窮地の中の奇策:ヘリックスの遺産
翌朝。リヒター艦隊による最終攻撃の正午まで、残された時間はわずかだった。
中央タワーのコマンドルームは、重い沈黙に包まれていた。リナはエーテル装甲の損傷した接続ポートを睨みつけていたが、修理は難航していた。
「ダメよ、カイ。ローカル回路が焼けてる。この短時間で、エーテル発電所と直結するルートを再構築するのは不可能だわ」
装甲を脱いだカイは、コマンドルームで唯一、落ち着き払っていた。彼は熱いビーフシチューを口に運びながら言った。「つまり、この最高の鎧は、ただの重い鉄クズってことか?」
「そういうことよ。外部のエーテル導管も、リヒターのジャミングでまだ不安定だし…」
その時、コッコが警報とは違う、興奮した電子音を上げた。
『リナ。電力供給システムの全ログを解析しました。ドクター・ヘリックスが**「極度の非効率」**として最終的に隔離した、あるシステムを発見しました!』
「何よ、それは?」
『「太陽フレア蓄電池群」です。クラウド・シティ上層の居住区に設置された、巨大な旧型バッテリー群。エーテル発電に頼らず、太陽光を直接変換・貯蔵するシステムです』
リナの目が輝いた。「それよ!エーテルに依存しない独立した電力源なら、リヒターのジャミングは無効化できる!」
『しかし、問題があります。ヘリックス博士は、そのアレイを都市の最も人口密度の高い**「居住区セクター4」に設置しました。現在、そこは調和フィールドから目覚めた住民たちによる、最大のパニック・ゾーン**となっています』
「わかった。俺が行く」カイは立ち上がった。
リナは驚いた。「待って、カイ!あのエリアの住民は、あなたたち侵入者を戦争の原因だと思っているわ。装甲なしで、あの群衆の中を突破するのは危険よ!」
カイはビーフシチューの缶を懐にしまい、大剣を背負った。
「戦艦を相手にするより、腹を空かせた人間に会う方が、俺にはよっぽど楽だ。それに…俺は、この街の王様なんだろ?」
居住区セクター4は、まさに混沌としていた。人々は出口を求めて押し合いへし合い、警備ドローンが発する鎮静剤すら効かない。
「戦争だ!」「あの侵入者のせいだ!」怒りの声が飛び交う中、カイは静かに人々の群れの中へ入っていった。
「待て!そこの鉄くずの男!」
一人のスーツを着た男が、群衆を代表してカイの前に立ちはだかった。
「お前たちがこの街をめちゃくちゃにしたんだ!エーテル装甲を奪い、調和を破った!今すぐ街を出て行け!」
カイは、その男の目を見た。彼は怒っているが、その瞳の奥には深い恐怖があった。
カイは、大剣をゆっくりと地面に突き立てた。そして、彼のソウル・スパークを制御し、力ではなく、鎮静と共感の波長に変えて、周囲に広げた。発電所で会得した「魂の共鳴」の応用だ。
「俺が、この街をめちゃくちゃにした?そうかもしれないな」
カイは、スクラップランドで培った、嘘偽りのない声で語りかけた。
「だが、俺たちは、お前らを支配しようとした奴らをぶっ壊したんだ。あんたらは、この街で美味いメシが食える。この街で自由に生きられる。そのために、俺は戦っている」
「ふざけるな!戦争を始めたのはお前だ!」
「ああ、戦争は俺が始めた。だがな」カイは続けた。「この街の美味いビーフシチューを、リヒター将軍なんかに奪われてたまるか!俺は、みんなの腹を満たすために、この街を守るんだ!」
そのあまりにも単純で、飾り気のない言葉に、群衆は戸惑い、押し黙った。彼のソウル・スパークから伝わる、飢えと戦意、そして真剣な守りたいという意志が、彼らの心をわずかに動かした。
「そこの道を開けてくれ。俺はこの街を動かすバッテリーを起動させに行く。美味いメシを食いたければ、俺を信じろ」
群衆の波が、ゆっくりと左右に分かれ、道を開けた。カイは彼らの間を通り抜け、巨大なソーラー・アレイが並ぶ扉へと到達した。
扉の奥。埃を被った巨大な蓄電池群は、ドクター・ヘリックスが**「無駄」**とした、旧時代の希望の光だった。
リナの指示通り、カイは蓄電池に緊急電源を接続し、ソウル・スパークを流し込んだ。
バチバチバチ!
蓄電池が青い光を放ち、安定した電力が中央タワーへと送られ始める。これで、Aether Armorは再び動く。
『成功!マスター、安定した電力源が確立されました!』
カイは再び、エーテル装甲を装着した。外のクリスタルスクリーンには、リヒター艦隊の巨大な影が、既にシールドの限界線へと迫っている。
時計の針は、正午を指していた。
「リナ。準備はいいか?」
『ええ。全システムをあなたに託すわ!行って、カイ!あなたの美味いシチューを守りなさい!』
カイは全身にエーテルを漲らせ、決戦の空へと飛び出した。




