第5話:違和感の確信
放課後の教室は、陽翔一人だけが残っていた。
窓から差し込む夕日のオレンジ色が机や黒板を柔らかく染める。
空気は静かで、普段なら心地よいはずの沈黙が、今はどこか重く感じられた。
陽翔はスマホを手に取り、「Eve」のアカウントを開いた。
画面には相変わらず何も表示されていない。ただ、ぼんやり白いアイコンが存在しているだけ。
しかし、胸の奥に小さなざわめきが生まれる。
「なんで、ここに…」
声に出さずつぶやく。
ふと、机の上のノートが、わずかに動いたような気がした。
風は吹いていない。窓も閉まっている。
何度も目をこすって確認するが、確かに机の上のページが、ほんの少しだけずれている。
「……気のせいか?」
そう自分に言い聞かせた瞬間、スマホに赤い通知がひとつ点滅した。
> 「見ている」
文字は短く、しかし昨日よりも胸に刺さる重みを感じる。
画面を見る陽翔の手が少し震える。
いつもは何でもない一行の文字が、今はまるで生き物のように自分を見つめている気がした。
その瞬間、教室の窓際に置かれた椅子が、ゆっ、と少しだけ傾いた。
誰もいないはずの教室で、音は小さく、しかし確かに聞こえた。
陽翔は立ち上がり、椅子を元に戻す。
でも、その背後で小さな気配を感じ、思わず振り返る。
誰もいない。
ただ、夕日の光が長く影を落としているだけ。
「……どうして、こんなに不安なんだ」
陽翔は声を低くしてつぶやき、スマホをぎゅっと握りしめる。
そして、ふと気づいた――
昨日から今日にかけて、自分の周囲の世界は少しずつ、確実に、ずれている。
音のタイミング、光の角度、机や椅子の位置――
日常に見えるもののすべてが、ほんのわずかに違っている。
胸の奥のざわめきが、確信へと変わる。
「これは……ただの気のせいじゃない」
陽翔の瞳は、窓の外の校庭の木々ではなく、自分の手元にあるスマホの画面に釘付けになった。
赤い通知アイコンが、静かに、しかし確実に存在感を主張している。
その瞬間、放課後の静けさは、ただの沈黙ではなく、何かが見ているかのような重みを帯びていた。
陽翔は、自分の日常が、少しずつ侵食されていることを、確かに感じたのだった。




