第18話 猫と魔石
太陽が地平線の向こうへとゆっくりと沈んでいく。
空は色を変えながら、荒野の起伏に長い影を落としていた。
「あっ、忘れてた!」
「なに?」
「知り合いに報告しておかないといけないことがあるんだ」
俺はエナックを取り出し、マナを流して起動させた。
「……人間は、そんな若さでエナックが持てるのね」
「カホンのギルドで世話になってる人から貰ったんだ」
「貰ったって……」
「まあ、色々あってね」
ユラの視線でカホンでのことを思い出す。
(そういえば……)
エナックは初期費用も維持費も高額だから、持てない人も多いって聞いたな。
あまり人前で見せない方がいいのかも。
「クエストでレベックに向かってるんだけど、馬車が壊れて俺だけ行くことになったから、それだけ伝えとかなきゃ」
メッセージを入力しながらユラに説明する。
「……それで、こんなところに1人で居たのね」
「まあね。ユラも似たようなもんだろ?」
(俺の事情を話しておけば、ユラも話しやすいかな)
◇ ◇ ◇
どこか不気味なほどの静けさが支配する荒野。
枯れ草を揺らす風の音だけが、かすかに響いていた。
「本当にできるの?」
「できるわよ」
俺がナイフを差し出すと、ユラはためらうことなく受け取った。
「ああ、水がいるよな」
俺は桶を用意して、エナックにマナを込める。
前回の失敗を思い出しながら。
慎重に、ゆっくりと……。
ドバババッ!!
「うわっ、またかよ!」
勢いよく噴き出した水が桶から溢れ出る。
俺のブーツを濡らした。
「……」
(無言やめてよ)
「……いや、これむずくない?」
言い訳がましく言う俺に、ユラは呆れた顔で手を差し出す。
「水晶持ってたら、貸して」
(そうか。エナックは俺のマナと紐づけてるから)
水の水晶を受け取った彼女は、指先にほんの少し力を込める。
水はまるで糸のように細く流れ出し、ナイフを洗い流していく。
「マジか……」
(なんだこれ、水属性の能力者とか?)
目を丸くする俺に、ユラは何気なく言った。
「こんなの、誰にだってできるわよ」
「ホントに?」
(「誰にだって」はさすがに盛ってない? 獣人の種族特性とか……?)
「あんな派手な炎を操れるのに」
ため息混じりにユラが言う。
「あれはスキルだしなあ」
「そのせいかもね」
「え?」
「マナは、日常でも使うものだから。スキルに頼りすぎて、感覚が鈍ってるんじゃない?」
「なるほど……?」
(そうか!)
彼女たちはこの世界で育ってる。
マナを使うのが当たり前なんだ。
ふと、ユラが俺の顔をじっと見つめる。
その目はどこか不思議そうだった。
「……っと。日が暮れる前にキャンプの準備しないと。あっちの鳥も持ってくるから、解体頼むね」
「うん」
「ああ……そうだ。トラベルにご飯あげないと」
俺は手際の悪さを全開にしながら、あたふたと動き回った。
◇ ◇ ◇
(燃やすものは……けっこう落ちてるもんなんだな)
拾い集めた枯れ木を組む。
俺はムスターのキャンプを思い出しながら、見よう見まねで焚き火台を作った。
(木の量は……こんなもんかな)
準備が整ったところで、エナックを手に取る。
……そこでユラの視線に気づく。
じーっと、俺の手元を見ている。
(うっ、なんかプレッシャー……)
意識しすぎたのか、マナを送り込んだ瞬間──。
ボワッと爆発するように火が立ち上った。
「あっぶ!」
火は一瞬で消えた。
肝心の木には着火していなかった。
(く~……)
「もう一回!」
リベンジしようとした瞬間。
ユラの手が、そっと俺の手に重なった。
ひんやりとして、少しざらついた感触。
「マナを送る時はね、少し傾けるようなイメージをするの」
「……傾ける?」
「そう」
(傾ける……)
意識を集中させる。
慎重にマナを送る──。
小さな種火が生まれ、枝先に移った。
パチパチと、小気味よい音が鳴り始める。
「できた! おおー、できたよ!」
「もう、こんなことで……」
呆れたような口調だった。
けれど、炎に照らされたユラの頬には、わずかに笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
「全部は持っていけないから」
解体を終えたユラが言う。
足元にはきれいに捌かれた肉が並んでいた。
「うん、必要な分だけでいいよ。ありがと」
「あとこれ」
彼女が渡してきたのは、うっすらと光る石。
「おー、魔石でたの!? ラッキーだったね。あとで山分けしよう」
「山分けって……倒したのはあなたでしょ」
「ユラも一緒に戦ってくれたじゃん」
「戦ったって……」
「──あ、そうだ。チーズもあるんだった!」
俺は話をそらすように、鞄の中を探りに行く。
ユラは塩をまぶしたランドラプターの肉を、削った木に刺していた。
(これって……)
「焼き鳥だ!」
「そうね」
「俺も手伝う」
「ヤホァをかけると、もっと美味しくなるんだけどね」
「ヤホア?」
(発音がむずかしいな)
「知らない? ヤホァっていうソースがあるの」
「初めて聞いたよ。へぇ、食べてみたいな」
(どんな味だろ?)
「辛いわよ。舌が痺れるくらい」
ユラは軽やかに串を回しながら、肉を焼いていく。
ジュッと、脂が落ちて香ばしい音が上がった。
「そうなんだ。地元の味なの?」
「ううん。ヤホァはカーヌーンから伝わってきたって聞くけど」
(知らない単語が多い。……あんまり聞くと嫌がるかな?)
「カーヌーンって町があるんだ?」
「私も行ったことはないけどね。砂漠なのに果物がたくさん採れるみたいよ」
「なにそれ! 面白い!」
(砂漠で果物……? オアシス都市みたいな感じか?)
焼き鳥の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
よく見ると、火が通りやすいように切れ目が入っていた。
(料理に慣れてそうだな)
「聞いていいのかな。ユラは何の獣人なの?」
「マヌルネコよ」
あっさりとした返答だった。
(マヌルネコ……ってどんな猫だっけ?)
「猫の獣人なんだ」
「マヌルネコよ。猫って一緒くたにしないで」
少しムッとしたように訂正される。
「ああ、……ごめん」
(うわ、こういうのちゃんと覚えとかないと……また言いそうだ俺)
「ホントに……そういうの知らないのね」
ユラはふっと笑った。
ほんの少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
(怒ってはない、よな)
◇ ◇ ◇
「そろそろ、いいよ」
「待ってましたー!」
俺は焼きあがった串を一本手に取る。
「あちっ、あち……んんっ!」
そのままかぶりついた瞬間。
旨味が口いっぱいに広がった。
「うまい!」
香ばしく焼けた肉のジューシーさ。
それを追いかけるように大粒の塩がキリッと効いて、肉の甘みがさらに引き立つ。
「そう、よかった」
ユラは静かに微笑んだ。
(鳥の味がめちゃくちゃ旨いな……)
「すごいよ、こんなの作れるの」
「切って焼いただけよ」
ふー、ふー、と息を吹きかけながら、彼女は自分の串を冷ましていた。
(やっぱり猫舌なの? って聞いたら怒りそうだな)
「いや、解体できるのもすごいしさ」
「家ではそういうのが当たり前だったから」
「そっか~」
(獣人の暮らしも気になるな。いつか行ってみたいな)
◇ ◇ ◇
食事がひと段落したところで、ユラはポツリと話し始めた。
その声は、焚き火の音に溶け込むように静かだった。
「獣人や亜人をね、さらう人たちがいるの」
「……さらう?」
俺は言葉を失った。
彼女の中にある現実の重さが、唐突に突きつけられる。
「それって……奴隷商みたいな?」
「似たようなものだけど、もっとタチが悪いわ」
ユラは俺の顔を一瞬だけ見て、すぐに目を伏せた。
「ヒトと獣人や亜人たちの違いって分かる?」
「……種族の違い?」
(大きな耳があるとか、尻尾があるとか……そういうことを聞いてるんじゃないよな……?)
「魔石があるかどうか、よ」
彼女の口調は落ち着いていた。
それが余計に怖かった。
「……え?」
魔石。
モンスターを倒すと手に入る。
あの宝石のような結晶。
ユラは、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。
「私たち獣人や亜人の体の中には、魔石があるの」
「そん……な……」




