第8話:日常に忍び寄る影
翌朝、陽翔は教室に入ると、いつも通りの雑踏があった。
だが、昨日の放課後に感じた違和感は、まだ胸に残っていた。
視界の隅で、人々の動きや音のタイミングに微妙なズレを感じる。
それは小さな違和感に過ぎないが、確かに世界がほんのわずかずれていることを示していた。
美咲が席に座ると、いつも通りの笑顔で「おはよう」と声をかけてくれた。
だが、陽翔の目には、微かに手元のノートを気にする仕草や、目の端で教室の奥をちらりと見る動作が引っかかる。
普段の彼女にはない、何かに気を遣っているような小さな変化。
翔太もまた、いつも通りに陽翔に話しかけてきたが、声のトーンや笑い方が微妙にぎこちない。
その場面では自然に見えるのに、陽翔は心のどこかで「何かが違う」と感じてしまう。
授業中、教室の黒板に映る光の角度が微妙に変わって見えたり、机の位置がわずかにずれているように思えたりした。
普段なら気にならないはずの細部が、昨日から続く違和感と重なり、陽翔の心をざわつかせた。
昼休み、陽翔は美咲と一緒に廊下を歩く。
「陽翔、最近元気ないよ?」
彼女の声は優しいが、視線の端に微かな戸惑いがあるのを、陽翔は見逃さなかった。
クラスメイトたちの笑い声や歩く足音も、どこか微妙にずれて聞こえる。
世界は普段通りに見えるのに、どこか不自然で、日常が静かに侵食されていることを、陽翔は実感していた。
放課後、ひとり教室に残ると、陽翔は再びスマホを取り出した。
画面には今日も「Eve」の存在だけがあり、文字や通知は何もない。
だが、存在している――それだけで、教室の静寂が重く感じられる。
胸の奥で、昨日の違和感が確信に変わる。
「…世界が、少しずつおかしくなっている」
そのとき、微かな音が教室の奥から響いた。
机の引く音、誰もいないはずの足音。
光と影のわずかな揺れ。
それらはすべて、普段通りの教室で起きているはずのない、日常の侵食だった。
陽翔は、スマホの画面を見つめながら、初めてはっきりと感じた――
この違和感は、自分だけではない。
周囲の日常にも、静かに、確実に、影が忍び寄っている。




