その少年の特性でした」
「……ッ」
ギドンが息を呑む。
火と水以上に、ありえない組み合わせだということか。
「貴重な闇属性でかつ、子供ならこちらの思想に染めやすい。協会にとっては"金の卵"だったんです」
(協会は、その子供をどうするつもりだったんだ?)
「しかし、誤算が起こった」
「……戦争か」
「はい」
(そうか!)
カホンに来る途中、御者のムスターが話していた。
30年前にあった戦争。
「協会が管理していた者たち、僕たちは『被観測者』と呼んでいます。戦争の混乱で協会内部でも衝突が起こり、逃げた被観測者もいた」
「連れ戻せた者もいましたし、始末された者もいたようです。しかし、たった1人だけ、ついには見つからなかった」
「それがルードというわけか」
アリソンは頷いた。
俺は疑問を口にする。
「どうして魔法協会は、その被観測者を捕えるんです?」
「相反する属性を持つ者の多くは、自身のマナに精神を侵食され、廃人になりやすい。20歳になる前に亡くなる者も多いんです。保護、という名目もありました」
「しかし、お前たちは研究材料にしてるだけじゃないのか? それで何人の被観測者を救ったんだ?」
ギドンの口調が厳しい。
(あまり魔法協会をよく思ってないのか)
「僕に怒らないでください! ……当時の協会ですよ。今は少しだけ変わったんです」
アリソンはバツが悪そうに視線を逸らす。
「その逃げた少年が、あのルードだと?」
「確証はありません。しかし、ルードという名と闇魔法を使った事実。これだけで協会は動きますよ」
結局ルードについては、過去の断片しか分からなかった。
けれど、危険な存在であることには変わりない。
そして、きっと彼は止まらないだろう。
「そうそう、ギドンさん。あれを渡さないと」
思い出したようにアリソンが言う。
「ああ、そうだな」
ギドンはまた足元から、今度は装飾の施された小箱を取り出してテーブルの上に置いた。
「レイドモンスターのドロップには優先権がある」
「レイド?」
(そういえばスパルトイを〈鑑定〉した時にそんな表記があったな)
「その一つがラストヒットボーナスだ」




