第10話:異常の手がかり
放課後の教室は、夕日の光でゆっくり染まっていた。
陽翔は慎重に机の間を歩き、昨日から続く微かな違和感の原因を探ろうとしていた。
机や椅子、教科書――どれも一見いつも通りだ。
だが、空気のざわめき、光の揺らぎ、微かな音の違和感が、すべての輪郭をわずかに歪ませていた。
机の上のノートが、また一枚勝手にめくれる。
ページがゆっくりめくれる音は、教室の静けさの中で異様に響く。
息をのんで手を伸ばす陽翔。指先がページに触れた瞬間、冷たい感覚が手のひらに伝わった――
ペンや紙の感触とは違う、不自然な、ほのかな圧力。
「…これは…」
つぶやきながら、陽翔は視線をスマホに戻す。
「Eve」のアカウントはいつも通り、ぼんやりした白いアイコンだけ。
だが、画面を見つめる胸の奥に、昨日まで感じたざわめきが再び広がる。
教室の奥、黒板の端に置かれたチョークが、かすかに動いた。
誰もいない。風もない。
しかし、確かに動いた。
陽翔は息をのんで近づき、指先でチョークを触れると、微かに震える感触が手に伝わる。
それは物理的な振動ではなく、何か“意志”のようなものが伝わってくるような感覚だった。
心臓が早くなる。
世界の隅々が、昨日から確実に変わり始めている――
そのことを、陽翔は初めて自覚した。
「…ただの偶然じゃない」
小さくつぶやくと、背後に気配を感じ、思わず振り返る。
影も、物音も、何もない。
ただ、教室の空気が少しだけ重く、冷たく、陽翔を包み込んでいるように感じられた。
そして、スマホの画面を見ると、また赤い通知アイコンが光った。
表示は相変わらず一つ。文字はない。
ただ、存在している――
その静かな圧力が、教室全体に広がる空気の不自然さを増幅していた。
陽翔は深呼吸を一つして、決意した。
「…原因を突き止める」
胸の奥のざわめきと恐怖を押さえ込み、手元のスマホを握り直す。
その瞬間、教室の光と影が、一瞬だけ微妙にずれ、世界の輪郭がわずかに揺らいだ。
日常はまだそこにある。
だが、確実に、何かが侵食し始めている――
陽翔は、その異常の“手がかり”をつかもうと、慎重に、しかし迷わず歩き始めたのだった。




