第59話 アイドル《へるりん♡ぱらだいす》
第二冥府へと足を踏み入れた瞬間――空気が変わった。
重苦しい冥界の闇を想像していた彼女らの前に広がったのは、眩しすぎる光の街。
街全体が電波の脈動でできていた。
ビルの壁に張り付いた巨大スクリーンには可憐な配信者たちが映り、ホログラムのアイドルが宙に浮かび、虹色の粒子を撒き散らして踊っている。
通りには杖をサイリウムのように振る魔族の群れ。
笑い声、光、電子音――そのすべてが狂気めいて混ざり合っていた。
「……何なのだ、この宗教じみた空間は」
イグフェリエルが目を細める。
「信徒らは皆、生き生きとして、希望に満ちている……」
グラウスは溜息をつき、白髪が混じった黒髪をかき上げながら吐き捨てる。
「愚拙は、あまりこの空間は好みではないな。……光が眩しぎる」
シャーリアが尻尾を振って笑った。
「そうゆら~、グラウスちゃん? おらはこういう、ぱぁっとした世界、好きみゃあ!」
エリザシュアは街の喧騒を見上げて呟く。
「……何というか、修一くんが住まう世界に似ていますね」
ルシモディアが両手を広げる。
「この第二冥府ではね、通貨が“人気”なんだゼ。
だからみんな、顔とか歌とか、身体を武器にして人気商売してるのヨ~」
「皆、よぉく、あーみゅを観察してみて?」
エリザシュアたちが目を凝らすと、ルシモディアの顔の横にゲージが浮かび、『2003465』の数字が光っていた。
「これが『人気』ゲージ」
ルシモディアはにやりと笑い、近くの屋台に歩み寄る。
「例えば~、このたい焼きを買うとね……」
180円のたい焼きを手に取ると、数値が『2003285』へと減少した。
つまり、-180になった。
イグフェリエルは頷きながら言う。
「成程……。
通貨が“人気”とはそのままの意味――消費することで、物やサービスを得るというわけか」
「ソユコトォ~」
ルシモディアは舌を出して笑った。
エリザシュアは苦笑を浮かべた。
「貴方は、この冥府でかなり人気のようですね」
「あっひひひ! たまに遊びに来てるからね~」
彼女は指を鳴らし、皆のゲージを示した。
「今の皆の『人気』はゼロ。
第三冥府に行きたいなら、通行料を払うため、一刻も早く人気者にならないと――」
――うおおおおおぉぉぉおおおおおッ!!!
そのとき、地鳴りのような歓声が街を揺らした。
エリザシュアたちは顔を見合わせる。
「騒ぎ……ですかね?」
ルシモディアは唇を吊り上げた。
「ちょうどいいや。皆、あーみゅについてきて?」
◇
電子の喧騒を駆け抜け、たどり着いたのは巨大な野外ステージ。
数万の観衆が叫び、光が空を裂く。
ステージ上では青髪の少女がキャピキャピな服装で、歌い踊っていた。
その少女には、見覚えがあった。
「……断罪の四骸、ヴァルティーア=シャリンハイム……?」
ルシモディアが満足げに言う。
「そ。これは“アイドル”っていってね~、歌と踊りで人々を魅了するお仕事なんだヨ。
そしてこの人だかりを作った張本人であるあのアイドル……お嬢は、この第二冥府における『人気』ナンバーワン、驚異の数値、『3474315424』なんだゾ~!」
その数値を前に、誰もが息を呑んだ。
冥府の空に、ヴァルティーアの歌声が響き渡っていた。
アイドル・ヴァルティーアが歌い、ヲタクたちが歓声を上げる中。
人だかりの最後列、エリザシュアたちの目の前に――見覚えのある全身骨の男がいた。
その男は、周囲の者らと共に、低い声でペンライトを振りながら、何やら呪詛めいた言葉を放つ。
「言いたいことがあるんだよォォッ!!
やっぱりヴァルちゃん……かわいいよォォッ!!
三途の川も、君のためなら、渡らせて!! 死んでも、死んでも、愛させてッ!!!!
生きてる理由、それは絶対……
ヴァルティーアッッッ!!!!!」
それは、断罪の四骸ネクロフィリア=シャリンハイムであった。
普段は威厳のある佇まいをしていた彼が、
あろうことに、全身で踊り狂っていたのだ。
ルシモディアがニヤつきながら言う。
「あんれっれぇ? ネクロフィリアくーん、お嬢の応援?
なら最前列に行けばいいと、あーみゅは思うんだけド」
ネクロフィリアは必死にペンライトを振りつつ、踊りながら答える。
「ならん! ヴァルティーアの前では吾輩、威厳ある父でなければならんのだ! ゆえに陰ながら応援し――」
振り返った彼はようやくルシモディア、そして背後のエリザシュアたちを視界に入れる。
「……って、ルシモディア!? それに大魔女に救星神まで!?????
貴様、何故敵を素通りさせておるのだ!」
「あっひひひひ」
ルシモディアは笑ってごまかす。
エリザシュアは、この快感にしか目がない変態女ルシモディアが、
普段からこうやって色々厄介ごとを増やしているのだろうと、内心同情した。
その時――ステージ上で異変が起きた。
一人の観客が壇上に飛び乗り、狂気的な笑みを浮かべている。
「ね、ねぇヴァルティーアちゃんッ!! この歌詞、ボクちんに向けて書いたんだよねッ!?」
「……は、え? いや、違いますけど」
そしてその男は、震えた足取りで、一歩。
また一歩と、ヴァルティーアへと近づいていく
「あぁッ、照れてるんだね!? 大丈夫、壇上でボクちんとキスして、婚姻の儀を――!」
その瞬間、地面が光を放ち、魔法陣が開く。
業火が天へと噴き上がり、狂信者を一瞬で灰へと変えた。
炎の中から、ネクロフィリアが現れる。
「……ヴァルティーア! 何があるか分からん! お前は舞台裏へ下がれ!」
怒気を孕んだ声だった。
「皆の者、申し訳ないが、今宵のライブは中止とする!」
ヴァルティーアは頷き、観客の残念がる声を背に退場した。
エリザシュアたちは最前列へ進む。
壇上ではネクロフィリアが灰となった死体に手をかざし、静かに吸収していた。
「……ネクロフィリア=シャリンハイムは、何をしているのですか?」
とエリザシュアが、馬鹿なふりをして聞いてみる。
「死を収集してるんだよ」
ルシモディアが、何の躊躇いもなく軽く言う。
「――ネクロフィリアくんは“死因”を集めて、それを無効化したり、相手に付与できるんだ」
「おい、ルシモディア! 敵に吾輩の魔術を漏らすでない!」
ネクロフィリアが呆れ声を上げる。
「……まぁ、創造主殿がいる以上、手の内など知れ渡っていようがな」
彼は深く息をつき、続けた。
「それより貴様ら、ヴァルティーアの様子を見てやってくれ。
あのようなことがあったのだ。心が乱れているはずだ」
◇
舞台裏、その控室。
父ネクロフィリアの心配とは裏腹に、ヴァルティーア=シャリンハイムはだらしなく椅子に腰を下ろし、足を投げ出していた。
「うわぁ……毎日毎日、ヴァルティーア=シャリンハイムを演じて、キモヲタどもの相手すんの、マジ疲れるぜ……」
と汚い口調で吐き捨て、続けた。
「……それよりさっき壇上に上がってきたヤツ、ガチで一層キモかったな~。
まぁ、あいつのおかげでこのしょうもねぇ催し中止になりそうだし、感謝はしてやるけどな」
そのとき、控室の扉をノックする音が響いた。
ヴァルティーアは慌てて背筋を伸ばし、目薬をさして涙の演出を整える。
扉が開き、ルシモディア、エリザシュアたち、そしてマネージャーやスタッフが入ってくる。
「お嬢~! 大丈夫だったカ~? 怖い体験しただろうけど、あーみゅが慰めてやるから安心しろよ~!」
ルシモディアの声に、ヴァルティーアは鼻をすすりながら、震える声を作った。
「……もっ、申し訳ございません……思ったよりも、心の傷が深いようで……」
スタッフたちは顔を見合わせ、焦りながら話し合う。
「ヴァルティーアを怯えたまま、歌わせるのは無理だ!」
「しかし返金にでもなれば……損害が計り知れないぞ……!」
そんな中、ルシモディアがにやりと笑う。
「ふっふふ……ではあーみゅが、代わりのアイドルを紹介させていただきましょう」
その声に、エリザシュアの心が凍りつく。
嫌な予感しかしない。
エリザシュアはその予知にも近い、予感で、顔が暗くなる。
ルシモディアは満面の笑みでエリザシュアたちを指さした。
「エリザシュアちゃんたちと、あーみゅが、たった今結成したアイドル――《へるりん♡ぱらだいす》が、必ずや観客を湧かせてみせましょう!」
エリザシュアは大きくため息をつき、叫んだ。
「……キャバクラの次は、アイドルですか!?
亡くなったルナテミスさんの尊厳を、どれだけ踏みにじる気ですかッ!」
しかしルシモディアは耳元で囁くように言った。
「でもさぁ、第三冥府に行くには『人気』が通行料なんだゾ。
あーみゅは別として、ネクロフィリアくんやお嬢に、許可を貰って扉を開けてもらうなんて無理。
やるしかないんだよ、エリザシュアちゃん。
それに……可愛いんだから、きっと『人気』になれるよ?」
エリザシュアは頬を赤らめながら、その魔法のような言葉を心の中で繰り返す。
(わてちしは……可愛い。わてちしは……可愛い……!)
そして指を鳴らし、魔術を発動。
光の粒子が弾け、彼女たちの衣装が一瞬で可憐なアイドル衣装へと変わった。
フリル、リボン、そして煌めくステージドレス。
エリザシュアは深呼吸し、宣言する。
「――アイドル《へるりん♡ぱらだいす》、往きますッ!!」
◇
観客たちは、大好きなヴァルティーア=シャリンハイムのライブが中止になったことで、そそくさと帰ろうとしていた。
しかし、会場にアナウンスが鳴り響く。
「ヴァルティーア=シャリンハイムのライブは中止となりましたが――代わりに、アイドル《へるりん♡ぱらだいす》がお送りいたします!」
壇上に現れたエリザシュアたち五人を見て、観客たちは口々にざわめく。
「誰だ、あのアイドル!?《へるりん♡ぱらだいす》なんて聞いたことないぞ!」
「でも……なんか可愛くね?」
「ひとり、明らかにおじさんいるな」
「……ていうかあの人もしかして、救星神とかなんとかっていう人じゃね?」
「断罪の四骸に似てる人もいるし!」
音楽が鳴り響き、彼女たちは踊り始める。
エリザシュアは刹那にも満たない準備時間で必死に覚えた振りと歌を披露する。
選曲はヴァルティーアの代表曲、《シンフォニック・ナイトメア》。
(ふっふ……さぁ、見なさい。華麗な歌と踊りをッ!
そして、わてちしを『人気』にしなさい!)
エリザシュアの心の中では完璧に踊れている気がした――自意識過剰になっていた。
しかし観客の視界に映るのは、とんでもなくくねくねした下手な踊りと音痴な歌。
当たり前だ。
短時間でマスターできるはずがない。
グラウスも同レベルでぎこちない。
観客は思わず笑い声を漏らす。
「あのセンターの紅い髪の人、動き面白すぎ! 学芸会レベルじゃん!」
意外にもシャーリアとルシモディアはそつなくこなしていた。
磨けば確実に輝くタイプだ。
だが、次の瞬間、この会場から嘲笑など、灰燼と化す。
そう、イグフェリエルの歌のターンが始まったと同時にだ。
ステージ上に光が集中し、彼女の姿を黄金のオーラが包み込む。
声が会場に響き渡る。
それはまるで救いの女神のようで、空気そのものを清めるように透き通り、聴く者の胸の奥まで染み込んでいく。
実際、イグフェリエルは救星神という女神なのだが。
最初は冷笑していた観客も、次第に息を呑み、ペンライトを握る手に力を込める。
光の帯が無数に揺れ、まるで夜空に舞う星々のように会場を照らし出す。
「この曲はどんな人のカバーでも、パッとしなかった……。
ヴァルティーアちゃんのものだけだと思ってた。でも、彼女は違う!」
シャーリアとルシモディアは瞬時に状況を読み取り、センターにいたエリザシュアとグラウスを、端へとそっと退かせる。
そしてイグフェリエルを、センターへと立たせることで、より効果的に全ての視線が集まり、観客の歓声は興奮の渦となって膨れ上がった。
歌がクライマックスに達すると、会場は一体となって手拍子と歓声を重ねる。
空気が震え、振動が胸に伝わる――観客の熱気が波となり、ステージに押し寄せる。
歌が幕を下ろす瞬間、歓声は頂点に達し、渦巻く拍手と叫び声は会場を包み込む。
イグフェリエルの『人気』ゲージは、光の如く勢いよく急上昇していた――。
◇
ライブが終わった後の控室。
ルシモディアが大きく息をつき、笑いながら言った。
「いや~、疲れた、疲れた~!」
アイドル《へるりん♡ぱらだいす》の面々は汗だらだらで疲れを共有し、互いの労をねぎらう。
エリザシュアとグラウスは顔を見合わせ、熱い握手を交わす。
踊れない者同士の、熱い友情がそこにはあった。
「はい、そこ! 変な友情、芽生えさせないヨ!」
ルシモディアが笑いながらツッコミを入れる。
シャーリアは目を輝かせてイグフェリエルに向かい、声を弾ませる。
「救星神さまぁ! あれだけ踊れるなんて、すごい、すごすぎるみゃあ!
どうしてそこまで踊れるゆらー?」
メイクを落としているヴァルティーアが顔を向けずに低い声で言った。
「本当ですよ。麿と変わって、アイドルになっていただきたいぐらいです」
その言葉は、どこか冗談ではなく聞こえる。
イグフェリエルは少し赤くなり、照れくさそうに答える。
「……い、いや、引きこもり時代にアイドルに没頭した時期があって、ほんの少し、ほーんの少し、歌と踊りを嗜んでいただけだっ……!」
言葉を紡いでいると、視線を感じて顔を上げる。
そこには、気の抜けた表情でイグフェリエルを見つめるネクロフィリアの姿があった。
「……断罪の四骸ネクロフィリア=シャリンハイム、此方に申したいことでもあるのか?」
イグフェリエルが尋ねると、ネクロフィリアは無言でそそくさと控室の外へ歩いていった。
――デンワ、デンワ、デンワガナッテル、ハヤクデテ!
そんなとき、控室に陽気な着信音が鳴り響く。
ルシモディアは腰から携帯を取り出し、慌てず軽快に電話に出る。
グラウスが低い声でエリザシュアに問う。
「……あの薄型の液晶のついた機械は何でしょう、大魔女様」
「恐らく、この魔界における連絡手段でしょう。
魔力が帯びていないことから、子供でも使える便利品として流通しているのだと思われます」
ルシモディアは電話越しに声を張る。
「……ううぉ~! 了解したゼ! んじゃ、またぁ~」
電話を切ると、エリザシュアたちに向けて告げる。
「皆、さっきのライブを見て、アイドル《へるりん♡ぱらだいす》としての仕事の依頼が来たヨ!
メディア露出を増やしていけば、きっと『人気』も急上昇すること間違いなし!」
驚きが控室に広がる。
エリザシュアは覚悟を決め、力強く言った。
「……ここまできたら、やるしかないですね。トップアイドルになってやりましょう!」
こうしてアイドル《へるりん♡ぱらだいす》は、短期間のうちにモデル、雑誌インタビュー、ラジオ――と数々の仕事をこなしていった。
そして遂には明日、テレビ出演が決定していた。
◇ ◇ ◇
「さぁ、どうです? ボクちゃんと――今から一戦、やってみませんか?
もし勝てたら、魔王様のもとへ案内してあげるっすよ、創造主様♪」
突如として現れた、ザルギエスが修一に向けて、挑発的な笑みを見せる。
修一は双剣の片割れ白夜を握り直し、全身に力を込める。
ザルギエスは手で挑発するように素振りを見せ、修一は迷わず向かう。
不可避の剣戟――国王との、三日にも及ぶほど鍛え上げた技を浴びせ、ザルギエスの首元を刻もうとした。
だが、その刃は直撃したものの、かすり傷にも満たなかった。
「その太刀筋は文句のつけようもありませんが……やはり、それを活かす肉体には、まだなっていない」
ザルギエスは心底呆れたように吐き捨てると、容赦なく修一の腹を殴り飛ばした。
修一は遠くの彼方まで吹き飛び、スヴェイルドロスとぽにゅが慌てて駆け寄る。
ザルギエスは背を向け、遠ざかりながら、鋭く低い声で言った。
「こんなんじゃ、まだまだダメです。
もっと、もっと力をつけてくださいっすよ、修一先輩」
修一は、傷ついた腹をさすりながら、自らの無力さを痛感する。
「創造主殿。貴公は確かに、小生との研鑽で、技は磨き上げた。
だがしかし、力が足りぬのです――山をも断たたんとする、圧倒的な力が」
国王はそう言いながら、指先で海の方を示した。
修一は立ち上がり、納得したような顔でゆっくりと海へと歩みを進める。
圧倒的な力を携えるため、あの過酷な海の中へと赴こうとしているのだ。
「以前申しました通り、この海の内部では終焉の穴の影響で、時の進みが少し遅くなっています。
そして、深海に近づくほど、その影響は強まる。それと共に、化外の数や脅威も増すでしょう」
国王は、魔術の膜で塞がれている先の世界――海の情報を確かめるようにして言う。
「――そのような環境下で、貴公は命を落とすことなく、魔王を倒せるほどの力を得られるでしょうか?」
修一はわずかに笑みを浮かべ、覚悟を込めて答えた。
「あぁ……望むところだ」
その覚悟を認めるかのように、国王は静かに言う。
「では、いってらっしゃいませ。この世の深海へ」
修一はその言葉を背に、深海へと潜り込んでいった。




