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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第73話 物語歪曲者

「あぁ、そうだよ修一。

 “主人公”こそが、すべての黒幕だよ」


 ――主人公。

 そんな聞きなれない一人称で、彼女は自身こそが黒幕だと、言った。


 その言葉で、胸の奥が煮えたぎる。

 怒りの奔流が視界を真っ赤に染める。


「……ッ!!」


 俺は地を蹴り、全力でそいつに迫る――


 ――その刹那。


「|時空凍結症候《クロノ・フリーズ=シンドローム》」


 大魔女エリザシュアの究極奥義の名を、黒幕を名乗る存在は、呟く。


 そして、世界が凍りつき、風が止まり、俺の身体はそのまま固着した。

 手も足も微動だにしない。

 

 だが、顔だけは動き、視認、傾聴、会話の機能だけは奪われなかった。


 凍てついた時の檻の中で、俺は唯一動く顔をわずかに歪め、鋭い視線を彼女に向けて問いかけた。

 「どうしてお前が、エリの奥義を……!」


 その怒りを含んだ声に、黒髪の“彼女”は息をするような自然さで応じる。

 

「――あぁ、主人公はこの世界の存在の能力を、すべて使えるんだよ。

 

 ……って、そんなことは別にどうでもいいか。

 聞きたいことが、山ほどあることだろう。何でも答えてあげるよ、修一」


 俺は憤怒を噛みしめるように奥歯を軋ませながら、それでも必死に冷静さを繋ぎとめて問いを重ねた。


「じゃあ、改めて聞いてやるが……お前がすべての黒幕で、間違いないんだな?」


 その問いに、目の前の存在は迷いなく答える。


「あぁ。でも“黒幕”と呼ばれるのは、何だか少しばかり味気ない。

 だから、主人公のことは……『物語歪曲者』とでも呼んでおくれよ」


 彼女――『物語歪曲者』は口元に、わずかに笑みを滲ませ、今までの悪行を語る。


 「主人公こそが“終焉の穴”を生み出した存在であり、

 修一の今までの旅の、筋書きを仕組んだのも、また同様だ。

 

 つまり――この世界が崩壊寸前だったのは、修一が物語を放棄したからではなく、

 筋書きを円滑に進めるための、“ていのいい嘘”だったのだよ」


 『物語歪曲者』は、顔から流れる黒い血を指でぬぐいながら、まるで気怠い雑談でもするような口調で続けた。


 「修一は、優しいからね。

 昔描いた漫画の中の“創造物”が、未完のまま放置されたせいで崩壊寸前になっている……。

 ――そんな話を聞かされたら、そりゃあ救おうと、躍起になってくれるだろう?」


 薄く笑い、瞳を細める。

 その目には、人の情を玩具にする者特有の、ぞっとするほどの甘い残酷さが浮かんでいた。


 「……そういう目論見があったのさ。

 君の善性も、罪悪感も、責任感も……全部が、“物語を進めるための燃料”として、とても都合がよかったのだよ」


 その言葉に、俺の顔は驚愕に染まる。

(テフ=カ=ディレムでの終焉の穴の門番(ヴァルゲート)が、イグフェリエルで、

 人為的に創られたものだと発覚した時点で……薄々、そうなのかと思っていたが……)


 『物語歪曲者』は唇の端を小さく釣り上げ、楽しげに続ける。


「――あ、もしかして信じてしまっていたのかい? よく考えてみなよ、修一。

 

 物語を見捨てたくらいで、世界が崩壊するというのならば……一体、一年間にどれだけの“創造主”が行方不明になるっていうんだい?

 創造主を恨んだ被創造物たちが、君たちの世界へ叛逆したことなんて、一度でもあったかい?」


 (まぁ、そう言われれば、そうなんだけどよ……)

 俺は、表情を変えないまま、心の中でそう呟く。


 彼女はさらに、追撃するように言葉を重ねた。


「さらに言えば、没キャラたちの世界が崩壊したのも――修一のせいなんかじゃない。

 主人公が、全部やったことだよ。

 

 ……他にも色々気になることは、あるだろうけれど、全部“主人公がやった”と解釈してくれて構わない。

 大事なのは、修一に一切の非なんて、ないということ」


 彼女は、薄く微笑む。

 その笑みは慈悲の仮面を被っているだけで、底が真っ黒に塗りつぶされている。


 「だから、この世の不埒は……ぜんぶ、ぜーんぶ、主人公の責任にして、いいんだよ?」


 俺の顔が、怒りとも絶望ともつかない引きつった表情に変わっていく。

 そして、掠れた声が漏れた。


「……じゃあ、今まで俺は……何のために戦ってきたっていうんだよっ……!

 お前の目的は、何なんだッ!」


 彼女に視線を突き刺す。

 その瞬間、俺の脳裏にひとつの仮説が閃いた。


「……!

 そういえば、ひとつだけ引っかかっていることがあった」


 俺は息を飲み、続ける。


「テフ=カ=ディレムの遺跡での、ループのことだ。

 

 ……イグフェリエルは、“絶望するまで終わらないようにしろ”と、命令を受けていたと言ってた。

 そして、俺はその命令通り……絶望した」


 そして、ゆっくりと、核心へと歩み寄るように言葉を落とす。

「そのあとに、俺に最も早く行動を起こしてきたのは――誰か?」

 

 冷たい気流のように、ひとつの名が場を満たす。


「――そう、ルナテミスだ。

 俺は彼女のおかげで、絶望から立ち直れた。あのとき俺は、ルナテミスのことを心から“信頼”したよ。


 でもあのときのルナテミスは、あくまでお前が化けていたに過ぎない」


 そして。


 俺は凍りついた世界に怒涛の声を叩きつけた。


「……つまりッ――お前の目的は、俺を“信頼”させて、“理論構築”を施すことだったんじゃないのかッ!?

 “信頼”させないと行使できない、それを!!」


 ――理論構築は、信頼された仲間でないと行使できない。

 この旅そのものを通して、俺がルナテミスのことを心から信頼するように仕向け、何かをしようとしていたのではないか。

 俺はそう考えたのだ。


 その言葉を聞いた瞬間、目の前の存在の口元が、ゆっくりと持ち上がった。

 辺りに吹く風が、ざらついた岩肌を撫で、二人の間に薄い緊張の膜を張る。


「うん、路線はいい感じじゃないかな。

 でも――どうしてわざわざ『信頼』させる必要なんてあるんだい?」


 『物語歪曲者』の声音はどこか愉悦を含んでいた。

 続けざまに、柔らかな吐息のように言葉を重ねる。


「――主人公は既に、修一に愛されているじゃないか」


 (……は?)

 

 途端に俺の脳内に、盛大な困惑が染み込む。

 思考のブレーキが焼き切れるような感覚とともに、目の前の存在への理解が霧散する。


 無論、こいつの記憶なんてものは一切合切ない。

 愛しているはずがないのだ。


 「だから、この旅の目的はね……。

 主人公と修一との“愛の確認”なんだよ。言わば――新婚旅行(ハネムーン)さ」


 言葉の先端が、脳の柔らかい部分を優しく摘むように触れた瞬間。

 俺の理解はまた崩れ、足元の現実が沈む。


 『物語歪曲者』はひとつ息をつき、穏やかすぎる笑みを浮かべた。


 「理論構築という能力を活用し、共に“終焉の穴”に立ち向かい、

 数々の苦難に揉まれながらも、互いを支え合い……

 そうして最終的には、黒幕である魔王ディアーナを討ち倒す。


 その後は、愛を育みながら、穏やかな余生をふたりで過ごす――」


 語り口はまるで、幸福そのものを編む羊飼いのようで。

 それなのに、どこか狂っていた。


 「――そんな筋書きを、主人公は思い描いていたんだ。

 そのためだけに、この世界の被創造物(モブキャラ)たちを洗脳し、最高のお膳立てを整えていた。

 ……全部、修一と“愛し合う結末”のためにね」


 ふ、と。

 声の温度がひとつ落ちる。


 「でも……」


 金属がかすかに沈むような、寂しげな響きを帯びて。


 「こんなんなっちゃったね……」


 その一言だけは、妙に、心臓へ痛いほど静かに沁みた。


 「…………仮に、そうだとして……な、なら、どうしてわざわざ、ルナテミスに化けたんだよ。

 お前の行動は矛盾しているだろ……!

 その今の、()()()()()の姿で、俺と出逢えば良かったじゃないかッ!?」


 俺の困惑を押し殺しきれぬ声が荒れ、岩壁に反響する。

 

 瞬間、今までどこか虚ろだった、目の前の少女の表情が一瞬だけ揺れた。

 ――かすかなひび割れのように。

 まるで、図星を突かれたように。

 

 しかしそれはすぐ平坦な無表情へ戻り、彼女は静かに一歩踏み出した。


「修一。

 主人公()、君のことを愛しているよ」


 まるで会話が成り立たない。

 何の脈略もない言葉を、彼女は紡ぐ。

 

 恐らくこいつは、到底理解できる存在なんかじゃないんだ。

 ただそれだけは理解できる。

 

 次の瞬間、少女は目を閉じ、わずかに背伸びするようにして唇を突き出す。

 俺の唇へ――甘い毒のように、まっすぐ迫る。


 接吻だ。

 そうに違いない。


「や、やめろぉぉおおお!!」

 

 俺は咄嗟に顔をそむける。

 

 だが、俺の身体は凍結しているため、動かない。

 顔だけは自由だが、腕も脚も、胸さえも、氷に閉ざされたように沈黙する。


 少女の影が覆い被さる。

 そうして、唇が触れ――


 


 ――ようとした、その瞬間、凍り付いていた時が、氷解する。


 頭上から、数百、数千の魔術が降り注ぐ。

 ありとあらゆる属性の奔流が、空の一点から滝のように落ちてくる。


 『物語歪曲者』は顔を上げ、心底うんざりしたようにため息を漏らした。


「はぁ……お前如き被創造物(モブキャラ)が、主人公と修一との恋物語に、でしゃばらないでくれるかな?」


 手を軽くかざすと、空から落ちる魔術と全く同じ魔術が撃ち出され、空中で次々と相殺されていく。

 爆ぜる光の音が大地を震わせ、白煙が渦巻く。


 その一瞬の隙を切り裂くように、誰かの影が俺へ滑り込んだ。

 冷たい腕が俺の身体を抱え上げ、『物語歪曲者』との距離を強引に引き剥がす。


 俺が顔を上げた。


 そこにいたのは――血を拭いながらも毅然と立つ、魔女エリザシュア。


「修一くん、()()によって……すべてを思い出しました」


 視線を『物語歪曲者』から逸らさぬまま、エリの声は低く震えていた。


「わてちしにも、イグフェリエル様と同じ“絶対服従の理論”が刻まれていたのです。

 北の森の管理者である、わてちしがそうであったため、妖精たちも……影響を受けてしまっていたのです」


「彼女ってッ――?」


 俺が問い返そうとしたが、次の瞬間、『物語歪曲者』の上空に巨大な雲が渦を巻いた。

 裂けるように光が差し込み、その中心から聖なる槍の穂先が姿を覗かせる。


 それは紛れもなく――救星神イグフェリエル=テラ=オルディアの能力。


 『物語歪曲者』が軽く手を振ると、槍が雨のように放たれた。


 だが――俺たちの背後からも槍が撃ち出された。

 

 轟音を上げながら飛翔し、『物語歪曲者』の槍と衝突し合って空中で霧散する。

 降り立った影が、静謐な声で言った。


「今、目の前にいる存在こそが――数万年前、此方を誑かした者に、相違なし」


 遅れて現れたのは、救星神イグフェリエル。

 その気配は怒りすら凍らせる神威を帯びていた。


「イグフェリエル……」


 俺がか細く呟く。

 胸の奥に、揺らぎと決意が同時に燃える。

 

 俺は歯を噛み締め、よろめきながら立ち上がり、攻撃の構えを取った。


「奴こそが……本当のすべての黒幕だ。

 どういう目的があって、何をしようとしているのかは分からない……。


 だが――」


 だが、と続けて俺は叫ぶ。


「何者であろうと構わない! ここで――奴を仕留めるぞッ!!」


 俺の声が岩壁を震わせる。

 応えるように、エリとイグフェリエルも前へ踏み出し、臨戦態勢を取った。


「えぇ」


「無論」


 三つの意志が並び立つ。

 『物語歪曲者』へと向けられた、殺意の気配が、ゆっくりと空気を灼いていった。

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