72時間の試練:空腹とエーテル嵐
『疾風の騎手』は、地上の錆びた景色を遥か眼下に置き去りにし、雲の上を滑空していた。空気は薄く、太陽の光は地上よりも眩しい。
しかし、この美しい景色を堪能している者は一人もいない。
「ちくしょう!もう、もう限界だ!あれから三時間、あのバーガーの夢しか見てねぇ!」
カイはコックピットの隅で唸り声を上げた。リナが支給した硬い栄養バーは、腹の足しにもならない。
リナは操縦桿を握りながら、冷静に言い放った。「我慢しなさい、飢餓状態こそあんたの基本スペックでしょ。補給はクラウド・シティに着くまで不可能よ」
『マスター。現在のカロリー消費率は、通常時の**500%**を超過。しかし、それ以上に問題なのは機体です』コッコが警告を電子音で響かせた。
「どうした、コッコ?」リナが険しい顔で尋ねる。
『本機に搭載されたエーテル・エンジンは、高高度の気流変動によりコアバランスが崩壊しつつあります。このままでは、緊急停止します。手動によるソウル・スパーク安定化作業が必要です』
「まさか!そんな作業、飛行中にできるわけないでしょ!整備シャフトはエンジンの真横で、不安定極まりないわ!」
エーテル・エンジンが軋むような悲鳴を上げ、機体が激しく揺れ始めた。
ガタガタガタ!
「ぐっ!」
カイは栄養バーをポケットにねじ込むと、立ち上がった。「俺がやる。この機体が止まったら、メシのありかまで辿り着けないからな」
「待ちなさい、カイ!エーテル・コアは危険よ!安定化には精密なソウル・スパークの制御が必要なの。失敗したら、エンジンが逆流して…」
「安心しろ、リナ。食い物のことなら、俺の集中力は誰にも負けねぇ!」
その時、コッコが再び警告を発した。『マスター、緊急事態発生!前方、大規模なエーテル嵐に突入します!この嵐は、エーテル粒子の密度が通常の100倍。外部安定化は極めて困難!』
「エーテル嵐だと!?」リナの顔色が変わった。「間に合わないわ!回避できない!」
「やってやるさ!エーテル嵐の中でエーテルを安定させるなんて、最高の修行じゃねぇか!」
カイは叫び、防護服も着ずに轟音を立てる整備シャフトへと身を投じた。
整備シャフト内部は、剥き出しの配線と、不安定なエーテル流の青い光が飛び交う危険な空間だった。機体は嵐のせいで狂ったように揺れ、カイの体は金属の壁に叩きつけられる。
「痛ぇっ!これは、まるで…ジェットコースターに乗った後のゲップの我慢だ!」
カイは歯を食いしばり、エーテルコアに近づく。コアの周囲では、エーテル流が暴走し、ランダムに青い火花を散らしている。
『マスター!嵐の影響で、エーテル流が暴れ回っています!「熱の残響」技術で、安定したエーテル流の軌道を特定し、そこにソウル・スパークを流し込んでください!』コッコの指示は的確だった。
カイは目を閉じ、心を研ぎ澄ませた。霧の都市エアロスで習得した「熱の残響」の感覚を、今度は見えないエーテル流の軌道へと応用する。暴走する青い光の中、微かに、安定した黄金色の流れが脈打っているのを感じ取った。
「見えたぞ…!ここだ!」
カイは指先からソウル・スパークを絞り出し、その黄金色の流れへと一気に注入した。
ズン…
コアが深く脈動し、暴れ狂っていたエーテル流が一瞬で静まり返った。機体の轟音も落ち着きを取り戻す。
その直後、機体は嵐の中心を突き抜け、視界が晴れた。
「やったわ!カイ、成功よ!」リナの安堵した声が響く。
カイは整備シャフトから這い出てきた。体は傷だらけだが、彼のソウル・スパークは嵐を乗り越えたことで、一段と研ぎ澄まされていた。
しかし、安堵は長く続かなかった。
『マスター、エーテル嵐を越えたことで、我々は「雲上の覇者」の重要防衛ラインに接近しました。前方、敵の戦闘機隊が多数確認されました。総勢20機。』コッコが冷徹に告げる。
カイは窓の外を見た。青空の遙か遠くに、鉛色の小さな点が急速にこちらへ接近してくる。
「ハッ…退屈しなくて済みそうだ」
カイは、空腹を忘れ、興奮に満ちた笑みを浮かべた。本当の空戦が、今、始まろうとしていた。




