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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第74話 修一が産んだ最愛の娘

 魔王城の外――黒く荒れ果てた大地に、常時落雷の閃光が走っていた。


 鼓膜を打つ轟音。

 焦げた土の匂い。


 空気は焼け、重力さえ歪むような絶望の景色の中心で、俺、エリザシュア、イグフェリエルは本当の黒幕――『物語歪曲者』と対峙していた。


 エリザシュアが両手を掲げると、大地が呻きながら盛り上がり、彼女の意のままに丸く包み込むように変形する。

 以前、ザルギエスを惑星めいて封じた技――惑星型封印魔術だ。


 ところが『物語歪曲者』は指を軽く鳴らし、エリとは反対方向へ大地を捻じ曲げ、それを無効化してしまう。


「……っ、そんな……!」


 『物語歪曲者』は余裕そうな表情で、笑みを零す。


 その直後、空が裂ける。

 イグフェリエルが作り上げた雲海から、聖槍が雨のように降り注いだ。

 白金の閃光は、神の威光そのもの。


 しかし『物語歪曲者』も同じ雲海を生み出し、そこから放たれる聖槍がイグフェリエルの槍群を正確に撃ち落としていく。

 光と光がぶつかり、空中には白い残滓が散った。


「ならば――直に裁く!」


 イグフェリエルが一本の聖槍を手に走る。

 足音は雷鳴に紛れ、突き出された槍が空気を引き裂く。


 しかし『物語歪曲者』は心底面倒そうに眉をひそめ、片手でその穂先を掴み、ひらりといなした。

 軽い足取りで連撃を受け流す。


 そして左手を虚空に差し込むと――金色の紋様が弾け、勇者ルナテミスの剣『白夜』が姿を現す。


 『物語歪曲者』が静かに呟いた。


「――|天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》」


 光が奔流となって走り、世界を断ち切らんとする刃が迸る。


「させるかァァァッ!!」


 その瞬間、俺が割り込む。

 身体が焼けるような衝撃に耐えながら、同じ名を叫ぶ。


「――|天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》ッ!!」


 二つの光が衝突し、天地がひび割れたかのような轟音が走る。

 だが『物語歪曲者』は俺が割り込んだ瞬間、光の威力を弱め、後方へふわりと跳び距離を取った。


 砂煙の中、エリザシュアが駆け寄る。


「修一くん! あの者は一体、何なのですか!?

 ――まるで……わてちしたち自身と戦っているような……!」

 俺は『物語歪曲者』から目を離さず、唇だけで言う。


「どういう訳か、この世界のすべての存在の力を使えるんだってよ」


「なにゆえ、そのようなことが可能なのだ!?」

 イグフェリエルが愕然とした声を上げる。


「知るもんかよ……あいつが何者かなんて知りたくもねぇ……理解したくもねぇ」

 俺の乾いた笑いが雷鳴に吸い込まれた。


 『物語歪曲者』は小さくため息をつき、面倒そうに言葉を紡ぐ。

「はぁ……折角、お前らのような被創造物(モブキャラ)にも“活躍の場”を与えてやったのに、残念だよ。

 まあいいか。

 どうせお前らに利用価値なんて、もう残っていないんだから」


 そして声の温度が一気に凍りつく。


「エリザシュア・ルミナ。イグフェリエル。

 今すぐ――自滅せよ」


 言霊としか思えぬ命令が大地を震わせる。

 二人の身体が一瞬揺らいだ――しかし、何も起きない。


「……? なぜだ。

 なぜ絶対服従の理論が効かない……?」

 

 『物語歪曲者』の困惑。


 その刹那の隙を逃さず、エリザシュアが魔術の陣を重ねて放つ。

 黒炎と氷山と迅雷が束になって『物語歪曲者』へ襲いかかる。


 俺とイグフェリエルも前へ躍り出て、剣と槍で連撃を仕掛けた。

 『物語歪曲者』はそれらすべてを冷静に躱しつつ、淡々と呟く。


「……まあ、自分で殺せばいいか」


 右手をかざし――


「――――骸録死因転写(デスグラフ・コード)=経死」


 闇のオーラが吹き荒れ、イグフェリエルを包む。

 命脈が黒く染まり、希望の光を宿したその身体が“死”に引きずり込まれる。


 紛れもない、断罪の四骸ネクロフィリアの能力だ。


「くっ……!」


 イグフェリエルの命が、崩れ落ちようとした、その瞬間。


「――――骸録死因転写(デスグラフ・コード)=圧死ッ!!」


 低く響く声。

 経死の名を冠した『死』が、何か巨大な圧力に押し潰されるようにして粉砕された。


 イグフェリエルの前に、黒い装束を纏った巨体が影を落とす。


 骨の身体。

 砕けた部分を抱えながらも、なお圧倒的な威容。


 断罪の四骸――

 ネクロフィリア=シャリンハイム。


 巨大な鎌を振りかぶり、『物語歪曲者』へ叩きつける。

 刃が『物語歪曲者』の身体を薙ぎ、閃光とともに吹き飛ばした。


 骨の死神が、雷鳴の下で低く吼えた。


「吾輩の『死』を、勝手に使うでない。

 ――愚か者めが」


 黒き大地を裂く雷鳴の余韻が、肌をひりつかせていた。

 俺の背後、その影の揺らぎから、ふたつの異形が姿を現した。


 一本の腕しか残っておらず、半身がごっそり失われたザルギエス。

 そして青い継ぎ接ぎの肌を艶めかしく震わせ、狂気じみた笑みを浮かべるルシモディア。


「もぉう! あーみゅは、創造主ちゃんのせいでずっと絶頂しちゃってたんだから、責任取ってほしいんだゾ!」


 そのねっとりとした明るい声に、俺は鼻で笑った。

 深い疲労の底で、それでもどこか安堵の色を滲ませながら。


「お前ら……()()()()味方だったんだな。

 『物語歪曲者』(あいつ)の存在に気づいて……抗おうとしてたんだな」


 ザルギエスは片腕だけで器用に肩をすくめ、軽薄な声を上げた。

 

「いやぁ、ほんとボクちゃんみたいな、純真無垢なやつが悪人ヅラすんの、マジ疲れましたよぉ」

 そして、『物語歪曲者』の方へと鋭い視線を向ける。


「でもまぁ、そういう諸々の事情は……あの人、倒してからにしません??」


 土埃をまとってよろめきながら立ち上がる『物語歪曲者』。

 その顔には薄ら寒い笑み――恋慕と執着の狂気を煮詰めたような歪みが浮かんでいる。


「あぁ……どうして修一は、主人公のことを愛してくれないんだろ……。

 でも、そうだよね。恋ってのは、障害を越えてこそ輝くんだから」


 その呟きと同時に、空が裂けた。


 幾億もの聖槍、幾億もの魔術陣。

 空間が悲鳴をあげながら展開し、すべてが一斉に俺たちへと照準を合わせる。


 圧倒的、滅界の雨。


 俺、エリザシュア、イグフェリエル、ザルギエス、ネクロフィリア、ルシモディア。

 全員が瞬時に最大限の警戒を走らせた。


 最初に動いたのは、イグフェリエル。


 血走った瞳で、しかし一度たりともまばたきせず、天へと槍を掲げる。


「――はァッ!!」


 彼女の甲高い叫びとともに、聖槍から奔る光が、降り注ぐ無数の槍を迎え撃つ。

 光と影、聖と魔が空中でぶつかり合い、破片となって四散する。

 金属音と爆ぜる衝撃が大気を割り、世界の皮膜が軋むような音さえした。


 だが――その混乱の只中で、イグフェリエルの眉がわずかに震えた。


 降り注ぐ“それ”の中に、紛れている。

 見覚えのない武具たちが。


 まるで、この世界のものではない代物が。


 黒曜石のように艶めく刃。

 暗黒物質を鋳つぶして作ったかのような鎚。

 名も知らぬ神性を宿す弓。

 

 どれもが、世界を救済し得るほどの光を抱きながら、同じだけの破滅を孕んだ、極点の力を秘めていた。


「……っ!」


 その圧に、一瞬、イグフェリエルの足が沈む。

 聖槍が押し返され、腕が痺れ、胸元まで灼けつくような重圧が迫る。


 だが、彼女は一歩たりとも退かなかった。

 大地を砕くほどに踵をめり込ませ、細身の体躯に似つかわしくない凄烈な力で、再び腕を振り上げる。


「如何なる原理を帯びた武具であろうと──!!」

 声が裂け、大気を震わせる。

 

「此方の希望の光で、それらすべてを凌駕してみせよう!!」


 聖槍が唸りを上げて輝きを増す。

 光は膨れ上がり、もはや槍の形すら曖昧になるほど。

 その一閃は、まさに神話が生まれる瞬間の輝きだった。


 降り注ぐ破滅と救済の武具群を押し返しながら、イグフェリエルはなおも前を睨み続けていた。

 目の奥に血が滲み、頬を伝う赤い涙が風に散った。

 

 世界を穿つ槍の雨の向こう側――そこにいる彼女を、決して逃さぬように。


 続いてエリザシュア。

 地を蹴り、魔力の奔流をかき集めながら叫ぶ。


「――永劫反転・神戒書ッ!」


 巨大な魔導書が虚空に開き、ページが千枚単位でめくれ、術式の膜が展開する。

 降りそそぐ魔術のコードを、その場で“書き換え”、別の無害な存在へと変換していく。


 黒い雷は白い蝶へ。

 ブラックホールはただの紙片へ。

 

 呪詛の蛇はぬるい風へ――

 次々と意味を奪い、無害な存在へ変換されていく。


 エリザシュアはその光景を見上げ、少しばかり驚愕の表情を浮かべる。


(……ありえません。降り注ぐ中、わてちしの知らない魔術体系が混じっている……!

 想起不能、分類不能……すべての魔術を知り尽くしているというのに……!)


 理解し難い魔術。

 あの大魔女エリザシュア・ルミナでさえも、知らない魔術を『物語歪曲者』は、行使してくるのだ。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 根底の原理だけは、この世界の魔術理論と同じ方向を向いているのだから。


(……似ている。形は違えど、根っこは同じ……!

 ならば――書き換えられますっ!)


 エリザシュアの魔力が迸る。

 神戒書の文字列が彼女の意志に追従し、

 今度は“不要な枝”を切り落とすように、複雑な術式を一つひとつ整えていく。


 そして、


「――零域無律・虚無還元ッ!」


 魔術そのものを逆流させ、上空へと昇る、カウンター攻撃を仕掛ける。


「皆さんッ! イグフェリエル様とわてちしで、射出物と遠隔魔術は対処します!

 ですから……あの者の、喉元へ!!」


 その叫びと同時に、俺たち個々へ小型の防護壁が張り巡らされる。


「――あぁ、頼んだ!!」


 俺は断罪の四骸と共に、大地を抉る勢いで駆けた。

 魔術の火花が防壁に当たり、無害化された光だけが周囲に散る。


 だが――


 『物語歪曲者』は言った。

 “この世界のすべての存在の力を使える”と。


 その言葉を証明するように、雨のような魔術の中でも一筋だけが、エリザシュアの防護壁そのものの“コード”を書き換え、通過し、死角から俺たちへと襲い来る。

 

 だが。


「――――骸録死因転写(デスグラフ・コード)=老死ッ!!」


 ネクロフィリアの低く重い声が、戦場を震わせた。

 放たれた『死』の概念が魔術を包み込み、寿命を奪い、瞬時に消し去る。


 しかし、追撃は止まらない。

 反転魔術が次々と壁を貫き、ネクロフィリアが処理しきれない速度で襲いかかる。


 その一条がザルギエスへ直撃する――はずだった。


 だがネクロフィリアはルシモディアの腰を掴み、容赦なく放り投げた。


「え、えぇ!?  ネクロフィリアくん、何する気!??」


 次の瞬間、ルシモディアは魔術へ真正面からぶつかり――

 「あひひひ~……!」

 

 恍惚とした悲鳴を上げながら魔術の殺傷性を快感へと変換し、無効化する。


「ルシモディア、貴様は所詮盾にしかならん。魔術を相殺せよ!」


「えぇ……それって、気持ちいい許可もらったってコト~?

 そういうコトなの~ッ!!!」


「クソッ……! あぁ、気持ちいい許可などくれてやるッ!!

 だから創造主殿とザルギエスが、奴に辿り着けるよう尽力せよッ!!」


「ひゃぁあああ!! ネクロフィリアくん、ン最高ッ!!」


 ルシモディアは悦楽の笑顔で次々と魔術に突っ込み、悶えながら道を開く。

 その背後ではネクロフィリアが死の概念を撒き散らしながら、飛来する術式を削り取っていく。


 大地の根がひび割れ、黒煙が滲む戦場を――俺とザルギエスはただ前へ走った。

 

 背後では聖槍が悲鳴を上げ、魔術が爆ぜる。

 そのすべてを押しのけるように、俺は小さく息を吐き、横を走るザルギエスに囁いた。


「……ザルギエス。

 もし奴に致命傷を負わされそうになったら――俺を身代わりにしろ」


「っ……え!? いやいやいや! 

 流石に修一先輩を犠牲にして勝っても、ボクちゃん嬉しくないっすよ!!」


 驚愕が顔に浮かぶザルギエス。

 だが俺は、走りながらも冷静に言い切った。


「どうやら、俺はあいつに“愛されてる”らしい。

 

 さっきの攻撃、俺に向けて飛んできたものも、明らかに少なかった。

 ……利用できるなら、何だって利用する!」


 ザルギエスは一瞬だけ目を細め、そして――コクッ、と頷いた。


 俺たちは、ついに『物語歪曲者』の目前へ到達する。

 踏み込む瞬間、大地を裂くように気配が濃密になった。


「いくぞッ!」


 俺の渾身の一撃が『物語歪曲者』へ叩きつけられた――

 が、それを『物語歪曲者』は片手で受け流す。


 勇者ルナテミスが使った白銀の聖剣『白夜』で。


 そこから刃と拳の激突が始まった。


 俺の刃の一撃一撃は、光を孕んだ渾身であり、振るうごとに砂塵が爆ぜ、大地が揺れる。

 ザルギエスの殴撃は、一本の腕だけにもかかわらず、山をも砕く威力を保っている。


 だが『物語歪曲者』は――幾億もの魔術と聖槍を並列で射出していながら、剣の乱れが一瞬もなかった。

 斬り結ぶたび、地面が陥没し、亀裂が四方へ走る。


 その最中、『物語歪曲者』の左手に黒いオーラが宿る。

 間違いない――ネクロフィリアの「死」。


「……来るぞ!」


 闇のオーラはザルギエスへ伸び――

 間違いなく、数秒後に死んでしまうことを、俺たちは予見する。


 ザルギエスは決断した。

 俺の腕を掴み、強引に引き寄せて闇の前へ突き出す。


「死んでもボクちゃんのこと、恨まないでくださいっすよ!!」


 闇が俺を包もうとした――

 だが『物語歪曲者』は、触れる直前、反射的に手を引いた。


 俺に害を及ぼすことを、謎の恋心ゆえか、予想通り拒んだのだ。


 俺とザルギエスは、一瞬だけ顔を見合わせる。

 その目は――通じた、と確信していた。


 『物語歪曲者』の手が止まった刹那。

 二人は同時に踏み込む。

 

 慈悲も逡巡もなく、“殺すために”。


 剣戟、衝撃、光と闇の破裂。

 流れは、確かに俺たちへ傾いていた。


 ――だが。


 『物語歪曲者』の声が、嵐の中心のように静かに響いた。


「……どうして、主人公を愛してくれないの?」


 足元の時間が、凍りつく。

 

「主人公は……修一が産んだ“最愛の娘”でしょ……?」


 『物語歪曲者』は哀しげな目で、そう呟いた。

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