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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第72話 すべての黒幕

 断崖絶壁に吹き上がる風は、血の匂いを巻き上げながら荒々しく渦を描いていた。

 

 崩れ落ちた岩肌の上には、紅が滲む。

 エリザシュアとイグフェリエル――ふたりの身体は並ぶように倒れ込み、冷たく染み出す血だまりが周囲の石を、黒く濡らしてゆく。

 脈動は浅く、呼吸はかすれ、意識はとうに闇へ沈んでいた。


 その静寂を踏みにじるように、コツ、コツ、と足音が近づく。

 やがて影は、喉の奥を震わせるように笑いを漏らす。


 「キャシャシャ……」


 その声音は冷気よりも冷たく、愉悦だけが刃のように尖っていた。

 蒼い髪が風に翻り、黒い装束に仕込まれた無数の刃がきらりと光る。

 

 「エリザシュア……並びにイグフェリエル。

 お前らを今から――殺してやるよ」

 

 断罪の四骸ヴァルティーア=シャリンハイムが、倒れ伏したふたりを見下ろしながら、そう唇を吊り上げた。



 ◇ ◇ ◇

 


 刃が肉を割る手応えが、右腕を通して骨の奥にまで突き刺さる。

 俺はそのまま、腹へと突き立てた剣を押し込みながら吠えた。


「――|天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》ッ!!」


 光が爆ぜ、ルナテミス(?)の身体を破裂させるように、白い奔流が走る。

 

 だが刃が完全に心臓へ届く寸前、彼女は咄嗟に身をひいて抜け出した。

 溢れ出した血が金色の髪を赤く濡らしながら、地面に散る。


「チッ……死ねぇぇぇ!! 本当の黒幕がァ!!」


 俺の濁った怒気が声帯を焦がす。

 俺は地を蹴り、逃げる暇すら与えない勢いで刃を振り抜いた。

 

 金属音が火花を散らし、剣風が二人の間を裂く。


 ルナテミス(?)は腹を押さえながら、よろめく足で剣を受け止めてきた。

 その顔は――心底、困惑に染まっていた。


「さっきから、何をしているのだ、修一ッ!!

 黒幕である魔王ディアーナなら、我らでともに倒したであろう!!

 さっさと正気にならんか!!」


 剣戟の衝突で弾かれそうな体勢のまま、俺は意外なほど冷静に言葉を吐き返していた。


「普通なら――そうだ。

 あいつが、魔王ディアーナが黒幕だと信じるだろう。

 何てったって……自分でそうだと、言い張ってんだからな」


 刃を押し返し、呼吸を整えながら続ける。


「でもな……俺が……いや、“創造主”である俺にしか気づけない救難信号を、

 あいつは密かに送ってたんだよ」


 ルナテミス(?)の黒い瞳が揺れる。

 俺はその揺れに刃先を向けるように、ひと息で核心を突いた。


「それは――

 

 ――魔王ディアーナが嘘をつくときの癖だよ」


 風が黒い大地を撫でる。

 ルナテミス(?)の喉がかすかに鳴った。


「……癖……?」


「あいつはな。嘘をつくとき、『手を顎に添える』癖があるんだよ。

 お前ならわかるはずだろ?

 

 ――なぜなら、その癖を見抜いたのは、幼少期のお前自身なんだからよ」


 ルナテミス(?)の表情が、一瞬で変わった。

 まるで雷に打たれたように、強く、深く、コクコクと頷く。


「……あ、あぁ!! 知っているとも!

 兄上には、たしかにそのような癖が――」


 その瞬間だった。


「はッ……ははははははははッ!!!」


 俺の喉から溢れた笑いが、辺りに不吉な残響を撒き散らした。

 ルナテミス(?)の瞳が揺れ、色を失っていく。


「ばーか。ブラフに騙されてやんの」


 俺は唇の端をゆっくり吊り上げ、告げた。


「ディアーナの本当の癖は、『手を顎に添える』ことなんかじゃねぇよ」


 ルナテミス(?)の顔が、一気に蒼白へと落ちた。

 その反応に、さらに言葉を重ねて叩き込む。


「あいつはな。

 嘘をつくとき――

 

 ――『うぅん』って喉を震わせる癖があるんだよ。

 咳払いみたいな、妙に湿った音でな」


 思い出すままに、没世界で初めて会った時の、ディアーナの声が脳裏によみがえる。


 ===


 『()()()、然るべき情報を得るため先んじて森――《氷結の月影林》に赴きました』

 

()()()、心配しておりましたよ……敬愛すべき我の、我だけの、我が君!!』

 

『……()()()、感無量。ええ、我は一生ついていきますとも。創造主様を決して見捨てたりしません!』


 ===

 

 俺はゆっくりと言葉を続けた。


「……でも、おかしなことにな。

 ルナテミスにその癖を、指摘されて以降――

 あいつは、一度もその癖を見せなくなったはずなんだ」


 右腕の刃が震える。怒りか、武者震いか、もはやわからない。


「だから、没世界であいつと会ったとき既に、何というか違和感は感じていたんだ。

 ――まるで、あえてその癖を披露しているみたいだなって」


 そして俺は、一歩、ルナテミス(?)に踏み込みながら言う。


「だから俺は、初めて魔界に来たときに――

 念を押して、こう聞いてみたんだよ」


 深呼吸を一つ。

 彼女から落ちる血の滴の音が、やけに大きく響く。


『――お前が本当に俺じゃない“創造主”を名乗る存在で……

 世界を終焉へ導いた黒幕なのかッ!?』


 エリザシュアとイグフェリエルたちと共に、魔王城の玉座に辿り着いたときの光景を、思い出す。


「するとあいつは……こう答えた」


 喉が勝手に震える。あの声音が俺をなぞる。


『……()()()。えぇ、よいでしょう。

 我こそが――すべての黒幕でございます』


「……そして俺は、心の中で思ったさ。

 

 『――やっぱり……そうなのかよ、ディアーナ!』

 

 ……あぁ、やっぱりお前は()()なんかじゃない、ってなッッ!!」


 ルナテミス(?)をまっすぐ睨みつけて言うと、彼女の顔に焦燥が走った。


「……たとえ、そうだったとして!

 なぜ我が、黒幕になるのだッ!? 他の者だって当てはまるはずであろう!!」

 その必死の反論に、俺は乾いた笑みを漏らした。


「どうやら……俺が描いた物語を、あまり知らないらしいな。教えてやるよ」


 刃を弾きながら、低く言い放つ。


「あいつはな……ディアーナはな。

 

 ――妹のルナテミスのためだけに、魔王になったやつなんだよ。

 そんなやつが、大好きな妹が目の前で、真っ二つになってるってのに……あんな平然な顔が、できるわけがねぇだろうが」


 そこで、彼の気持ちを想像して、少しだけ胸が痛んだ。


「……もし、平然としていられる理由があるとしたら、ひとつだ。

 

 ――“真っ二つになったルナテミスは、本物じゃない”ってことだけだ」


 ルナテミス(?)の顔が歪む。


「ならば逆に、魔王ディアーナの中身こそが別の存在に、置換されている可能性はないのかッ!?

 

 修一……我との旅を振り返るのだ!

 我が、黒幕などという戯け者だと、疑える余地など、一片もなかろうッ!!」


 叫ぶ声は震えていた。

 だが、俺は冷え切った声で返す。


「……悪いが。

 もし“あいつが黒幕で、これから何かを企んでいる”というのなら、俺はそれに心中するつもりだ」


 視線をわずかに上へ向ける。

 滲む涙を誤魔化すように。


「バカだよな、あいつは……。きっとお前に抗うために、裏で色々と動いてたはずだ。

 俺があいつの癖を思い出さなきゃ……全部、無駄になってた。

 

 ――でもあいつは、俺を信じた。

 だから、俺はあいつを信じるしかねぇんだよッ」


 握る柄に力が入り、声が震える。


「お前に落ち度なんかねぇ。

 その姿は、俺が描いた“勇者ルナテミス”そのものだった。

 

 ――だから、さっさと諦めて、正体を現せッ!!」


 その瞬間、ルナテミス(?)の顔に滝のような汗が流れ、困惑の表情を見せる……。

 

 だが次の刹那、すべてが止まった。

 汗も、表情も、呼吸すらも。


 無表情がそこに残る。


「……はぁ。

 こうなるなら、やっぱり“あの魔王様”は、最初から消しておくべきだったね」


 声が違った。

 低く、冷淡で、底がない。


 次の瞬間――

 そいつは、まるでカツラでも脱ぐかのように軽々と、ルナテミスの金の髪を外した。


 ぼとり、と落ちる。


 その下から現れたのは、漆黒の長髪。

 前髪はジグザグに切り裂かれたような段差を描く。

 均整はなく、左右で長さすら違う。


 顔も、体つきも、まるで別人。

 

 瞳は抜きんでて、おぞましい。

 黒とも白ともつかないノイズの粒が絶えず揺れ、こちらを見ているくせに、微妙に視線がズレている。

 ――見えている対象と、見ようとしている対象が一致していないような、不快な嫌悪感。

 

 装束は黒と金を基調にした豪奢なものだが、飾り紐や紋章の配置が妙にちぐはぐ。


 そいつは薄く笑い、俺の名を呼んだ。


「あぁ、そうだよ修一。

 “主人公”こそが、すべての黒幕だよ」


 ――主人公。

 そんな聞きなれない一人称で、彼女は自身こそが黒幕だと、言った。

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