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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第1章 『天魔双極~幻影幻想曲第14番 <Phantom Fable>』

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第6話 創造主田島修一

 剣が門番(ヴァルゲート)の胸を貫いた瞬間、戦場全体が光の波に包まれた。

 轟音と共に瓦礫が揺れ、空気が裂けるような感覚が走る。


 門番(ヴァルゲート)の巨体は、そのまま地面に押し付けられ、息をするたびに戦場が震動する。


 しかし、光は容赦なく、その圧倒的な力で門番(ヴァルゲート)を浸食していく。

 その体表の黒い影が、ゆっくりと割れ、光に溶けるように崩れていく。

 筋肉や鎧のような質感が光に飲まれ、粉塵と共に空中へ舞い上がる。


 再生の光が消え、影は光の渦に押し込まれ、圧縮されるように縮んでいく。


 門番(ヴァルゲート)の咆哮が空気を震わせる。

 それは絶望の声、威圧の声、そして自らの滅びを告げる声であった。


 だが、光の刃に貫かれた体は、もはや抵抗する力を失い、徐々に薄れていく。


 巨体がゆっくりと崩れる。

 腕が折れ、脚が抜け、影の塊が光に吸い込まれ、戦場の地面に触れた瞬間には砕けた瓦礫のように散る。

 

 黒い巨影――門番(ヴァルゲート)の体が完全に消滅する瞬間、戦場全体が小さな揺れを感じる。

 その重圧は、戦場を支配していた絶望そのものだったが、光によって消し飛ばされた。

 空気に残るのは光と埃、そして静かに立ち上がる市民たちの息遣いだけ。

 

 少女が、まだ血のついた手で母の裾をつかみ、小さな声でつぶやく。

「……お母さん、あなの、ちいさくなってる」


 母親は驚いて少女の視線の先を追った。

 そこには、空にぽっかりと口を開けていた“終焉の穴”があった。


 今まで黒い風を吐き出していたその裂け目が、うっすらと淡い光で縁取られ、音もなく閉じつつある。


「……え?」

 母親の声が漏れる。その小さな呟きが、隣にいたとある兵士の耳に届き、さらにその隣へ伝わり、波紋のように広がっていく。


 「終焉の穴が……塞がっている……? 塞がっているぞおぉ!」

 みな口々に叫び始める。


 兵士たちの目が、口が、震えながら驚愕と希望に満ちていく。

 終焉の穴は、確かに縮まっていた。今まで決して塞がることのなかった絶望の傷が、初めて癒えようとしている。


 俺も、呆然と空を見上げた。

 

 ――そうか……門番(ヴァルゲート)を倒せば、終焉の穴は塞がるんだ……!

 やれる、俺たちならこの世界を救える!


 視界の中、光が裂け目を縫うように走り、穴はじわじわと塞がっていく。

 群衆のどよめきが歓声へ変わり、涙ぐむ者の声、空に祈る声が入り混じる。


「ふさがっていくぞ!」「希望だ!」「これで……まだ間に合う!」


 いつの間にか、夜明けの光が瓦礫の間から差し込み、粉塵を淡い金色に染める。


 灰色に覆われていた街は、朝日の光に少しずつ色を取り戻し、倒れていた馬車や荷車、砕けた家屋の残骸までが、光に照らされることで、戦場全体が穏やかな色に変わる。


 光を浴びて輪郭を取り戻していく。


 歓声と涙、安堵の声が交錯し、戦場はうなりを上げ、に喜びに満ちていく。


 「うおおぉ…」

 そして、その小さな声から大きな喝采に。


「うおおおおおおおぉおぉおおおぉおぉおおおぉおぉおおおぉおぉおおおぉおぉお!!!」


 その声は、瓦礫や粉塵の間を駆け抜け、破壊された城下町全体に響いた。

 戦場に漂っていた絶望の影が、光に押し返されるように後退していく。


 ルナテミスは剣を握り、まだ熱を帯びた刃を天に掲げる。

 その肩は血と埃で汚れ、傷だらけだが、その瞳には感謝と信頼が光っていた。


 彼女の剣先からは、まだ微かに光が漏れ、戦場全体に余韻を残す。


「お疲れさん、ルナテミス」

 俺は、何てこともなかったかのようにに彼女を労う。


「……にっ!」

 彼女はにかっと微笑む。

 ルナテミスの微笑みは、戦いの終わりを告げるだけでなく、これから続く旅の始まりをも予感させるものだった。


「勇者さま!」「……勇者さま、ありがとう!」

 勇者の雄姿を見届けていた者たちが、次第に一つに集まり始めた。

 声は入り混じり、戦場に反響して大きな波となる。


 破壊された建物の隙間から差し込む朝日が、歓声と粉塵を金色に照らし、瓦礫の上を飛び交う光の粒はまるで舞い上がる希望の欠片のようだった。


 ルナテミスが一歩前に出て、手にした剣をかすかに掲げながら、声を振り絞る。

「こちらの方は……」

 戦場に集まった人々の視線が、田島修一――創造主――に向かう。


 そのとき俺は一歩、戦場の中心へ進み出た。

 手に握ったペンが微かに光を帯び、汗と埃にまみれた顔を上げる。


 静まり返った空気の中、全員の視線が一斉に彼に注がれる。

「俺は……この世界の創造主だ!」

 声は戦場の破壊音を押し退け、瓦礫と粉塵の間に重く、しかし確かに響き渡った。


 一瞬、全員が静止したかのように見えた。

 その声は戦場の破壊音を押しのけ、瓦礫と粉塵の間に重く、しかし確かに響き渡った。

 空気が震え、まるで世界そのものがその言葉を受け止めたかのように静止する。

 人々は驚きのあまり、息を止め、目を見開く。


 倒れていた兵士たちは、剣を握ったまま立ち上がる手を止め、一瞬固まる。

 瓦礫に隠れていた子供たちは、恐怖と好奇心が入り混じった表情で俺を見つめ、口元を小さく震わせる。


 夜の炊き出しで顔を合わせた仲間たちは、互いに目を見合わせ、ぽかんと口を開けたまま静止する。


 しかしその沈黙は長くは続かない。

 徐々に、戦場のあちこちから囁き声が湧き上がる。

「創造主……だと……?」「本当に……?」

 その声が次第に大きくなり、やがて戦場全体に疑問や困惑が波のように広がっていく。


 俺は深く息を吸った。

 ――こうすれば、信じてもらえるはずだ。

 久しぶりだから、緊張するけど。

 

 空に向かって創造の筆を掲げる。指先からは微かに光が漏れ、俺が手を動かすのを今か今かと待ち侘びている。


 そして、描く。


 ペン先が空をなぞると、淡い光の線がゆっくりと空中に浮かび上がった。

 最初の一筆は、城門の輪郭。光は固く、冷たく、まるで生きているかのように微かに脈打つ。


 俺の目の前で、線は空中を滑りながら、ひび割れた石の壁に沿って伸びていく。


 次に描かれる屋根。傾いた屋根、歪んだ塔、ねじれた煙突。

 ペンを動かすたび、城下町は微妙に歪み、パースが狂い、まるで夢の中の景色のようにねじれる。


 ――へったくそ。


 そんなことは俺が一番理解していたが、もはやどうでもいい。

 こんなにも心躍らせる体験は、久方ぶりだからだ。


 俺の手は止まらない。光の線は渦を巻き、交差し、町の通りを形成していく。

 石畳を描けば、その表面の凹凸や摩耗まで光で表現され、軒下の影は微妙に揺れる。

 小さな井戸や木の葉、曲がった街灯――細部を描き込むたび、光はまるで息をしているかのように反応する。

 

 光の線は城壁から路地へ、路地から広場へ、広場から遠くの塔へと流れ、町全体を徐々に形作っていく。


 やがて、町の形が空に浮かぶ光の建造物として完成し始めた。

 曲がった塔も、傾いた屋根も、ねじれた通りも、ひび割れた壁も――すべて光を帯び、輝きを放つ。


 完成した瞬間、俺は思わず息を飲む。

 見た目はひどくいびつだ。しかし、確かに町として存在している。

 

 「……ど、どうかな?」

 創作物を誰かに見せるときは、いつだって恥ずかしいらしい。少し照れながら、民衆に問いかける。


「これは神の御業…まさしく創造主様の……!」

「創造主様がご降臨なさったぞぉー!」


 民衆は喜びを隠せないでいる。

 どうやらこんな絵でも、俺が創造主だと信じてくれたらしい。

 

 俺は彼ら彼女に、力強く言った。


「この世界は、俺が紡いだ世界だ。

しかし、俺自身の不始末のせいで、今や終焉の穴が世界を蝕もうとしている。

 ……家族、仲間、友――戦場に倒れ、帰らぬ者となった者たちが、どれほどいることか……!」


 終焉の穴によって散ってしまった花たちが、今ここで静かに鎮魂されていく。

 

 「泣くな、怯えるな――もう大丈夫だ!

 終焉の穴も、絶望の波濤も、俺がすべてを抱え、昔日の幸せな世界を再構築する!」


 あぁ、そうだ。もう逃げはしない。

 世界の傷を、この手で撫でるようにして受け止める。


 砕け散ろうとする未来も、滲む記憶の断片も――すべて、俺の理で紡ぎ直してやる。

 

 「安堵せよ、世界よ――創造主田島修一は、俺は……ここにいる――ッ!!」


 その瞬間、戦場の空気が震え、瓦礫の間に光が差し込み、集まった人々の胸に熱が走る。

 倒れていた兵士たちは剣を掲げ、立ち上がる。


 子供たちは恐る恐る手を挙げ、歓声を上げる。

 瓦礫の陰にいた魔族たちも、思わず拳を突き上げ、声を重ねる。


 歓声は渦となり、戦場の瓦礫や破壊された建物を震わせ、粉塵の中で反射して黄金色に輝く。

 遠くの廃墟も、まるで光を吸い込むかのように煌めき、戦場全体が希望の波に包まれる。


 ――この日を境に、「この地へ創造主が降臨し、世界救済の旗を掲げて人々と共に戦う」

 そんな伝承めいた噂が瞬く間に世界全土に広がり、やがて事実として知れ渡るにつれ、世界は震撼の渦に包まれた。


 ルナテミスは微笑み、剣を軽く肩に置き、俺の前に一歩近づく。

 膝のすり傷や鎧の擦れた跡もまだ生々しいが、その瞳には戦いを乗り越えた確かな光が宿っている。


「創造主様……」


 低く、しかし信頼を込めた声で呼ぶ。

 その声には、単なる敬称ではなく、命を預けた者への尊敬と安心が混じっていた。


 俺は軽く微笑む。

「ははっ、創造主さまと呼ばれるのは気が引ける……

 名前で呼んでくれよ、俺には田島修一っていう名があるんだからさ。

 どうしてもっていうなら、パパって呼んでもいいぞ」


 わずかに冗談めかして言ったその声に、ルナテミスの瞳がほんの一瞬揺れる。


 彼女は小さく息をつき、微笑みながらも真剣な眼差しを向けた。


「修一……」


 その声には、戦場を共に駆け抜けた信頼、命を預ける覚悟、そして生死を超えた絆が込められていた。

 俺の胸に、光が差し込むような温かさが広がる。


 朝日の光に反射して、粉塵の粒が金色に輝き、戦場に残る人々の視線も、ふたりの間の強い絆に向けられていた。


 俺は深く息をつき、微笑む。

「ルナテミス」


 その瞬間、戦場の空気が一層柔らかく、温かく変わったように感じられた。

 戦いの後、ようやく二人の間に、静かな安堵と絆が生まれた瞬間だった。


 ルナテミスは再び剣を肩に置き、笑みを浮かべる。


「それでは、修一。共に、この世界を救おうではないか」


 その声に、俺も深く頷き、胸に誓う。


 ――この世界を、必ず救う、と。


 しかし、次の瞬間、俺は足元に違和感を覚えた。

 視線を下に落とすと、自分が立っていた場所――そこは、さっきまで魔術陣を描こうと必死になっていた場所だったのだ。


 微かに光る陣の紋様に沿って脈打ち始める。

 それはまるで、世界そのものが呼吸するように、柔らかく、しかし確実に力を取り戻しているかのようだった。


 振動が足元から全身に伝わる。

 歓声や笑い声、朝日の光と粉塵の輝き――すべてが、一瞬のうちに歪み始める。


「え……?」

 俺が声を上げる間もなく、光は足元から膝へ、腰へ、胸へと押し上げ、全身を包み込む。

 その光は冷たくもあり、温かくもあり、柔らかく広がると同時に、全てを持ち上げるように力強く引き上げる。


 風景はぐにゃりと曲がり、瓦礫や建物の形がゆがみ、ルナテミスの姿も、歓声を上げる人々も、まるで遠い夢の中に溶けていくかのように霞み始める。


 黄金色の光が眩しすぎて目を開けていられない。

 俺の心臓は早鐘のように打ち、手のペンが光の熱でわずかに震える。


「ち、違う……まだ……俺はまだ、ここで――!」

 声にならない声が口から漏れるが、光は止まらない。

 体を押し上げる力に抗おうと足を踏ん張るが、重力も空気も変わったかのように、すべてが光に吸い込まれる。


 視界が真っ白に染まり、耳に届くのは自分の呼吸と鼓動だけ。

 ルナテミスの名前が、かすかな囁きのように脳裏をかすめる。

 ――「修一……!」


 その瞬間、身体はふわりと宙に浮き、視界の奥で戦場の瓦礫も歓声も、朝日の光も、すべて遠ざかっていく。

 心の奥底に残るのは、戦った記憶と、人々の笑顔、そしてルナテミスの信頼の眼差しだけ。


 光の波に押され、俺は意識が薄れていくのを感じる。

 体は空中に浮かんだまま、無重力に近い感覚のようだ。


 鼓動が耳に響き、胸の中の熱が徐々に静まっていく――――――――



 ◇ ◇ ◇

 


 遥か遠くの丘の上、漆黒のマントが風に翻る。

 その影の中に、魔王ディアーナは静かに立っていた。


 その姿は誰も近づけないほどの威圧感を放ち、空気さえも張り詰めた糸のように震えている。


 顔は仮面のように冷たく、口元に微かな笑みを浮かべるだけで、その眼差しは深淵のように底知れなかった。


 瞳は闇の中で赤く光り、見る者の心の奥底まで射抜くような鋭さを持つ。

 髪は漆黒で風に流れ、マントの裾は地面を這うように揺れる。


 その存在だけで、丘の上の空気が重く締めつけられ、群衆の声や風の音すら吸い込まれるかのように静まり返る。


 言葉を発すれば、それだけで周囲に震動が走るような力があり、耳に届く者の鼓膜を微かに震わせる。


 戦いの余韻が、まだ空気を震わせている。城下町から立ち上る埃、空に散る光――すべてを眼下に見渡せる場所から、彼は密かに戦況を見守っていた。


 「欣喜雀躍……そう言わざるをえん。

 うぅん、心中を吐露するのならば、未だ類を見ないほどに、喜悦が充溢しているよ」


 彼の声は低く、威圧的でありながら、どこか感嘆の色を帯びていた。


 「流石は、とでも申しましょうか、我が君、我らが創造主様。

 あの程度の、塵芥に後れを取っているようでは、話にならない。話にもしない」


 その横で、蒼髪を揺らしながら少女の部下が一歩近づく。

 「魔王様……あ、あの……ではまさか、あの小僧にすべてを賭けると……」

 言葉を切りながら、少女は慎重に敬語を選ぶ。


 魔王は薄く笑うように頷く。


 「小僧、とは頂けないな。口を慎め、ヴァルティーア・シャリンハイム。

 確かに身なりは庶民的だが、あれでも創造主なのだ。

 お前が為せる最大限の崇敬を以て、あの御方に接しろ」

 魔王の瞳には明確な部下への殺意を感じる。

 

 「……そのように仰せ仕ります!」

 少女は魔王に殺されないためじゃない。


 これ以上、魔王様を不快な気持ちにさせることがないようすぐさま平伏して言葉を親身に受け止める。


 彼はそのまま風に乗るように立ち去る。

 少女も丁寧に一礼し、距離を保ったまま、父や師を見送るように静かに後を追った。

 丘には、二人の影が長く伸び、夕日に溶けていく。


 「御父――田島修一。いずれ相まみえましょうぞ」

 魔王ディアーナの低い声が、風に混ざって消えた。



 ◇ ◇ ◇



 目を開けると、窓の外には柔らかい朝の光が差し込んでいた。

 カーテンの隙間から差す光が、部屋の床に細い筋を描いている。


 時計を見る。

 ――もう、出勤の時間だ。


「やべ……」

 思わず小さく呟く。スーツのネクタイはまだ結び直しておらず、シャツの袖も少し乱れているが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


 「……とんでもなくリアルな夢だったな」

 そんなことを小さくぼやきながら、玄関の扉に手をかける。


 部屋は静まり返っている。


 ぎしりと軋む音を聞きながら息を整える。

「行ってきます」


 誰もいない家に向かって小さく、しかし確かな声でそう呟く。


 言葉が空気に溶け、朝の光に反射して静かに響く。

 灰色の街、灰色の空、灰色のスーツ。

 俺こと田島修一は、その中を俯いたまま歩いていく。

読了、感謝いたします。


これにて、第一章が完結です。

これから先、修一と勇者ルナテミスによる、世界を救う旅が始まります。


この物語が、あなたの中にほんの欠片でも残ってくれたなら、それだけで嬉しいです。


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