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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第63話 勝利こそが、すべて

 少しの間、歩を進めると、ようやく光が見え、第三冥府の世界へと辿り着く。

 

 その先に広がるのは、青霧に包まれた荒野。

 緑がかすかに生え、古びた遺跡がぽつぽつと立ち並び、遠くには崖と滝、そして巨大な世界樹が見える。


 そして――エリザシュアたちの前には、見知った姿があり、その者は、聞きなれた軽薄な声を発する。


「いやぁ、遅かったですねぇ?

 世界の危機だっていうのに、キャバクラで働いたり、アイドルになったり、随分とまぁ、悠長に過ごしてましたねぇ」


 そこに立っていたのは――断罪の四骸のひとり、ザルギエス。


 にやりと唇を裂き、四本の腕を十字に広げて、まるで舞台の幕が上がるのを待ち構える悪魔のように――エリザシュアたちを待ち受けていた。


 エリザシュアたちは皆、攻撃の体制へと体を構え、目線を一ミリたりとも、ザルギエスから離さない。

 一挙手一投足を見逃さないようにして。


 蒼白い大地が、ふいに呼吸を呑んだように静まりかえる。

 その沈黙を破ったのは――ザルギエスの、あまりにも間の抜けた悲鳴だった。


 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっすよ!! まだ、この――【第三冥府】の解説が済んでないんっすから!!」


 四本の腕を必死に前へ突き出し、まるで迫り来る刃を止めようとでもするかのよう。

 

 だが、エリザシュアも、イグフェリエルも、グラウスも、そしてシャーリアでさえ、誰一人として警戒を緩めてはいない。

 ひとたび動けば血が噴く。

 そんな空気が、肌へ重くへばりつく。


 その中で──ただ一人、イグフェリエルだけが声を震わせず言う。


 「……ならば、申せ。

 この【第三冥府】の在り方を、今ここで話してみせよ。断罪の四骸ザルギエス=ネメリア」


 イグフェリエルの声音は刃。

 その刃を受け止めるというのに、ザルギエスは軽く肩をすくめ、明らかに楽しげに笑う。


 「いいでしょう。

 この冥府の支配者として、語らせていただきます。

 って言っても、語るほど難しくはないんっすけど」


 四本の腕のうち、一つが誇らしげに空を示す。


 「まず大事なこととして――この冥府での通貨は、『勝利』っす。

 ここでは、つまり倒すこと殺すことが、稼ぐことと同義なんっす」


 虚ろな風がざらりと彼女らの脛を舐める。


 ザルギエスは愉快げに続けた。


 「倒した相手が強ければ強いほど、自分にポイントが加算される……

 ね、シンプルっしょ?」


 その説明の途中、エリザシュアがひそやかな眉を潜めた。


 「……ならば、この冥府の地には、何人たりとも生命の気配が感じられないのは、如何なる理由なのでしょうか?」


 エリザシュアの問いは、最もだった。

 この広大な大地に、生命体がどこを見渡してもいない、感じられないのだ。

 

 そしてザルギエスは、待ってましたと言わんばかりに笑顔を花開かせた。


 「おぉ! いいところに気がつきましたね、エリザシュアちゃん!

 もとは、この冥府にも生活してた奴らがいたんすよ。

 でも――」


 そして、快晴のような声で。


 「ボクちゃんが全員殺しちゃいました!」


 瞬間、空気がひび割れるように緊張が跳ねた。

 エリザシュアは無意識に一歩引きそうになり、イグフェリエルは指先から神光をにじませ、グラウスの握る柄がわずかに軋む。


 だがザルギエスは、そんな殺気すらご褒美のように受け止めていた。


 「いやいや、ボクちゃんを責めないでくださいよ?

 この冥府って、通貨からもわかる通り……“殺し合いが大好きな血気盛んな連中”のために創った場所なんっすよ。

 つまりつまり、殺し合いも――同意、ってわけっす」


 シャーリアがぽかんと口を開く。


 「じゃ、じゃあ、おらたちは……どうやって魔王城へ行けばいいゆら!?

 倒して、『勝利』できる相手なんて、今、目の前に居る、あのいやらしい目つきの人しか――……あっ」


 視線を向けられたザルギエスは、四本の腕で頭をぼりぼりかきながら照れたように笑う。


 「もぉう、“いやらしい”はやめてほしいっすよぉ。

 ……でも、いいこと言いましたね」


 その声色が、急激に冷たく、鋭く変わった。

 「そう。皆さんが地獄の扉を開けて、魔王城へ行くには――」

 くちびるが、歪んだ笑みを描く。


 「――ボクちゃんを倒すしかないことっすよ」


 ぶわり、と。

 大地全体が総毛立つような“殺気”が吹き荒れた。

 

 ザルギエスから溢れ出たそれは、血の匂いすら伴って、周囲の霧を赤黒く染めるほど。


 エリザシュアは喉を震わせかけたが、すぐに顎を引き、視線を真っ直ぐに標的へと定める。

 逃げぬ。揺れぬ。怯まぬ。

 その気迫を、周囲の仲間は感じ、同調する。


 グラウスは嘲るように鼻で笑った。


 「ふっ……やはり結局、こうなるのではないか」


 ザルギエスが軽く肩を回し、悪戯を仕掛ける子どものように笑った瞬間――


 パチン。


 乾いた指パッチンが響いた。


 次の瞬間、エリザシュア、イグフェリエル、そして仲間たちの首元で光が弾け、

 行動を制限されていた首輪が、一斉に外れた。


 「さあっ! どこからでも来てくださいっす!

 必ず――殺してあげますからッ!!」


 第三冥府の空が、裂ける。

 地が呻き、風が尖る。


 カラン――。


 首輪が地面へ触れた、わずかな金属音。

 その冷たく澄んだ音こそが、戦いの始まりを告げる。


 エリザシュアの唇が、静謐な刃のような弧を描いた。

 「……その言葉、後悔しないでくださいよ――」


 そして彼女の指先が弾けるように宙をなぞり、呪詛めいた詠唱が落ちる。


 「|時空凍結症候《クロノ・フリーズ=シンドローム》」


 瞬間。

 世界が、凍りついた。


 一切の出し惜しみなどない。

 始まりから、究極を放つ。


 風の流れが途中で止まり、砂粒は宙に吊られ、ザルギエスの殺気の雫すら、軌道を失う。

 

 そして。

 その止まった世界で、エリザシュアだけでなく、イグフェリエルたちも行動を可能としていた。


 イグフェリエルの瞳が大きく見開かれる。

 「……! これが、凍結された時の内側か……!?」


 彼女は手を握り開き、感覚を確かめる。

 グラウスは自らの影が揺れぬことに眉を寄せ、シャーリアは猫の尾を、ぶんぶん振って驚愕していた。


 エリザシュアは胸元を押さえ、少し身をよじらせるようにして説明する。


 「……えぇ、わてちしだけでなく、皆さんがこの時の中で行動できるようにしました。

 そのせいで……かなり精密な魔力操作を、要求されておりますが……っ」


 わずかに息を荒げながらも、視線はひたすら敵へ。

 ザルギエスの四腕は、空中で見事に固まったまま。


 「世界の終焉は、近い……。

 一刻も早くザルギエスを倒し、修一くんと合流して魔王のもとへ向かいましょう。

 

 ……彼に手加減は不要です。

 むしろ手加減し、仕留め損ねれば――()()()()が発動し、形勢逆転も容易いでしょう」


 そこで微笑むのではなく、闘気を灯して叫ぶ。


 「だから――やっちゃってくださいッ!」


 言葉は刃の合図。

 

 イグフェリエルは静かに、だが確かな頷きを返し、

 

 「簡易天界――起動ッ!」


 とそう叫ぶ。

 頭上に雲が巻き、天を裂くがごとく聖光が漏れ、千万の聖槍が彼らの敵へと照準を合わせた。

 

 グラウスは背中の剣を引き抜いた瞬間、武器が金属音と共に巨大化し、大剣へと変形する。

 

 シャーリアは全身が膨れ、骨がきしみ、竜へと変態する。

 炎が舌を打つように吐き出される。


 イグフェリエルが天へと掌を翳す。

 そして、一斉に――。


 「――蒼裂嶽ッ!!」

 「がおぉぉぉおおおッ!!」

 「――《光奏天譜カデンツァ・ディ・アルカディア》!!」


 蒼の斬撃。竜の獄炎。天の讃歌。

 それらすべてが合わさり、凍った世界をぶち抜くようにしてザルギエスへ殺到する。


 直撃の瞬間。


 エリザシュアの魔術が、悲鳴のように軋んだ。

 

 「くっ……維持が……っ!」


 パキン――!


 世界の氷が砕け、凍結が解除される。

 自身だけではなく、周囲の仲間も行動を可能としたことで、いともたやすく崩れる。


 轟音が現実に追いつき、爆風が大地を啼かせた。

 イグフェリエルたちは“確かな手ごたえ”を感じ、勝利を確信しかける。


 だが。


 焼き爛れた顔をゆっくりと上げ、ザルギエスは笑っていた。

 血と焼け焦げが混じり、骨の白さすら見えているのに。


 「あらら~……せっかくボクちゃんを殺せるチャンス、あげたっていうのに。

 ダメじゃないっすか。ボクちゃんを『死』に近づけちゃあ。」


 エリザシュアの背筋を焦燥が走る。


 (……攻撃は、悪くなかった。

 でも結果として彼を――“強化”してしまった。

  

 ――『死』に近づくほど身体能力が跳ね上がる、ザルギエスを!)


 ザルギエスは目元だけで笑い、


 「……さ、ちゃんとついてきてくださいっすよ?」


 瞬間、消えた。


 次に現れたのは――グラウスの背後。


 「……ッ!?」


 肩を、トン、トン──と。

 場違いなほど軽い、まるで冗談のようなノックだった。


 グラウスがわずかに眉を寄せ、振り返る。

 その瞬間、視界いっぱいに広がったのは、四本の腕。

 空気を裂きながら同時に振り下ろされる、その速度はもはや“速い”という概念の領域を超えていた。


 強化された動きに、老練の武人ですら追いつけない。


「……ッ!」


 ゴボキッ──!

 嫌な音が、世界の芯まで届いた。


 頭蓋の砕ける濁った破砕音。

 拳の衝撃が首を通り、背骨へと響き抜け、グラウスの巨躯が宙に浮く。

 地面に叩きつけられた瞬間、遅れて大地が震え、細かい砂が弾け飛ぶ。


 しかしザルギエスの四本腕は、まだ止まらない。

 むしろ、これからが本番だと言わんばかりに躍動を増す。


 まず、エリザシュアへ。

 彼女が振り向く間すら与えず、腹部へ鋭い貫手が突き刺さる。


「っ──!」


 柔らかな腹筋を貫く手刀。

 布が裂け、白磁の肌が陥没する。

 

 息が詰まり、喉奥からひゅ、と乾いた声が漏れた。

 衝撃でその身体がたわみ、端然とした優雅さが一瞬で崩れ落ちる。


 同時に、別の腕がイグフェリエルの顎を正確にとらえる。

 下から跳ね上げるような一撃。


 ガンッ!


 神性すら歪むほどの衝撃が走り、イグフェリエルの頭が後方へ弾かれる。

 視界が白く飛び、唇から光の粒が零れる。

 首筋がひしゃげるような痛みに、彼女の膝がわずかに沈む。


 だが、ザルギエスはそこにも留まらない。


 竜化したシャーリアへ向かうと、まるで獲物の骨格を熟知しているかのような精密さで、一本の腕を振り抜いた。


 バチィッ!


 人間でいえばみぞおちの部分──。

 そこを正確に打ち抜かれた衝撃に、シャーリアの巨体がたわみ、力が緩んでいく。


「にゃ──っ!?」


 竜の喉から悲鳴とも咆哮ともつかぬ声が漏れ、羽ばたきが乱れ、翼膜が震える。


 ザルギエスの動きは滑らかで、無駄がひとつもない。

 まるで命を解体する工程を知り尽くした職人のように──。

 

 ひとり、またひとりと確実に、急所だけを狙い撃ち、倒してゆく。

 血が舞い、苦鳴が散り、第三冥府の空が嗤う。


 こうして戦況は、完全にひっくり返った。

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