第10話 討伐の報酬
冒険者の祠の隠し部屋。
ただただ広い、戦うために用意されたような空間。
静寂が戻ったその場所で、俺は水袋の水を喉に流し込んだ。
ふと、ウィンドウの変化に気付く。
(レベルが上がってたのか)
音も演出もなく、ウィンドウがわずかに明るくなっていただけだ。
疲れのせいか、さほど大きな喜びは湧いてこなかった。
けど、確実に強くなっている実感はある。
俺はライトエイプの亡骸を、モンスター袋に詰めた。
(人の死体を運んでいるみたいで何か嫌だな。見た目ほど重くないのが救いか……)
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
これ、もっと大きなモンスターとか、物理的に重い奴が出て来たらどうするんだ?
〈解体〉スキルを取れば、その場で素材にできるから解決はする。
でも……。
(便利なのは分かるけど、今は戦闘スキルにSPを回したいんだよな~)
とりあえず考えは保留だな。
俺は荷物を担いで、カホンの町を目指して歩き始めた。
◇ ◇ ◇
森を出て、カホンの町へと続く林道を歩く。
全身に疲労感はあるけど、木々のざわめきや鳥の声にホッとしていた。
そこで、反対側からやってくるパーティーとすれ違った。
若い男女、2人の冒険者だった。
(この人たちは……俺と同じくらいの歳かな?)
青年は手に盾を提げて、どこか緊張した面持ちで前を見据えていた。
隣の女性は腰に剣を下げ、周囲を警戒しているようだった。
(タンクとアタッカーって感じか。これから狩りに行くんだろうな)
何かを迷い、何かを恐れている──。
2人の間には、そんな張りつめた空気が漂っていた。
その様子を見て、俺は今の自分の姿を意識した。
(今の俺って、疲れた顔してそうだな……)
俺は姿勢を正した。
背筋を伸ばし、視線をまっすぐ前へと向ける。
◇ ◇ ◇
カホンの町のギルドに到着した。
(やっと着いた……)
ドスっとカウンターにモンスター袋を置く。
「討伐クエスト、終わりました」
受付の女性が確認する前に、周囲にいた他の冒険者たちがざわついた。
「おい、あれ……隠し部屋の『光猿』じゃねえか?」
「あの新人が1人で討伐? ラクレスかよ!?」
「マジかよ!?」
「デバフ要員もなしで倒したのか?」
「凄いな、少年!」
「え、あ、ありがとうございます?」
(ラクレス? 有名な冒険者か?)
それに弱体化か。
パーティを組んで、弱体化させてから倒すのがセオリーだったのかも。
どうやらあのボスは、この辺りの冒険者にとって、一つの"壁"のような存在だったらしい。
確認を終えた受付の女性が、こちらを見る。
「お疲れさまでした。討伐クエスト達成です。こちらが報酬の品です」
差し出されたのは、鮮やかな青の装丁が目を引く一冊の本だった。
〈マナブーストの本/スキル書/マナの最大値が増加〉
「ありがとうございます!」
(い、い、やったー! レアスキル!)
高揚感をこらえきれず、口元が思わず綻ぶ。
けど、報告はまだ終わっていない。
「こちらはどうされますか? こちらで解体すると手数料がかかりますが?」
受付の女性が、ライトエイプの入った袋を指差す。
「解体、お願いします」
「かしこまりました。それともう一点。ライトエイプ、ソロ討伐の報奨金が出ています」
(そんなのあんの!?)
どうやら、この世界ではパーティで戦うのが一般的のようだ。
ソロでボスを倒すというのは、それだけで評価対象になるようだった。
(仲間、か)
しばらくして、精算が終わる。
手渡されたのは報奨金の銀貨数枚。
そして、ひときわ目を引く大ぶりの宝石だった。
乳白色に輝く、美しくもどこか神秘的な石。
(ボスから魔石が!)
「魔石が出たんですか?」
「はい。ボスの確定ドロップ品ですね。光属性の魔石は高値がつきますよ」
(確定ドロップ!?)
俺の大好きな言葉の一つになりそうだ。
「魔石に関しては、換金もできますが、ギルドで保管もできます。どうされますか?」
(保管?)
そういうこともできるのか。
合成とか、あとで使う素材になるのかもしれないな。
俺は気になっていたことを訊ねてみた。
「それって、他の町のギルドでも取り出せますか?」
「はい。冒険者ギルドには共有ストレージがありますので、どの町でも引き出し可能です。ただし、手数料がかかります」
(しっかり金は取るんだな。まあ、今は金に困ってはいないしな)
「じゃあ、預かっていてください」
「かしこまりました」
取り引きはスムーズに終わった。
羽ドラゴンの素材もいい値段で売れた。
採取で集めた素材も地味に稼ぎになっていた。
懐が温かい。
(ボス討伐のご褒美に、気になってたアレ、行っちゃうか)
◇ ◇ ◇
カホンのギルドに向かう途中。
カフェのようなお店が目についたのを覚えていた。
木製の看板にはカホン名物――「エルダーフラワーケーキ」と書かれていた。
この世界にもケーキがあるんだ、と驚いた。
何かのお祝いの時に食べてみよう、と思っていたんだ。
(ボスも倒したし、報酬も貰った。……いいよな?)
俺は気になっていたカフェに入った。
木のぬくもりを感じる内装。
香ばしいパンと、甘い香りが漂っている。
「エルダーフラワーケーキのセットで」
(これこれ、楽しみにしてたんだよな)
「はーい!」
応対した女性店員が、明るく返事をして奥へと下がっていく。
ほどなくして、木のトレイに乗せられたケーキセットが運ばれてきた。
ふんわりとした黄色のケーキに、白い小さな花びらが散らされている。
「お待たせしました。冒険者の方ですか?」
「はい、まだ駆け出しですけど」
「カホンで取れるエルダーフラワーには、魔除けの効果があるんです。それで冒険者さんの間でも人気なんですよ」
「へえ、そんな効果があるんですね」
(ボスに挑む前に食べるべきだったか……いや、無事に帰れたからいいか)
セットの皿には、木製のフォークが添えられていた。
俺はフォークを取り、ケーキを一口すくって口に運ぶ。
(甘! うまっ!)
口の中に、やさしい甘さがふわりと広がった。
砂糖の鋭さではなく、どこかまろやかさがある。
(なんだこれ……。自然の甘さというか……このクリームも最高に美味い)
添えられたお茶をひとくち飲む。
淡い金色の液体が、鼻先にやさしい香りを運んでくる。
(この香りがエルダーフラワーなのかな?)
そういえば、来る途中で採取した素材の中に、こんな白い花があった気がする。
鑑定はしてるはずだけど、花の名前までは憶えてない。
(素材としてしか見ていなかったんだな、俺)
俺にとっては、ただの"換金アイテム"だ。
でも、この町の人にとっては"生活を彩る味"なんだ。
優しい甘さのケーキ。
香り高いハーブティー。
戦いで張り詰めていた俺の心と体が、じんわりと解きほぐされていく。
(ケーキなんて、いつぶりだろ?)
自分の足で歩いて。
自分の力で戦って。
自分の意志で選び取った、ご褒美。
この世界では、やっと一人前になった程度なのかもしれない。
それでも俺は、きっと生きていける。
今は、そう思うことにした。




