第29話 格の違い
上空で弾けた赤色の光が、夕闇に沈みかけた草原を不気味に照らし出した。
救難信号の余韻が消える頃。
3つの人影が俺の目の前に現れた。
揃いの革鎧に、目深にかぶったフード。
手にはそれぞれ、短剣や棍棒が握られている。
荒野で見た連中よりも、手慣れた雰囲気が漂っていた。
「チッ……面倒なことを」
先頭に立つ男。
リーダー格と思われる短剣使いが、空を見上げて舌打ちした。
「馬の足じゃ、今から追っても間に合いませんね」
後ろに控える棍棒の男が、逃げたトラベルの方角を見て言う。
「ああ。それにあの信号だ。近くに高ランクの冒険者がいりゃあ、すぐに嗅ぎつけてくる」
「どうする? 撤退するか?」
「いや……」
リーダーの男が、値踏みするような冷たい視線を俺に向けた。
「顔を見られた。それにこのガキ、エナック持ちだ。てことはアカデミーのボンボンだ。生かしておくと面倒なことになる」
(やっぱり、そう来るか)
俺は剣の柄に手をかけ、震える足を地面に踏ん張る。
「おい、それは命令に無いだろ! 引き上げようぜ」
棍棒の男が焦ったように言うが、リーダーは聞く耳を持たない。
「数分で済む。……やるぞ」
その一言で、空気が張り詰めた。
3人が扇状に広がり、包囲網を敷く。
俺は時間を稼ぐために、声を張り上げた。
「お前たち、『ヒューマンズ』なのか?」
「はあ?」
リーダーが怪訝な顔をする。
「なんだそりゃ。知らねえよ、そんなクズ共」
(違うのか……?)
その反応は演技には見えなかった。
思想犯じゃない。
金で雇われた実行部隊か。
だとしたら、交渉の余地はない。
「死ね、ガキ」
リーダーの男が地面を蹴る。
(速い……)
同時に左右からも男たちが迫ってくる。
(1対3。まともにやり合えば一瞬で終わる!)
俺は大きく息を吸い込み、マナを練り上げた。
〈フォッグ・クラウド〉
ブワァッ!
濃密な白霧が、爆発するように広がる。
一瞬で視界が真っ白に染まり、男たちの足を止めた。
「くそっ! てめえ、魔法使いか!?」
男たちの狼狽する声が、霧の中で反響する。
視界は奪った。
けど、俺には〈探知〉がある。
(やるしかない! 1人だけでも捕える!)
俺は〈探知〉の反応を頼りに、一番近くにいたリーダーの男へと音もなく接近した。
抜刀する音さえ消すため、鞘に収めたままの剣を構える。
(一撃入れて、怯んだ隙に距離を取る!)
霧の中、男の背中が無防備に見えた。
(いける!)
俺は踏み込み、渾身の力で剣を叩きつけた。
ガキンッ!
硬い金属音が響く。
手首に痺れが走った。
男は振り返りもせず、背中に回した短剣で俺の一撃を受け止めていた。
「なっ……!?」
「良い手だと思うぜ。相手に〈探知〉持ちがいなけりゃな!」
男はニヤリと笑い、振り返りざまに回転蹴りを放つ。
「ぐっ!」
ドスッ、と重い衝撃が腹に突き刺さる。
胃の中身が逆流しそうな吐き気と共に、俺の体は霧の外へと吹き飛ばされた。
「がはっ……」
地面を転がり、受け身も取れずにうずくまる。
「魔法使いのくせに殴りかかってくるとはな。いい度胸だ」
霧が晴れていく中。
リーダーの男がゆっくりと歩み寄ってくる。
後ろでは、残りの2人もニタニタと笑っていた。
(くそっ……レベルが違う……)
魔法も、奇襲も、通じない。
これが対人戦のプロか。
男は俺の胸ぐらを掴み上げると、短剣の切っ先を喉元に突きつけた。
「はい、終わり。最後に言い残すことはあるか? 坊ちゃん」
冷たい刃の感触が肌に触れる。
(……無理だ)
魔法も、強化も、間に合わない。
行動を起こせば、次の瞬間に首を切られる。
(終わるのか? ここで)
死の恐怖が全身を駆け巡る。
男の手が動き、刃が食い込もうとした。
その時――
ヒュンッ!
鋭い風切り音が鳴り、男の足元の地面に何かが突き刺さった。
銀色の矢だ。
「あ?」
男が動きを止める。
俺の視線の先。
霧が晴れた草原の向こうから、凛とした声が響いた。
「はい、そこまで!」
現れたのは、3人の影だった。
先頭には、巨大剣を背負った短髪の男。
その隣には、勝気な瞳をした女魔法使い。
そして少し後ろに、細身の優男風の弓使いが、にこやかな表情で矢を番えていた。
「なんだあ? てめえらは?」
リーダーの男が不機嫌そうに吐き捨てる。
しかし、弓使いの男は細めた目を開くことなく、穏やかに告げた。
「『ネームレス』のエリック。……と言えば、その物騒なナイフを収めてもらえるかな?」
その名を耳にした瞬間。
俺を取り押さえていた男の顔色がさっと変わった。
「『人形遣い』!?」
「ま、まさか……なんでこんなところに『ネームレス』がいるんだよ!」
後ろの2人も、悲鳴のような声を上げて後ずさる。
(ネームレス? 有名な冒険者なのか?)
エリックと名乗る弓使いは構えたまま、首をかしげて見せた。
「救難信号が見えたから、寄ってみただけだよ。……で? どうする?」
言葉は丁寧なのに、その糸目の奥には一切の笑いがなかった。
リーダーの男は忌々《いまいま》しげに舌打ちをし、俺から手を離した。
「……分かった。降参だ」
男は短剣を収め、両手を上げる。
「俺たちは引く。見逃してくれ」
「いいよ。行きな」
エリックがあっさりと許可を出す。
男たちは安堵の表情を浮かべ、背を向けて去ろうとした。
「ダメです!」
俺は痛む腹を押さえながら叫んだ。
「俺の仲間が、こいつらにさらわれたんです! 事情を聞きたいんです!」
「おっと」
エリックが意外そうに眉を上げる。
「だってさ。……なんだ、君たち、ただの野盗じゃなかったのか」
「チッ、逃げろ!」
リーダーが叫び、3人が一斉に走り出す。
「逃がすわけないだろ。――クリス、拘束して」
「はーい」
クリスと呼ばれた女魔法使いが杖を振るった。
地面から水流が蛇のように湧き上がる。
逃げ出した3人の足に絡みついた。
水は瞬時に締まる。
男たちを転倒させて雁字搦めにする。
(なんだ、あの魔法は?)
「うわっぷ!?」
「離せッ!」
もがく男たちを見下ろし、大剣の男が低く呟く。
「……捕らえたぞ」
あっという間の出来事だった。
俺が命がけで戦っても敵わなかった相手を、彼らは息をするように制圧してしまった。
エリックが俺の方へと歩いてくる。
「ああ、そうそう。救難信号を出して助けられたら、緑の信号を上げるんだ。それが"終わった"合図だからね」
「は、はい」
俺は震える手でエナックを操作し、緑の信号弾を打ち上げる。
夜空に緑色の光が広がり、戦いの終わりを告げた。
「助けた方が上げることもあるけど、無事だった場合は、救助された側が上げるのがマナーなのさ」
エリックは優しく微笑むと、俺の肩をポンと叩いた。
そして、拘束された男たちの方へと向き直る。
「さて……詳しい話を聞かせてもらおうか」
拘束された男の1人が、小さく喉を鳴らした。
エリックの背中からは、先ほどまでの穏やかさとは違う、冷徹な空気が漂っていた。




