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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第2章 レベック編

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第31話 レベックのギルドマスター

 翌日。

 俺とユラは、レベックの冒険者ギルドの最上階にある応接室に通されていた。

 重厚な木の扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように遮断される。


「呼び立ててすまないね」


 上座の革張りソファーに腰掛けていた男。

 ギルドマスターのギドンが、低い声で言った。

 昨夜の現場での厳格な雰囲気はそのままに、今はどこか観察するような鋭い眼光を向けてくる。


「いえ、俺たちからも、聞きたいことがありましたから」


 俺とユラはギドンの対面のソファーに座る。

 あまりに深く沈み込む高級な感触に、ユラが「ひゃう」と小さな声を上げて身を固くした。


(……この人、昨日より威圧感があるな)


 ふと、ギドンの斜め後ろに控える女性に目が留まる。

 黒縁眼鏡にきっちりとまとめた髪。

 秘書だろうか?

 俺たちが入室してから一度も顔を上げず、猛烈な勢いで手元の羊皮紙にペンを走らせている。


 カリカリカリカリ……。


(すごい速記だ。一言一句逃さないつもりか?)


「ああ、彼女のことは気にしないでくれ。メモを取るのが趣味なだけだ」


 ギドンが俺の視線に気づいて苦笑する。


「……取り調べの記録、ということですか?」

「違う違う! 妻の唯一の趣味でね。楽しみがこれしかないと言うんで、特別に許可しているんだ」

「妻!?」


 思わず声が裏返った。

 ギドンは白髪交じりの中年だが、女性は若く見える。

 親子と言われても違和感がない。


(ず、随分とお若い奥様ですね……)


 俺の失礼な視線にも動じない。

 妻と呼ばれた女性は無表情のままペンを動かし続ける。

 最後にチョコンと頭を下げた。


「では、改めて。冒険者ギルド、レベック支部のギルドマスター、ギドンだ」

「タケルです」


 俺は隣で縮こまっているユラに、肘で合図する。

 ユラはビクリと肩を揺らし、蚊の鳴くような声で名乗った。


「……ユラ」


 ギドンは軽く咳払いをして、本題に入る空気を醸し出す。


「では、まず君たちが聞きたいことから話していこう」


 ギドンはテーブルの上の資料を手に取る。


「セキレイの獣人、サライは無事だ。身体に何かを仕掛けられたような痕跡もなかった。やや衰弱していたが快方に向かっている」

「……よかった」


 ユラが心の底からほっとしたように息を吐いた。

 張りつめていた肩の力が抜ける。


「病棟はこのギルドを出て、向かい側の商業ギルドの隣だ。帰りに面会に行くといい」

「ありがとうございます」


 ギドンの表情が引き締まる。

 ここからが本題だと言わんばかりに。


「さてユラ君。君が以前さらわれた時のことを覚えているか? 私が聞きたいのはそれだ」


 俺は心配してユラの顔を覗き込む。

 彼女は覚悟を決めたように顔を上げた。


「……覚えてる。暗い部屋に閉じ込められて、仲間が1人ずつ別の部屋に連れていかれた。最後が私だったのに……誰もやってこなかった」

「ふむ。それで逃げたと」

「……そう」

「つまり、サライの時とは少し状況が違うようだ」


 ギドンは指を組んで続ける。


「彼女の場合、目の前で仲間が……魔法にかけられた」

「なっ……!」


(……魔法にかけられた)


 ギドンは言葉を選んでくれている。


 それでもユラは、口元を手で覆い絶句する。

 仲間が目の前で魔石を抜かれる。

 その光景を想像しただけで、胸糞が悪くなる。


「サライの記憶に混乱が見られるのは、その凄惨な現場を見てしまったからだろう」


(トラウマになるのも無理もない)


 あの追手たちでさえ「恐ろしい魔法」と言っていた。

 それを目の当たりにした彼女の心痛は計り知れない。


「君がさらわれたとき、雇い主は見たか? 何か話を聞いたりなどは?」

「……雇い主には会ってない」

「そうか。ありがとう」


 ギドンは短く礼を言い、妻の方へ目配せをした。

 妻は無言でページをめくり、新しい紙に書き込みを始める。


「ユラから情報を聞き出すために呼んだんですか?」


 俺は少し語気を強めて言った。


「当然だ。彼女は重要な証人だ」

「それは分かりますけど……思い出したくないことだってあるでしょう」

「君たちも分かっているだろう? この事件はまだ終わっていない」


 ギドンの冷徹な言葉に、俺は押し黙るしかなかった。


「と、いうよりも何も解決していない。サライの生還は既定路線だった。あの追手も、彼女を殺すつもりはなかったのだから」

「じゃあ、俺たちのやったことは無駄だったと?」

「無駄ではない。敵の情報が手に入った。……だが、そのやり方には一言、言いたくなるがな」


 ギドンは鋭い眼光を俺に向けた。


「じゃあ、どうしたらよかったんだ! 見捨てろってことですか?」

「一緒に逃げるべきだった。そしてギルドに助けを求める。それがあの場面での『正解』だ」


 ギドンはソーサーにカップを戻し、カチャリと硬質な音を立てた。


「君は水属性の魔法使い《ソーサラー》だろう? 〈フォッグ・クラウド〉で霧を展開しながら全力で走る。それだけで、あの程度の追手なら撒けたはずだ」


(スキルのことまで?)


 俺は驚いて目を見開く。

 確かに昨夜、霧を使ったけど……。


「あの追手の取り調べをしたんだ。『霧の中で奇襲を受けた』とな。私が君の手の内を知るのは当然だろう?」

「たしかに……そうかもしれません。でも――」

「救難信号で援軍を呼んだことは、いい機転を利かせたものだ、と褒める者も居るだろう。しかし、私はレベックの管理者の1人として警告しなくてはならない」


 ギドンは身を乗り出し、父親が子供を諭すような、しかし絶対的な重みのある声で言った。


「救難信号は、動けなくなった時や、命の危険にさらされた時にのみ、使われるべきだ」

「それは……」

「君は逃げられた。逃げる手段を持っていた。にもかかわらず、厚かましくも追手を捕えようと色気を出したために、自らを危険に晒したのだ」

「……」


 反論できなかった。

 図星だったからだ。


「タケルが逃げたら、何の情報も手に入らなかった!」


 ガタリ、とユラが立ち上がって叫んだ。

 その拳は白くなるほど握りしめられている。


「それは結果論だ。ネームレスの到着が数分遅れていたら、彼は殺されていた」

「それは……」


 ユラの言葉が詰まる。肩が小さく震えていた。

 悔しさと、そして安堵が混ざったような震えだった。


「賭けに出る場面ではなかった。君たちはまだ、命をチップにするには若すぎる」


(何も……言い返せない)


 ……そうだ。

 俺は勝てると思っていた。

 犯人を捕らえて、ユラを助けて、かっこいいところを見せられると思い込んでいたんだ。

 それがどれほど傲慢で、危ういことだったのか。


「まあこの辺りは、ネームレスが既に言ったかもしれんがね」


 ギドンはドカッとソファーに背を預け、ふぅと息を吐いた。

 室内の空気が、ふっと緩む。


「ユラ君! サライと比べるまでもない。君も十分に地獄を見たはずだ。なのに犯人を追おうとした。その勇気は称えられるべきだ」

「ゆ、勇気って……そんなんじゃないし」


 急に褒められて、ユラがもごもごと口ごもる。


「タケルもだ。水属性の使い手は今や貴重だ。それに水魔法なら戦闘以外でも使える場は多い。消火、給水、開墾……将来有望だ」


(このおっさんは……)


「立場上、言わなければならないこと、聞かなければならないこともある。だが、君たちのような行動力のある若者が、レベックを支えてくれたらと、心から思う」

「あ、いや……なんか俺も熱くなっちゃって。すみません」

「大人からの小言を聞くのも、若者の役目と思ってくれ」


 ギドンはニカっと、豪快な笑みを見せた。

 横に控える奥様も、ペンを止めて眼鏡の奥で微笑んでいるように見えた。


 ◇ ◇ ◇


 ギルドを出た後、俺たちは教えられた病棟へと向かった。

 白い壁に囲まれた静かな部屋で、サライはベッドに上半身を起こしていた。


「あ……」


 俺たちの顔を見ると、サライの瞳に光が戻る。


「ありがとう……ございました」

「無事でよかった」


 ユラがベッドの端に座り、サライの手を握る。

 その手に昨日のような震えはなかった。


 しばらく他愛のない話をして、サライの表情が和らいだ頃だった。

 彼女が不意に、俺の袖を掴んだ。


「あの……私、声を聞いたの」

「声?」

「さらわれて、逃げる前……壁の向こうから」


 サライは周囲を気にするように声を潜める。


「『レベックの仕掛けは、もうすぐ終わる』って」


(仕掛け?)


 俺とユラは顔を見合わせる。


 ここでまだ、何かが起ころうとしている?


 窓の外、レベックの街は夕暮れに染まりつつあった。

 その美しい景色の裏で、見えない歯車が軋み始めているのを、俺は肌で感じていた。

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