第54話 魔界に連なる三つの冥府
腐臭がこびりついたスラムに、俺――田島修一たちは、無造作に投げ捨てられた。
地面に叩きつけられる音と同時に、鎖の軋む音が鳴る。
魔族の兵士たちは高笑いを撒き散らしながら去っていく。
「さァ、奴隷は奴隷らしく、身の丈にあった生活をしなされや!」
鉄の拍子木のような笑い声が遠ざかる。
鎖の金属音だけが、しばらく路地に残った。
兵士たちが見えなくなるのを見計らい、エリザシュアがぷつりと切れたように飛び上がる。
「はぁ~~!? 何なんだよ、あいつら!
わてちしの性格が、こんなにも良くなかったら、ぶっ殺してるところだったつーの!!」
怒気が辺りの埃を震わせる。
声は大きいが、首輪の存在がその刃を曇らせている。
「まぁまぁ、魔女様。
おらも確かにムカつくにゃあけど、今はあのひとたちに着けられたこれのせいで、魔族たちに歯向かうことができにゃいのですから、落ち着きましょうにゃあ」
シャーリアが自らに着けられた、鎖が施されている首輪を触りながら、宥めるように言った。
エリザシュアは掻き切るように息を吐き、肩を落とす。
「……ふぅ。確かにそうですね、シャーリア様。
この首輪のせいで、一応魔術などは使えるものの、転移や千里眼といった便利なものは制限されています。
それに、逆らおうものなら、この首輪を通して、様々な罰が下されることでしょう……。
まさに、万事休す、ですね」
グラウスは黙って立ち上がり、静かに口を開いた。
「だがそれでも、事は前進した。
魔王ディアーナが、東の海における終焉の穴の門番――そして、全ての黒幕であると判明したのだ。
ゆえに、目的は単純明快。
――彼奴を討つ事だ。これだけでも大きな進歩ではなかろうか」
イグフェリエルは三角座りのまま眉を寄せる。
「単純明快……故に、難しい。
此方の聖槍が、あの者には、効かなかった。
簡易天界の光とはいえ、浄化の真理が及ばぬというのは、極めて由々しき事態だ」
修一は黙って自分の右手を見下ろした。
鞘に残る黒い微粒がまだ指に付いている気がした。
「そしてなぜか――俺の攻撃は通った」
エリザシュアの目がほんの一瞬、光を帯びる。
「特定の者の攻撃だけを通す、加護や魔術など……聞いたことがありません。
どうして、あの魔王は――」
修一は肩をすくめ、言った。
「簡単な話さ。
きっとあいつは、自らに理論構築を施したんだ。
『俺にしか、倒せない』っていうな。――何のためかは、俺にも見当がつかねえがな」
理論構築――”創造の筆”を媒介にして発動する、創造主固有の能力。
だというのに、どういうわけか魔王ディアーナも行使できるらしい。
イグフェリエルが頷いた。
「成程。
それならば、あの現象が罷り通る……!」
修一は拳を握り、言った。
「つまり、俺があいつを倒さなければならない、ってことだな」
シャーリアがしょんぼりと耳を垂らす。
「そのためには、またあの魔王様がいる魔王城にまで、辿りつかなきゃならないですにゃあ……。
魔女様の転移は使えないし、一度も足を踏み入れたことのないこの魔界を、進まなきゃならないだにゃんて……」
グラウスが目を細め、言葉を継いだ。
「シャーリア、たしかに愚拙たちに魔界の情報など微塵もないが……
――ひとりだけ、すべてを知り尽くしている御方がいるであろう」
その視線が、修一に向く。
シャーリアは目を丸くした。
「ま、まさかっ!」
創造主――田島修一は立ち上がり、仲間たちを見渡した。
「……よし。
俺が創造主として、お前らに《魔界》『ヘルヴァナ=アスタロディア』の詳細を――魔王城に辿り着くまでの道筋を、語るとしよう」
誰もが黙り込み、耳を澄ます。
風が止み、辺りに漂っていた埃が静かに沈む。
修一は仲間たちを前に、砂の地面に指で円を描きながら静かに口を開いた。
「魔界の地形は、分かりやすく言えば、同心円状になっている。」
ひと呼吸おいて、さらに指先で内側にいくつもの層を描き足していく。
「その中心に、魔王城があり、その外側を、三つの冥府が連なっていて、それぞれを“断罪の四骸”が支配しているんだ」
周囲に張り詰めた空気が流れる。
「今、俺たちがいるのは最も外側――断罪の四骸ルシモディアが、支配する《第一冥府》だ」
彼の声が静寂に沈み込むように響く。
「そして、その内側にある《第二冥府》を治めているのが、ヴァルティーアとネクロフィリアの親子。
最後の《第三冥府》を支配しているのが……ザルギエスだ」
┌──────────────────────────────────┐
│ 《第一冥府》支配者:ルシモディア *現在地 │
│ ┌─────────────────────────┐ │
│ │ 《第二冥府》支配者:ネクロとヴァル │ │
│ │ ┌─────────────────────┐ │ │
│ │ │ 《第三冥府》支配者:ザルギエス │ │ │
│ │ │ ┌──────────────┐ │ │ │
│ │ │ │ ◎【魔王城】 魔王いる │ │ │ │
│ │ │ └──────────────┘ │ │ │
│ │ └─────────────────────┘ │ │
│ └─────────────────────────┘ │
└──────────────────────────────────┘
そこで、シャーリアが耳をぴんと立てて首をかしげた。
「でも、断罪の“四”骸なのに、冥府が三つしかないのは、どうしてみゃあ?」
修一は少しだけ笑って、答える。
「あぁ、第二冥府のネクロフィリアは、元は魔王だったんだ。
ディアーナに敗北して位を下げられた結果、三骸が無理やり“四骸”になった……まあそれは別に、重要な話じゃない。省くとしよう」
そう言うと、修一は地面に描いた円をなぞりながら、断罪の四骸の特徴と、彼らが所有する魔術について淡々と語り始めた。
………………。
それはそれは、聞くだけで背筋が凍るような、常識を逸した傑物たち。
「――ってな感じで、あいつらは厄介な術を使ってくることだろう」
その言葉で、長く続いていた修一の言葉が終わる。
グラウスは腕を組み、低い声で答える。
「如何なる常識じみた力であろうと、必ずや心折れることなく、不屈の精神を掲げようではないか」
イグフェリエルが修一を見据え、表情を険しくする。
「では、修一様。肝心な話を。
地獄を乗り越え、魔王のもとへ赴くには……どうなさればよいのだ?
まさか、四骸らを皆、倒さねばならぬのか?」
修一は小さく首を振った。
「いいや、全員を倒す必要はない。
大きく分けて、地獄を渡る方法は二つだ」
一拍置き、指を二本立てる。
「ひとつ、断罪の四骸に“許可”を得ること……だが、まぁ、これはほぼ無理だと思っていい。
そしてふたつ――“関銭”、つまり通行料を払えばいいんだ」
長く喋っていた修一は深く息を吐き、再び落ち着いた声で続けた。
「地獄を渡る経路はひとつだけ。『地獄の扉』と呼ばれる巨大な門だ。
そこを通るには、通行料を払うだけで誰でも通れる」
淡々とした言葉の裏には、何かを見据えるような冷たい確信が宿っていた。
「ただし注意点として、地獄ごとに通貨や価値が異なる」
修一は視線を第一冥府の夜空へ向け、静かに告げた。
「例を出すなら、この第一地獄では、“エクスタシー”って通貨が使われている。
まあ、言ってしまえば、名前以外は普通の金と変わらない。
とりあえず、今俺たちがすることは――何とかして金を稼ぐってことだな」
そこでエリザシュアが前に出て、眉を吊り上げた。
「……では、修一くん。創造主として、最も早く稼げる職を教えてください。
世界の終焉まで、一週間もありません! 一刻も早く、あの魔王を討たねばならないのです!」
その声には焦りと苛立ちが混じっていた。
修一はしばらく沈黙し、ゆっくりとエリザシュアに視線を向ける。
少しだけ口元を歪めて――言った。
「……じゃあ、エリザシュア。キャバクラで働いてこい」
「……は? は? は~~~っ!?!?」
真っ赤になったエリザシュアが、言葉にならない悲鳴を上げる。
そのあまりの反応に、イグフェリエルもシャーリアもグラウスも、口をぽかんと開けたまま固まっていた。
埃舞うスラムの片隅に、奇妙な沈黙と赤面の気配だけが残った。
エリザシュアの顔に、驚愕と羞恥、そして怒りが一気に押し寄せた。
「きゃ、キャバクラって――麗しい豊満な女性が殿方にお酒などを振る舞い、接待をする場所ですよね!?
今は、深刻な状況だというのに……何を、ふざけていらっしゃるんですか!?」
震える声で言い放ちながらも、彼女の瞳は潤んでいた。
「ルナテミス様も、亡くなられて……心はまだ、哀しみで溢れているというのにっ。
だというのに、修一くんはッ!」
その怒りに満ちた視線が――修一を射抜く。
だが、返ってきたのは笑いも皮肉もない。
ただ、深く疲れたような、冷たくも静かな瞳だった。
「……ふざけているように見えて、申し訳ない限りだがな」
修一は淡々と、しかしどこか優しく言葉を紡ぐ。
「本当にキャバクラで働くのが、色々を考慮したうえで、一番手っ取り早いんだよ」
その声音に、エリザシュアの怒りがすっと鎮まっていく。
ふざけていない――その真摯な空気が伝わってしまったのだ。
「……で、でもだとしても……」
エリザシュアは視線を落とし、指先で自分のローブの裾をいじりながら続けた。
「わてちしのような、薄汚れた女には……そのような接待など、到底……」
その恥じらいを切り裂くように、修一の声が真っ直ぐに飛ぶ。
「エリザシュア。お前は可愛い」
その瞬間、エリザシュアの胸に、衝撃が走った。
「はやぁ……///??」
砲弾で撃ち抜かれたような衝撃。
顔が一気に赤く染まり、唇が小刻みに震える。
修一は続けた。
「イグフェリエル。お前も当然、可愛い」
「……とっ、当然だ、修一様」
イグフェリエルは動揺を押し殺し、胸を張って言う。
「此方は、救星神なのだからな!」
「シャーリア」
「にゃっ?」
「お前も、ぷにぷにしてて可愛い」
「え~、そんにゃぁ~!」
シャーリアは頬を両手で押さえ、しっぽをぱたぱた揺らした。
「おらは、所詮中の上ぐらいの可愛さみゃあよ?」
「グラウス」
「はい、愚拙にございます」
「お前も、内面は乙女で、時々可愛い」
老戦士は一瞬固まり、耳まで赤く染めた。
「え、ひゃっ……では、常に可愛くなれるよう、邁進してまいります」
修一は一息つき、仲間たちを見回す。
「……とまあ、そういうことだ。お前ら全員、可愛いんだよ」
そして淡々と結論を告げる。
「キャバクラで働こうものなら、通行料分の賃金なんざ、一日も経たずに稼げるだろう」
そう言うと彼はポケットから紙とペンを取り出し、利き腕ではない左手で、ぎこちない筆致ながらも何かを書きつける。
それをエリザシュアに手渡す。
「最も早く稼げるであろう、会員制のキャバクラの場所だ。
これを頼りに――今俺たちがいるこの場所から、北東に進んだ先にあるであろう、繁華街に行って働いて来い」
修一はそれだけ告げると、背を向けて歩き出した。
「しゅ、修一くん!」
エリザシュアが慌てて呼び止める。
「貴方は、どこに行かれるのですか!?」
振り返らずに、修一は答える。
「……結論は出たはずだろ? 魔王ディアーナは俺にしか倒せない。
だから、倒せるよう修行をしに行くんだ。
お前たちは、先に魔王城を目指せ」
その背に、エリザシュアはなおもすがるような声を投げた。
「承知……しました。
……ですが、それじゃあ、修一くんはどうやって地獄の扉を越えるのですか?」
その問いに、修一は歩みを止めた。
だが振り返らない。
肩越しに、乾いた笑みだけがこぼれる。
「……俺の見立てが正しければ、何とかなるはずだ。
そのことについては、心配しなくていい」
そして、エリザシュアは決意を帯びた声で言った。
「……ならばその前に、修一くんに授けておきたいものがあります」
彼女は修一の手を取り、朽ちかけた無人の家屋の中へと導く。
外の熱気とは裏腹に、そこには静寂と、わずかな緊張が満ちていた。
◇
エリザシュアは、わずかに震える手を伸ばしながら言った。
「……ここに、座っていただけますか」
その声音は静かでありながら、どこか祈るように柔らかい。
修一は黙って頷き、言われるままに古びた絨毯へ腰を下ろした。
途端、背にぬくもりを感じる。
振り返るまでもなく、それがエリザシュアの手だと分かった。
――すぐに、修一の頭の奥で何かが渦巻き始めた。
光と音と、記号にも似た魔術の断片が、意識の奥底へと流れ込んでいく。
「今、修一くんに送っているのは、魔術に関する知識です」
エリザシュアの声が、優しく耳元に落ちる。
「魔王ディアーナは、大変危険な魔術を行使してきます。
それに対抗するための……最低限の知識を、流し込んでいるのです」
修一の額に汗が滲む。
頭蓋の裏をかき回されるような感覚のなかで、意識がかすかに揺れた。
それでも彼は耐え、呼吸を整え、ただ受け入れる。
「修一くん……今の貴方は、『魔王の下僕』――ルナシスファル・セリューヌとして、この世界に受肉している……そういう話でしたよね」
エリザシュアは穏やかに続ける。
「ならば、少なからず魔術の才はあるはずです。
――この知識が、きっと貴方の力となりますように」
その言葉を最後に、修一の中に流れ込んでいた奔流はすっと途切れた。
静寂が戻り、空気が重たく落ち着く。
修一はゆっくりと目を開け、深く息を吐く。
「……ありがとな、エリザシュア」
そう言って立ち上がり、扉へ向かおうとする。
だが、背後から声がした。
「……ひとつだけ、聞いても宜しいでしょうか」
足を止めた修一の背に、エリザシュアの声が続く。
「修一くん……貴方は、何かに気づいていらっしゃるのではないのですか?」
彼は表情を変えず、振り向かずに言う。
「……何かっていうのは?」
「……いえ、ただ……」
エリザシュアは目を伏せる。
「何か、修一くんの様子が……変というか。
魔王ディアーナとの戦いの際、なぜあれほど頑なに一人で挑もうとしたのか、分からないんです……。
修一くんなら、もっと理性的に、感情を抑えて行動できるはずなのに」
しばしの沈黙ののち、修一は乾いた笑みを浮かべた。
「ははっ……エリザシュア。
俺のことを買いかぶりすぎだぞ。あのときの俺は、どうかしていたんだよ……」
エリザシュアの肩がかすかに震える。
「……では、どうして先程から、『エリ』と呼んでくださらないのですか?」
その問いに、修一は一瞬だけ息を止めた。
――気づいてしまった。
いつものように「エリ」と呼ばず、エリザシュアと呼んでいたことに。
それが、どこか無意識の距離となっていたことに。
だが彼は微笑を作り、やわらかく言った。
「大丈夫だ。俺が全部、何とかする。
だから……心配すんな、エリ」
その呼び方に、エリザシュアの表情がわずかに緩む。
「……はい」
静かに頷くその瞳には、ほんの少しだけ光が戻っていた。
彼がそう言うのならば、信じる他ないのだ。
そして修一は小さく息を吸い、彼女にしか聞こえないように言った。
「――ヴァルティーアの中身は、月からの侵略者だ。
イグフェリエルにも、このことを伝えていい」
その言葉に、エリザシュアの胸が一瞬跳ねた。
けれど、彼女は表情を崩さなかった。
ただ、いつもの微笑を浮かべたまま――心の奥で、静かに驚愕を押し殺していた。
◇
――夜の街。
その繁華街の名は、《インフェラメント》。
湿った風が肌をなぞるたび、どこかに置き忘れた夢の匂いがする。
赤く滲む看板。
ネオンが哀しみをすくって、路地の闇に投げつける。
酔っ払いが笑い、肩を組み、愛を語り、吐き気を堪えて踊る。
カップルは手をつなぎ、屋台の串を分け合い、互いしか映らない世界を歩いていた。
「世界は終焉間近だっていうのに、みんな生き生きとしてるみゃあ……」
シャーリアが猫耳をぴくりと動かし、きらめく街灯を見上げながら呟く。
「終焉の穴によって、【東の海】は大荒れですが――」
エリザシュアが紅の髪を揺らし、静かに言葉を継いだ。
「この海底にある魔界は、魔王の魔術によって守られています。
それ故、一切の終焉を感じることなく、生きているのでしょう」
「それも勿論あるとは思うが――」
イグフェリエルが夜風を掬うようにして言葉を置く。
「魔族の成り立ちのせいか、『今を大切にしたい』という想いが、より一層強いのだろう」
「大魔女様、それで――創造主様が書き起こしたメモにはなんと?」
グラウスが低い声で問う。
「えぇと……まず、あの居酒屋に行けと」
エリザシュアが視線を巡らせ、指を伸ばす。
指先の先――それは、明かりの漏れる居酒屋だった。
「……あの、すみません。よ、用便願います」
暖簾をくぐり、エリザシュアが店員に向かって頭を下げる。
「ま、魔女様! こんなときに尿意を催しているんですか!?」
シャーリアが飛び上がり、顔を真っ赤にした。
「ち、違いますよッ! 修一くんのメモに、居酒屋に入ったら店員にこう言えと……!」
店員は一瞬の沈黙ののち、妙に真面目な顔で聞いてくる。
「……尿ですか? 便ですか?」
「にょ、尿と便の両方です。不徳の致す限りでございます……!」
「では、こちらへどうぞ。
店のトイレは、お客様が使っているようでして」
案内された扉の先――そこは民家だった。
恐らく、居酒屋の店主の住まいだろう。
狭い廊下の先に、畳敷きの和室。
エリザシュアは、メモ通りに震える手で、畳をめくる。
ぎぎ、と軋む音。
その下には、闇を呑むような階段が隠されていた。
光を頼りに進むと、やがて扉が現れる。
金属の音が夜の空気を切り裂く――。
――がららん。
扉の先に広がっていたのは、艶めいた照明に満ちた異空間。
そこは、地下に隠された秘密のキャバクラだった――。
きらびやかなグラスの中で宝石のような液体がきらめき、
甘い香水と煙草の香りが溶け合う。
初老の男、若き紳士、そして――
胸元の谷間を惜しげもなく晒した、妖艶な女たち。
「うぉー! 見て見てグラウスちゃん! あのお姉さん、おっぱいちょーデカいにゃろすよ!」
シャーリアが目を輝かせて叫ぶ。
「ふっ……それが最も、男を効率的に惑わす方法だからな」
グラウスが鼻を鳴らす。
「な、なるほど……こういう希望の形も存在しているのか。負けてはおれんな……」
イグフェリエルが真剣に頷き、エリザシュアの肩に手を置いた。
そんな中、ボーイが彼女たちの前に立つ。
「いらっしゃいませ――《ナイト・サンクチュアリ》へ。どの嬢をご指名でしょうか?」
エリザシュアは一歩前に出て、胸を張る。
「……ここで、働かせてください」
一瞬の静寂。
ボーイは眉をひそめ、嘲笑を浮かべた。
「っぷ……失礼ですが、お嬢様。
その……薄汚れた首輪。奴隷の出の方でございましょう。
当店にはふさわしくございませんので、お引き取り願えますか?」
――その言葉に、エリザシュアの指先が震える。
喉の奥で、何かが崩れたような音がした。
それでも、彼女は心の中で唱える。
修一に言われた、あの言葉を。
(わてちしは、可愛い……わてちしは、可愛い……わてちしは――可愛いぃっ!)
エリザシュアの指先がくるりと舞う。
淡い光が弾け、魔術が弾ける。
光の粒がドレスを織り、肌を撫で、
彼女たちは一瞬にしてキャバクラ嬢のような可愛らしい衣装へと変わった。
そして、魔女エリザシュアは妖しく微笑む。
「もう一度だけ、チャンスをさしあげましょう――。わてちしたちを、ここで働かせなさい」
その声は、夜のネオンよりも艶やかに、甘く響いた。




