16話:知るコト
ソーリャの家に戻ると、彼にドナドナと連行される。
ウカは本当は一緒に勉強してたいんだけど……夕食を作りたいから、と家主のソーリャに断りを入れ、ヨーリアを連れて2階に上がって行った。そういえば俺も、そろそろEPが切れそう。なんか後で買わなきゃ。この前食べた串とか、そこそこ美味しかったよな。
通されたのは、古びた木と本の香り漂う1階のこぢんまりとしたカウンター奥。いつの間に用意してたのか、黒板のようなものや教卓らしきものが置かれていた。
ふふ〜んと、腰に手を当てソーリャは仁王立ちをしてみせる。
「……用意がいいな」
「アルバイトまでしてもらってるんだし、商売人としては当然だよ!」
対価をもらってる以上はしっかりみっちりだよ〜、とおかっぱ頭を揺らしてにこりと笑う。しっかり覚えられそうでありがたいんだか、ゲームの中なんだから少しくらい楽して覚えたいと嘆けばいいんだか。
大人しく、俺には少し小さい椅子に座る。あの本出してとの言葉にアイテムボックスから取り出すと、彼は碧色の大きな目をしぱしぱと瞬かせた。
「……これ、本当にあの本?」
「そうだが」
アンティーク調の装丁が美しい、真っ白な本だ。不穏なアナウンスは流してくれたけども。
彼は受け取った本の表紙を眺め、裏返したり、中をペラペラめくっては首を傾げている。
「たしかに、書いてあることはおんなじか……」
「何かあったのか?」
「──それを聞きたいのはボクの方だよ」
パタン、と本を閉じて彼は俺をじっと見上げる。彼の口元は笑みを浮かべてるのに。その目は真っ直ぐ、俺を射抜いた。
「魔石の色が赤くなってるし。それに『廻る知恵嗤う蛇』──題名すら変わってる。キミ、何したの?」
……言われてみれば魔石、最初は青かったっけ。本の名前も『喜びの蛇』と話していたはずだ。なのに変わっている。
室内なのにぞくりと、背筋に寒気が走った。
明らかに、あの称号がキッカケだろう。
だが、これは教えてもいいものだろうか。だって、アナウンスすらなく増えたこの称号は、明らかに普通のものじゃなかった。もしかしたら、邪神に目をつけられた理由かもしれないものを。迷い、目が泳いで。
──ふと、ソーリャの蒼い瞳をのぞきこんでみる。
思い詰めたような、いたく真剣なものだった。口角は変わらず上げてるものの、いつものあの大袈裟な調子は、全く見受けられない。
でも本を抱える真っ白な手には、血管が薄く浮かぶほどの力が込められていて。
「……その本で魔物を叩き潰していたら、いつのまにか称号と共に変わったな」
「……称号?」
「【悲劇の序章】……内容も効果も何も分からないが」
誠意には、誠意を。いつも、ソーリャには助けてもらってる。なのに何か不利になるかもと隠すなんて不誠実なこと、俺にはできなかった。
だから全てを話すのだ。とはいえ、殆ど何も分かっていないのだけれども。
【悲劇の序章】
悲劇が始まる引き金を引いたものに送られる称号。
効果:ー未開放ー
といった状態なので。
だけどソーリャは黙って口を覆い、何かを深く考え込んでるよう。
「……悪い。殆ど役にも立たずに」
「──ううん。ありがとう」
彼はほんの小さく首を振り、目を瞑る。
「だーけーど、いくら武器だからって本は丁寧に扱ってよね!キミの前にいるのは、たっくさんの本を売ってる本屋さんなんだよ」
次に宝石のように輝く瞳が開かれた時には、彼は元の調子に戻っていた。地形と違って耐久度があるんだらね、とふくれっ面をみせる姿には、先ほどの張り詰めた緊張感はどこにもない。
ソーリャにとって、今の話はどんな意味があったのだろう。知りたい。俺の中の野次馬根性はそう騒いでいるが、
「──耐久値が無くなる前に、修復士でも探すさ」
無理に聞き出すことはやめた。これもまた、俺から返す誠意だ。時が来たら、きっとクエストが発生するさ。……コミュ力がなさすぎて、マトモな方法が思いつかなかったからとも言う。
「長い歴史を持つへレス神聖古代帝国で使われてた言葉は、実は何種類かあるんだ。この本で使われてるのは原トワイ文字。だからこの書籍が、帝国の末期──つまり2700年前くらいに書かれたものだってわかるね」
場所はこの辺ねとカッカッカッと、彼は黒板へチョークを走らせる。
「文字としては、象形文字が確立しはじめているのが特徴──まぁつまり、結構しっかりと言語してるって思っておけばいいよ。で、最大の特徴は文章の読み方」
このゲームで出てくる文章は今のところ、左から右、上から下に読み進めているが、何か変わるのだろうか。
「基本的な読み方は、現代のものと変わりがないんだけどね。この1ページの中に八神を表す文字が現れたら、もうぜ〜んぶの文章がその文字に向かって読み進めることになるの」
読みづらっ!?つまり1ページ内で上から下、下から上、右から左、その逆まで何でもありってことなのか。思わずメモを取る手を止めてしまうと、ソーリャも苦笑いをした。
「まぁ……当時から八神への信仰が盛んだったって、よく分かるよね」
しかも、今のところ見つかっているのは七神分のみなのだと言う。黒板へ描かれていくのは七文字分だけだった。雷神を表すのはまだ発見されてないんだけど、ということはつまり勉強しても、必ずしもこの本を読めるとは限らないってこと!?
そもそも単語数もそこそこ膨大で、覚えることはかなり多そう。遊びで、俺今からこんなの習得するの??
「──読む気なくなっちゃった?それならこの本、ボクが買い取るよ?」
俺の様子を見てか、ソーリャは目をきゅうと細め、魅力的な誘惑をしてきた。きっと俺がどんな反応をするのか、習得をした身として分かっていたに違いない。
それに、決して悪い話でもなかった。この本屋では、魔石がついた武本が何冊も売られているのを、俺は目にしている。
だけど、
「いや、続けてくれ」
ちょっと、意地張っちゃったよね。だってスゴスゴとここで売るのはカッコ悪いし、普通に悔しいっ……!!
それでより大変な方に進むってんだから、人間(俺)は愚かってことだ。
一瞬キョトンとした後、「さっすが、カルくん〜!そう言ってくれると思ってたよ」と小さく手を叩かれ──の、のせられたのかっ……!!内心で顔を覆いつつ、こうして俺のお勉強会は開始してしまうのであった。
それにしてもこのゲーム、過去の国の文字一つでこんな細かいところまで作り込んでいるの。製作側の凄まじい執念を感じるなぁ……。
「──とりあえず、今日はこんなところかな?」
彼がその言葉を発してくれたのは、ここから2時間。たっぷりと、この原なんたら文字のお勉強を終えた時のことだった。説明できることがこんなにあるって、本当に凄いな。ちんぷんかんな数多の文字や、文法を前に「感謝する……」と絞り出したような声が掠れ出る。
数日前と同じようにお疲れ様、と彼が出してくれたあたたかな紅茶をありがたく頂く。ほんのり甘いピーチ味が、フル回転した脳みそに染み渡るった。視界が曇り、今度は冷静に布を取り出して拭う。あとやっぱり猫舌なのだろう。自分の分へふー、ふーと、今日も息を吹きかけているソーリャを、ぼんやりと見つめた。
「はい、これ」
飲むのを諦めたらしい彼は、カップを教卓の上にそっと置く。そして懐をゴソゴソと探ると、俺に何か渡してきた。
ー2,000Mを手に入れたー
あ、アルバイト代。
「今日はありがとう!またお手伝いしてね」
こくりと頷き、ありがたく懐へ入れた。ゲーム内だし、ちょっと豪華に食べてもいいかも。でもこの本の耐久度のことも心配だし……MP回復薬を、たくさん仕入れた方がいいか?
思案しながら俺が立ち上がると、ソーリャもカップを持って着いてくる。見送りか?とりあえず外へそのまま向かっていくと、くいとローブの裾を引っ張られる。
「どこ行くの?」
「EPが足りないから、飯を食いにどこかへ……」
「え、ウカくんが作ってくれてるのに?」
そうなの??思いもしなかった言葉に思わず目を瞬かせると、ソーリャが階上を見通すように目を細めた。シチュー4皿分用意してるのだそう。え、【透視】スキルとかあるの?それか自分の家だと、どこで何やってるか分かるとか?
スタスタと階段を登り始める彼に続き、おっかなびっくり上がってみると、そこには本当にお皿に盛られた料理があった。
野菜がゴロゴロと入った具沢山のホワイトシチューが、美味しいそうな匂いと共に湯気を立てている。
「あ、カルさんたちも来たんだね。座っていてくれるかい?」
鍋を持ったウカが声をかけてくる。え、そんな料理スキル持ちだったのきみ。雰囲気に似合わないというか、その歳で凄いな。机の真ん中に鍋を置く彼につられ、流されるままに席に着く。
「……本当にいいのか?」
「うん、味に自信があるわけじゃあないけれど──ぜひ食べてほしいな」
「分かった。感謝する」
フードの下で煌めく笑顔をみせる彼に感心してると、俺の向かいの席に座ったヨーリアがちょんと手を上げる。
「余も手伝ったんだぞ。野菜を洗ったのは余である」
「……そうなのか。凄いな、感謝する」
「うむ」と、彼は小さく頷く。聞くとご飯にも料理人がいて、誰かが作っているという発想がなかったのだそう。作りはじめたウカを、キュウリに驚いた猫の如く見つめてきたらしい。で、実際に少しやってみてもらったのだとか。
つまり初めてのお手伝いってこと?微笑ましいな。
え、てかこのゲーム料理の工程までしっかり再現できるのか。演算どうなってんだ。もし俺も一緒に目撃していたら、幼子の隣で宇宙猫をする姿が並んでいたことだろう。
3人の神への祈りの言葉も済んだところで──頂きます。
口に入れると、まずたくさんの野菜に染み渡ったミルクの優しい味が広がった。次にほろり、ほろりと肉が噛むまでもなく崩れていく。付け合わせのパンも一緒に食べると、ザクザク食感とのハーモニーが生まれた。
「──美味いな」
「本当かい?良かった。カルさんの口に合う味が作れたなら、とっても嬉しいよ」
「……キミ、冒険者なのに【料理】スキルが使えるなんて、珍しいね」
感動してると、俺の横でふとソーリャが声をかける。【料理】スキルとは同じ料理をしても、EPだけじゃなくHPとかまで回復できるモノを作れるようになるスキルだ。それも神の加護とか関係なしに、体が元から持つ回復力を上げることによるもので。
回復の量や即効性には欠けるが、逆にどんな場所にいても変わらず回復できるのが強みらしい。神の加護が届きにくい場所だと、薬を使う方が回復力落ちるんか。面白い設定だな。
例えば、あのアップルパイをくれたレメの母親も持っているのだろう。ウカが持ってるのはきっと、回復薬が効きにくいからなんだろうな。
「……HP回復の手段は、多く持っておいて損はないからね」
「ふーん?」
食事中に、胃が痛くなるような発言は控えて頂きたい。なに、キミら相性悪いの??それ以上は特に言及せず、美味しいなとだけ笑うソーリャと、なら良かったと返すウカ。いったんは休戦か……?
「……温かいな」
ここでシチューを一口、口に運んだ幼子の言葉である。
「そうだな」
「うむ……」
また一口、一口と食べ進めていく元王子。こちらは、本人はどうしようもなかった方での胃が痛くなる発言だ。おそらく毒味とかで冷めた食べ物しか、口に入れたことがなかったのだろう。ぼんやりと食べ進める姿に、込み上げてくるものがある。
食が進みEPが回復してもなお食べてしまい、最終的に鍋はすっからかんになってしまった。
誰かに作ってもらった料理って、本当すごいなぁ。支払おうとした食事代は材料費に対して高すぎたらしく、ウカに必死に首を振られながら立ち上がる。
RPに似合わなくても、とりあえず皿洗いくらいはするか。
ゲーム考察ページより抜粋
【このゲームの文字について】
数千年前から現代に至るまでに、絵文字から象形文字、表音文字へと変遷し、さらに共通語に統合していった様が描かれている。
現在、全41文字が発見されており、そのすべてに本格的な文字の読み方や歴史が設定されている。
→各文字の詳しい説明はこちら
プレイヤーは無条件で、共通語であるムルガ共通語は読むことができる。
その他の言語は一定の学習を行うことで、解読のためのスキルが解放され徐々に読めるようになってくる。




