12話:黒い翼
ゆらり、ゆらりと彼は俺の元へと距離を詰めてくる。
目深に被られた黒いフードで隠れ、相変わらず顔は殆ど分からない。上から下まで黒ずくめの装備で、手を広げゆったり歩み寄ってくる様は、まさにラスボスの風情。
だが、高いんだか低いんだか分からない不安定で掠れた声といい、近付かれると分かる俺より一回りくらい低い身長といい、変声期あたりの子供なのか……?子供系ラスボスってこと??そういうの流行ってたよね。影に覆われていない口元でたたえる笑みが、より怪しさを加速させる。
悠然とした姿に、唯一の赤色の柄が目立つ腰に差された2本の刀。足捌きとか気配、闘気とかなんて、俺には分からないけどさ。レベル2に上がったばかりのプレイヤーが勝てそうな要素は──ひとつもない。
一歩、二歩とゆっくり後退る。冷や汗とともに、不穏な称号を叩き出してくれた本を抱える手にも力が入った。MP節約のおかげで【幻式】は今使えるが、そんな小細工が効く相手の可能性は限りなく低い。
イベント空間にでもなったのか、先ほどまで街道をたまに走っていた馬車の姿も消えてしまった。町までの道には彼の姿があり、助けを求めるのはかなり絶望的だろう。
今、誰かに追われそうなネタは二つ。保護した王子のことと、今さっき手に入れてしまった称号。果たして、この男はどっちだ……?分からない、確定できる材料がない。
「誰だ──私に何の用だ?」
うん、こういう時は素直に聞くに限る。
だが、ここで落ち着きを失うような真似はしない。メガネのブリッジを、中指で押し上げてみる。所詮プレイヤーなので、死んでも神殿送りになるだけだし。あとRPはどんな時でも大切。せっかくクールぶると決めたのだ。中身が伴ってないのは言ってはいけない。
「──ああ、分からないんだね」
笑みを口元に履いたまま、男はゆっくり立ち止まった。声の調子一つ変えずに。ダメだ、感情が読めない。もし今の発言で彼の地雷を踏んでいても、俺にはきっと何も分からずに殺されるのだろう。
だが幸運なことに、そのようなこともなく。彼はふと懐を探る。
「これに──見覚えは?」
取り出されたのは、空っぽになった小さな瓶だった。ぱっと見、なんの変哲もない空瓶。
瓶、フード姿、俺に会いたい──
その瞬間、ピキピキーン!!俺の脳裏に稲妻が走った。
「……お前、道で倒れていたやつか」
そういえば、昨日助けた?人物と同じローブな気がする。あの時は真っ赤な血で染まっていたから、言われなければ全く気が付かなかった。王子とは違って言葉も交わさず、回復薬を落とすだけで済ませてしまったのに──
「律儀だな、お前」
「……やっぱり、あの時落としていったのはわざとだったんだね。ああ、本当に嬉しいよ!!」
これだけで彼は、手にした瓶を大切そうにぎゅっと抱え打ち震えた。未だに顔は一切見せないし、あんな歩き方してくるし、すごく紛らわしかっただけで、悪い奴じゃない……のか?
「気にするな、たかだか回復薬だ」
「まさか、気にさせてよ!」
ならこんだけ感謝感激されるのは、悪い気はしな……
「回復薬が効きにくい身の上だからね。本当に助かったんだ」
待て。回復薬が効きにくいって言ったか、この男。
ソーリャが教えてくれた、この世界での回復薬の仕組みを思い出そう。八神の加護でこの世界の大地は勝手に修復されるが、それを騙くらかせて人間にも適応させるのが回復薬だったはずだ。それが効きにくいって、ことはつまり。コイツ、ちょっと厄介なやつではなかろうか。
一歩、また足が勝手に後ずさる。
というのに気付かないのか、ワザと無視しているのか。彼がぐいと一歩また近付いて、「ぜひ礼をさせて欲しいんだ!」と。掠れ声で言い募った時だった。
唐突な強風が俺たちを襲う。
たまたま吹いたとかのレベルじゃない。まるで一瞬、台風の中にでも放り込まれたかのような、立つのが少し困難なほどの風だった。
やはり、何かしてきたのか!?必死で堪えながら、反射で瞑ってしまった目を見開く。するとそこでは、なんと風は彼をも襲っていたらしい。手にした瓶を落としかけ、慌てて抱える姿が目に映る。そして目の前で、彼の顔を隠していたフードが一気にめくれ上がったのだ。
晒されたその顔は、幼さは残るもののあまりに美しいものだった。透明感のある白い肌も、キリっと吊り上がった漆黒の瞳も、無造作にかき上げ後ろで縛っている同じ色の髪も、すっと通った鼻梁も、薄く整った唇も。何もかもが、彫像のように美しい。白皙の美貌、絶対の美貌、ゲーム製作者の本気。ちょうどこれから大人へ変わっていく、その年頃の絶妙な美しさがそこにはあった。のだけども。
だが、それより。
それより目を引くものがある。
それは捲れ上がったポンチョの下、彼の背から生えた──一対の黒い翼。
鷲、鷹、いや鴉とかかもしれない。そんな感じの、とにかく鳥の翼がその背にあったのだ。獣人の中でも、鳥人とかがいるのだろう。プレイヤーが初期で選べる獣人枠にはいなかったが、確かに先ほど何者かが空を飛んでいるのを見たし。
風が止む。
パサリと彼のポンチョはまた翼を隠し、まるで何がもなかったかのように平原は静まり返った。
「……見た、か?」
顕わになったままの幼い顔が、今にも倒れてしまいそうなほど蒼白なのに一切気付かず、俺は首肯と共に率直な感情を口に漏らしていた。
「ああ、」
だって、空を飛べるんだろう?やっぱり空を飛ぶって憧れあるよなぁ。人間を選択したこと、なんか後悔してしまいそう。いや現段階ではたぶん選べないし、RPには合わないのだけれども。それでも、
「美しいな」
それにかっこいい。
ところで、俺は本当に驚くと咄嗟に動けないタイプだ。さっきいきなり出てきた魔物もそうだったし、現実でもジェットコースターとかは固まって叫べなくなる方である。つまり、どういうことか。
瞬間移動かのように。まだ十歩分は離れていた彼がいきなり面前に現れ、その腰に刺されていた刀が抜かれ、俺の首筋に当たる直前でピタリと止められたのをようやく認識して。
何も動けなかったのである。表情も動かず、体も動かず。ただ、この子の片目はあらぬ方向を見ているから、もしかして失明しているのか……?なんて現実逃避をした(なんかこのゲーム、子供にやけに厳しくない??)。
「美しい……なんて、そんなわけないだろっ……」
カタリ、と震える声に呼応して刀が揺れ動く。ここでようやく、彼は刃ではなく峰側を俺に向けていたことに気がついた。
「……すまない。個人的な感覚として覚えたものだが、不快にさせたのなら謝ろう」
地雷を踏んだら〜の下りを、フラグ回収するのが早いっ!!
だって空飛べるのいいなぁ……って。
まさかこれで不快にさせるなんて、思いもしなかったのだ。俺の見た目には変わりないだろうが、内心では滝のような汗が流れる。誰しも言われたくない言葉はあるもの。それを放ってしまったというのならば、これは……土下座か??こういう謝罪において、優先すべきものはRPではないのは俺でも分かる。
「……ほ、本当にこの羽が、美しいと……思ったのかい?」
左右に小刻みに揺れる怯えた目。え、解せぬ。
「……思っているぞ」
それに黒い翼なんてカッコいいし。
「嘘だろ……?だって、黒い羽は世界を滅ぼす……不吉の象徴なんだよ……?」
おお、なんともファンタジックな設定。つまりこの子は、ずっとこのことで迫害されてきたってこと?羽が黒かったというだけで??
いや、実際ファンタジーの世界なんだから、本当に滅ぼす力を持っているのかもしれないけれど。片目が見えていなさそうなのさえ、もしかして。
「──すまない、私は異世界人だからそういうことは知らないんだ」
力があるとして。そんなことをされていたら、そりゃ世界を恨み滅ぼしたくなるに決まってる。この子供が過剰に感動して、打ち震えていた理由に気がついてしまった気がした。
彼は驚いた顔をして、「異世界人……」と口にしている。刀を握る手からも力が抜けたのを認め、俺はそっと刃を退けた。だが今度は一歩も後ろへは下がらない。その間、彼の目は不安げに揺れる。
「理解したか?」
「……本当に、この俺を………俺のこの黒い羽を、」
「そうだな。美しいし、カッコいいと感じた」
何も知らない気楽さで、俺が肯定くらいしたっていいだろう。だから言い切った瞬間、彼が崩れ落ちた。
俺も慌てて膝をつき、彼の顔を覗き込む。場合によってはまたソーリャ案件だ。──確実に怒られそう。
「…大丈夫か?」
彼は……気絶してないな。口がはくりと微かに動いてる。そもそも、座れてはいるし気絶はないか。衝撃でどこか怪我をした様子も見えない。
「……まえ」
「…なんだ?」
「恩人様のお名前は、何て……言うんだい?」
「カル・アーデスタだが……」
恩人様、なんて気恥ずかしい。しかも子供へたかだか回復薬ひとつ渡して、気楽な肯定一つよこしただけでなんて、俺の方が恥ずかしくなる。地雷を踏まれたのだろうに峰打ちで済まそうとしてたり、きっもこの子は本当にいい子なんだろう。だから名乗った。
だがすると彼がいきなり姿勢を正し、俺の前にまた膝をつく。さっきみたいな座り込む感じじゃなく、跪く…という姿勢だ。いきなりなんなんだ。
見た目には出ていないと思うが、今俺はばちくそ動揺してる。
「カル様……私、ウカ・アサトと申します。このご恩、ぜひ一生かけて返させてください!」
おう………武士。
絶世の美少年が跪いて誓いを立てようとする。まさに感動的な場面なのだろうが、こんなことで俺なんかに使わないで欲しい。あと名前がなんとなく日本的ね。ウカって羽化ってこと?
「カル様……黒き穢れた翼をもつ身ですが、それでも………その、」
何度も言葉は途切れ、死ぬほど不安げ。これ、返事を躊躇ったり、伸ばしたらいかんやつ。俺、知ってる。
とりあえず言葉使いは戻して欲しいとお願いをして、立ってもらう。
「一生、でなくていいんだが……」
というかそもそも恩を返さなくても、別にまぁ。【調合】スキルも手に入れたし、回復薬はいずれなんとかできると思うんだ。
「いや……本当に、俺は主に捧げたいと思ったんだよ。ただこの翼が美しくて、カッコいいと言ってくれたからだけじゃないんだ。だから、どうか……」
回復薬のことだとしても、やはり早計だと思う。まだ若いから勢いがあるな。けっこう激情型なのかも。
「私がいいやつかなんて、分からずにか?」
「うん、大丈夫だよ。俺はその、いろんな目にあって来たからさ。人を見る目はかなりあると思う」
その眼に一瞬浮かんだ闇。瞳の奥底が黒より深い闇に染まった気がした。気のせいだろうが、それだけ彼の背負っている過去は重いのだろう。想像してしまう。
既に王子のことも背負っていて、これ以上背負えるかなんて分からないという思いもある。だけど彼はこの後、また同じ言葉に晒され続けるのだろう。迫害もされ続ける。まだ、この世に産まれてほんの僅かの子供だろうに。
なのに突き放すなんて、俺にはできなかった。
彼は優しくされて、舞い上がっているだけな気もするけれど。だから一緒にいたいのだと、叫んでいるのだと思うけれど。
それでも今、この子供には受皿が必要な筈だ。俺では大した力にはなれないだろうけど。いつか必要なくなるまで、隣にいることくらいならきっと。
…………あとなんか強そうだし、王子の護衛も頼めるかもとかいう。ちょっとした計算もゼロではなかったり、げふんげふん。
「わかった、その言葉を信じよう」
「……ありがとう!じゃあ俺の忠誠も……」
「構わない」
本当はそんなものいらないんだけど、たぶん彼は納得しなさそうなので許可をする。とはいえNPC相手でも人生とか捧げられるのは、かなり勇気が必要だった。……深く考えないことにしよう、そうしよう。こんなクールイケメンが、黒い翼の子供──と言っても13、4歳なんだろうが──そんな子と一緒にいるのはカッコいい。そうだと言えっ、言うんだっ!!
「ああ……本当に。感謝いたします、俺の終生の──主様」
小さな唇が感動を述べる。少年の頬は紅潮し、瞳も潤んだ。すっと膝をまた勝手については、こちらを見上げ、この世の幸福をすべて詰め込んだかのような、とろけるような笑みを浮かべている。
……そこまでかぁ、参ったなぁ。とりあえずまた主様とは言うなと交渉、
ー完全友好NPCウカ・アサトを手に入れましたー
ー称号【●●の主】を手に入れたー
ー称号【最上の友好を得し者】を手に入れましたー
モノみたいな言い方さぁ!あと完全友好……?なんぞそれ。出てきた説明によると、友好NPCよりさらに親しくなった状態なんだそう。まぁ、だろうて。
で、この完全友好になると強制呼び出し権──自分がいる場にそのNPCをいきなり呼び出せる能力だそうだ──を得られる。あと完全友好NPCがいるとプレイヤーの能力がわずかに上昇する……代わりに、そのNPCが死んだらその上昇分が消えると。これも例外はあり。また、友好NPCは好感度が下がると破棄されることがあるが、完全友好だと破棄、され……ない。
おい、待て(2回目)。
いくらなんでも捧げてきすぎだ、この子供。しないけど、もし俺が突然考えを翻して黒い羽を貶しでもしたら、いったいどうするってんだ。自分が悪いって言い聞かせて、俺は嫌わないってか??やめてくれ、こんなのあまりに残酷すぎる。
この世界では、こうまでも黒い翼はヤバい代物なのか??疑問を持たずにいられない。なんだか少しばかり、自信がなくなってきた。ちゃんと面倒を見れるだろうか、ただの一般プレイヤーの俺に。いやでもやれる限り、俺はそんなこと知らないと言い続けてやるんだ。それくらいしかない。子供は幸せであって欲しい。それはゲームのNPCであったとしても、俺の中で変わりはない。
小さくため息をつく。さて、当初の想定より色々とあってしまったが。
「……私は一度町に戻るが、お前はどうする?」
「俺も、構わないなら一緒に行きたいな」
「ああ、他の者にも聞く必要はあるだろうが」
頬を紅潮させたまま、微笑む彼に軽く頷いて、少し遠くへ見えるアインツの町へ戻ろう。やってみれば案外きっとなんとかなる。たぶん、きっと、おそらくそう。
思考放棄とか言う、
―●●クエスト≪ニ片・未誕≫が開始しました―
―●●クエスト≪ニ片・未誕≫をクリアしました。
クリア報酬:1,000M、完全友好NPCウカ・アサト―
知らんクエストが始まって、知らんクエストが終わった!!!!
ゲーム内文献:1000年前から残るアルトゥ石版より抜粋
くろいつばさ はちしんのかごをもたぬもの
われらがおう わがこでさえもしょけいした
くろいつばさ せかいをほろぼすわざわいのたね
われらがおうのかなしみにこたえよ
けしてにどと うまれてくることのなきように
はちしんのかごなきいのち めっせよそのすべてを




