第11話 特異特性
翌日。
カホンの冒険者ギルドでクエストを探していると、職員から呼び出しを食らった。
案内されたのは二階の、革張りのソファーがある応接室だった。
「冒険者ギルド、カホン支部のモーリンと申します」
対面に座った女性は、受付にいた愛想の良い職員とは違った。
眼鏡の奥にある瞳は鋭く、事務的で冷たい。
「タケル様ですね。ライトエイプ討伐時の詳細について、お話を聞かせて頂けますか?」
「……はい」
尋問のような空気に、背筋が伸びる。
「死体を検分したところ、実質2撃で仕留められています。外傷は背中への斬撃と、胸部への斬撃のみ」
「そう……だったかな」
モーリンは手元の資料に目を落とす。
「高レベルの戦士が力で捻じ伏せた、なら分かります。あるいは、強力な装備を手に入れた新人が、武器の性能差で倒した、というのもたまに聞く話です」
(あ、これは……もしかして)
「しかし、タケル様、あなたのレベルは4」
(討伐時は3レベでした)
「そして武器は、その鉄の剣だけですよね?」
モーリンは、俺の腰の剣を指差す。
「あの、ソロ討伐のことを疑われてるようですが……」
「いえ、疑ってはいません」
「俺は本当にソロで――え?」
「疑っていません。カホンの冒険者の祠は、パーティー毎に入場できる仕組みになっています」
彼女は淡々と言った。
「詳しくは言えませんが、祠のフィールド内に結界が張ってあります。入場するとパーティ毎に別の空間へ転送されているんです」
「転送?」
「あなたのパーティは、タケル様お一人のパーティ、ということは確認が取れています」
(ログみたいなものが残るのか?)
「それなら、俺が倒したというのは確認が取れてそうですが?」
「もちろんです。私共が知りたいのは、"どうやって倒したか"という、戦術的情報です」
(……なるほど)
誰々のパーティが冒険者の祠に入った。
ボスを倒した。
というログは見れるけど、その内容まではわからないのか。
(別に隠す必要はない……よな)
変に隠して怪しまれるよりは、正直に話した方がいいか。
SPが2倍であること以外は。
「……分かりました」
俺は霧で視界を奪い、隠密スキルで背後を取って、身体強化で一気に畳み掛けたことを説明した。
◇ ◇ ◇
「なるほど、〈フォッグ・クラウド〉と〈ステルス〉。それに〈フィジカル・ブースト〉ですか」
「はい、使ったのはその三つです」
「……」
モーリンの手が止まった。
さらさらと書類にペンを走らせていた音が途切れる。
重苦しい沈黙が落ちる。
(……なんだ? 嘘はついてないぞ?)
彼女はゆっくりと眼鏡の位置を直した。
そして、得体の知れない生物を見るような目つきで俺を見た。
「〈フォッグ・クラウド〉は『水魔法』のスキルボード。〈ステルス〉は『盗賊』のボード。そして〈フィジカル・ブースト〉は『戦士』のボードにあるスキルです」
(スキルボード?)
「これらは、才能の系統樹が完全に異なります。一人の人間が適性を持つボードは基本一つ。二つ持つ者もそれなりにはいます。しかし、三つは聞いたことがありません」
(……あ、そういうことか!)
これは俺の特性、〈天賦の才〉の効果か?
それとも俺がこの世界の住人ではない、いわゆる"プレイヤー"だからなのか?
魔法使いは魔法しか覚えられない。
戦士は剣技しか覚えられない。
それがこの世界のルール。
それを俺は、平然と三つまたいで使ってしまっていたのか。
モーリンの眼差しには、称賛よりも困惑と警戒の色が混じっていた。
俺は愛想笑いを浮かべながら、内心で冷や汗を拭った。
「珍しい、という言葉では片付けられませんね。理論上、習得自体が不可能なのですから」
(これ……やらかしたか?)
どうする?
「たまたまです」で済む話じゃない。
ここで答えを間違えて、研究所送りなんてごめんだ。
「……マナ認証でしたっけ? あれで確認はできないんですか?」
「本人のスキルボード……才能の形を確認できるのは、本人のみです」
(よっしゃ)
一応聞いてみたけど。
マナ認証で確認できるなら、わざわざ問いただしたりしないよな。
「モーリンさん、"特性"については?」
「はい。可能性があるとしたら、タケル様の特性なのだとは思っていました」
特性の存在は知っている。
つまり、この世界の住人にも特性があるってことだ。
俺は覚悟を決めて、嘘と真実を混ぜて告げる。
「その通りです。俺の特性で全てのスキルが取得可能みたいなんです」
「全てですか!?」
冷静だったモーリンが、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
「全ての職業のスキルを、自由に取得できると!?」
「あ、いやっ、全てかどうかは分かりません! 条件があるものもあるでしょうし!」
(スキル書がないと取れないやつとかな!)
「それでも! 既に三つのボードがあるんですよね!? 他には!?」
(めっちゃ食いついてくるな、この人)
「まあ……あといくつかは……あったような」
「はっ、失礼しました」
モーリンは荒い息を吐き、しばらく俺を凝視していた。
やがてドサリと椅子に座り直した。
そして、眼鏡の位置を直しながら、独り言のように呟く。
「……それにしても、水魔法の視界阻害と、盗賊の隠密、戦士の強化。この三つを組み合わせる発想。単にスキルが取れるだけでなく、それを使いこなす戦術眼も備わっているとは」
(……あれ、褒められてる?)
「モーリンさんは、俺の言っていることを信用するんですか?」
「正直……信じられない話ですが、現にソロでライトエイプを狩っています。現象が理論を上回っている以上、認めるしかありません」
「俺が心配しているのは、俺の立場がどうなるかです」
「あなたのことを知りたいと、思う人は多くいるでしょう」
「じゃあ、このことは?」
「報告書には便宜上『特異特性』として処理し、詳細はギルドマスター権限での閲覧制限をかけます」
(助かった……のか?)
「ありがとうございます。あまり目立って面倒なことになるのが怖くて」
「国や魔法協会がタケル様のことを知れば、きっと欲しがるでしょうね」
さらりと言われた言葉に、俺の笑顔が固まる。
色々調べられるのか?
病院みたいに?
「それって、ギルドが国に逆らうことになりませんか?」
「ギルドは中立です。国に逆らうことはしませんし、冒険者の個人情報を漏らすこともありません」
(信用してもいいのかな?)
SPが2倍になる話をしたらどうなっていたんだろう?
それでも庇ってくれてたのかな?
「……ですので、タケル様。ギルドはこの情報を守ります」
モーリンはにっこりと笑った。
事務的ではない、商人のような笑みで。
「その代わり――ギルドからの『指名依頼』は、断らないでいただけますね?」
(……なるほど、そういうことか)
弱みを握られたわけじゃない。
これは「取引」みたいなものだ。
ギルドはギルドで俺のことを知りたがっている。
悪い扱いは受けないだろう。
「内容によりますけど、善処します」
「ふふ、期待していますよ。"規格外"の新人さん」
「さっきさらっと聞き流しちゃったんですけど、モーリンさんの役職って……」
「カホンのギルドマスターです」
(マジかよ)
こうして俺は、ギルドという後ろ盾と、ちょっとしたしがらみを手に入れた。
まあ、病院で研究されるよりはマシな取引だ。
俺は一つため息をついて、応接室を後にした。




