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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第4章 魔界『ヘルヴァナ=アスタロディア』

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第53話 魔王城玉座の間にて

「――おや……これはこれは。創造様、そしてその随伴者たちよ。

 よくぞ、此の終焉の座へお越しくださった――」


 その魔王ディアーナの言葉が、玉座の間を揺らした。

 その中で、俺たちはただ一歩も引かず、魔王を睨み返していた。


 緊張の中、えらく軽快な声が響く。


 「おやおや~、おーい! 創造主様!

 一日ぶりっすね~! 元気してましたかっ!?」

 

 褐色肌の多腕――ザルギエスが、無邪気に手を振っていた。

 この異様な場に、ひとりだけ空気を読まぬ笑顔。


 すぐに、骨の指がその頭をはたく音がした。

「これっ! ザルギエス! 状況を考えるのだ、状況をッ!」

 

 叱責したのは、白骨の体を持つ死神、ネクロフィリア=シャリンハイム。

「今は、吾輩たちが喋ってよい時間ではなかろう!」


「えー……」

 と不満をこぼすザルギエスをよそに、蒼髪の少女――ヴァルティーアが口を開いた。

「そういえば、ルシモディアは来ていらっしゃらないんですね」

 

「あぁ、奴には、かような集まりに来る知能を持ち合わせておらん。

 今頃もきっと、遊び呆けていることだろう」

 

 ネクロフィリアのその返答に、ザルギエスが噛みつく。

「ちょ、ちょっと! お嬢が喋っても怒らないのに、ボクちゃんの時だけ怒るってどういうことっすか!」


「仕方あるまい! ヴァルティーアは特別なのだ!

 貴様は特別ではないのだから、吾輩の言う通りに――」

 

 そこでハッと気づく。

 自身こそが最も会話を遮っているということに。

 

「コホンッ……失礼」

 ネクロフィリアは咳払いをして一礼し、静かに並び立った。


 魔王はその様子を愉しげに眺めながら、微笑を浮かべた。

「申し訳ない、創造主様。

 我の配下は、身勝手な者ばかりでしてな……無論、我も含めて、だが」


 玉座の間に、静寂が戻る。

 魔王はゆるりと顎に手を添え、紫紺の瞳で俺を見据えた。


「――して、(みこと)よ。何ゆえ此の地へいらした? 復讐にでも来たのですかな?」

 そして、わずかに口角を吊り上げて続ける。


 「そう、勇者ルナテミスの――」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が裂けた。

 怒りが滲み出す。

 

 だが、挑発に乗るのは罠だ。

 俺は息を整え、低く言った。


「復讐? 何のことだ。

 ……お前ならもう、感じ取ってるはずだ。世界が朽ちていく音を。

 俺たちはただ――この【東の海】にある、“最後の終焉の穴”を塞ぎに来ただけだ」


「ほぉ……」

 魔王の唇が、艶やかに歪む。

「それはそれは。まことに“都合のよろしい”話で」


「何が言いたい?」

 と俺が睨むと、魔王はゆっくりと立ち上がった。

 黒衣が風のように揺れ、王座の背後で闇が蠢く。


「テフ=カ=ディレムの謎。さぞや頭を悩ませたことでしょう。

 ゆえに今回は、先んじて明かしておきましょう――」


 玉座の上から、彼は高らかに宣告した。


「……我が、我こそが東の海における、終焉の穴の門番(ヴァルゲート)でございます!」


 その声が響いた瞬間、天を裂く雷鳴が応えた。

 ここは黒い海の底だというのに、世界が再び、軋み始めた。


 重苦しい空気の中で、魔王ディアーナはふいに立ち上がり、黒衣の留め具を指先で外した。


 衣が滑り落ちる。

 露わになった胸元には、あの――“終焉の穴”が刻まれていた。

 

 虚空を吸い込むかのような、漆黒の紋。

 それは生々しく脈動し、彼の胸の中心を喰い破っていた。


「此方の千里眼を以てしても見つからなかったのは、そういうわけか……っ」

 イグフェリエルが息を呑み、白い手を口元へ当てる。


 ディアーナはゆっくりと笑う。

門番(ヴァルゲート)などという塵芥では、今の尊らの前では、脆い雑兵に過ぎないでしょう。

 ――で、あるからして、一体化したのですよ。我が、あの“終焉”と」


 その声には、狂気と誇りがないまぜになっていた。

 そして、わざとらしく一歩、前に出る。


「しかしながら、尊らにとっては――僥倖ではありませんかな」

「……何?」

 俺が低く問う。


「なぜなら……。

 勇者ルナテミスを殺した仇敵が、世界を蝕む病原体と、()()()()なのですから」

 紫紺の唇が愉悦に歪む。

 

「ほれ、“終焉の穴”を塞ぎ、世界を救いたいのなら――簡単な話。

 我を殺して見せよ」


 玉座の間に、閃光が走る。

 

 怒りとも絶望ともつかぬ熱が、俺の中で弾けた。

 それでも理性の糸を、必死に繋ぎとめて言葉を絞る。


「最後に一つだけ……お前が聞かれたがっていることを、聞いてやる。

 ――お前こそが本当に、俺じゃない“創造主”を名乗る存在で……世界を終焉へと導いた、()()なのかッ!?」


 魔王は沈黙した。

 そして、わずかに瞳を伏せ、ふっと笑う。


「……うぅん。えぇ、よいでしょう。尊が聞きたがっているようなので、お答えさせていただきます――」

 顔を上げ、紅い瞳を見開く。

 その笑みは、狂気に咲く花のようだった。


「我こそが――すべての()()でございます」


 胸の奥で、何かが崩れた。

 

 脳裏に焼きつくルナテミスの笑顔が、ゆっくりと黒に溶けていく。


 俺は左腕で、双剣の片割れ――漆黒に染まる“極夜”を抜いた。

 刃が空気を裂き、低く唸る。


 そして、すべての黒幕のもとへと、歩を進める。


 魔王もまた俺のもとへと、足音を響かせる。


「修一くんっ! ひとりで戦うなんて無茶ですっ!」

「冷静になるのだッ! 修一様!」

 

 エリザシュアとイグフェリエルが俺の前へ出ようとするが、俺は手で制した。


 同じく、断罪の四骸が魔王の前へ進み出る。

 だが魔王は片手を上げて制した。


 そして――


 「――行くぞ、魔王ディアーナ」

 「――きたまえ、田島修一」

 

 玉座の間にまで、雷鳴の音が響いて来る。

 

 俺は、片腕で極夜を握りしめ、魔王へ斬りかかる。

 左腕がない分、重心がぶれる。


 だが――それでも、斬撃の嵐は止まらない。


「ふ、片腕で来るとは……実に無謀で、実に良い」

 魔王ディアーナは楽しげに笑い、軽やかに身を翻す。


 俺の剣筋は形になっていない。

 それでも、必死に絞り出した渾身の一撃の連続は、彼を“楽しませる”には十分だったらしい。

 

「悪くない。荒削りだが、――光る」

 その声音に歓喜が混ざる。

 

 俺は歯を食いしばり、一歩、また一歩と詰め寄る。


 魔王の周囲に黒炎が渦巻いた。

 次の瞬間、熱が俺の頬をかすめる。

 

「ぐっ……!」

 焦げた皮膚の匂い。視界が揺れる。


 それでも、俺は剣を離さなかった。

 魔王が、迅雷や闇夜の魔術を放つ中、避けられない一撃は剣で受け、斬り抜けられない閃光は、身を捻ってかわす。

 

 そうして――一瞬の隙を捉える。


「……ここだッ!」

 極夜の刃が魔王の胴を貫いた――そう見えた。


 だが。

 手に伝わるのは、貫いた感触ではなく――砕ける音だった。

 見ると、極夜の剣先が細かく割れ、黒い塵となって崩れ落ちていく。


「なっ……」

「惜しい、実に惜しい」

 魔王が口元に笑みを浮かべた。

 

「だが、創造主よ――(みこと)の剣では、“我”は穿てぬ」


 次の瞬間、拳が腹にめり込んだ。

 鈍い衝撃が内臓を潰し、俺の身体は宙を舞い、壁に叩きつけられる。

 

 石壁が砕け、瓦礫が降り注ぐ。

 肺の空気が押し出され、息が吸えない。


 それでも、俺は這いながら立ち上がろうとした。

 だが、目の前の魔王が手を掲げる。

 

 その掌に、凶悪なまでの魔力が渦を巻く。

「終焉に相応しい、餞別をくれてやろう」


 ――駄目だ。

 間に合わない。


 「……|時空凍結症候《クロノ・フリーズ=シンドローム》」

 エリザシュアの声が響く。

 

 その瞬間。

 光が弾け、世界が凍った。


 空気も光も音さえも、氷に閉ざされたように動きを止めた。

 魔力の奔流のただ中で、魔女は駆け出していた。


「修一くん!」

 彼女は俺のもとへと辿りつき、肩を担ぎ上げる。

「どうして……! ひとりで魔王ディアーナと対峙するという選択をとったのですか!?

 ……いや、今は兎にも角にも、一旦引いて体制を立て直しましょう!」


 だが、その“凍結した世界”の中で――声が響いた。


「……ほぉ、これが凍結した時の中か。

 やはり君の魔術の腕前は至高だ。

 

 ――我には、かような芸当は不可能だよ、エリザシュア」


 ぞくり、と背筋が凍る。

「な……なぜ、動け――」


 その言葉を言い終える前に、世界が揺れた。

 轟音。

 次の瞬間、俺とエリザシュアの身体は蹴り飛ばされていた。


「ぐっ……!」

 背中を打ちつけ、壁がひび割れる。

 

 エリザシュアの頭から血が流れ、意識を失って倒れ込んだ。

 同時に、時は氷解する。


「――エリザシュア!?」

 イグフェリエルが叫ぶ。

 

 一瞬のうちに距離が変わっていることから、彼女は凍り付いた時の中で、異変が起きたのだと確信する。


「我らが主に、手を出すか――!」

 イグフェリエルの瞳が金色に輝き、翼が展開する。


「簡易天界、起動――!」


 イグフェリエルの上空に、雲海が出現し、浄化の光が降り注ぐ。

 雲の中から聖槍が次々と顕現し、


「――《光奏天譜カデンツァ・ディ・アルカディア》ッ!!」


 その叫びのもと、無数の光槍が降り注ぎ、轟音と共に玉座の間を焼き尽くした。

 眩い光が収まり、煙が立ちこめる。


 ――閃光。


 イグフェリエルの放った聖なる槍が、天を貫く轟音とともに魔王へと直撃した。

 天界そのものの質量を帯びた浄化の光。

 それは神の領域に最も近い、絶対の浄滅を意味するはずだった。


 しかし。


 煙が晴れたあとに現れたのは、無傷の魔王の姿だった。


 「なっ……――!」

 イグフェリエルは愕然とし、信じられぬものを見るように震える。

 「此方の……いや、天界そのものの質量を帯びている聖槍が、なぜ、微塵も及ばぬのだっ……!?」


 その思考が途切れるより早く、影が蠢く。

 イグフェリエルの背後、骨の擦れる音。


 這い寄る鎌の冷たい気配――。


 「貴様、血煙の渦中で、油断はいけないな」

 くぐもった笑い声とともに、ネクロフィリアの鎌が彼女の背を裂いた。

 

 肉を裂く音。

 金糸のような血が飛び散り、イグフェリエルは呻きながら前のめりに崩れ落ちる。


 一方、グラウスはザルギエスと刃を交えていた。

 四本の腕で繰り出される天災のような猛攻。

 グラウスはそのすべてを受け流しながら、一撃必殺の機を探る。

 

 「あとは衰えるだけのジイさんのくせして、中々やるじゃないっすか!」

 「愚拙は伊達に、戦火を乗り越えてきたわけではないのでなッ!」

 

 さらにその周囲では、竜に擬態したシャーリアが魔族の兵を蹂躙していた。

 紅蓮の吐息が空間を焼き、兵らの悲鳴がこだまする。


 そして玉座の横では――ヴァルティーアが、頬杖をつきながら欠伸を漏らす。

 「ふぁあ…………」


 そんな混沌の只中。

 魔王ディアーナの背後に、音もなく影が滑り込んだ。


 今度は、白色の剣『白夜』の刃を携える――俺だった。

 片腕で握る双剣の片割れは、震えるほどの疲労を孕みながらも、確かな意志の光を放っていた。


 「――ッ!」

 

 白夜の閃きが魔王の背を貫かんとする。

 その瞬間、世界が息を呑んだように静止する。


 信じられぬ光景。

 

 ――イグフェリエルでさえも貫けなかった、あの肉体を、俺の刃が穿っていた。


 貫いた俺でさえも、驚愕の表情を隠しきれない。

 先ほど、黒い剣――『極夜』で挑んでも、刃が崩れた。

 なのにどうして、白夜は攻撃が通るのだ。


 赤い――血。

 確かに、赤い血が魔王の衣を汚していた。


 ザルギエスが、へらへらと笑いながら呟く。

 「へぇ~……魔王様の血も、赤かったんっすねぇ」


 そして、魔王ディアーナは笑った。

 「――くくッ、はっ、はははははっ、わはっはははははは!!!」

 

 高らかな嘲笑が玉座の間を満たす。

 その声は、勝者の余裕でも敗者の虚勢でもなかった。

 ただ、純粋な歓喜そのものだった。


 俺は息を荒げながら、剣を引き抜く。

 刃にまとわりついた血が、黒い蒸気を上げて消えていく。


 「まさか、この我が……血を流すとは。

 欣喜雀躍……そう言わざるをえん」

 

 魔王はゆっくりと背筋を伸ばし、右手を虚空に掲げた。


 次の瞬間――世界が軋む。

 空間の繊維が裂け、闇がねじれる。


 そこから、一本の剣が現れた。


 見ただけでわかる。

 この剣は理を拒む。


 存在するだけで、周囲の概念を塗り替える。

 それほどまでの威光を放つ、剣であった。

 

 黒でもない。

 闇でもない――まるで根源を彩ったかのような輝きを放つ刃。


 魔王ディアーナの唇がゆるりと動く。


 「――|冥命歪創殲界斬《インヴァース=ジェネシス=カタストロフィ》」


 言葉が響いた瞬間、周囲の音が消えた。

 視界が、音もなく崩れ落ちていく。


 俺は剣を構えようとする。

 だが、身体が動かない。

 

 世界が斜めに割れ、思考ごと引き裂かれるような錯覚に陥る。


 (……何だ……視界が……崩れて……)


 足元が消える。

 呼吸が奪われ、心音すら遠のいていく。


 最後に見たのは――血に濡れた魔王の微笑。


 「創造主様――必ずや、我を倒せるぐらいに強くなってくださいよ」


 その声を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。


 ――黒い虚無が、すべてを呑み込んだ。


 ◇


 黒紫の空を焦がす硫黄の風。

 魔族たちが行き交う、煉獄のような街の一角で――ざわめきが広がっていた。

 

 竜の翼を背負った青年魔族が、片方の角を揺らしながら言う。

「おい、なんか騒がしくねぇか? またあの荒くれたちが、抗争でも起こしたのか?」

 

 隣を歩く、蛇の下半身を持つ魔族女が舌を伸ばして嘲る。

「ん~、どうやら違うっぽいよ? 行ってみよっか」


 二人が群衆をかき分けて辿り着いたその先――

 そこにあった光景に、街の誰もが息を呑んだ。


 ――そこには、創造主――田島修一の姿があった。

 

 だがその首には黒鉄の首輪がはめられ、その上から馬乗りになっているのは、魔王ディアーナ。

 

 魔王は愉悦に満ちた微笑を浮かべながら、玉座にも劣らぬ姿勢で見下ろしていた。


 そして、その背後には――

 同じく首輪をつけられ、断罪の四骸に引かれながら歩く者たちの姿。


 エリザシュア、イグフェリエル、シャーリア、グラウス。

 創造主の仲間たちは、いまやペットのように鎖を繋がれ、屈辱的な表情で歩いていた。


 嗤いが、ゆっくりと街に満ちていく。


 「さぁ、奴隷の創造主様、もっと速度をあげてくださいな」

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