第68話 創造主と対するは、被創造物
「なら、聞きますけど……どうやってルシモディア先輩を倒したんすか??」
修一は刃を受け流しながら、呼吸すら乱さず答える。
「毒だよ。
この右腕の刃に、知り合いのスライムの粘液を仕込んだんだ」
ザルギエスの顔に、わずかな驚愕の影が走る。
修一は淡々と言葉を重ねた。
「っていっても、ルシモディア以外の断罪の四骸には、効かないから安心しろ。
あいつは能力こそ大層だが、身体そのものは人間と同レベルだ。
だから、状態異常なんてのは通りやすい。
そこに――増殖し続けるスライムの粘液を与えることで……あと小一時間は、悶絶フィーバーってわけだ」
修一は首だけ後ろへ返し、倒れたルシモディアを一瞥する。
「一生イってろ、敏感野郎が」
薄い笑みが口端に浮かぶ。
だがそのとき、冷たい声が修一の耳朶を打った。
「麿たちの弱点を把握しているとおっしゃいましたが……。
では、星の質量を前にして、どう対処いたすのですか、創造主様?」
ヴァルティーアの声音と同時に、その死霊――惑星の残骸から生まれた、ぷらねーたくんが襲来する。
振り下ろされる質量の奔流。
修一がすんでのところで身をひねると、その背後で地面が火山のカルデラのように抉れた。
続けざまに、ぷらねーたくんとの一対一の撃ち合いが始まる。
修一の猛攻は確かに鋭いが、しかし死霊の一撃はあまりにも重く、そのまま直撃した修一の身体は吹き飛ばされ、地面を転がった。
顔は血に染まり、足取りはふらつく。
それでも、修一はひざを折らず立ち上がる。
ヴァルティーアとぷらねーたくんが、ゆっくりと修一の前に立ち塞がる。
背後でザルギエスとネクロフィリアが、二人の戦いを邪魔せぬよう距離を取った。
勝敗は、誰の目にも明らか――修一は、このまま死ぬ。
そう思われた、その瞬間だった。
修一が、肺の底から大きく息を吸い込んだ。
たった一呼吸。
だがその瞬間、修一の全身から放たれる気迫が急激に膨れ上がり、空気が震えた。
さっきまでの数十倍、いや数百倍にまで跳ね上がる。
そして修一は、自嘲するように笑い出した。
「……フッ。あっはっはははは! 馬鹿だ。馬鹿だよ、俺は!
まさか……深海の奥底にずっといたせいで、“呼吸”を忘れてしまっていただなんてなッ!」
ネクロフィリアが目を見開く。
「呼吸を……今までしていなかっただとッ!」
『ぷらねーたくん』が再び襲いかかる。
しかし修一は軽快に歩くように、流れるようにその巨体の横をすり抜けた。
その刹那、進行方向はまっすぐヴァルティーアへ。
「ヴァルティーア! いかん、下がれッ!」
父であるネクロフィリアの咆哮が響く。
だがその警告より早く、修一の左拳がヴァルティーアに迫る。
「たしかにお前の死霊は、星の質量を帯びた、完全無欠な存在かもしれないが……お前はそうじゃねぇだろ? ヴァルティーア??」
静かな呟き。
次の瞬間、拳がヴァルティーアを打ち抜き、軽々と吹き飛ばした。
ネクロフィリアはすぐに駆け寄り、倒れた娘を優しく抱きとめ、そのままそっと地面に寝かせた。
そして背後では、母であるヴァルティーアが意識を失ったことで、
『ぷらねーたくん』の巨体が光の粒子へと崩れ、静かに消えていった。
ヴァルティーアが傷つけられたことで、ネクロフィリアの奥底に眠る怒りが、ゆっくりと、しかし確実に燃え上がっていった。
骨の指が鎌の柄を締め上げ、軋む音すら怒りの脈動に聞こえる。
次の瞬間、彼は地を削るほどの勢いで修一へ突進した。
黒い刃が唸りを上げる。
修一は迎撃しつつも、その猛攻の圧に後退を余儀なくされた。
さらに背面からは、ザルギエスの拳が差し込む。
面倒極まりない状況だ。
ネクロフィリアの声は、鬼気迫る低音へと変わっていた。
「いくら創造主殿であろうと……ヴァルティーアを傷つけられたのでは、吾輩とて黙っておれんッ!
かような――“被創造物”を、貴殿は許してくださりますかッ!?」
修一は刃を弾き返し、真正面からその怒りに向き合う。瞳だけは鋭く静まっていた。
「あぁ。そうでなければ魔王の前哨戦にもならねぇ。
……殺す気で来やがれッ!! ネクロフィリアッ!!!」
その言葉に呼応するように、ネクロフィリアの骨で出来た右手が、禍々しい光を帯びる。
「――万死刻印・|しめやかなる寝息《ラクリメ=ネクロ=タナトリエ》ッ!」
放たれた呪文と同時に、周囲へ漆黒の闇が奔り、無数の“死因”が混ざり合う濃密な死気が渦を巻いた。
ネクロフィリアは鎌を構え、ゆっくりと口を開く。
声は静かだが、その内実は殺意の圧だ。
「吾輩が所有する――病死、餓死、焼死、窒息、溺死、圧死、老衰、毒死……
あらゆる“死”が詰まった災厄の霊圏ぞ。さて、創造主殿……生きていられるかな?」
修一の周囲を闇が閉ざす。逃げ場はない。
“死因”が重なり、魂すら削る闇へと包まれた。
そして。
――血が、飛んだ。
闇の中心で、修一が笑いながら、右腕の刃で自らの首を掻き切ったのだ。
ネクロフィリアはそれに気づかず、自らの過ちを悔いるようにして、顔に手を当てる。
「……あぁ、吾輩はなんてことを。
よもや、この世界の創造主を手にかけるとは……」
その横でザルギエスが、ただひとり、修一の異様な行動の意味に気づいていた。
「ネクロフィリア先輩ッ! 修一先輩はまだ!!」
警告は間に合わなかった。
闇の残り香を裂き、修一が姿を現した。
殺気ではない。
静かな確信を宿した眼で。
「な、な……なぜ生きて……!?」
ネクロフィリアは、当然のように驚愕を隠せず、そう言う。
だからこそ、修一はからくりを説明する。
「死と同時に――“自殺”した。
それにより、“死を無効化”したんだよ。
マイナス×マイナス=プラス……その要領でな」
そして一撃。
豪快なまでの、右腕から振り放たれた一撃が、ネクロフィリアの胸部を砕き、骨の身体を彼方へ吹き飛ばした。
ネクロフィリアは地面を転がり、骨粉が辺りに散りゆく中、意識を失った。
残る断罪の四骸は――ザルギエスただ一人。
だというのに、彼はいつもの調子で修一に話しかけてくる。
「へぇ~、修一先輩。ボクちゃんの想像を、遥かに上回るほど強くなりましたねぇ。
呼吸を忘れるぐらいでしたが……どんだけ深海に籠もってたんっすか?」
修一は血を滴らせたまま、淡々と答える。
「さぁな。俺の感覚だけでいえば……数十年。
いや、もうひと桁上かもしれないな」
「えぇ!? 数百年規模で、海の底に!?
あの過酷な環境下で、辛くなかったんっすか??」
修一は苦笑しながら首を振る。
「あぁ。イグフェリエルの過去に同調した時に比べりゃ、なんてことはねぇさ。
それよりも――」
右腕の刃を向ける。
「時間稼ぎは、これで終いだ。
さっさと決着をつけるぞ、ザルギエスッ!」
するとザルギエスは、わざとらしく頭を掻きながら笑った。
「あちゃっ! バレちゃってました??
時間を稼いで、ボクちゃんの力を、もっと強めようと思ってたんですが!」
そして――刃と拳が交差する。
四本腕のザルギエスの猛攻。
修一の一撃一撃が、火花を散らし乱打される。
激烈な戦いの幕が、ついに切って落とされた。
修一は胸の奥で、ザルギエスの異能を静かに反芻する。
――“死”へと歩を進めるほど、跳ね上がる身体能力。
今はネクロフィリアの恩恵で、その“死”の淵に辿り着いている。
だからこそ、奴の力は刻一刻と、指数関数じみた速度で肥大していく。
(……もちろん、抜け道がないわけじゃない。
単純な理屈だ。奴の力が完成する前に叩き折ればいい。
だが、――。)
修一は心の中で、そう思考していたが、それを遮るように空気が震える。
ザルギエスの拳が、いままでとは違う質量で迫る。
対等に渡り合えていたはずの衝突が、ひとつ、またひとつと重さを増し、修一の身体を押し返す。
(――だが、既に時間が経過しすぎたんだ。力が完成しつつあるほどに。
もちろん、早いうちに仕留めなければならないと、理解していたが……
あの混戦の中、ザルギエスだけを早く無力化させるなど、どだい無理な話だったのだ)
それでも修一は、ルナテミスの父、国王アルヴァレイン・セリューヌと研ぎ澄ませた技術を以て、押し返す。
刃と拳が閃光の尾を引くように撃ち合われ、ついに奴の懐へと入り込む。
――以前と同じ、不可避の一撃。
右腕の刃を、首へ。
刃は肉を裂き、半ばまで沈む。
だが。
迷い。
ほんの一瞬、その揺らぎが刃を止めた。
「……修一先輩、何してんすか」
ザルギエスの声は、もはや今までの軽薄さを、一滴も含んでいなかった。
「どうして、刃を途中でなんか止めんすか。
……その程度の覚悟じゃあ、魔王様なんか、倒せねぇぞぉぉおおお!!」
怒号が獣の吠え声に変わるのと同時、拳が乱打の雨となって襲いかかった。
胸骨を撫で潰すような衝撃。
みぞおちが裏返るほどの打撃。
肩が、まるで関節ごと外に弾け飛びそうな勢いでへし折られ――
最後に、視界そのものを殴り砕く“顔面への一撃”。
世界が回転した。
地面から離れたと気づくのに、数拍の遅れがあった。
そして、衝突する。
瓦礫の山が背中を、肋骨を、肺そのものを削り取る。
骨が擦れる、内臓が揺れる、皮膚が裂ける。
そんな生々しい音が、――修一の身体から聞こえる。
廃墟の壁が崩れ、瓦礫の破片が雨のように降り注いだ。
土煙が、荒く乱れた呼吸の隙間に入り込み、喉の奥をざらつかせる。
金属にも似た、鉄の味が舌に広がる。
血泡が、ひゅっと喉の奥で弾けた。
それでも――修一の視線だけは、揺れなかった。
土煙の向こう。
仄かな闇を裂くように、重い足音が、ひとつ、またひとつと近づいてくる。
――ザルギエス。
修一は、痛む左腕を持ち上げ、刃へと変じた右腕の側面をそっと撫でた。
まるで旧友に触れるように。
その声は低く、だが確固としていた。
「……行けるか、黄昏」




