第17話 少女と羽
「なに! 裸の獣人がそんなに珍しいの!?」
「いや、ど、どういう……え? 裸!?」
(裸……? モフモフでよくわからんかった)
霧橋の宿で見た、衣服をまとった亜人たちの姿が脳裏をよぎる。
そうか、彼らは服を着ていた。
それがこの世界の普通なんだ。
(でもなにがあったら、そんな状況になる?)
俺は荷物から予備の服を取り出す。
「もし服が必要なら……これ、よかったら使って」
俺は目を逸らしながら、できるだけ穏やかな声で差し出した。
彼女は一瞬ためらったけど、すぐに奪い取るようにして受け取った。
「……ありがと」
かすれた声だったが、その言葉には確かな感謝が込められていた。
彼女が着替え終わるのを待って、俺は振り返った。
(おお……獣人だー。モフモフの獣人だ。すごい、ちっこいモフモフだ)
心の中でテンションが上がるが、表には出さないよう努める。
「……なに?」
不機嫌そうに睨まれ、俺はあわてて視線を外した。
「いや……なんでもない」
(なんか話したいけど、何があったのか聞いてもいいのか……?)
「どこに行こうとしてるの?」
「……家に帰るのよ」
ぶっきらぼうな返事。
「レベック?」
「違う。……でもレベックの近く」
「俺はレベックまで行くから、よかったら一緒に行かない?」
俺は水を差し出しながら、自然な調子で誘いかける。
彼女の手が水に伸びる。
けれど、その途中でピタリと止まった。
(迷ってる? 人間への警戒心か?)
獣人は人間が嫌いとか……。
種族間で色々あるのかもしれない。
彼女が口を開きかけた、その時だった。
「私は——」
「待って! 何か来る」
俺は〈探知〉の反応に気づき、彼女の言葉を遮った。
「……誰……が?」
獣人の少女の声が、微かに震えている。
その瞳には、明確な恐怖が宿っていた。
俺はマップを素早く確認した。
赤い点。
人じゃない。
「モンスターだ!」
咄嗟に剣を握り駆け出した。
しかし、途中で思い出したように立ち止まる。
「ごめん、この子、頼む! トラベルって言うんだ!」
「あ、えっ……ちょっと……!」
彼女に手綱を押し付け、俺は返事を待たずに駆け出した。
◇ ◇ ◇
(数が……多い!)
土煙の向こう、集団で駆けてくる影を捉える。
俺はすぐさま〈鑑定〉を発動した。
〈ランドラプター/土属性/レベル:4〉
全身を硬質の羽で覆われている。
ダチョウのような二足歩行のモンスター。
機敏で、蛇行するような不規則な動きで接近してくる。
(レベル4が……5体!)
まっすぐ来ないな。
的を絞らせないような動きだ。
地を蹴る音が連続し、乾いた土を巻き上げる。
(距離を詰められる前に数を減らす!)
「先手必勝!」
〈インパクト・フレア〉
俺の指先から火球が放たれ、モンスターの隊列の奥へと飛んでいく。
直後、連続する爆発が起こる。
激しく砂塵が舞い上がった。
(避けられた……? いや、俺が外したのか?)
奴らは爆発の直前に散開していた。
統率が取れているような行動だった。
「くそっ!」
今度は素早く〈ファイヤー・アロー〉を連射する。
火の矢が数体に命中し、動きが鈍る。
(羽が燃えたり……はしないのか!?)
「羽に気をつけて!」
後方から、少女の叫び声が飛んでくる。
「羽?」
(なにか仕掛けてくるのか……?)
ランドラプターたちが立ち止まる。
そして、一斉に頭を下げる。
背を突き上げるような構えを取った。
その瞬間。
背中の羽が逆立ち、弾丸のように飛んでくる。
「っ!」
咄嗟にマントを巻いた左腕で顔を庇う。
「いってぇ……!」
数本の羽がマントを貫通して腕に突き刺さっていた。
まるで投げナイフだ。
モンスターは再び走り出す。
俺は〈ファイヤー・アロー〉で牽制しながら考える。
(このままじゃジリ貧だ)
もう少し……こっちに引き寄せてからじゃないと。
俺は〈探知〉で敵の位置を見極める。
適切な位置まで引き込んだと判断して、スキルを発動させる。
〈フォッグ・クラウド〉
霧が地面を這うようにして広がり、一帯が濃霧に包まれる。
視界を奪われたランドラプターたちは、勢いのまま霧へと飛び込んだ。
(やばい、荒野の風で霧が流される……。これじゃ、すぐに視界が晴れる)
しかし、その一瞬の視界不良が奴らの足を止めた。
警戒して密集した瞬間。
「この位置なら!」
〈フレイム・ランス〉
巨大な炎の槍が一直線に走る。
霧の中のモンスターをまとめて貫いた。
熱風が霧を吹き飛ばし、視界が開く。
3体が吹き飛んだ。
しかし、2体が爆風を抜けて走り抜けていった。
(撃ち漏らした!?)
その先には、トラベルを守るように立つ少女の姿があった。
彼女は落ちていた石を拾って、モンスターに向けて投げつける。
「こっちに来なさい!」
ランドラプターが羽を構える。
(あいつ……!)
彼女の姿が、誰にも助けを求められず、たった1人で絶望と戦っていた過去の自分と重なった。
考えるより先に俺の体は動いていた。
〈フィジカル・ブースト〉
強化された脚力が地面を蹴る。
彼女に覆いかぶさるように飛び込んだ。
ザシュッ、ザシュッ!
鋭い羽が、俺の肩や背に容赦なく食い込んだ。
「ぐっ……!」
(痛すぎんだろ、これ……!)
けど、動かない体の苦しみよりはずっとマシだ。
俺はそのまま剣を抜き、痛みごと敵へ突っ込んだ。
(ブーストが切れた……でも! 間に合う!)
間合いを詰める。
硬直した1体の首を一閃で断つ。
残るもう1体が、仲間が全滅したのを悟ったのか逃げ出そうとする。
「逃がすか!」
〈インパクト・フレア〉
指先から発射された火球が、逃げる背中を的確に捉える。
連鎖する爆発がモンスターを空中に弾き飛ばす。
地に落ちた時には、土煙と共に動かなくなっていた。
(この距離なら……外さないよ)
指先から煙が立ち昇る。
皮膚が軽く焼け焦げていた。
「いって~……」
俺の腕や背中には、無数の羽がハリネズミみたいに刺さったままだった。
「大丈夫?」
獣人の少女が駆け寄ってくる。
その耳がぺたりと伏せられている。
「平気。君こそ怪我は?」
「私は大丈夫」
(トラベルも、無事だな)
「ねえ、これって毒とか無いよね?」
俺は腕に刺さった羽を指差して聞く。
「毒は、聞いたことないわ」
「それなら……良かった」
俺は羽を1本ずつ引き抜く。
(うおぉお、痛えぇぇ……)
脂汗を流していると、少女が背後に回り込んでしゃがむ。
「背中……刺さってるから」
そう言って、躊躇なく羽を引き抜いていく。
(うっ……。けっこう容赦ないな……)
でも、その手つきは震えていた。
モンスターへの恐怖と、俺を心配してくれているのが伝わる。
「……ありがとう」
痛みをこらえながら、礼を言う。
「私こそ、……ありがと」
◇ ◇ ◇
〈ヒール〉を発動しながら、俺は尋ねた。
「ねえ、名前、聞いてもいい? あ、俺はタケル」
「……ユラ」
(ユラ、か)
「ユラは何歳なの?」
「24」
(年上だったのか……。見た目は中学生くらいなのに)
「タケルは?」
「俺、いくつに見える?」
「は?」
一瞬。
ユラの目が鋭くなった気がして、俺は慌てて答える。
「18歳です!」
(こっわ……)
「……人間の歳って、あんまり分からない」
「たぶん……人間も同じように思ってるんじゃないかな」
一時の静寂が流れた。
俺は、気になっていたことを切り出す。
「ユラは、誰かに追われてるの?」
ユラはびくりと肩を震わせ、立ち上がった。
尻尾が大きく膨らんでいる。
「……どうして?」
「なんとなく、そう思っただけ」
(あの怯え方、ただ事じゃない)
なのに、あんな格好で、こんな荒野に1人でいるなんて。
「方向は同じなんだろ? 君の家まで送るよ」
ユラが目を伏せ、風の音が間を埋める──。
そうして、ようやく言葉を返した。
「そんなことされても……私には返せるものがない」
(さっき、自分の身を挺してトラベルを守ってくれた)
それだけで十分だ。
「じゃあさ、俺の知らないことを教えてよ」
「あなたが何を知らないかなんて、分かるわけないじゃない……」
ユラはうつ向いたまま、かすれる声で答える。
「獣人のこと教えてよ。俺、初めて会ったからさ。知らないことだらけで」
「そんなこと、で……?」
ユラは驚いたように、少し顔を上げた。
「裸では歩かない、ってことは知ってる」
俺が茶化すように言う。
ユラはきょとんとして、それから小さく吹き出した。
「……いいわ。教えてあげる」
その笑顔は、この荒野で初めて見せた穏やかな表情だった。
俺の胸に、何とも言えない温かさが広がっていく。
ようやく彼女の心に触れられたような気がした。




