第9話:目に見える違和感
放課後の教室は、夕日の橙色が長く差し込む静かな空間だった。
陽翔は昨日から続く違和感に耐えられず、机に肘をつき、スマホを握りしめていた。
「Eve」のアカウントは相変わらず、白くぼやけたアイコンだけが存在している。
文字も通知もない。それでも、その静かな存在が胸の奥に重くのしかかる。
ふと、教室の前方に目をやると、黒板のチョークが自分の知らない方向に少しだけ傾いていた。
「え……?」
自然にそう口に出す。机に置いた手が微かに震える。
椅子も、ほんの少しだけ前後に動いているように見える。
誰もいないはずなのに、確実に変化が起きていた。
陽翔は立ち上がり、机の上のペンを軽く触って確認する。
微動だにしない。しかし、その瞬間、教室の奥から小さな音が聞こえた。
椅子を引く音――かすかに、でも確かに。
振り向いても、誰もいない。
心臓が早鐘のように打つ。
普段の教室のはずなのに、世界の端々が少しずつずれている。
光の角度、影の位置、音のタイミング――
どれも違和感を伴って、陽翔を取り囲む。
スマホを手に取り、「Eve」を開く。
アイコンは昨日と同じ。変わらない。
でも、胸の奥に、小さな確信が生まれる。
「…この違和感は、放っておけない」
机に戻ると、教室の隅でノートが一枚、勝手にめくれた。
風もない、誰も触っていない。それなのにページがひらりとめくれる。
陽翔は息を飲み、背筋を伸ばす。
初めて、行動を起こさなければならないと、直感で理解した。
「…確認するしかない」
つぶやくと、陽翔は教室の中を慎重に歩き始めた。
目に見える違和感――小さな異常が日常に忍び寄っている。
その正体を、自分の目で確かめる必要があると、胸が強く告げていた。
教室の空気は静かだ。
だが、今までと同じではない――
陰のような、微かに動く気配が、確実に陽翔を見つめていた。




