第14話 荒野の攻防
ワイバーンの口が青白く輝いた。
次の瞬間、風を裂くような音とともに圧縮された空気が放たれた。
ブレスだ。
耳を裂く風鳴りが迫る。
「ぐわっ!?」
一気に砂が巻き上がる。
体は木の葉のように吹き飛ばされる。
数回転しながら、背中から枯れた井戸の縁に叩きつけられて止まった。
「痛った……」
(なんだ今の……くそっ)
よろけながら立ち上がる。
擦り傷が腕を走り、新調したばかりのマントは裂けてぼろぼろになった。
皮鎧を着ていなければ、背骨が折れていたかもしれない。
(ムスターは……よし、無事だな)
〈ヒール〉で自分の傷を応急処置しつつ、視線を走らせる。
馬車は遠くへ退避できている。
けど、空中のワイバーンはなおも旋回している。
次の獲物を品定めしているようだった。
(馬を狙ってるのか? ……そうはさせるか!)
俺は指をワイバーンに向けた。
〈ファイヤー・アロー〉
指先から放たれた火の矢が、まっすぐワイバーンを射抜こうとする。
しかし、翼竜の風圧に煽られ、わずかに軌道が逸れて鱗をかすめたところで炸裂した。
(効き目が薄い……!)
ふと、スキル取得時の記憶が蘇る。
◇ ◇ ◇
カホンでのボス戦後。
俺は報酬のスキル書で〈マナブースト〉を取得した。
そして、新たなシナジーボーナスを手に入れた。
シナジーボーナス:〈マナの福音〉
条件:〈マナコスト軽減〉、〈マナ回復強化〉、〈マナブースト〉の同時取得。
効果:WISの上昇と、最大マナの増加。
賭けではあったけど、スキルツリーの並びを見て何らかのシナジーが発動する予感はあった。
WISが上がる。
それだけで、魔法使いにとっては世界が変わる。
(これ、もう魔法スキル取るしかないだろ!)
俺は残していたSPを注ぎ込み、一気に攻撃魔法ルートを解放した。
剣とは違う力。
この力があれば、どんな敵とも戦えるような気がした。
◇ ◇ ◇
俺は矢継ぎ早に〈ファイヤー・アロー〉を連発する。
次々と放たれる火の矢がワイバーンの注意を引く。
奴の敵対心が、馬車から俺へと完全に向いた。
(牽制程度にしかならないか。それなら……)
俺は一歩踏み込み、マナを溜める。
「中級魔法なら……どうだっ!」
〈インパクト・フレア〉
放たれた火球が、ワイバーンの脇腹に命中する。
膨張する火焔が爆ぜた。
その爆発は、連鎖するように連続で続いた。
翼竜の苦悶の唸り声が荒野に響く。
焦げ臭い煙が鼻を刺す。
(効いてるっぽいけど……!)
この程度じゃ落ちないか。
それにクールタイムもあるし、連発は無理だ。
高度を下げたワイバーンの口が、再び青白く輝きだした。
(この角度はマズイ! さっきのブレスが来る!)
逃げ場はない。
井戸を背にしている俺には、回避するスペースがない。
(だったら――撃ち落とすしかない!)
俺は焦燥を振り払うように叫ぶ。
「突き刺されーッ!」
〈フレイム・ランス〉
体の奥から、マナが根こそぎ持っていかれる感覚があった。
直線に放たれた巨大な炎の槍。
ワイバーンのブレスごと空気を切り裂いた。
上級魔法の一撃。
着弾の瞬間。
羽ばたいていた翼の一部が根こそぎ裂け飛ぶ。
焦げた羽根と肉片が宙を舞った。
「ギャオオオオッ!!」
空気が焼けるような音が耳を打つ。
衝撃波が荒野の砂を巻き上げた。
周囲に熱の余波を撒き散らす。
(やったか!?)
俺は期待を込めて見上げる。
しかし、ワイバーンは墜落しなかった。
片翼を失い、血を撒き散らしながらも、怒り狂った形相でバランスを保っている。
(まだ飛べるのか!? まずい!)
上級魔法〈フレイム・ランス〉のクールタイムは360秒。
それに残りのマナじゃ二発目は無理だ。
次の手がない。
(逃げるしかない!?)
〈ステルス〉で姿を消すことはできる。
でも、今それをやったらどうなる?
ムスターが狙われるんじゃないのか?
ワイバーンが狂ったように急降下してくる。
鉤爪が迫る。
死が見えた。
(あ、やば――)
その時――。
ヒュンッ! ドスッ!
鋭い風切り音と共に、ワイバーンの残った翼に太い矢が突き刺さった。
「グルァッ!?」
体勢を崩したワイバーンが、俺の数メートル横に激突する。
土煙が上がる中、俺は驚いて視線を向けた。
砂煙の向こうから、二台の馬車が猛スピードで近づいてきていた。
「援護する! 今のうちに畳み掛けろ!」
御者台にはムスター。
そして荷台には、見たことのない一団が乗っていた。
緑色の鱗を持つ長身の戦士たち。
そして、髭を蓄えた小柄で屈強な戦士たち。
(リザードマン!? それにドワーフ!?)
初めて見る亜人の姿に、驚きと興奮で思考が止まりそうになる。
しかし、戦場は待ってくれない。
「撃てぇッ!」
リザードマンたちが、身の丈ほどある長弓を引き絞り、矢の雨を降らせる。
ドワーフたちは重厚なクロスボウを構える。
正確無比にワイバーンの急所を狙い撃つ。
「グルルルッ!」
地上に落ちたワイバーンが暴れるが、矢の雨に阻まれて飛び立てない。
(ムスターが連れてきたのか?)
呆然としている場合じゃない。
俺もやらなきゃ!
俺は残ったマナを振り絞った。
〈インパクト・フレア〉
亜人たちの物理攻撃と、俺の魔法攻撃。
集中砲火を浴びたワイバーンは断末魔を上げる暇もなく、その巨体を大地に沈めた。
(助かった……!)
◇ ◇ ◇
(しんどすぎる……)
へたり込んだ俺は、荒く息を吐いた。
泥だらけになった両手で顔を覆い、安堵の苦笑を漏らす。
全身から力が抜けていくような疲労感が、ゆっくりと押し寄せてきた。
(まーじで魔法は取っておいてよかった……)
ふと指先を見ると、じりじりとした熱を感じる。
魔法の発動によって、指の皮が赤く腫れ、軽く火傷を負っていた。
(なるほど……)
魔法に杖が必要って、こういうことか。
生身でマナを放出し続けると、体が耐えきれないんだ。
痛みを感じてようやく、実感が湧いてくる。
俺は、死ぬところだったんだ。
「……お前、本当に駆け出しか?」
声に顔を上げると、ムスターが立っていた。
その顔には驚きと困惑が浮かんでいる。
後ろでは、リザードマンやドワーフたちがワイバーンの死体を検分しながら、俺の方を見て何か囁き合っている。
「いや……まあ、頑張ってレベル上げてましたから」
(そういえば、人前で戦うのってこれが初めてか)
「剣持って飛び出すから前衛職かと思ったが、あんな魔法、久しぶりに見たぞ」
「まだ覚えたばかりで、うまく使えなくて。火傷もしちゃいましたし」
俺は苦笑いで誤魔化した。
ムスターはぶっきらぼうに言うと、ごしごしと乱暴に俺の頭を撫でた。
「ありがとよ。無事でなによりだ。お前も、馬も、……荷物もな」
「……いえ、助かったのは俺の方です。彼らを連れて来てくれなかったら、どうなっていたか」
「お前が引き付けてくれたおかげで、応援を呼べたんだ。……命の恩人だな」
その手は、ゴツゴツしていて、泥臭くて。
でも、これまでのどんな言葉よりも温かかった。
「……俺は、ムスターが無事じゃなかったら、たぶん、すごく後悔したと思うんで」
「生意気言いやがって」
ムスターが照れ隠しのように背を向け、亜人たちの元へ歩いていく。
俺はその背中を見送りながら、拳を握りしめた。
(考えが甘かった)
初めて対峙するモンスターに、覚えたてのスキルを試すなんて。
絶対にやっちゃいけなかった。
もしあの時、彼らが来なかったら?
俺の命だけじゃない。
ムスターも、ルイーザさんの大切な遺品も、モーリンの信頼も、全てを失うところだった。
どれだけ危険な賭けだったか、考えたら分かるはずなのに。
俺は強くなった気でいた。
今日助かったのは、ただ運が良かっただけだ。
(英雄みたいな真似をしたけど)
俺は空を見上げる。
そこには、どこまでも広がる荒野の空があった。
(俺にはまだ、英雄になる覚悟なんてなかったんだな)
その痛みと悔しさを胸に刻み込み、俺は立ち上がった。




