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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第71話 天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》

 ――暗い。

 光の死んだ深海のように、上下すら判じられぬ闇が、彼女の魂をずるずると呑み込んでいた。


 音も、匂いも、温度すらない。

 ただ、ふわり……ふわり……と、自分が自分でない“何か”に変質していく感触だけが、冷たい泥のようにまとわりつく。


(……誰だ……自分は……誰だ?)


 声にならぬ声が、闇の中に沈んでいく。

 記憶は砕けた鏡の破片のように散り散りで、掴んだ指先からすぐ零れ落ちる。


 だが――その裂け目の奥で、かすかに光が灯った。


 ある男たちとの旅路。

 共に背中を預け、しのぎを削り、世界を救おうとした冒険譚。


 (しゅういち……)


 彼の名が、霧のように意識に落ちてくる。

 それと共に、朧気ながら、彼と交わした約束の記憶も蘇る。


 ――それでは、修一。共に、この世界を救おうではないか。

 

 手を取り合い、世界を救うと誓った日。

 だが結局、果たせぬまま、力尽きてしまった。


 胸の奥で熱が渦巻き、闇の中で小さな光が揺れる。

 記憶の破片が、刃のように研ぎ澄まされ、魂を貫く。

 

 ――ここで立ち止まってはいけない。

 ――こんなところで終わらせてはならない。


 やがて視界が揺れ、仲間たちの姿が浮かぶ。

 血まみれ、傷だらけ、泥に塗れ、それでも今もなお、戦い続ける背中。

 

 彼らの息遣い、痛みに歪む表情、必死に前を見据える瞳。

 ――すべてが彼女の魂を揺さぶる。

 

 (……自分は、誰だ?……)


 闇を裂くように、魂の奥で熱が沸き上がる。

 過去の悔恨、果たせぬ約束、守れなかった思い――すべてが、怒りでもなく恐怖でもない、純粋な決意として彼女を押し上げる。


(……は、我は……)


 そして、ついに声が形を得る。

 胸の奥から炸裂する、魂の叫び。


 「――我は、勇者ルナテミスだッ!!」


 轟く咆哮と共に、闇を覆っていた虚無が切り裂かれ、魂の輪郭が光で満ちる。

 記憶の欠片が再び繋がり、自己を取り戻した魂は、迷いも恐怖も、もはや何も残さない。

 

 そして、死してなお光り輝く遺恨が、彼女を再誕させる。


 根強い後悔を、残したまま死んだ者が至るという、『魔族』として

 


 ◇ ◇ ◇


 

 刃が振り下ろされる――死の影が、目前に迫ったその瞬間。


 ガキィン――!


 金属と金属が噛み合う火花が、崩れた魔王城の天井まで散った。

 修一は、自分の身体がまだ、痛みを感じてられていることに驚きながら、ゆっくりと視線を上げる。


 そこにいたのは――

 後ろ姿だけで胸が締め付けられるほど懐かしい。

 修一がもう二度と見ることはないと思っていた人物。


 月光をまとった金色の髪。

 肩で揺れるマントは砂塵に荒れ、だが凛とした背は変わらないまま。


 ――勇者ルナテミス。


 死んだはずの、あの勇者が――修一の前で、魔王の一撃を受け止めていた。


 彼女はゆっくりと振り返り、凛とした瞳で修一を見下ろす。


 「――我は月影白夜騎士団が筆頭……勇者、ルナテミスッ!!

 久しぶりだな、修一」


 声が震えた。

 驚愕に、安堵に、理解の追いつかない恐怖に。


 「……な……なんで……。ルナテミス……?

 お前……死んだはず、じゃあ――」


 だが修一の言葉を遮り、彼女は怒鳴る。


 「……う、うるさいぞ、修一ッ!

 我だって、なぜこのような場所におるのか、分かっておらんだからな!」


 ルナテミスは魔王へと向けていた刃を一瞬だけ逸らし、続ける。


 「目を開けたらな、断罪の四骸ネクロフィリアがエリザシュアらを、襲おうとしておった!

 だから、すかさず叩き斬ってやったまでだ!

 

 もう、何がどうなっておるのか、我こそ聞きたいぐらいだ!」


 そう言って、修一の右腕を見た瞬間――

 彼女の顔が青ざめた。


 「というか修一ッ!! どうしたんだ、その右腕はッ!!」


 焦りに滲む声。

 修一は答えようと口を開きかけ――


 「……っぷ、ぷ……」


 魔王ディアーナが肩を震わせ、吹き出した。


 「ぷっははははははッ!!

 身体を裂かれ、死んだはずだというのに、生き返るだなんて……ご都合主義にもほどがあるな。

 

 ――もし、この()()()を考えた奴がいるのなら、嘲け笑いたい気分だよ」


 城に響く狂笑。

 その声を受け、ルナテミスはようやく魔王に視線を向けた。


 「これは……一体どういうことなのだ、修一」


 その問いに、修一は血を吐きながらも立ち上がり、魔王を睨んだ。


 「……あいつが、魔王ディアーナが……全部の黒幕なんだ。

 

 終焉の穴を作ったのも、この世界をぶっ壊したのも……

 ぜんぶ、全部あいつのせいなんだよ」


 ルナテミスの表情が強張る。


 「な……何ッ!?

 なぜだッ!? なぜそのようなことをッ!!」


 「理由なんて、どうでもいい」

 自分でも驚くほど、冷静な声が喉から漏れた。


 「もしあいつが……世界を滅ぼすつもりなら……

 是が非でも、ぶっ飛ばすだけだッ!!」


 魂が焼けるような気迫。

 ルナテミスは、その声に一瞬だけ震え――しかし、すぐに鋭い眼光を取り戻した。


 剣を構え、低く、覚悟を噛みしめるように呟く。


 「……兄上……いいや、魔王ディアーナよ。

 我らに討たれる覚悟――あるのであろうな」


 すると魔王は、凍りついた声で吐き捨てた。


 「貴様に……兄などと、慕われる筋合いなどない。

 

 さあ、来い――二人まとめて殺してやる」


 鋭い魔力が爆ぜ、闇が渦巻く。

 ルナテミスと修一は、同時に剣を構え、視線を揺らさず怨敵へと定める。


 修一とルナテミス、対するは魔王ディアーナ――


 瓦礫と崩壊の頂で、最後の決戦が幕を上げた。

 


 ===

 


 最初の衝突は、音ではなかった。

 世界が破れた。


 刃と刃が交差した瞬間、白い火花が視界を塗り潰し、床石が波打つように震えた。

 修一の腕に、衝撃が骨ごと砕けるほどの負荷となって返ってくる。

 

 すぐ横で、ルナテミスの銀刃もまた凶悪な唸りを上げ、魔王ディアーナの黒刃と擦れ合い、火花が瓦礫の雨のように散り落ちた。


 呼吸する暇すらない。

 ほんの一瞬でも怯めば、死ぬ。


 魔王の動きは、ただ“速い”だけではなかった。

 速さが、斬撃として形になっている。


 黒い軌跡が空間を裂くごとに、周囲の空気がねじ切れるように悲鳴を上げた。

 その一閃を、修一はかろうじて受け止める。

 

 だが重い。

 腕が、抜ける。

 剣が、押し負ける。


 次の瞬間、修一の剣は完全に弾き飛ばされた。

 視界が跳ね、胸元へ黒刃が吸い込まれてくる。


 ――死ぬ。


 斬り裂かれると悟った瞬間、耳元で高い金属音が弾けた。


 「――させんッ!!」


 ルナテミスが割って入った。

 

 白刃と黒刃が正面からぶつかり合い、火花の爆風が二人を押し返す。

 

 ルナテミスの肩が裂け、血が霧のように舞う。

 それでも彼女は踏みとどまり、魔王を押し返した。


 修一が息を吸う間もなく、魔王の掌が黒光を帯びた。


 「ッ――来るぞ!」


 瞬間、魔術の光が銃弾より速く降り注いだ。


 光線――いや、殺意の束だ。

 床を穿ち、空気を焼き、接触した石壁が溶け落ちていく。


 一条がルナテミスの顔面へと突き刺さる軌道を描いた。

 

 反応が追いつかない。

 彼女も見えていない。


 修一は飛び込んだ。

 右腕を差し出し、刃で光線を叩き落とす。


 衝撃が腕の骨を震わせ、肘まで麻痺が走る。

 皮膚が焼け、金属のような匂いが立ち込めた。


 「ぐッ……!」


 追撃が止まらない。

 魔王は疲れを知らず、次々と光を連射し、斬り込み、蹴りを放つ。

 

 その全てが、まさに『最強』の名に恥じぬものであった。


 誰よりも速く。

 誰よりも強く。

 誰よりも重い。


 修一とルナテミスは、防ぐたびに体を削られた。

 

 剣を交わすごとに、衣服が裂け、皮膚が割れ、血が滲む。

 呼吸が焼けた鉄のような味を帯び、肺は悲鳴を上げる。


 それでも止まらなかった。


 修一は魔王の踏み込みを察し、ルナテミスの側面を守るように回り込む。

 ルナテミスは修一の背後の死角へ迫る刃を斬り払い、魔王の軌道を少しだけ逸らす。


 互いの欠落を補い合う。

 互いの死角を埋め合う。

 

 ふたりの剣戟は、もはや一人の戦士のように連動していた。


 ――だがそれでも、魔王の『最強』に追いつけない。


 魔王の刃が、ついにルナテミスの胴を捉えた。

 

 鈍い音がし、紅い線が走る。

 熱い血が修一の頬に飛び散った。


 次の瞬間には、修一も腹を浅く裂かれる。

 痛みが一歩遅れて襲い、呼吸が止まりそうになる。


 足元がぐらつく。

 視界が霞む。


 それでも、立つ。


 魔王が振り下ろした大振りの一撃。

 修一は歯を食いしばり、死ぬ覚悟で踏み込んだ。


 刃の風圧で首筋が切れた。

 そのすぐ横――魔王の左脇、ほんの紙一枚の隙。


 修一の刃が、そこに優しく“触れた”。


 「――ッ!!」


 たったそれだけで、魔王の動きが鈍った。


 その瞬間、ルナテミスの視線が修一と絡む。


 言葉はいらなかった。

 呼吸が、拍動が、視線の温度が同じ方向を向く。


 ふたりはゆっくりと、同じ構えを取る。

 床に散る血が、再び跳ね上がるほど強く踏み込む。


 「……修一。我らの旅路を――ここで、終わらせるぞ」


 「……あぁ。行くぞ、ルナテミス」


 ふたりの剣が光を帯びる。

 世界が震え、空気が白く唸る。


 「「――|天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》ッ!!」」


 光が奔流を描き、魔王へ一直線に走る。

 魔王は怯んだ体勢のまま、それでも闇を振りかざした。


 「――|冥命歪創殲界斬《インヴァース=ジェネシス=カタストロフィ》!!」


 衝突。


 白と黒の奔流が再びぶつかり、世界が消える。


 床が砕け、壁が吹き飛び、天井から岩塊が雨のように落ちる。

 

 光が押される。

 闇が飲み込もうとする。


 だが――今の修一は、一人じゃない。


 ルナテミスが隣にいる。

 彼女の声が、叫びが、力が修一の光を押し上げる。


 二つの意志が絡み合い、白は黒を貫いた。


 爆ぜる光。

 吹き飛ぶ空間。

 視界が一度、完全に白に塗り潰される。


 そして――


 静寂。


 光が収まった時、立っていたのは修一とルナテミス、ただ二人だけだった。

 血まみれで、傷だらけで、それでもなお前を向いていた。


 魔王ディアーナは――

 体の半分を喪い、地面に沈んでいた。


 魔王ディアーナが崩れ落ち、玉座の間は瓦礫と血と焦げた光に満ちていた。

 まだ天井から砂がぱらぱらと落ちる。

 

 さっきまで世界を割るほど響いた剣戟の余韻が、空気の震えとなって残っていた。


 ルナテミスは深く息を吐き、血に濡れた白刃を握りしめたまま、ディアーナへと近づく。

 

 その眼は、戦士の眼だった。

 とどめを刺す者の覚悟を宿した、冷たい月の光。


 だが――その刃先が魔王の喉元に触れようとした瞬間、修一の左手が静かにルナテミスの手首を掴んだ。


 「……修一?」


 振り返った彼女の顔には、戦いに似合わぬ柔らかな驚きがあった。


 修一は血の滲む唇を震わせ、かすれた声で言った。


 「……これでもこいつは、俺の描いた創造物なんだ。

 最後ぐらい……俺に、終止符を打たせてくれないか」


 ルナテミスは少しだけ目を伏せた。

 

 彼女にも葛藤があった。

 だがその手を、やがてそっと離した。


 背を向け、歩き出す。

 もう刃は握っていない。

 背中から、その決意が伝わる。


 「……承知した。

 我は、魔王城の外で待っている」


 ルナテミスは静かに玉座の間を出ていった。

 足音が遠ざかり、気配が完全に消える。


 静寂だけが残った。


 修一は魔王の前に膝をつき、震える声で問いかける。


 「……ほんとに、本当に()()()いいのかよ、ディアーナ」


 歓喜が思わず溢れたような笑みで、魔王は言った。


 「えぇ……()()()いいのですよ、田島修一。

 

 ――すべて我の、()()()()()です」


 その言葉を聞いた修一は、目を見開き驚愕の表情を見せる。


 だが、すぐさま冷静な顔に戻し、刃を振り下ろす。


 ◇


 魔王城を出た修一を迎えたのは、冷たい風と、

 物憂げに空を見上げるルナテミスだった。


 「修一……我は、今までの旅を思い返していたのだ」


 彼女の視線は遠く、どこか懐かしさと誇りを宿していた。


 「最初に我が、そちを召喚した時から、すべてが始まった。

 グレイス・ヴァルム王国の地下で、いきなり終焉の穴の門番(ヴァルゲート)と戦う羽目になり……

 だが、二人で力を合わせて勝った」


 彼女はそうして、今までの旅路を、ひとつひとつ確かめるようにして、振り返る。


 「氷結の月影林フロストムーン・ルミナでは、エリザシュアの裏切り……。

 あのときの彼奴の顔は、今思い返しても肝が冷えるぞ。

 だが最終的には、彼奴の憎悪も晴れ、門番(ヴァルゲート)も撃退できた」

 

 ルナテミスの声に修一は、

 「……あぁ。そうだな」

 ただ淡く笑いながら、相槌を打つ。

 

 「テフ=カ=ディレムでの救星神選抜認定試験では、何があったのかは分からんが、急に修一が顔面蒼白になって驚愕したぞ。

 

 でも自分自身で立ち直り、見事すべて解決した…………したんだよな?

 我は、遺跡を出て以降、あまり記憶がない故、その実感はあまりないが」


 修一は、彼女が話す想い出に、コクコク頷きながら、同じく振り返る。


 「そして──すべての黒幕、魔王ディアーナを討った。

 我らの旅は、これで終わったのだ」


 彼女の声は、どこか寂しげで、そして誇らしかった。


 「今一度、感謝させていただきたい。

 

 ――本当に……ありがとう、修一。

 もう一度、この世界に向き合ってくれて」


 そして、勇者ルナテミスは俯きながら問いかける。


 「そちは……これからどうするのだ?

 元の世界に帰ってしまうのか……?」


 言葉が震えていた。

 唇がかすかに揺れる。

 恥じらいを隠そうとしているのが痛いほどわかる。


 「……あ、その……そのな……。

 我としては……そちとこのまま、永遠に離れ離れになど、なりとうない……。

 つまり……一緒に……居たい、のだが……」


 修一は乾いた笑いを漏らす。


 「はは……いいさ。

 ルナテミス、永遠に一緒に居ようじゃないか」


 その言葉を聞いた瞬間、ルナテミスの顔は林檎みたいに真っ赤に染まる。

 そして、胸に手を当て、一歩、また一歩と修一へ近づいていき――


 ルナテミスは、抱きしめるために腕を広げた。


 そうして修一とルナテミスのふたりは、

 余生を、幸せに過ごしましたとさ。


 おしまいおしまい。






 


 ――ブシュゥゥゥウッ!!


 耳を裂く“刺突音”。

 温かい血が、辺りに散った。


 「……え?」


 刺されたのは――()()()()()だった。

 そして刺したのは、()()だった。


 修一の刃が、彼女の胸を深々と貫いている。


 「……しゅ、……ぅいち……?」


 勇者ルナテミスの瞳が震える。

 

 痛みではない。

 状況を理解できないという、困惑。


 修一は顔を歪め、噛み殺したような声を絞り出した。


 「……こんな、くそみてぇな脚本……いい加減、吐き気がするッ……!」

 ルナテミスの肩に手を置き、さらに刃を深く押し込む。


 「なぁ……ルナテミス。――いいや」

 そして田島修一――“()”はこう叫ぶ。

 


 「お前は……誰だッッ!!!!!!!!!!!!!!!?」

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