第34話 魔石の行方
「初めまして、魔法教会のアリソンと申します」
灰色のローブを纏った男が、感情の読めない瞳で俺たちを見下ろしていた。
「魔法教会?」
「おや? ご存じありませんか? まあ、魔法に関する様々な専門家の集団だと思ってください」
アリソンは薄く笑う。
その笑顔は張り付いたようで、どこか冷たさを感じさせた。
「今回はレベックから要請を受けて派遣されてきました。なんでも、獣人から魔石を抜き取るという、興味深い……いえ、忌まわしい事件だとか」
アリソンは言葉を訂正したが、その瞳には隠しきれない好奇心の色が浮かんでいる。
「僕の魔法は〈シリウス〉といって、本来はカウンセリングや、芸術家の感性を引き出すことに使っていたんですけどね」
(また俺のスキルツリーには載ってないスキルだ)
「スキル開花により、記憶や感情の中にある"命の残滓"を、感知することができるようになったみたいなんですよ」
(どういう意味だ?)
記憶の中にある命を感知?
思い浮かべた人を探せるのか?
というか、本来の効果もよく分からない。
精神に干渉する魔法なんだろうけど。
「『みたい』と言ったのは、まだ検証例が少なすぎて、ハッキリとしたことが言えないんですよ」
「……ユラを実験に使う気か!?」
俺が声を荒げると、アリソンは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「否定はしません。この魔法は対象の精神状態に大きく左右されます。成功するかどうかも、使ってみないと分かりませんからね」
(この他人事のような言い方がイライラする)
「……やる」
絞り出すような声が聞こえた。
(だろうな……分かってた)
ユラなら、きっとそう言うだろう。
でも――。
「まて! ダメだ、ユラ」
俺はユラを庇うように前に出る。
「危険すぎる。その魔法のことだけじゃない! これって、ユラをアジトへの案内役にするってことだろ!?」
「心配には及ばん。レベックの有力クランへパーティ要請を出した。実績のある者たちが、ユラ君を守る」
ギドンが低い声で告げる。
「タケル、私が探したいの。見つけてあげなきゃ……二人を」
ユラの瞳には、恐怖よりも強い決意の光が宿っていた。
一度こうなったら、彼女は引かない。
「……分かりました。なら、俺もユラの護衛に入ります。それが条件です」
ギドンはじっと俺の目を見て、やがて重々しく頷いた。
「いいだろう」
◇ ◇ ◇
隣の待機室には、既に要請を受けたパーティが到着していた。
見覚えのあるメンツが並んでいる。
全身を重厚な鎧で包んだ大盾の重戦士、杖を持った魔法使い、そして軽装の弓使い。
(昼間に洞窟で会ったパーティの人たちか……)
向こうも俺の顔を覚えていたらしく、重戦士が軽く手を挙げて挨拶してくる。
俺は黙礼で返した。
(有力クランのパーティ……か)
「今回は、アジトを突き止めることが最優先だ。相手の戦力を見極め、可能なら制圧する」
ギドンが短く指示を飛ばす。
(それならユラが矢面に立つ危険は低いか……)
まだ納得はしていない。
けれど、そう思うことで自分を落ち着かせるしかなかった。
「では、始めましょうか、ユラさん」
アリソンがゆったりとした動作でユラに近付く。
「大丈夫、大丈夫だから」
ユラは手を強く握りしめ、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「何があっても、俺が守るから」
俺が声をかけると、彼女は小さく頷いた。
アリソンが両手にマナを集める。
空気がビリビリと震えるような不快な気配。
「ユラさん、後ろを向いてください」
「……こう?」
「ええ、リラックスして」
アリソンは、ユラの頭を左右から挟むように手を近づけた。
一瞬、ふっと視界が白く染まるほどの光が溢れる。
「痛っ!」
「ユラ!?」
「ああ、副作用として少し頭痛がするので、それは我慢してください」
(やる前に言えよ!)
俺が睨みつけるのを意に介さず、アリソンは興味深そうに観察を続ける。
ユラは頭を押さえ、ふらつく足取りで周囲を見渡した。
その視線が、ある一点で止まる。
「この……近くに感じる。この街の中よ!」
「なんだと!?」
ギドンが驚愕の声を上げた。
(街の中に犯人がいるのか!?)
「くそっ。あれだけレベックの周囲を探しても見つからないわけだ。まさか街の中に潜伏していたとは!」
ギドンが悔しげに拳をテーブルに叩きつける。
(どうして街は安全だと思っていたんだ?)
「マナ認証が裏目に出ましたね」
アリソンが淡々と言った。
「犯人は犯罪歴がなく、自由に街を出入り可能な人物。外で手下に"仕事"をさせて、自身は"魔石化"させた成果物を持ち込み、悠々と街へと戻っていた?」
「魔石化?」
ギドンが聞き返す。
「こういった未確認の事象には、仮でもいいので名称を付けた方がスムーズに伝達できるものです」
「ふむ……その、魔石化したなら、マナ認証で検知できたはずだ」
「たしかにそうですね。別の仲間に魔石だけ預けたのか、あるいは別に検知をすり抜ける術があるのか」
(マナ認証には犯罪歴が反映されるのか?)
そういえばモーリンが言ってたような気がする。
たしかに、街を出入りするたびにマナ認証を通しているけど。
それ以外にも確証があるような言い方だ。
(くそっ、2人の会話についていけない。けど、今はどうでもいい)
「どちらにせよ、魔石を街の中に隠していたなら好都合だ。まずは現場を押さえる! そして取りに戻ったところを確保する!」
◇ ◇ ◇
俺たちはユラの感知に頼りながら、夜のレベックを慎重に進む。
「あの建物」
ユラが指差したのは、下街と上街の中間地点にある、一見すると普通の宿屋だった。
しかし、窓は全て厚いカーテンで閉ざされている。
「街の出入り口にも近い」
「魔石だけ隠しているのかもしれない」
「見張りが居る可能性もある。注意しろ」
重戦士の男が低い声で仲間に指示を出す。
俺たちは音もなく宿屋に侵入し、目的の部屋の前へとたどり着いた。
合図と共に、重戦士が蹴り破るようにして扉を開ける。
「動くな!」
部屋の中にいたのは、1人の男だった。
優雅に椅子に腰掛け、テーブルに広げた魔法陣の書かれた羊皮紙を眺めていた。
そして、その上にはいくつもの、美しい魔石が置かれていた。
「『ダイヤモンドライフ』だ! 下手なマネはするなよ? その首が落ちることになるぞ」
重戦士が大盾を構え、名乗りを上げる。
男は驚く様子もなく、ゆっくりと顔を上げた。
40代くらいか。
整った顔立ちだけど、目の下に濃い隈があり、どこか病的な印象を受けた。
「……そのダイヤなんたら、というのは君の肩書か?」
「ダイヤモンドライフ。レベックの上位クランだ!」
重戦士が威圧するように叫ぶ。
「意外性のない答えをありがとう。ところで、何をしにここへ来たのか、聞かせてもらえるか?」
「何を……って、その魔石を回収するためだ。貴様を捕えて首謀者の情報を吐いてもらう」
(この男はここで何をしていたんだ?)
魔石を見張っていた?
踏み込まれたんだぞ。
どうしてこんなに落ち着いていられる?
「……タケル。この男の声……聞いたことがある」
後ろで、ユラが頭を押さえながら震えだした。
「ユラ!?」
「どうして忘れていたの? あの時、たしかに私は聞いていたのに! 暗闇の中で……!」
ユラが青ざめた顔で、男を指差す。
(じゃあ、こいつが?)
「ほう、生き残りの獣人か」
男は興味深そうにユラを見た。
「どうやって私の元へ辿り着いたかは分からんが、何か答えを出したなら聞いてみたいものだが」
「お前が首謀者か!」
重戦士の男が戦斧を構える。
「ルードという。ただの魔術師だ」
「ルード……!?」
アリソンがその名に反応し、目を見開いた。
「魔石を回収してどうするつもりだ? 失った者は二度と返っては来ない」
ルードはテーブルの上の魔石を、まるで愛しい我が子のように撫でた。
「お前が言うな! 私の……仲間を!」
ユラの悲痛な叫びが響く。
「……復讐か。最も下らない感情の一つだ。その怒りのエネルギーを、別のことに使おうとは思わなかったのか?」
(ダメだ。こいつは)
話が通じない。
ユラは唇を噛みしめ、声も出せずに立ち尽くしていた。
その姿を見て、胸の奥で何かが切れた。
俺は叫び出しそうになる感情を必死に押し殺して、静かに剣を抜いた。




