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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第70話 魔王ディアーナ・セリューヌ

 魔王城では、かつてない激戦が荒れ狂っていた。


 修一の《黄昏》が火花を散らしては震え、握る腕からは骨の軋む音さえ聞こえる。

 対する魔王ディアーナの黒剣《極夜》は、まるで世界そのものを切り取るかのように、重く、鋭く、揺るぎない。


 衝突する度に地面が裂けた。

 剣を押し返される度に、内臓が揺れるほど衝撃が走った。


 修一は足を踏ん張る。

 国王アルヴァレインから教わった型を全て叩き込み――しかし、届かない。


 理由は単純だ。


 魔王ディアーナの父こそが、アルヴァレイン・セリューヌであり、

 彼もかつては、父を師として鍛錬を積んでいたことがあるのだから。


「いやはや、短期間でこれほどまでに成長なさるとは」

 嫌味を含んだ魔王の声が、戦場の空気を舐め回した。


「では、これは如何でしょうか。

 ――虚滅の廻葬深淵ネクロ・エンディ・オブリヴィオン


 言葉とも呪いともつかぬ囁きが落ちた途端、

 空が砕け、黒い彗星が雨のように降り注いだ。


「――ッ!」


 ただ避けるのが限界だ。

 回避が一手遅れた瞬間、地面が爆ぜ、修一の体が吹き飛ぶ。


 息を吸う暇もなく、次の闇が迫る。

 魔王は指を鳴らした。

 

 「――万幻影死屍骸々《ヴァニシング・グリム・レヴナント》」


 地面が腐敗したように沈み、

 そこから英雄たちの屍が、ずるりと立ち上がった。


 空虚な眼窩、絶望に濡れた鎧、かつての英雄たちの名残が軋む声を上げる。


 修一はそちらへと意識を割かざるを得ない。

 その一瞬――


 彗星の一撃が背を掠め、焼け焦げた臭いが皮膚から立ち昇る。


「が……ッ、ああ……っ!」


 視界が霞む。それでも斬る。

 屍を、次を、さらに次を――血と汗で視界が歪むまで斬り伏せる。


 ようやく死者の群れが静まりかけた頃、

 魔王は楽しげに唇を上げた。


「――祝辞寿ぐ終焉誕生ブラッド・ヴァース・フェスティバル


 魔力で形成された竜が顕現し、咆哮とともに灼滅の光線が奔った。


「クソ……!」


 まともに受ければ蒸発する。

 修一は迷わず、エリザシュアに与えられた魔術の知識を辿り、魔導書を取り出す。


「――刹那反転・人戒書ッ!」


 白い膜が炸裂するように展開し、無数の魔術式が視界一面に浮かびあがる。


 竜の光線の、魔術のコードを、修一の意識が同時に書き換えていく。

 

 光線の“破壊”を“通過”へ、

 “殺す”を“逸らす”へ。


 しかし――


 一瞬で全てを書き換えることはできない。

 当然だ。

 付け焼き刃の魔術が、通用してたまるものか。


 膜の外側、変換が間に合わなかった部分が修一の身体を焼いた。

 熱が皮膚を裂き、血の味が口に広がる。


 それでも――防ぎきったのだ。


 膝をつきながらも、修一は黄昏を構える。

 

 魔王ディアーナの瞳がわずかに輝いた。

 その拍子に長い黒髪が揺れ、魔王の紫紺の瞳が歓喜に染まる。

 血の匂いを悟った獣のような、悪辣な笑みだ。


 魔王は手を叩き、その音が洞窟の奥へ乾いた反響を返す。


 「ふっふふ……我のしもべ、ルナシスファル・セリューヌとして受肉しているだけあって、魔術の才は確かにあるようだ。

 けれどやはり――エリザシュアほどに、練度は極まっておらん」


 修一は息を荒げながらも、口元だけは不敵に歪めた。


 「……やっぱり、お前は強いな、ディアーナ」


 魔王はその言葉を受け、胸を張って宣言する。


 「当然でございましょう。

 我の能力は――『常に最強になりつづける』ことなのですから」


 黒いマントが、まるで王の翼のように揺れた。


 「――この世界に存在するすべての生命の力の、総量が我に宿る。

 そういう理を孕んでいるのですから」


 修一は眉をしかめ、心底うんざりしたように吐く。


 「……我ながら、ほんと厄介な能力にしちまったよ。

 強くなればなるほど、お前も強くなる。勝てるわけねぇだろ、そんなの『普通』はさ」


 だがそこで、彼は剣先をぴたりと魔王へ向け、鋭く言い放つ。


 「……ただひとつ、例外がある」


 魔王の眉がわずかに動いた。


 「この俺――田島修一だ。

 俺はこの世界の“存在”じゃない。お前の理に含まれていないんだ」


 そして炎のような視線で魔王を貫く。


 「――だから、そこで待っていろ。

 お前の“最強”に、俺が追いついてやる」


 次の瞬間、二人の剣が火花を散らし、夜闇を裂くような衝突音が大地を震わせた。



 ◇ ◇ ◇

 


 地鳴りのような風切り音が冥府の荒野をえぐり、砂が横殴りに流れていく。

 

 エリザシュアはその中心で、胸元に両手を添えて息を整えた。

 魔力の残量は、先の戦闘で枯渇へと一直線――それでも、彼女の瞳には消えない光があった。


 次の瞬間、世界が色を変えた。


 黒炎が爆ぜ、氷山が隆起し、疾風が牙を立て、雷撃が光を引き裂き、毒霧が渦を巻き、地面が盛り上がり、深海の圧が押し寄せ、月の刃が降り注ぎ、闇夜が触手のように伸びる。

 九属性の魔術が、怒涛のように重なり合ってネクロフィリアへ殺到した。


 だが――骸骨の巨体はまるで遊戯のように鎌を回した。


 キィンッ、と金属の擦れる音が立ち、高速回転する大鎌が黒い輪を描く。

 来る魔術を次々と弾き、砕き、裂き飛ばしていく。


 弾ききれぬ術だけは、鎌の紫黒い光を軽く触れさせ――


「――――骸録死因転写(デスグラフ・コード)=水死」


 言葉と同時に魔術は音もなく消滅する。

 泡になって溶けたように。

 

 エリザシュアは奥歯を噛んだ。


「……くそがっ」


 その時、風を割る音が頭上から降ってきた。

「いや、よくやってくれた、エリザシュアよッ!」


 金色の雲が空一面に広がり、そこから無数の聖槍が光の雨のように落ち始めた。

 時間を稼いだおかげで、聖槍の充填が完了したのだ。

 

 イグフェリエル自身も、長槍を回転させながらネクロフィリアへ突撃する。


 大鎌と長槍がぶつかり、火花が散った。


 イグフェリエルの斬撃はまるで白金の旋風。

 対するネクロフィリアの鎌筋は、死そのもののように静かで重い。


 槍の突きと聖槍の雨――両方を捌くには、いかにネクロフィリアでも負荷が大きい。

 骸骨の肩がわずかに落ち、刹那の隙。


「そこだッ!」


 イグフェリエルが渾身で槍を横薙ぎに振るう。

 骨の胴に確かな手応えが走った。


 だが骸骨は斬れた箇所を確認もせず、低い声を洩らした。


「……あぁ、残念だ。

 その『死』も、吾輩は既に知っている」


 反撃の鎌が闇の稲妻のように走った。


 イグフェリエルは本能で槍を立ててガードした。

 だが――衝撃が重い。

 槍を通して肩が痺れ、地面を滑るように後退する。


「っ……く……」


 その横を、エリザシュアがふわりと歩み出る。

 

 魔力は尽きかけ、額に汗が滲む。

 それでも微笑みは整っていた。


 ネクロフィリアから、死の圧が爆ぜる。


 イグフェリエルが槍を突き出して初撃を受け止め、エリザシュアが魔術で裂け目を埋める。

 二人の連携は見事だったが――ネクロフィリアはそれを力でねじ伏せる。


 骸骨が足を踏む。

 大地が陥没する。


「―――骸録死因転写(デスグラフ・コード)=狂死」


 その一言とともに、大気が狂い、暴れまわるようにして、二人を襲う。


「きゃ……ッ!」


「ぐっ……!」


 エリザシュアとイグフェリエルは同時に吹き飛ばされ、断崖絶壁の縁まで叩きつけられる。

 視界が揺れ、呼吸が乱れ、それでも二人は岩盤を掴んで踏みとどまる。


 断崖に舞う砂塵は、いまだ着地する場所さえ忘れたように宙を漂い続けていた。

 

 風は嵐に似ていたが、温度も、湿度も、そもそも自然の揺らぎではなかった。

 まるで――この地が、死の圧に怯えて震えているかのように。


 地面に伏したエリザシュアとイグフェリエルの身体は、もはや形としての輪郭が危うい。

 骨は砕け、魔力は尽き、魂の光すら薄れて……生者の領域からは、遠ざかりすぎていた。


 その中を。


 ネクロフィリア=シャリンハイムが歩む。

 一歩、また一歩。

 

 そのたびに、世界が嫌な軋みを訴えた。

 陰鬱な粘度を持った漆黒が、足元から地面へ吸い込まれ、触れた草石は、生者の時間を奪われたように朽ち落ちる。


 そして――エリザシュアらの落ちた地点へ辿りついた時。

 影が覆う大地は、もはや棺のように冷たかった。


 エリザシュアは動かず。

 イグフェリエルは翼を損傷し、血溜まりの中。

 

 その瞳はまだ燃えているが、生命の火種としては、あまりに弱い。


 絶望は、すでに形になっていた。

 それはこの場のすべてを、終わらせるための儀式めいていた。


 ネクロフィリアはゆっくりと鎌を構える。

 刃の両端が、冥府の冷気を震わせるように鳴いた。


 そして――

 まるで死刑宣告の続きを語るように、低く呟いた。


 「……さらばだ、大魔女、救星神」


 その刃が振り下ろされるより、ほんの心臓一拍ぶんだけ早く。


 ふ、と。


 弱々しいはずの魔女が――エリザシュアが微笑んだ。


 崩れた頬に血が流れ、目も半ば閉じているというのに、

 その笑みは、なぜか温かく、柔らかく、そして……どこまでも静かだった。


 ネクロフィリアの動きがわずかに止まる。

 その刃先から滴っていた死の因果が、一瞬だけ揺らいだ。


 エリザシュアは、喉が詰まり切った声で、それでもはっきりと告げた。

 

 「……修一くんのことは……貴方に託しましたよ……。


 ――()()()()()様……」

 その名を聞いた瞬間、ネクロフィリアの炎が大きく揺れた。


 「……ルナテミス? 勇者ルナテミスは死んだはず――」


 ゆっくりと振り返る。


 次の瞬間――

 斬撃が走る。


 骨が割れ、躯が砕け飛ぶ。

 そして、吹き飛びながら見た。


 血煙の向こう。


 そしてあるひとりの影が、静かに呟いた。


 「……あぁ。託されたぞ、エリザシュア」


 そこにいたのは――



 ◇ ◇ ◇


 

 魔王は即死級の魔術を次々と繰り出す。

 修一はそれを見切り、避け、避けられないものは《刹那反転・人戒書》で強引にコードを書き換える。

 

 爆ぜる光。

 爆裂の衝撃。

 魔術陣の残滓が焼け焦げる匂い。


 そして修一は闇夜の魔術を放ち、空間を漆黒に染めた。


 闇に乗じて修一は、死角から刃を切りつける――

 だが魔王はそれを、わずかな動作で受け止めた。


 「そういえば」

 魔王はふと思い出したように言う。


 「以前の戦で、“創造主様の攻撃”しか、我に通らなかった理由……(みこと)は見当がついておられるのですか?」


 修一は即答した。


 「あぁ。けどな、正確には“俺の攻撃しか”じゃない。

 俺の双剣の片割れ――“白夜”だけが、お前に通っていたんだ」


 魔王の瞳が細くなる。

 修一は刃を絡めながら続けた。


 「国王に言われて思い出したことだが……『白夜』というのは、勇者ルナテミスの剣の銘だったんだ。

 そしてそこから導かれるに、お前は……」


 その瞬間、魔王の口元に理解の笑みが浮かぶ。

 修一は一気に言い切った。


 「『魔王は勇者にしか倒されてはならない』……そういう理論を自らに構築したんじゃないのか?」


 魔王は愉悦に染まった声で返す。

 「ふっ、仮にそうだとして――今の尊が、我を討てますかな?」


 修一は刃を押し返しながら吠えた。


 「俺の右腕の刃『黄昏』には、『白夜』が混じってる!

 それに、先代勇者である国王アルヴァレイン・セリューヌから型を叩き込まれた!」


 その時だ。


 修一の刃《黄昏》が、まるで意思を持ったかのように白光を放ち――

 轟くような輝きが修一の腕を包み込む。


 「――だから今の俺は、勇者と呼べるんじゃなかろうか」


 白い閃光が爆ぜ、魔王の眼が大きく見開かれ――

 修一の一閃が、魔王の身体を初めて、弾き飛ばした。


 瓦礫と灰燼の匂いが、焼け落ちた魔王城の残骸を満たしていた。

 

 その中心で、修一の身体は血に濡れ、呼吸のたびに喉の奥から鉄の味が上がる。

 視界はゆらりと歪み、世界が千切れかけたフィルムのように揺れる。


 修一は奥歯を噛み砕くほど強く噛みしめ、究極の構えへと身を起こした。

 「……天命――絶光――交錯斬《リヴァース=――アーク=――オブリヴィオン》ッ!!」


 叫びとともに放たれた光は、稲妻が束になって世界を裂くがごとく暴れ狂い、魔王へ向かう。

 

 だが魔王ディアーナの瞳は微塵も揺れていない。

 むしろ薄く笑い、漆黒の剣『極夜』を軽く掲げる。


 「――|冥命歪創殲界斬《インヴァース=ジェネシス=カタストロフィ》」


 呟きとともに、夜そのものが反転したような闇の奔流があふれ出る。

 光と闇、双極が衝突した瞬間、大気が絶叫し、天地にひびが走る。

 

 爆風は天をえぐり、魔王城の外壁は粉々に砕け、ただ滅びの協奏曲が奏でられていた。



 どれほどの時間が過ぎたのか――

 光と闇がようやく冷め、灰の吹雪が舞い降りたころ。


 立っていたのは、魔王ディアーナただ一人だった。

 

 その背後に迫る陽光さえ、彼の輪郭を避けるように歪んでいる。


 修一は地面に伏し、血の水たまりの中でようやく息をしている。

 

 対する魔王も満身創痍で、服は裂け、腕は震えている。

 それでも、続く一歩ごとに絶対者としての気配が滲み出る。


 「……あぁ、残念だよ。田島修一」

 足元の瓦礫を踏み砕きながら、魔王は静かに笑う。

 

 「()()()を、倒せなかっただなんて」


 『極夜』の刃を掲げ、冷たい矛先が修一の喉元へと落ちる影を描く。

 振り下ろす直前、ディアーナは静かに別れを告げた。


 「――さようなら。我らの創造主様」


 刃が走り、風が裂ける。

 その瞬間――


 ガキィンッ!!


 火花を散らす金属音が、崩壊した城の空洞に鋭く響き渡った。


 修一は驚愕とともに顔を上げる。

 視界は血で霞んでいる。

 

 それでも、その背中だけは、間違えようがなかった。


 焦げた風に揺れる、深い藍のマント。

 

 灰まみれの中でなお、月光を宿したように清冽なラインがひらめく。

 地面に食い込む鉄靴、肩から伝わる闘気、そして凛とした佇まい。


 ――この世界では、もう二度と見られないはずの姿。


 刃を受け止めていたのは、一人の女。

 真っ二つにされ、葬られたはずの勇者。


 「……我は、月影白夜騎士団が筆頭――勇者、ルナテミスッ!!」


 彼女は肩越しに、凛々しい月のような目を修一へ向け、笑みを浮かべた。


 「久しぶりだな、修一」


 その声は、滅びかけた世界に差し込む、確かな生の輝きだった。

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