第58話 国王アルヴァレイン・セリューヌ
――そして液晶が告げる。
エリザシュア:4 ルシモディア:強欲の罪
ルシモディアの口は、異様に大きく開いたまま、地面に届かんばかりに伸びていた。
彼女は冷静に整理する。
――相手が四以下の『欲』を出したところで《強欲の罪》を使えば、自分がリスクを負うはずだよネ?
つまり、あーみゅは『思考』を喪う……あれ、しこうってなん、だっけか――
と、脳内に霧がかかったように思考が徐々に薄れていく。
その最中、目の前のエリザシュアが独りごとをぶつぶつ言っているのを、ルシモディアは耳が不自由ながらも読唇術で追う。
――「……あぁ、確かに二回戦目で、わてちしに降りかかったリスクは『視覚』ではなく、『聴覚』だった。つまりは、ずっと見えていたさ」
――「だが、お前ェがそれに気づいていたことに、気づいていた……いや、気づかせてあげていたんだ。つまりは……」
その言葉が折り重なるように、エリザシュアは口を引き結び、満面の笑みを浮かべて畳み掛けるように言った。
――「お前ェは、まんまと追いやられた、どぶねずみだったってわけなんだよぉぉおおお!」
ルシモディアは『思考』が欠如しているか、両手でピースを作って、あひゃひゃひゃ……と笑うしかできない。
――最終戦、第五回戦目。
《リスク:下半身》
エリザシュアは適当に賭け、ルシモディアは、思考の欠如により、賭けることすらできない。
エリザシュア:1 ルシモディア:放棄
『――リスク、執行』
結果、ルシモディアの下半身は動かず、ピースしながら椅子から立ち上がることもできない。
エリザシュアはテーブルを離れ、「さよなら」と呟き、魔術を編む。
――ブチコォォォオオオンンッッ!
と、轟音を立てながら、ルシモディアは跡形もなく消え去った。
瞬時にして、エリザシュアの背負っていたリスクは消え、右腕は再び動き、聴覚も戻ったことを確かめる。
息を整えていると、背後から甲高い声がする。
「あひょーい! いやぁ、実に楽しかったよ!」
死んだはずのルシモディアが、何事もなかったように戻ってくる。
エリザシュアは淡々と訊く。
「……やはり、あれも贋作でしたか」
だがルシモディアは否定するように首を振る。
「いや、違うよ~。あれもあれで“本体”なのさ。
あーみゅはね、同時に楽しそうなことが発生している場合、片方だけじゃなく、両方とも楽しみたいのサ。
だからクローンを大量に造っているんだよネ~」
エリザシュアは興味薄げに相槌を打つ。
「それで、約束通り地獄の扉を開けてくださるんですよね」
ルシモディアは笑い、答える。
「うーん! もちろんなのだヨ! ……でも、ひとつだけ条件を追加していいかな??」
◇
業火の地獄が、繁華街の姿に戻っていた。
エリザシュア、イグフェリエル、グラウス、シャーリア……そしてルシモディアが寄り添い、地獄の扉を目指して歩いていた。
イグフェリエルが尋ねる。
「……事の成り行きは理解したが、なにゆえ断罪の四骸がついてきているのだ?」
エリザシュアは疲れた表情で答える。
「……本当にあの子は我儘で、連れて行かなきゃ全員殺すとまで言ってきましたので、仕方なく。
けれど、ルシモディアは修一くんの情報どおり、自身の快感のためだけに行動する性格の持ち主です。
今はまだ、害のある行動はしないでしょう」
その後ろでは、シャーリアとルシモディアが楽しげに話していた。
シャーリアが目を輝かせて訊く。
「断罪の四骸さんの身体、ツギハギだけど痛くないゆら?」
ルシモディアは笑いながら答える。
「痛くない痛くない! むしろ気持ちいいんだゾ~!」
そして胸を取り外し、遊ぶように見せて言う。
「じゃじゃーん! あーみゅの胸も、実は縫われているだけで、本当は貧乳なのでした~!」
シャーリアは目を輝かせ、手を伸ばす。
「ううぉーー! おらも、つけたいつけたいみゃあ!」
しかし、グラウスが怒りを露わにして制止する。
「シャーリア、こやつは断罪の四骸……憎き魔王の配下だ! 関わるでない!」
それに便乗してイグフェリエルも鋭く問いかける。
「断罪の四骸、ルシモディア=フォーリンメイソン。
魔王の目的は何か、配下として心得ていることを、すべて申せ」
エリザシュアはそんなこと、答えるはずないと思ったが、ルシモディアは軽い口調で口を開く。
「あぁ、なんか魔王くん、世界を終焉へと導いてるらしいね~。
あーみゅが聞いた限りだと、『これが世界にとっての至高の幸福なのだ! がっははは!』……的なことは言ってたよ。
他は、知ーらない」
イグフェリエルが重ねて訊く。
「それに、抗おうとはしないのか」
ルシモディアは肩をすくめ、軽い笑みを浮かべる。
「正直のところ、そんなことより今を楽しみたい! ……っては正直思ってるけど、魔王くんは別次元の強さを持っているから、逆らえないのサ」
エリザシュアは問い返す。
「なら、どうしてわてちしたちに協力するような行動を? これは立派な叛逆行為では?」
「あひひ、協力するなって命令は受けてないからセーフなのサ~。
それに今は、こっち側にいる方が、なんか楽しそうだからね~」
ルシモディアは、軽快にそう答えたのち、エリザシュアたちの前に出て、屈んだポーズで上目遣いをしながら、言う・
「――これからよろしくね、エリザシュアちゃん。そして、みんな?」
シャーリア以外の面々は顔を見合わせ、嫌そうに眉をひそめる。
そんなやり取りをしながら、エリザシュアたちはついに地獄の扉にたどり着く。
鋼鉄でできた巨大な扉は、どれだけ力を込めてもびくともしない。
だが断罪の四骸ルシモディアが触れると、軽々と動き始め、第二冥府への道が開かれた。
エリザシュアたちはルシモディアの後ろを離れぬようついていき、第二冥府へと歩を進めるのであった。
◇ ◇ ◇
修一の目の前にいる老人を思い出す。
グレイス・ヴァルム王国、第九十二代国王、アルヴァレイン・セリューヌだ。
勇者ルナテミスや、魔王ディアーナの父にして、先代勇者。
最初の終焉の穴を塞いだ後、再びこの世界に訪れた時、大広間で女中や家臣たちとともに感謝された光景が脳裏に浮かぶ。
そして、その時に国王が口にした言葉も、鮮明に思い出される。
――……誰も彼も、信用するでないぞ。
と意味深に言った言葉を。
修一は、その目の前の老人に問いかけた。
「アルヴァレイン……グレイス・ヴァルム王国の国王でもあるお前が、どうしてこんな魔界にいるんだ?」
国王は淡々と答える。
「どうしたもこうしたもないでしょう。
終焉の穴によって、世界は崩壊を始めております。
そして、残りの穴は東方の、この地域のみ……小生が何か、お力添えできないものかと、参りましたのですよ」
彼は、老いのせいか腰を痛めているようで、一度背を伸ばし、一呼吸置き、こう言い放つ。
「どうやら貴公は、強くならねばならぬようだ。
ならば、小生が鍛錬の相手になって差し上げましょうか」
その言葉に、どこからともなく現れた暗殺者集団の一員、巨体の魔族が鼻で笑う。
「ご冗談を――そのような老いぼれが創造主様の役に立つことなど不可能だ、はっははは!」
だが、暗殺者集団の親分、リザードマンのスヴェイルドロスが、部下へと向けて叫ぶ。
「おい、お前! このご老体は、ただの老いぼれではない!
海底で溺れた創造主様を、一瞬にして救出した御方だぞっ!!」
それを知ったことで嘲笑が止んだタイミングで、国王は、巨体の魔族の前に、瞬時に現れる。
魔族は、老人から抜かれる杖の速度を、見切ることさえできない。
そうして、杖が少し触れるだけで、巨体の魔族が吹き飛んだ。
国王は静かに告げる。
「これでも嘗ては、『勇者』という位を賜る存在でありました。さて、創造主殿。相手に不足はないでしょう」
修一は立ち上がり、その言葉に応えるようにして、双剣の片割れ――白夜を抜く。
すると国王が反応する。
「……今、貴公が握られているその剣。そして折れたまま腰に携えている黒い剣の銘は、何というのでしょう?」
「……白夜と、極夜だ。
魔王ディアーナが、そう名付けた」
国王は納得するように小さく呟く。
「成程。あいつも、粋なことをしよる……」
そして今度は、覇気の篭った声で告げる。
「創造主殿。お忘れになっているようなので小生がお教えしますが……
『白夜』は勇者ルナテミス、『極夜』は魔王ディアーナが携える剣の銘なのですよ」
その言葉に、修一ははっとする。
たしかに、そういう設定があった、気がする。
ディアーナと、ルナテミス。その兄妹には、同じ鋼鉄で造られた剣を有していたと。
そしてその剣の名は、それぞれ、『極夜』『白夜』。
国王は更に言葉を重ねる。
「つまり今の貴公は、勇者と魔王、その両方の力を宿しているのです」
修一は、ひとりで納得したようにして、小さな声で呟く。
「……だから、あいつに俺の攻撃しか与えられなかったのか」
そして、修一は白夜を強く握り直し、国王に向き合う。
「そういえば、あんたに以前言われたことの意味が、ようやく体に滲みこんできたよ」
――……誰も彼も、信用するでないぞ。
老いぼれは、わざとらしく、首を傾げ、とぼけたような表情を浮かべる。
「はて。何のことじゃったのかのぉ」
修行の始まりを告げる鐘など、なかった。
ただ、杖と剣が再びぶつかり合う乾いた衝撃音が、魔界に蔓延る、愚鈍な空気を裂いた。
修一は吹き飛ばされる。
地を転がり、砂埃を吸い込みながら、咳き込み、立ち上がる。
息が乱れても、目の奥だけは決して濁らない。
対するアルヴァレイン国王は、微動だにせぬ。
その一撃は力ではなく、熟練の理で構築された技の極み。
杖のわずかな捻りだけで、修一の重心を奪い、剣筋を潰す。
「足の位置を見失ってはなりませぬ、創造主殿。
剣とは、己の立つ意思そのものですぞ」
老王の声が響くたび、修一は再び構えを取る。
何度倒されても、何度でも立ち上がる。
崩れ落ちる身体を、意志だけで動かし続ける。
杖と剣が幾度もぶつかり、火花が散る。
その光の中で、汗が滲み、血が混じる。
遠く、瓦礫の影からスヴェイルドロスが腕を組んで見守っていた。
「創造主様の剣筋、決して悪くはない……。
が、恐らくは、独学ゆえの粗さだな。技を極めたあの老人には、まだ遠い」
その隣で、スライム女のぽにゅがぷるぷると震えながら声を張り上げる。
「だいじょーぶぽにゅ! 創造主様なら、きっと勝てるぽにゅっ!
がんばってねぇ~! 創造主さまぁ!」
三日。
昼も夜も関係なく、修一はひたすら王と刃を交え続けた。
修一は肩を上下させ、荒い息を吐いていた。
「……ぜぇ、ぜぇっ……くそ、これだけやっても、一本もとれねぇのかよ……」
膝が笑い、腕は鉛のように重い。それでも、剣だけは手放さなかった。
対して、アルヴァレイン国王は――わずかに肩を揺らす程度。
杖を軽く地に突き、彼は目を細める。
「まだ立てる力は、残っているであろう。
――ならば、続けよ」
そのふたりは、もはや創造主と被創造物という関係ではなく、師弟を結ぶ関係であった。
「……はぁ、あのひとたち、いつまでやってんだよ」
遠目で見ていたスヴェイルドロスが眉をひそめ、呆れ半分、畏怖半分にぼやく。
「創造主様もすげぇが……あのお爺ちゃん、いったいどれほどの、修羅場をくぐってきたんだ……」
隣で、スライム女のぽにゅが小さく揺れながら言う。
「だ、大丈夫ぽにゅ……? 創造主様、顔がまっ青ぽにゅ……!」
修一はその声を聞きながら、歯を食いしばる。
倒れるわけにはいかなかった。
強くならねば、ならぬのだから。
――剣と杖が再び交錯する。
修一は地面を蹴る。
全身の痛みが悲鳴を上げる。
国王は穏やかに迎え撃つ。
不可避の剣裁き――それはもはや神技の領域。
しかし、修一の目は研ぎ澄まされていた。
意識の底まで静まり返り、世界の音が止む。
そして次の瞬間――。
「――っ!」
流れるような動作で、修一の剣が弧を描く。
そしてそれは、鍛錬の中でようやく会得した、国王の不可避の剣裁きであった。
衝突音が高く鳴り、国王の杖が初めて弾かれた。
静寂。
そして、国王の唇がゆるむ。
「……よもや、これほどまでの短時間でここまで技を極めるとは。お見事、ですな」
スヴェイルドロスが吠えるように叫び、ぽにゅは歓声を上げて修一に飛びつき、胴上げをする。
「やったぽにゅーーっ! 創造主様、すごいぽにゅぉ!!」
「いででっ、ちょっ……やめっ、痛っ、肩が……っ!」
修一は内心、早く降ろしてほしいと祈るばかりだった。
だがそのとき――。
乾いた拍手が、洞窟の奥から響いた。
鈍い足音とともに、軽薄な声が近づく。
「いやぁ……見事っすねぇ、創造主様。ボクちゃん、感動しちゃいましたよ」
闇の中から現れたのは、四本の腕を持つ蒼黒の影。
断罪の四骸――“多腕の狂笑”ザルギエス。
「どうも、お久しぶりっす! 創造主様、そして魔王様のお父様!」
国王はその声に対して、反論をする。
「……久しぶりも何も、初対面じゃろうが」
だが彼は、そんな国王の言葉を受け流すようにして、不気味な笑みを浮かべながら、指を鳴らす。
「さぁ、どうです? ボクちゃんと――今から一戦、やってみませんか?
もし勝てたら、魔王様のもとへと、タダで案内してあげるっすよ、創造主様♪」




