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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第66話 地獄という名の地獄

 大気はまだ大滝の残滓を孕み、霧と雨が混ざり合って、白く煙っていた。

 その奔流の中で、イグフェリエルはただひたと、ザルギエスを射抜くように見つめていた。


 「も、もう!  そんな見つめちゃって、ボクちゃんに恋でもしちゃったんすかー!

 でも、申し訳ないですけど、ボクちゃんには婚約者が……」


 そんな軽口を叩きながら、ザルギエスは笑みを浮かべそう言った。

 だが、その言葉を遮るようにして、イグフェリエルは静かに口を開いた。


 「今、降り注ぐこの雨は……果たして本当に大滝の淡水なのだろうか」


 「……へ?  うーん??

 『月が綺麗ですね』みたいな、ボクちゃんへの恋文っすか?

 もう、ボクちゃんったら、ほんと罪な男で――」


 ザルギエスが勝ち誇った声を上げようと口角を歪めた、その刹那だった。


 視界が──塗りつぶされた。


 白。

 いや、光。

 しかもただの光ではない。


 視界の奥行きごと浸食し、距離感を奪い取る“濃度”を備えた光が、

 突然、雨粒の内側から湧き上がったのだ。


「……あ?」


 ザルギエスの表情が、間抜けなほど固まる。


 降り注ぐ雨粒。

 それぞれの内部で、何かが芽吹いていた。

 

 水の滴の中に、不釣り合いなほど鮮烈な、鋭角の輝き。

 まるで雨粒という器を突き破るように、光の“芯”が伸びていく。


 それは──聖槍だった。


 一本や二本ではない。

 無数の雨粒から、槍が滴を割って尖端が姿を見せる。


「な、んっすか……これ……ッ?」


 混乱を露わにするザルギエスの耳に、ぬめるような湿気を纏った声が届いた。


 イグフェリエル。

 濡れた白髪を雨のように散らしながら、その瞳だけが灼けた金属のように輝く。

 口元には、神と悪魔の中間みたいな嘲笑。


「無論──この雨は“大滝”のものではない」


 聖槍の光が、彼女の周囲だけを後光のように照らす。

 圧倒的な威光。


「此方が生み出した“雲海”の一部なのだッ!!」


 次の瞬間。

 雨粒が、弾けた。


 パアンッ! パパパッ! パアアアン!!


 耳の奥を殴るような破裂音が連続し、雨は雨であることをやめた。

 滴の殻を破って飛び出したのは、数百本の聖槍。

 白い閃光の群れが、至近距離──そう、逃げ場など存在しない距離から一斉にザルギエスを貫く。


「ぎッ、が、ああああああああッ!!」


 四本の腕すべてがひきつり、痙攣し、肉と骨が爆ぜる。

 槍が刺さるたび、肉片が雨に混じって散り、ザルギエスの身体は蜂の巣どころか、光の杭で形を保てないほど裂かれていく。


 ――なんと大滝の破裂により降り注いだ雨の中に、イグフェリエルの雲海から降らせた雨粒を、含ませていたのだ。

 その雨粒は、無論、雲海と同義。


 それゆえ、槍の射出が可能なのだ。

 それゆえ、ただの雨だと油断したザルギエスを欺き、射ることができたのだ――。


 だが、この程度で終わりではなかった。


 残響を断ち切るように、イグフェリエルは滑らかに腕を伸ばした。

 数ある槍の中で、ひときわ鋭く輝く一本を選び取る。


 その動作は、まるで確定した運命を拾い上げるような静謐さ。


「──堕ちよ」


 言葉と同時に、槍が一直線に走った。


 轟音。

 衝撃。

 

 ザルギエスの胸部を貫いた瞬間、四肢が弛緩し、全身から力が抜ける。

 光の杭が、彼の動きを完全に止めた。


 そのまま、ザルギエスの身体は弾丸のように後方へ吹き飛ぶ。

 崩れ落ちていた大滝の残骸を粉砕し、砕けた岩盤の間を引き裂くように突き抜け──空中へ。


 さらなる墜落へと投げ出される。


 イグフェリエルは、濡れた翼をはためかせながら滑空に移った。

 ザルギエスが落ちていく暗い谷底へ、迷いなくその身を投じていく。


 そして落下地点には、エリザシュアがいた。


 着地と同時に声を上げる。

「イグフェリエル様! 良かった、ご無事の様で!」

 

 イグフェリエルも、安心したような表情を見せ、頷く。

「エリザシュアも、変わらぬ姿のようで……安心した」


 イグフェリエルが、視線を向ければ、ルシモディアの周囲だけが凍結し続けている。

 正確に、絶え間なく、快楽という牢獄に閉じ込められていた。


 「成程。修一様の助言通り、快楽の海に閉じ込めたか」


 「はい。局所的な時の凍結ならば、連続使用が可能。それを利用しました。

 ……そして、ザルギエスに『勝利』したということは、地獄の扉も開く!

 残る断罪の四骸は、あと僅かふたり……彼らも倒し、万全を期した状態で魔王のもとへ――」


 ――ゴンッッッッッッッッ!


 その瞬間、背後で重く湿った落下音が二つ、地面を震わせた。


 振り向く。

 そこには――


 満身創痍で倒れ伏したグラウス。

 そして、生身のまま意識を完全に手放したシャーリア。


 ふたりとも、もう声すら発せられない。


 冷たい風が吹き抜け、戦場にひときわの静寂が落ちた。

 霧を裂いて、低く、抉るような声が落ちてきた。


 「……ほぉ、ザルギエス。

 貴様は――敗北してしまったのか」


 その声音は、深海の底より重く、死そのものの匂いを孕んでいた。

 視線を前へ向けると、そこに立っていたのは――ネクロフィリア。


 黒衣の影が揺れ、骨の節々から溢れ出す闇が周囲の温度を奪っていく。

 彼の掌にかざされた闇のオーラが、串刺しになったザルギエスの全身を呑み込み、再誕させるように蠢いた。


 「――骸録・死相抹消(デスグラフ・デリート)=刺殺」


 そして――


 「っ、あ……はぁ……ははっ……!」


 ザルギエスの胸が波打つように動き、そこから無数の聖槍が、逆流するかのように押し出されていく。

 一本、また一本と、ぬちり、と湿った音を立てて抜き落とされるたび、その瞳に闇の輝きが戻っていった。


 ――ネクロフィリアは恐らく、死因を無効化し、死に瀕していたザルギエスを救ったのだ。

 

 「……いやぁ、ネクロフィリア先輩が来なかったら、敗北してましたねぇ。

 でも――来てくれたので、まだ負けてなんかいないっすけど?」


 エリザシュアはその光景を前に、息をすることさえ忘れていた。

 だが――その瞬間、彼女は決定的な“失念”をしてしまう。


 「――ああぁん? んれぇ? もう終わり?

 もっと、もっとあーみゅを気持ちよくしてほしいのにぃ……?」


 凍結していたはずのルシモディアが、甘ったるい声と共に完全復活。

 エリザシュアの背筋が凍り付く。


 時の牢獄が解けてしまったのだ。


 追い打ちをかけるように、背後から大地を踏みしめる重質な足音が響いた。

 「――ッ……!」


 振り返ると、星の残骸を縫い合わせて生み出した生物、ぷらねーたくんを従え、ヴァルティーアが静かに歩み出ていた。


 こうして――断罪の四骸が、再び一堂に会した。


 ◇


 それから先は、まさに地獄だった。


 単独ならば互角に渡り合えたはずのエリザシュアもイグフェリエルも、

 四骸の連携を前にしては、ひと息の猶予もない。


 時を止めれば、ルシモディアが快感として呑み込み、

 聖槍を放てば、ヴァルティーアの死霊がそれを裂くか、ネクロフィリアが死因を付与し、存在ごと削り取り、

 ザルギエスは、四方から常に跳躍しては、容赦なく打ち据えてくる。


 気づけば二人の身体は、立つことすら不可能なほどに砕かれていた。


 イグフェリエルの白い髪は血と泥が貼りつき、

 エリザシュアの衣は裂かれ、胸元から腹部まで赤く腫れ、

 

 両者とも膝が笑い、足は震え、魔力の声はかすれて途切れ──

 呼吸そのものが細い糸のように切れ切れで。

 

 もう一度吸えれば奇跡と言っていいほどだった。


 そして――断罪の四骸が、同時にとどめを放つ。

 

 拳。死霊。死因。快楽。

 四つの死が、重なる。


 その瞬間だった。


 四骸の“死”が四方向から重なり、

 世界がふたりを呑み込もうと閉じはじめた、その刹那──


 ――空から、星が降った。


 夜の闇を裂く白光。

 いや、“光”というには鋭すぎる。

 夜を喰らう牙のように研ぎ澄まされた輝きが、一直線に落下した。


 光は尾を引きながら四骸の攻撃軌道へ滑り込み、

 金属が焼けつくような甲高い音を炸裂させる。


 ガギィンッ!!

 ギャララッ!


 ヴァルティーアの死霊は弾かれ、

 ネクロフィリアの鎌は軌道を逸らされ、

 ザルギエスの四本腕は跳ね返され、

 ルシモディアの触手めいた快楽の魔力すら、光の圧力に霧散する。


 白い軌跡が大地へ着地した瞬間、周囲の空気が震えた。

 焦げる匂いと、影が逃げだすような光の筋。


 星の右手には、この地獄の唯一の光かと思わせる、剣が握られている。


 いや、握られているのではない。

 彼の右腕そのものが、剣だった。


 右腕。

 その指先から肩にかけて、皮膚の代わりに煌めく刃が伸びている。


 その刃が白光を醸し出し、微細な振動を刻みながら、

 四骸の間に立つ彼の身体を守るように前へ突き出されていた。


 静かな呼吸。

 しかし、確かな決意の熱を宿した背中。


 そして、ゆっくりと顔だけが振り返る。


「……遅くなったな」


 星――そこにはまさしく、田島修一がいた。

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