第104話 進化論
新月の日。
俺たちは再び、無限ダンジョンの深層へ突入した。
エリック率いる戦闘班の背中を追いながら、俺は自分の役割を確認する。
後方支援。
それが今回の俺の仕事だ。
視界を埋め尽くすのは、トップクラン『ネームレス』の精鋭たち。
この規模の作戦に、どれだけ本気なのかが嫌でも伝わってきた。
エリックのパーティの他にも、第二班と呼ばれる戦闘部隊がある。
そこには丸盾を構えたチャドの姿も見えた。
さらに、シャリーが率いる情報班。
後方で待機する支援回復班も同行している。
中層や低層には、ネームレスの傘下クランから同規模の人員が割かれ、警戒と封鎖にあたっているようだった。
大理石の床を踏みしめながら、宮殿型のダンジョンを進む。
この広大な迷宮のどこかに、ルードが潜んでいる。
(あの黒い箱の対処が最優先、とエリックさんは言ってたけど……まずはルードを見つけないとな)
「情報班、ルードの位置を特定してくれ」
エリックが立ち止まり、背後に指示を出した。
「了解。検索を開始します」
シャリーが目を閉じ、静かにスキルを発動させる。
(ここからダンジョン全体を探すことができるのか?)
〈探知〉のスキル開花による効果なのか、全く別のユニークスキルなのか、俺には分からない。
けど、今ダンジョンに潜っている人間はネームレスの部隊だけだ。
つまり、登録されていない人間の反応を探知できれば、それがルードで確定する。
「……いました! 三階の大広間と思われます」
「よし、進もう。各班、警戒を怠るな」
エリックの静かな号令で、部隊は再び動き出した。
◇ ◇ ◇
二階を越えた辺りから、肌を刺すような妙な緊張感に包まれた。
そして、三階の大広間へと足を踏み入れる。
そこには、俺たちがここへ来るのが分かっていたかのような、異様な落ち着きがあった。
広場の隅。
宮殿型ダンジョンの装飾品である椅子に、1人の男が深く腰掛けていた。
「ようこそ」
ルードは歓迎するように、ゆっくりと両手を広げた。
奴の他には誰も居ない。
仲間の姿も、護衛のモンスターの気配もなかった。
「さて、お前は間もなくその命を失う。だがその前に、一つ聞かせてもらえないか?」
エリックが弓を片手に提げたまま、冷ややかに問いかける。
「ほう。何を聞きたいのだ?」
ルードは肘をつき、面白そうに目を細めた。
「何故こんなことをする? 何故、罪のない亜人や獣人を殺してまで魔石を奪う必要がある?」
「……それはただの過程だ」
ルードの口調は、実験の途中経過を語る学者のように淡々としていた。
「モンスターを召喚するためか!?」
俺がたまらず声を張り上げると、ルードは薄く笑った。
「それも過程に過ぎない」
「以前、進化がどうとか言っていたようだけど?」
エリックが鋭い視線を向けながら追及する。
「その通り。全ては"進化"のためだ」
ルードが玉座から立ち上がり、両手を広げて広間を見渡した。
「おかしいとは思わないか? この世界は、あまりにも安定しすぎている」
「安定だと?」
「そうだ。マナ結晶による無限の資源。ダンジョンという隔離され、制御された危険。そしてギルドによる安全な冒険。この世界のすべてが、反吐が出るほどの"予定調和"なのだ」
ルードの目に、狂気じみた光が宿る。
「生き残るための死に物狂いの努力をしなくても、容易に生きられる世界。それは、進化を止めた停滞の世界だ。緩やかな死と同義なのだよ!」
「……狂ってるわね」
クリスが嫌悪感を露わにして呟く。
「進化とは、常に"必要"によって起こるものだ。そしてその必要とは、"欠乏"や"死の危険"から生まれる。だが、今のこの世界にはそれがない」
ルードは恍惚とした表情で言葉を続ける。
「たとえば、魔物の住処を破壊する。するとどうなる? 魔物たちは別の住処を求めて移動を始める。外敵から身を守り、生き残るために新たな力を得て適応していく」
「進化のために、そうやって他者の住処や命を奪って回るというのか」
エリックの声が一段と冷たくなる。
「勘違いするな、私は奪っているのではない。与えているのだ!」
ルードが両手を天に掲げ、歓喜に震える声を上げた。
「この停滞し、堕落した世界を変えるために! この世界には、私のような"イレギュラー"が必要なのだ!」
その歪んだ正義感に、俺は腹の底から沸き上がる怒りを感じた。
(守られてる世界の何が悪い)
「俺には、お前みたいに御大層な大義なんてないよ」
俺は杖を握りしめ、ルードを真っ直ぐに睨みつけた。
「俺が知ってるのは、お前がユラの大切な仲間を奪い、傷つけたってことだけだ。お前を倒す理由は、それだけで十分だ!」
平凡で安全な毎日がどれほど尊いか。
病室で身動きが取れなかった俺には、痛いほどよく分かる。
それを堕落と見下すこいつの思想は、絶対に許せない。
「くくく……若いな。だが、その怒りもすぐに絶望に変わる」
ルードは懐から、見覚えのある黒い箱を取り出した。
「アステリア王都の地下にあるマナ結晶は、この無限ダンジョンを生成している。私はそのマナ結晶の構造に干渉し、この黒い箱を作り上げた」
「……何をする気だ」
カートが大剣を構え、じりじりと距離を詰める。
「言ってみれば、この箱は使い切りのマナ結晶のような物だ。何度も実験を繰り返したが、ダンジョンの外ではこの箱は作動しなかった」
ルードは愛おしそうに箱を撫でる。
「だからこそ、わざわざこのダンジョンの内部で起動させる必要があったのだ」
(ここでモンスターを大量発生させて、それからどうするつもりなんだ?)
嫌な予感が膨れ上がる。
「シャリー、念のため帰還魔法の準備を!」
「はい!」
エリックが即座に最悪の事態を想定し、シャリーに指示を出す。
しかし、ルードは狂気的な笑みを深めた。
「さあ……開け!」
ルードが箱にマナを込める。
その瞬間。
この部屋に設置された全ての箱が同時に起動した。
(まだ奥にも箱を置いてあったのか!?)
ダンジョン全体に、異音が響き渡る。
空間の歪みが始まる。
無数に出現した次元の裂け目から、ドス黒いモンスターたちが泥のように溢れ出し始めた。
「知らないはずはないと思うけどね」
エリックが冷静に弓を引き絞りながら言う。
「無限ダンジョンは一定期間が経つと再生成される。対処できない程の大量のモンスターが湧いたとしても、その間、人間がダンジョンに立ち入らなければいいだけの話だ。地上は安全なままだよ」
エリックの言う通りだ。
ダンジョンを封鎖してしまえば、被害は出ない。
「くくく……ははははっ! お前たちこそ知らないはずはないだろう?」
ルードが高笑いしながら、両腕にどす黒い闇のマナを纏わせた。
「闇魔法には、次元を操る魔法がいくつか存在することを!」
「……まさか」
エリックの糸目が見開かれる。
「そうだ! このダンジョン内に溢れ出た"全ての生物"を、今から王都の地上へと"帰還"させる!」
「なんだと!?」
エリックが驚愕の声を上げた。
(ダンジョン中のモンスターが、そのまま王都の街中に転送されるってことか!?)
「くははは! 王都のど真ん中にこれだけの魔物が現れれば、例の国宝は使えまい!」
隕石を降らせるというユニーク武器か。
それを王都内で使えば、魔物もろとも街が滅ぶ。
王都の切り札を封じた上で、ルードは最悪のパニックを引き起こそうとしていた。
「さあ、試練の始まりだ!! どうかこの困難を乗り越えてくれ。私が見たいのはその先だ!」
狂気に満ちた笑い声が、崩壊していく空間に響き渡った。




