第12話 遺品とデバイス
カホンのギルドマスター、モーリンとの"取引"から数週間が経過した。
俺はギルドの信頼できる手駒として、いくつかのクエストをこなしながらも狩りを続けていた。
レベルは4から6まで成長した。
カホン周辺のモンスターを倒しても、経験値は稼げないようになっていた。
「孤児院への食料配達、完了しました」
「お疲れ様。院長先生からお礼のメッセージが届いているわよ、タケル」
「ホントですか! 子供たちが凄い喜んでくれてたんですよね」
いつの間にか、彼女は俺を「タケル様」ではなく「タケル」と呼ぶようになっていた。
俺もまた、彼女に対して変に畏まるのをやめていた。
(……まあ、全部話してるわけじゃないけど)
俺はモーリンに対し、俺の強さの根源である"SP獲得量2倍"という特性の効果は伏せていた。
だから、俺の取得しているスキルの全てを話しているわけじゃない。
(本当のことを話した方がいいような気もするけど……)
今はまだ、この距離感が心地よかった。
「指名依頼」なんて物々しい言葉を使っていたけど、回ってくる仕事は孤児院への支援や、負傷した冒険者の搬送など、戦闘力よりも"信用"や"機動力"を求められるものが多かったからだ。
「さて、タケル。今日はギルドとしての依頼だけじゃなく、私個人のお願いでもあるの」
「モーリンの?」
モーリンが書類を置き、真剣な眼差しを向けてくる。
「貿易都市レベックへの配達クエストよ」
(……別の町)
◇ ◇ ◇
案内された応接室には、1人の女性が待っていた。
窓辺に立ち、外の景色を眺めていた彼女は、俺たちが入るとゆっくりと振り返った。
「紹介するわ。私の友人のルイーザ。舞台役者よ」
「冒険者のタケルです」
「ふふ、ずいぶん若いのね。私はルイーザ。舞台に立っていたのは、もうずいぶんと昔の話で、今はただの女よ」
落ち着いた声色。
身につけている服は質素だった。
しかし、立ち振る舞いには隠しきれない気品があった。
彼女は挨拶もそこそこに、机の上に置かれた二つの品へと手を添えた。
「これが、あなたに届けてほしいもの。目的地は貿易都市レベックにある『音楽劇団テオドロス座』。今、あちらでは舞台が再び注目されているの」
(劇団なんてあるんだ)
机の上には封印の施された、布で丁寧に包まれた巻物と、表面が擦り切れた古びた本だった。
「これは……?」
「片方は楽譜。もう一つの方は脚本よ」
ルイーザは愛おしそうに布を撫でる。
「楽譜の方は封印されているわ。絶対に開けないでね。脚本は、有名な『勇者ラクレス』の伝記モノだから、道中で読んでも構わないわ」
(勇者ラクレス?)
この世界の英雄譚だろうか。
俺は二つの品を見つめ、ふと気になったことを口にした。
「何か、特別な物なんですか?」
一瞬、ルイーザの瞳に影が差す。
その視線は俺を通り越し、ここではないどこか遠く、過去の舞台を映しているようだった。
「……亡くなった、ある人の遺品なの」
その口調には、明確な言葉にできない想いが宿っていた。
「その人、音楽家だったんですか?」
「ええ。作曲家であり、脚本家でもあったわ。レベックでは彼の手がけた舞台がいくつも上演されていたの。でも去年、地元のカホンで亡くなって……これらは、彼の自宅の書棚から出てきたものよ。私が片付けを手伝っていてね」
(つまり、この人にとっても……特別な遺品なんだな)
友人というには、あまりにも声色が優しい。
俺は無粋を承知で、核心を避けて尋ねた。
「ご家族の方……じゃないんですよね?」
ルイーザは、ふっと息を吐いて微笑んだ。
それは、大人の余裕と諦めが混じったような微笑みだった。
「ふふ……あなた、聞き方が上手ね。でもその話は野暮ってものよ。――大切だった。それだけで、いいじゃない」
「……そうですね。失礼しました」
それ以上、俺は何も聞かなかった。
ただ、この依頼が彼女にとって、どれほど重要な「区切り」であるかだけは、痛いほど伝わってきた。
◇ ◇ ◇
クエストの詳細を聞き終えた後、ルイーザは部屋の入口に向かって声をかけた。
「もう一人紹介するわ。今回、同行してもらう御者のムスターよ」
入ってきたのは、日に焼けた肌に短く刈り込まれた髭を持つ中年の男だった。
岩のような体躯に、寡黙で無骨そうな雰囲気。
「この人が? 一緒に行くんですか?」
「ええ。彼は物言いが少ないけれど、腕は確かで信頼できるわ。あなた1人でレベックまで行くには、少し心許ないでしょう?」
男は俺の方を見て、軽く会釈をしただけだった。
灰色の瞳は無表情で、俺の実力を測るように一瞥したあと、すぐに興味を失ったように視線を外す。
(……愛想はないな。まあ、ペラペラ喋られるよりは気楽でいいか)
旅の道連れとしては悪くない。
ルイーザと御者が部屋を出たあと、モーリンが俺に一枚の"板"を差し出した。
手のひらサイズの、黒く艶のある薄い石板だ。
「これは?」
「『エナック』といって携帯用のデバイスよ。メッセージの送信や生活魔導具の機能が使えるわ」
(なにその便利アイテム!?)
俺は目を輝かせて受け取った。
表面は滑らかで、ガラスのようだがもっと硬質な手触りだ。
(マナ認証のときの、あの板に似てる?)
「タケルのマナで紐づけて、あなた専用のデバイスとして登録するの」
言われるままにマナを流すと、黒い表面に文字が浮かび上がった。
俺の名前、所持金、そしていくつかのアイコン。
「すごい……これ、どうやってメッセージを送るんですか?」
「相手のエナックを登録すれば、相互にメッセージの交換が可能よ。登録件数は30件までだけどね」
モーリンが自分のエナックを取り出し、俺のものと重ねる。
"登録完了"の文字が浮かぶ。
「これで、旅先からでも私と連絡が取れるわ。他の機能は使いながら覚えて」
(マジかよ)
異世界、意外と進んでるな。
他にも便利なアイテムがあったりするのかな?
感動している俺に、モーリンはニッコリと笑って付け加えた。
「初期費用はこちらで負担するけど、維持費はタケル持ちよ」
「……お金かかるの?」
「当然です。魔導デバイスの維持にはコストがかかるから」
(そりゃたしかに、こんなに便利ならタダとはいかないか……)
月額課金制。
異世界に来てまで、通信費に悩まされるとは思わなかった。
モーリンの話によると、この「エナック」は5年ほど前にアステリア王都で開発されて、一気に普及した端末らしい。
とはいえ、初期費用や維持費が高額なため、持てるのはそれなりの稼ぎがある者だけ。
普及率は国全体で40%程度だという。
「エナックを持つことは、一種のステータスでもあるから。これを持っていれば、他の町でも少しは信用されやすくなるはずよ」
俺は手の中の黒い板を見つめる。
金、実績、あるいは将来性。
それらを持つ"選ばれし者"の証。
まだまだこの世界について、知らないことがあるんだと実感する。
何が分からないのかすら分からない、というのが今の俺だ。
でも、この「エナック」で人と繋がることで、少しずつ世界が見えてくるのかもしれない。
「ありがとうございます。大事に使います」
「出発は明日よ。今日はゆっくり休んで」
「はい」
俺はエナックを懐にしまい、旅の準備のために部屋を出た。
目指すは貿易都市レベック。
大切な遺品と、新しい技術を携えて、次の冒険が始まる。




