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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第67話 降星、田島修一

 星光の残滓がまだ空気に漂う中、エリザシュアとイグフェリエルは安堵の吐息を洩らし、

 そのまま糸の切れた操り人形のように静かに目を閉じ、修一の足元へ崩れ落ちた。

 

 修一は二人の無事を確認すると、視線を凶風のように鋭く細め、断罪の四骸へと向き直る。


 その立ち姿ひとつで、かつてのサラリーマンとしての彼は、もうどこにもいなかった。


 長い旅路と幾度の死線が、修一の肉体に確かな変化を刻んでいる。

 以前は線の細かった腕には、剣を握り続けたことで硬い筋が浮かび、肩幅は自然と広がり、腰には芯の通った重心が宿っていた。

 

 そして――顔つきも変わっていた。


 影を宿した眼光は、かつての弱々しさを完全に脱ぎ捨てている。

 迷いの代わりに、凛とした意志の煌めきがあった。

 僅かに締まった頬のラインが、男としての輪郭をより鮮明にし、戦場に立つ者特有の覚悟の影を纏わせている。


 ザルギエスが、場違いなほどに、軽い拍手を響かせた。


 「ぱちぱちぱち……いやぁ、さっすが修一先輩っ!

 仲間の窮地に駆け付けて、ギリギリで助けるとか……かっこよすぎるっすよ!

 まさしく、『勇者』みたいじゃないっすか!」


 修一は汗に濡れた顎をぐっと引き、低く喉を震わせるような声で言った。


 「……世辞はよせ、ザルギエス」


 しかしザルギエスはわざとらしく首をかしげ、四本の腕を大げさに広げた。


 「……でもあれ~? 不思議っすねぇ。

 地獄の扉の通行料、どうやって支払ったんすか?

 修一先輩、別に特別かっこよくないですし、短期間じゃ絶対ムリだと思うんすけど~?」


 挑発混じりの笑み。

 修一は鼻で笑い、鋭い目を向ける。


 「……っふ、よく言うぜ。

 俺があの扉の前に立った瞬間、まるで意思を持ったみたいに勝手に開いたぞ。


 あれは――お前らが、わざわざ俺を招き入れたからじゃないのか?」


 一瞬、ザルギエスの笑顔が固まる。

 だがすぐに肩を震わせ、腹を抱えて笑いだした。


 「あっはは……バレちゃいましたかー!

 そりゃねぇ、主役のいない歌劇なんて、何の味もしないでしょうから、特別に開けてあげたわけっす!!」

 軽薄に見えて、その眼の奥に確かな黒があった。

 

 そして痺れをきらすようにして、修一が声を震わせる。

 

 「しょうもねぇことで、くっちゃべってねぇで……さっさと“始めようぜ”」


 その一言を合図に、断罪の四骸が一斉に動き出す。


 ザルギエスは、威力を増し続ける拳を叩き込み、ネクロフィリアは死の因果を帯びた鎌で修一の影すら切り裂く。


 ヴァルティーアは太腿のガーターベルトから刃物を抜き放ち、死霊『ぷらねーたくん』とともに四方八方から襲撃。


 そしてルシモディアは前衛に立ち、甘い笑い声を散らしながら、致命的な攻撃を快感へと変換して“盾”となる。


 修一は一度も、有効打を与えられていない。

 

 だが、傷は確実に積み重なっていく。


 肩。

 脇腹。

 太腿。

 

 刃に触れなくとも、ネクロフィリアの死因が皮膚の色を変えていき、

 ヴァルティーアの死霊が撫でただけで血管が黒く滲み、

 ザルギエスの拳がかすめれば骨が軋んで音を上げる。


 ザルギエスが勝ち誇ったように歯を見せた。


 「修一先輩、多少は鍛錬を、積んできたみたいっすけど……。

 ボクちゃんら、断罪の四骸の猛攻を前にしては、流石に手も足も出ないみたいっすねぇ?」


 修一は荒い息を整え、剣と同化した右腕を、構える。

 そして、ザルギエスへ走り込む。


 だが鎌の弧が割り込み、ネクロフィリアが進路を断つ。


 鎌が火花を散らし、修一の剣を逸らす。

 その隙を縫うように、ぷらねーたくんの無機質な腕が迫る。


 重い。

 耐えきれず、修一の身体が吹き飛んだ。


 だが、彼は空中で右腕を地面に刺し、見事な着地で衝撃を殺した。


 その足元、影が裂ける。


 「――みっけぇ♡」


 甘く湿った声。

 地面から這い出たルシモディアが、子どもの無邪気さと狂気の混ざる笑顔で、攻撃をしかける。


 「初めまして! ……でいいよねぇ?

 あーみゅは断罪の四骸、ルシモディアだゾぉ、創造主ちゃん!」


 修一は返答することなく、そのまま横薙ぎの一閃を叩き込んだ。


 刃が確かに肉を裂く感触を返した――が。


 「あっひひひひっ!!

 創造主ちゃんに、気持ちよくさせられちゃったんですけドぉ!!」


 快楽に震え、頬を染め、恍惚に浸るルシモディアの姿。


 そして続けざまに彼女は、服をはためかせる。

 そこにあったのは、身体に大量に巻き付けられた、ダイナマイトであった。

 

 修一はその瞬間、鼻腔の奥を刺す焦げた火薬の気配に気づき――反射で一歩、地を蹴る。


 次の瞬間、世界が白く弾けた。


 轟ッッ!!


 耳を抉る爆音。

 熱風が皮膚を斬りつけ、砂と金属片が嵐のように叩きつけてくる。

 衝撃波に押し戻され、修一の体は後方へ弾かれた。


 「ぐ……っ!」


 左腕に、無数の紫色の痣がみるみる浮き上がる。

 皮膚の下で血管が破れ、熱を帯びた痛みが脈打った。

 

 ほんの一瞬遅れて、鉄の匂いが風にのって鼻を刺す。


 爆心地は、まるで地面そのものが抉れたように黒焦げになっていた。

 そこにいるはずの“少女”は――


 「あひぃ……♡ ひ、ひひひひっ……♡」


 ――変わらず、無傷だった。


 焦げ跡の中心で、ルシモディアは膝を抱え、身体をくねらせて震えていた。

 頬は真っ赤に染まり、呼吸は甘く湿り、目尻はとろけ落ちそうなほど緩んでいる。


 「そ、創造主ちゃぁん……み、見てたぁ……?

 あーみゅ、いま……自分でドカンってやったのぉ……♡

 すっごく、すっごく、気持ちよかったんだゾぉ……♡」


 爆発で吹き飛んだ破片すら、彼女の肌にひとつの傷も刻まない。

 ただただ、快感へと変換され、脊髄を駆け上がる電流のように彼女を満たすだけ。


 ――自爆すら、彼女にとっては自慰行為に他ならない。

 

 修一は舌打ちし、じりと後退しながら刀身を構え直す。

 痛む腕を押さえつつも、目だけは逸らさない。


 だが、目の前の少女は嬉しそうに両腕を広げ、誘うように囁いた。


 「さぁ……♡

 ねぇ、次はどんな“快感”をくれるの……創造主ちゃん……?」

 

 修一は額を押さえ、乾いた笑みを漏らす。


 「……へぇ。

 俺が描いたとおりに、ちゃんと変態だったようで安心したよ、ルシモディア」


 剣先を向け、低く宣告する。


 「そんなに快感が欲しいなら――イカせてやるよ。

 後悔すんじゃねぇぞ? 俺以外じゃ、イケねぇ身体になってもなッ!」


 鋭い踏み込み、渾身の斬撃。

 だがそれすらも、ルシモディアの微笑をより甘く歪ませるだけだった。


 後方では他の三骸も追いつき、攻撃が絶え間なく降り注ぐ。

 修一は避け、受け、紙一重でいなし続けるが――傷は確実に蓄積していく。


 断罪の四骸の目に、勝利が見え始めていた。

 ――このままいけば、ゆっくり、確実に死ぬ。


 その確信が四骸の胸に宿った瞬間。


 「……そろそろ、だな」


 修一がぽつりと呟いた。

 同時に、地面に伏していたルシモディアの身体が、ひく、と痙攣する。


「ぁ……あ、っ……♡ ひ……ッ、ひひ……ッ♡♡」


 快楽に溺れ続けたまま、しかし――なぜか、一向に立ち上がらない。

 ザルギエスが眉をひそめた。


 「え……なんっすか、これ。

 ルシモディア先輩、いつまで悶えて……?」


 修一がゆっくり、ゆっくりと首を傾け、四骸を見渡す。


 その目は嘲りにも似た静かな光を宿していた。


 「……お前ら、なんか勘違いしてないか?」


 四骸が一斉に目を向ける。


 修一は剣を肩に担ぎ、続けた。


 「たしかにお前ら断罪の四骸は、この世界じゃ指折りの化け物だ。

 強いよ。そりゃ認める」


 だが。

 剣先が、ぴたりと四骸へ向く。


 「――でもな。

 お前らを作ったのは、創造主……つまり“俺”だ」


 ニヤリ、と片口角を上げる。


 「弱点なんて知り尽くしてるに決まってんだろ」


 断罪の四骸が揃って、戦慄した。


 ザルギエスは戦場に意識を戻し、修一へ問いかけた。


「なら、聞きますけど……どうやってルシモディア先輩を倒したんすか??」

 修一は刃を受け流しながら、呼吸すら乱さず答える。


「毒だよ。

 この右腕の刃に、知り合いのスライムの粘液を仕込んだんだ」


 ザルギエスの顔に、わずかな驚愕の影が走る。

 修一は淡々と言葉を重ねた。


「っていっても、ルシモディア以外の断罪の四骸には、効かないから安心しろ。

 あいつは能力こそ大層だが、身体そのものは人間と同レベルだ。

 

 だから、状態異常なんてのは通りやすい。

 そこに――増殖し続けるスライムの粘液を与えることで……あと小一時間は、悶絶フィーバーってわけだ」


 修一は首だけ後ろへ返し、倒れたルシモディアを一瞥する。


「一生イってろ、敏感野郎が」

 

 薄い笑みが口端に浮かぶ。

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