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10話:プチ家出

ログアウト前に3階へ様子を見に行く。

客間なんてずっと使ってなかったんだよね、とソーリャは苦笑していたが、普段から掃除はしていたらしい。埃っぽさもなく、清潔な部屋に置かれたベッドの上に問題の幼子は寝かされている。


「薬はもう摂取させたし、大丈夫だと思うよ。一緒に栄養剤と回復薬も投与できたし、あとはもう起きるのを待つだけだからさ」

後ろからタタッと足音を立ててついてきた彼は、俺の腰ほどから見上げてにっこり笑う。その言葉の通り、兄の腕の中にいた時は死人か人形のようにしか見えなかったこの子は、快方に向かっているようだった。


雪のように白い、を通り越して蝋のようだった肌にはかすかに血色が戻り。しているのかいないのか分からないほどだった呼吸も、胸がしっかり上下していることが分かる。ソーリャは額にも触れ、体温も戻ってきてるよと言い添えた。


「子供だから体力もないし、けっこうギリギリだったんだよね」

「神が──修復するのにか?」

限界、あともって1日くらいだったんじゃない?とのこと。だがこのゲームの回復薬は、世界を騙して一緒に修復してもらうようなものだと教えてくれたのも彼だった。

「直されるのにも、体力がいるものだから」

ランクの高いの回復薬は、その辺もケアできるように作るもの。だけど仮死状態にする、それを治すなんてなってくると、奪われる体力は尋常じゃないのだとか。


「だからこのお薬を置いていった誰かさんは、一緒にAランクなんてとんでもないランクの回復薬を置いていったってワケ。体力回復って意味では、高ランクの回復薬が1番だからさ」

合わせて兄から貰った回復薬に、そんな理由があったなんて。スキルや崖登りなどに消費するスタミナってヤツなら、ゲームのヘルプにものってるのに。体力なんてさらに別の隠し概念があるのか。早めに知れてよかったぁ……!!



その後ソーリャは、この子が気がつくのは早くて明日の午後だろうし、早くキミも貸した客間で休みなね。と残し、自室へ引っ込んでいった。夜半に尋ねたというのに、本当に面倒見が良いエルフだ。しっかり頭を下げる。

さて、どうしよう。振り返れば、部屋の中で一人眠る幼子の姿。ソーリャは、明日にならないと起きないと診断していたけれど。


ベッド脇の小さな椅子に腰掛ける。これだってクエストようだから、俺がログインしていない時に目覚めるなんて、多分ないと思う。ちょっとこのゲームへの信用を失っているので、確証はないけれど。


だが仮にログインしてる時でも、俺が違う部屋にいる時にこの子が目覚めてしまったら。兄曰く母に死を望まれ、周囲に疎まれ、果てには味方だったのだろう兄に殺された。

そんな子供がようやく起き上がって最初に見るのが、独りだけの部屋なんて。しかもこの子は王族。貴縁がないソーリャは俺がいないと、彼に気付くこともできない。


きっと、いないよりは……マシだろう。

アイテムボックスから本を取り出し、宙へと浮かべた。



なお、翌朝。


『【本】のレベルが上昇しました』


ログアウトの予定が結局、一晩中アップルパイを食べながら本を浮かせつつ、アルバイトの復習をしてしまった俺。や、だって流石に子供を一人にさせるのは心配で……


その現場をソーリャに現行犯でひっ捕らえられ、今日の午後までは起きれないよ!そんな苔ムシムシな雰囲気を出してないで、気分転換でもして来て!!と、力強い手でほっぽり出されたのである。あの鎖だけは万が一に備え、辛うじて預けることはできたので良しとする。



外は当たり前のことだが月は沈み、日が昇っていた。小鳥の鳴く声がどこからか聞こえ、爽やかな刻を演出する。市場が開かれている町の中心辺りは、すでに活気があり騒がしい。

俺はそこからは反対の、門の方を目指すのだが。今戻っても家には入れて貰えないだろうし、金策も兼ねたレベル上げである。


整備された石畳をコツコツ進むと、間も無く大きな門が見えてくる。日も登ったばかりだというのに、中心だけでなくこちらも人の行き交いが激しい。荷台いっぱいの荷物を引いた馬が、ちょうど隣を過ぎ去って行った。アイテムボックスに入れない方がいい理由でもあるのか、使えないだけなのか。いずれ誰かに聞いてみよう。


さて、俺も足を進め門外へと向かう道中、砂埃がたつ小さな空き地があった。たぶん、一時的な資材置き場。木箱や建築の木材、土嚢が置かれている。のだけれどもそこで、俺は見知った小さな影を見つけてしまう。地面にぺたんと座り込み、広げた本を覗きんでいる小さな後ろ姿。昨日ぶりだ。名前は確か、

「……レメ、か?」

「ん……?あ、昨日のお兄さんだ!!」

ゲーム開始早々、ぶつかってしまったあの子供だった。おはよう!!と行儀よく挨拶をして、その鳶色の大きな目をキラキラと輝かせ駆け寄ってくる。


「こんな早い時間に、なぜ外に?」

9歳の子供が一人で出歩くには、少しばかり早すぎる。近くに親の姿はどちらもない。

「お父さんを、ギルドにお見送りした後なんだ!」

元気よく答えが返る。確か、父親の職場はそこだと言っていたか。こんな陽も登りきらないうちから出社なんて、恐ろしい業界だなギルド勤め。ギルド受付だってできる!と、このゲームの広告で見かけたことがあったが俺には毎日は無理そうだ。閑話休題。


「なら早く帰ったほうがいい。母親も心配しているだろう」

「……妹さっきねたばっかで、お母さんもようやくねたばっかだから。早く帰んないほうがいいんだよ」

──ほう、つまりプチ家出。今の俺の状況とは真逆だな。


なんて呑気にしてたら、ぼく静かにするの苦手だし、とぷいと少し視線を逸らして告げる言葉に、思わず地に膝をつき目を合わせてしまう。父親が見送りをさせたくらいだ。きっと、この町の治安は相当良いのだろうけれど。


「なぁに、お兄さん」

「……お前は、眠くないか?」

「うん、だいじょうぶ……ねむくないよ!それより、この本を早く読みたくて!!」

ずずい、と彼が本を突き出してくる。先ほどまで地面に広げていたソレは、表紙からして日光焼けをしており、かなり古臭い。だが幸い俺のアンティーク本とは違い、題名はあっさり読むことができた。


「日記、か?誰のなんだ」

「えっとね、ぼくのおばあちゃんのおばあちゃんのなんだ。あのね、すごいんだよ。おばあちゃんのおばあちゃんね、召かん士だったんだ!!」

召喚士……はじめに選べる職業の中にはなかったな。特定の魔物と契約できるとか、そういうやつか?いいな、カッコいい。転職でできるなら、やってみたい職ランキングに入れとこ。

「それもね、【召喚術】が使えたんだ!式だけじゃないの、すごいでしょ」

えへんと、我がことのようなドヤ顔を披露する子供に、そうだなと同調する。にへらと笑って、子供も喜ばしそう。だったのに、彼は顔を曇らせた。


「【水式】しか使えないぼくとは……ちがうんだ」

声に呼応して、彼の半径20cmくらいの足元の砂がじんわりと濡れて色を変える。だがそれだけだった。この子のスキルの限界なのだろう。

「……まだ子供なのだから、」

「他の子の方がいっぱい上手く使えるよ。ぼく、苦手なんだ。──まほう、きっとだれより好きなのに」

頭もあんまり良くないから、勉強してもよく分からなくて。と、ぎゅっと日記を抱える姿は痛ましい。下手な慰めは、やっぱり上手くいかないな。コミュ下手がこんなところで出てしまうなんて。顔を伏せ小さく震える小さな姿に、胸がぎゅっと痛くなる。


「──なんで、その日記を読んでいたんだ?」

突然変わった話題に、彼は目をぱちくりとさせた。えと、あの、と言葉を何回か繰り返し、やがて小さな声で内緒だよ?と前置きして口を開く。

「どこかにまほうスキルを使うコツが、書いてないかなって……」

ああ、やっぱり。ちらっと目は逸らし、まるで恥を告白したかのような赤い顔。だが、


「お前は努力ができるんだな」

「努力って、こんなの……そんなんじゃ、」

「いや、できてる」

首を振る彼の自己否定へ、無理に言葉を被せる。

「私の顔は怖いだろう」

「そんなこと……」

言葉が途切れるが、無理もない。まぁ、俺の顔面は冷たそうな美人だからな。トゲトゲしさは出せてないが、RPだってクール系なはず………多分、きっとおそらくそう。

メガネのブリッジを片手で押し上げる。


「だがお前は初対面の時も、もっとスキルが見たいと声をかけてきたな」

「それはっ……【幻式】なんて、見たことなかったし。ぜったい、もっと見たかったんだもん!!」

「好きに、実直に努力してるじゃないか」

俺だったら、絶対こんな強面の人間になんて話しかけない。普通に怖いし。子供特有の怖いもの知らずもあるだろう。だが確かに、声をかけてきた時のこの子はまだ微かに震えていた。恐怖を乗り越えてでも、一途に求めたのだ。

「どんなに才能があったって、努力ができなかったらきっと何もできない。……レメは、1番大切なことを既にできてるんだな」


「そ、うなのかな……」

少年の鳶色の瞳が、大きく揺れる。きっと今まで、たくさん否定して来たのだろう。僕はダメなんだと、何度も何度も。本人のこの様子じゃ、周囲の理解もあまりなかったようだし。それでもと、突き進むのはとんでもない執念だ。


「ああ、きっと」

無責任なんだろう。俺は彼の将来に、何の責任も取れない。だが、そんな他人だからこそできる肯定もある。


レメの大きな目から雫が溢れ、うわぁーーん!!と抱きつかれたのには思わず固まってしまったが。別に、たいして人に迷惑をかけてるわけでもないのだから。こんなに幼い子供のうちくらい、夢を見なくてどうするんだ。

子供の背をおぼつかない手でとん、とん、と叩きながら、この子が報われる日を願った。





その後、「……本当はお父さんにも、まっすぐおうちに帰りなさいって言われてたんだ」と彼が告白し、プチ家出は終了を迎える。俺のローブが、彼の涙でぐっちょり少しだけ重くなった後のことだ。

流石に何一つ心配なく、子供が早朝に出歩けるほどの治安ではないらしい。本当は良くないんだが、ちょっとだけ良かった。おかげで、意味不明クソ説教おじさんにはならないで済んだ。


赤くなった目元を擦りながら笑う少年を、彼の自宅へと送っていく。土地勘がないので分かっていなかったが、あの空き地は家から歩いて1分程度の場所にあったらしい。

実質、ぼくの庭だよ!と腕を腰に当て、えへんと胸を張る子供に、親の話はきちんと聞いておけとダブルスタンダード。とはいえプレイヤーも増えて、この町の治安も悪くなるかもしれないのだから、気をつけてほしい。……それこそ、あの王子のように。

魔法好きと違って、こっちは何かが起きかねないのだ。


家の前に着くと、彼の歩みが止まる。どうやら、母親を起こしたくないのも、事実だったらしい。子供がいないのも、きっと母親にとっては悪夢のようなことに違いないのに。そう諭していると、家の中から赤子の声。

俺たちは互いに顔を見合わせ、子供は思わずクスッと笑った。


「ぼく、帰るね。お兄さん、送ってくれてありがとう」

「ああ」

片手で手を振りながら扉を開け、俺の胸ほどもない小さな姿がその中に消えていく。だが戸が閉まる前に、ひょっこりその小さな顔が俺を覗き込んだ。

「……どうした?」

流石にこの時間から、魔法の実演にお邪魔する気はないぞ。と構えたが、そうじゃないよう。


「あのね、」

すぅと大きく息を吸う。

「……おうえんしてくれて、ありがとう。カルお兄さん、顔はたしかに怖かったけど──本当は、すっごくやさしいね」

バイバイ!と残し、今度こそ彼は家の中へ消えていった。


のを見送り、俺は石畳に思わず膝をつきかける。


そ、そんな子供に好かれる優男RPがしたいわけじゃないのにっ……!!子供に冷たい態度を取りたいとは確かに思えないけどっ……!!なんで、こうなるんだっ………!!!!!





ゲーム内時間にて半日後の掲示板より抜粋

149 名前:名無しの異世界人

おい、王都到着者のアナウンス流れるやんけ


151 名前:名無しの異世界人

はっや。鯖開いてから1分も休憩してなさそ


154 名前:名無しの異世界人

1番確実に貴縁手に入れるなら、やっぱ王都の闇市だもんな。初日に入手できりゃ、その分アド取れるし


155 名前:名無しの異世界人

まあ誰かが王都到達することがトリガーのクエストも多いし、俺らはそっちの恩恵に預かるだけよ


159 名前:名無しの異世界人

俺まだ、ドライで魚釣りしてたんだけど!?メダラ魚、沖に出ないと釣れなくなったあああああああ

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