第28話 囮
馬装の手順は、馬具の購入時に厩舎で教わっていた。
頑丈な革製のそれは、装備品と同じくらいの値が張った。
レベックの町から少し離れた草原。
日の光を受けて、黄金色にきらめいていた。
愛馬トラベルの背に揺られながら、ゆったりと風を切る。
手綱を握る手に力は入っていない。
ただ互いの呼吸を感じるように、ゆっくりと駆けていく。
時折、トラベルは耳をぴくりと動かし合図に応える。
それは言葉を交わさずとも通じ合う、2人の穏やかな時間だった。
「すごいな、ユラは」
荷物持ちの俺は、走って追いかけながら声を上げた。
「集落にも馬が居たから」
ユラは鞍の上で器用に振り返る。
「荒野の時に、言ってくれたらよかったのに」
「荷物が多かったし。それに、馬と一緒にいるタケルが乗れないなんて思わないでしょ」
彼女は呆れたように笑って手綱を引いた。
トラベルが歩調を緩める。
「交代しましょ。ここまで走ったんだから」
「いいのか? よし。トラベル、乗るよ」
俺は鐙に足をかけ、ぎこちなく鞍へと腰を下ろす。
(けっこう硬いな)
革の感触が尻に伝わる。
これ、長時間乗るのはきついかも。
クッション的なのが欲しい。
けれど、視線を上げた瞬間。
初めての高さに息をのんだ。
いつも見慣れた景色が、まるで別世界のように見えた。
(こんなに、目線が変わるのか……)
「行こうか」
俺は腹に脚で合図を送る。
トラベルはゆっくりと歩き出した。
一定のリズムで草原を揺られる。
「ずっと閉じ込めて、ごめんな」
首筋を撫でると、トラベルは嬉しそうに鼻を鳴らした。
(大人しい子だけど、本当はもっと走りたかったりするのかな?)
そんな感傷に浸っていると、バランスを崩しそうになった。
「っと……。もう少し慣れるまで待ってくれ」
手綱を引くと、トラベルはぴたりと足を止めた。
言うことを聞いてくれるのが愛おしい。
俺は再び脚で合図し、慎重に草原を進んでいった。
◇ ◇ ◇
さらい屋の手口。
採取中の亜人や獣人を狙っている可能性がある。
俺たちはレベック周囲の採取ポイントをしらみつぶしに探すことにした。
いくつかのポイントを回ったが、成果は芳しくない。
「特に怪しい人はいないな」
(さすがに、そんなすぐに見つかるわけがないか)
すれ違った亜人や獣人には声をかけておいた。
あくまでも、そんな噂があるから気をつけて、という程度だ。
しかし、皆一様に不安げな顔をするのが印象的だった。
日が傾きかけた頃。
俺たちは岩場に近い採取ポイントへと差し掛かった。
「……タケル、あそこ」
ユラが鋭く囁く。
彼女の視線の先。
岩陰に何かがうずくまっているのが見えた。
(人の反応)
俺たちは顔を見合わせ、慎重に近づく。
そこにいたのは、ボロボロの衣服をまとった少女だった。
背中には小さな羽。
鳥の特徴を持つ獣人だ。
「……っ!」
俺たちに気づいた少女が、ビクリと体を震わせて後ずさる。
その目には強烈な怯えが宿っていた。
「大丈夫! 何もしないわ」
ユラがフードを取り、自身の獣耳を見せて呼びかける。
同じ獣人だと分かったのか、少女の強張った肩がわずかに緩んだ。
「……助けて、ください」
蚊の鳴くような声だった。
◇ ◇ ◇
少女の名前はサライといった。
トリ族のセキレイの獣人で、18歳だという。
彼女に水と食料を与え、少し落ち着いたところで話を聞いた。
「さらわれた後、暗い場所に閉じ込められて……」
サライは震える手でカップを握りしめている。
手首や足首には、鎖を引きちぎったような赤黒い痕が残っていた。
「どうやって逃げたの?」
「分かりません。気がついたら、扉が開いていて……見張りもいなくて……必死で走って……」
彼女の話を聞いているうちに、俺の中に違和感が募っていった。
(何かがおかしい)
俺はサライの足元の傷を見る。
鎖を引きちぎった痕はあるが、それにしては傷が浅い。
それに、見張りがいない?
仮にも犯人は危ない橋を渡っているのに、そんな杜撰なことがあるのか?
「逃げ道が……用意されてたみたいだな」
俺がポツリと言うと、ユラがハッとして顔を上げた。
「……そういえば」
「ユラ?」
「私の時も、そうだった」
ユラは自分の記憶を探るように視線を彷徨わせる。
「拘束が甘かったの。それに、逃げ出した後も、しばらく追手が来なかった。まるで、距離を取らせるみたいに」
「わざと逃げるように仕向けた?」
「なんのために?」
「自宅を特定するためか……とか?」
(いや、それなら荒野の途中で襲ってきたりはしない)
俺は荒野での出来事を思い出す。
あの時、追手は確実に俺たちを殺しに来ていた。
いや、ユラを連れ戻そうとしていた?
わざと逃がしたのに、なぜ追手なんか――。
「はっ」
(そうだ、追手!)
サライにも、追手が来てるかもしれない!
そいつを捕えて口を割らせるか?
いや、待て。
危険すぎる。
どんな奴が来るかも、何人来るかも分からないんだ。
けど、ここで逃げたら、サライへの追手の問題は残る。
それに情報を手に入れるチャンスなのは間違いない。
「ユラ! 聞いてくれ」
俺は覚悟を決めて、2人に顔を向けた。
◇ ◇ ◇
「私も残るわ!」
俺の作戦を聞いたユラが即座に反論した。
「3人じゃ逃げ切れない。トラベルに乗れるのは2人までだ」
「でも、タケル1人を置いていけない!」
「戦うんじゃない。囮になって時間を稼ぐだけだ」
俺はエナックを取り出す。
「この救難信号を使う。ここならレベックからも近い。すぐに助けが来るはずだ」
「でも……!」
「ユラ!」
俺は彼女の肩を掴み、真っ直ぐに目を見る。
「サライを守れるのは、ここにはユラしかいないんだ。彼女を連れて、安全な場所まで走ってくれ」
「……っ」
「俺が戦えるのは、ユラも知ってるだろ?」
ユラはサライの方を見た。
小刻みに震えている少女。
彼女を守りながら戦うことは不可能だ。
「……分かった」
ユラは唇を噛みしめ、頷いた。
「絶対に、無事でいて」
「ああ、約束する」
俺は2人をトラベルに乗せる。
「頼んだよ、トラベル」
鼻先を撫でると、トラベルは力強く身震いした。
ユラが手綱を握る。
「行くよ!」
馬蹄の音が草原に響き、2人と1頭が走り去っていく。
その背中が見えなくなるまで見送ってから、俺は振り返った。
(……さて)
〈探知〉スキルでマップの端から人が来るのが分かる。
こちらに向かって一直線に近づいてくるのが見えた。
(やっぱり、追ってきたんだな)
俺はエナックを空へと掲げる。
トリガーにマナを込めた。
ヒュルルル……ドンッ!
赤い閃光が、夕暮れの空に弾けた。




