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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第3章 『テフ=カ=ディレム』

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第51話 今だけは安心して、泣け

 俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、胸の奥で鼓動が炸裂するのを感じた。


 深海色に変色した右腕は、熱を帯びて震えている。

 痛みは神経を鋭く刺し、筋肉が悲鳴をあげ、まるで全身が焼け焦げていくような感覚。


 ――だが止まるわけにはいかない。


 創造の筆で一筆描くごとに、身体の奥底から焼けるような痛みが全身に広がる。


 心臓は痛みに耐えることを拒み、呼吸は荒くなる。

 だが、胸の中で人々の顔が浮かぶ。悪魔の軍勢の猛攻に、抗うものたち、怯え苦しむ民。


 そして――イグフェリエル。


 彼女らの姿が脳裏に浮かんだとき、痛みの先に意味が生まれた。

 俺は泣きそうになりながらも、震える手で筆を走らせる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――対象:イグフェリエル=テラ=オルディア

 ――理論:救星神イグフェリエル=テラ=オルディアは、世界の希望で在り続けなければならない。

 ――副理論:救星神イグフェリエル=テラ=オルディアは、どれだけ絶望に染まる人がいたとして、必ず救済へと導かなければならない。

 ↓

 ――結論:光奏天譜カデンツァ・ディ・アルカディア

 [効果]:天界より光を纏った聖槍が無数の光の柱となって降り注ぎ、絶対的な浄化力を行使する。

 槍に触れた対象は、あらゆる呪詛・災厄・因果の干渉から瞬時に解放され、精神・肉体・魂の全てが浄化される。

 射程範囲は、視認の限り。

 [分類]:究極奥義


 【詳細説明】

 発動と同時、天界の至高の光を纏った無数の槍が、天空から降り注ぐ。

 槍は最速:光の速さで飛来し、触れた存在・物質・魔力・因果に絶対的な救済を及ぼす。


 降り注ぐ光槍に触れた存在は、呪詛・災厄・因果・物理的損傷・精神的汚染のいずれも瞬時に浄化され、生命・魔力・物質のすべてが理想的な状態へと回復する。

 また、不浄の存在は、極楽浄土へと誘う。


 射程範囲は視認の限りであり、イグフェリエル=テラ=オルディアは救星神であるため、世界を見渡せる。

 故に、実質的に射程に制限はない。


 発動条件は、救星神であることと、世界の希望として、心に一切の汚濁がないこと。



 ――理論は、構築された。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 理論が完成した瞬間、右腕はさらに黒く変色し、異常なまでに肥大化した。

 痛みは全身を引き裂き、骨の奥まで突き抜けるようだった。


 ――しかし、俺は剣を握り、冷静に左手で右腕を切り落とす。


 血の匂い、鋼の冷たさ、そして痛みの残像――すべてが覚悟の証。

 息を切らしながらも、俺は静かにイグフェリエルを見据えた。


 「やれ、イグフェリエル……」

 その声は静かだが、決意の炎が揺るぎなく燃えていた。


 イグフェリエルは背中にその覚悟を感じ、空中から巨大なハープのような楽器を取り出す。

 弦に触れる指先から、音もなく、しかし全身を震わせる光が戦場を包む。


 空間が歪み、振動が鼓膜を突き破るかと思うほどの重圧。


 「――光奏天譜カデンツァ・ディ・アルカディア!!」


 弦が――震えた。


 その一瞬、世界が息を呑む。

 空気が張り詰め、音が光に変わる。

 次の瞬間、天蓋を裂くように無数の光の矢が降り注いだ。


 それらは雨のようでいて、雷。

 雷のようでいて、夜空で瞬く彗星のようであった。

 

 悪魔たちの黒い皮膚を穿ち、骨を砕き、魂の奥底にまで届く。

 

 射程範囲はイグフェリエルの視認できる範囲。

 ――そして、イグフェリエルは救星神ゆえ、この世すべてを見渡せる。


 光がひとつ、またひとつ、悪魔たちの身体を包み込む。

 その輝きは、焼き尽くす炎ではない――赦しの光。

 断末魔の影の中で、彼らの形が淡く崩れ、粒子となって空へ溶けていく。


 黒が白に、叫びが静寂に。

 呪いが祈りに――すべてが変換されていく。


 イグフェリエルは、弦に触れる手をわずかに震わせながらも、確かな意志で立っていた。

 彼女の瞳は、穿たれる者たち一人ひとりを逃さず見つめる。

 

 それは敵を射抜くための眼差しではない。

 ――赦しを与える、母のような眼差しだった。


 矢が放たれるたび、光が奔り、闇が溶けていく。

 だがその一瞬の中で、イグフェリエルは心の奥底から謝罪を捧げていた。

 

 「ごめんなさい」――声には出さない。

 その言葉は、光に溶け、祈りとなって彼らの魂に届く。


 穿たれた悪魔が、絶叫ではなく嗚咽のような息を漏らす。

 それは痛みではなかった。

 

 長き苦しみから解き放たれる安堵の声。

 

 血に濡れた身体から黒い瘴気が剥がれ落ち、代わりに金色の粒子が溢れ出す。

 その粒子は、柔らかく、優しく、まるで光の花弁のように彼らを包み込んだ。


 「もう……いいんです。皆さんは、もう苦しまなくていいんです」

 心の声が光に乗って広がる。

 浄化される者たちは涙を流しながら微笑み、その涙すら光となって空へ舞い上がっていった。


 ――悪魔も、絶望も、すべてが清められていく。


 残るはわずかにひとり。

 最後の悪魔にイグフェリエルは目を留めた。

 

 それは、俺――田島修一が初めて過去に意識を飛ばされたときの、『創造主』役の一般人。

 ――イグフェリエルにとって、最も馴染み深い存在だった。


 イグフェリエルは、そっと息を吸った。

 唇が、かすかに震える。

 

 祈りにも似た吐息が、ひとすじ光となって溶ける。

 彼女はその悪魔に向かって、かすれた声で囁く。

 

 「おやすみなさいませ、父様……」


 その瞬間、すべての悪魔が消滅した。

 戦場には、光と希望、そして救われた魂だけが残る。


 空は蒼く澄み渡り、絶望に沈んでいた人々の顔には、ようやく安堵と希望の色が差し込む。


 俺とイグフェリエルは互いに目を合わせ、深く息をついた。戦いは終わったのだ――


 静寂が戦場を覆う。


 光と浄化の余韻が微かに揺らめき、テフ=カ=ディレムの大地は、まるで呼吸を止めたかのように静まり返った。

 しかし、その静けさは長くは続かなかった。


 遠くの丘や街角から、やがて民衆の声が一つ、また一つと重なり合い、徐々にうねりを成していく。

 悲しみや絶望に塗りつぶされていた世界が、歓声で揺れる。

 子どもたちの声、老人の震える声、力なく立ち上がる青年たちの声。

 

 ――すべてが希望の高鳴りとなり、戦場を満たしていく。


 その瞬間、空中で浮遊しているイグフェリエルが、手を高く掲げる。光のオーラが周囲に反射し、彼女の声は雷鳴のように響き渡った。


「聞け――ッ!」

 その一声は、天を割り、大地を震わせた。

 

 空気が震動し、光が脈動する。

 まるで天地そのものが、その名の響きにひれ伏すかのように。


 「長きに渡り、この世は絶望に沈み続けた。

 祈りは届かず、天は閉ざされ、人々は闇に飲まれたままであった。

 だが――今日を以て、終焉とする!!」


 風が吹き荒れ、聖なる羽が舞い散る。

 その中央で、イグフェリエルは純白の光を背に、両翼を広げた。

 光輪が天を焦がし、声が世界の理を貫く。


 「救星神イグフェリエル=テラ=オルディアが、ここに還ってきた!!

 もう絶望など抱くなっ! 此方を導べに、希望を抱けっ!!」


 その声に呼応するように、民衆の歓声が爆発した。

 荒涼とした砂漠の地にも、無数の砂塵が光を受けて舞い上がり、広大な平原も、裂けた渓谷も、吹き抜ける砂嵐の谷間も――すべてが歓喜の波に揺れた。

 

 灼熱の太陽の下、砂粒ひとつひとつが光を反射し、まるで黄金の海が震えるように輝く。

 遠くの岩山も、乾いたオアシスも、あらゆる存在が祝祭の波動に包まれ、砂漠そのものが生命の喜びで震えていた。

 人々は互いの肩を抱き、涙を流しながら喜びを分かち合う。


 俺は空中に浮かび、イグフェリエルの肩越しに広がる砂漠を見下ろす。

 砂煙が蜃気楼のように揺れ、遠くの地平線は金色の光を帯びている。風が俺の髪を撫で、肌を焼く熱と乾きが体を包む。

 

 目の前には、幾千、幾万の人々の小さな点が揺れている――

 そんなとき、イグフェリエルは一歩踏み出し、俺を前へと押し出す。


 そして彼女に、世界に応えるように。

 

 「皆――聞いてくれ!」

 砂嵐の中、俺は声を張り上げた。

 喉が焼けるほどに叫ぶ。


 「俺は、この世界の創造主、田島修一だ!」

 

 群衆がざわめく。

 涙を堪える者、天を仰ぐ者。

 その全てを見渡しながら、俺は拳を握り、叫ぶ。


「見ろ、イグフェリエルも、戻ってきた! 救星神は、再びこの世界の、天に立っている!」

 風に揺れる彼女の髪、金色に光る瞳。

 彼女の存在が、世界そのものの光を引き寄せるかのようだ。


 「終焉の穴も、もう残り僅かひとつだ! 絶望は、これにて終わる!」

 俺の声に呼応するかのように、砂漠の彼方で微かに人々の歓声が上がる。

 本来なら、空中にいる俺たちには届かない距離かもしれないが、確かに、心の奥で伝わる。


「恐怖に囚われる必要はない。憂いもあるだろう――

 ――だが、今は、今だけは安心して……」

 イグフェリエルに背中を見守られながら、彼らへと言葉を贈る。


「泣けッ――!」


 その言葉に、かつて目が死んでいた民衆の瞳が潤み、次々に涙を流し始める。

 喜びの涙、安堵の涙、再び生きられることへの涙が空気に混ざり、温かい潮流となって世界を満たした。


 地上から見上げていた獣人バルググは、静かに瞳を潤ませ、深く息をつく。

 仲間の鳥人や虫人も微かに体を震わせ、喜びを胸に刻む。


 修道女リシャシェーラは泣く民衆を見つめながらも、そっと涙を拭い、柔らかく祈りを捧げる。


 歓声が、地鳴りのように空と大地を揺るがせる。

 光と声の波が、かつての恐怖と悲嘆を完全に洗い流していく。


 その混乱の中で、イグフェリエルはふと俺の肩を人差し指でトントン触れ、俺は振り返る。

 少し照れたように、でも心からの安堵を込めて、彼女は囁くように言った。

 

 「さっきの此方の演説は、如何だっただろうか、修一様……?」


 俺は左手で力強くグッジョブポーズを作り、満面の笑みで応える。

 

 「最高だったぜ、イグフェリエルっ!」


 

 ◇



 街の中では、まだ戦闘の余波が残るが、人々の表情は安堵に満ちていた。

 瓦礫の間から小さな声が響く。

 「あ、あの……ありがとうございますっ! お名前はなんというのでしょうか?」


 声の主は、バルググに救われた子供だった。

 体を小さく震わせながらも、瞳は感謝で輝いている。

 

 バルググは胸を張り、豪快に笑う。

 「英雄バルググ様だ! 覚えておけよ、少年!」


 子供は目をまん丸にして、少しだけ顔を赤らめながらも、嬉しそうに頷いた。


 そのすぐ横で、修道女リシャシェーラは信徒たちに囲まれていた。

 「……これから我々はどうしていくのでしょうか、リシャシェーラ様?」


 信徒たちの期待と不安が混ざった声に、リシャシェーラは微笑みながら答える。

 「決まっています。新たな宗教を設立するのです。そう、その名も……」


 少し間を取り、声を強めて宣言する。

 

 「創造主田島修一教!!!」

 

 信徒たちは驚きと喜びの入り混じった表情でざわめき、街にはまた新たな希望が芽生える。


 ◇


 一方、魔王軍断罪の四骸の面々は、一枚岩の上からテフ=カ=ディレムを眺めていた。

 ザルギエスはにやりと笑い、軽妙な口調で口を開く。

 

 「ひゃー、イグフェリエルちゃん、やばいくらい可愛かったっすねー!

 ……さてと、そろそろボクちゃんたちも帰りますかー? 魔王様に、今までどこ行ってったんだー!って怒られちゃいそうですし」


 ネクロフィリアは腕を組み、少し眉をひそめて応じる。

 「ふっ……あやつはあやつで、勝手に世界各地を飛び回っているのだから、そんなこと言えた口ではなかろう」


 ザルギエスは肩をすくめ、軽口を叩く。

 「それでも魔王様は魔王様っすからねー。

 ネクロフィリア先輩は、()()()()魔王じゃないんっすから、そこんとこ弁えなければっすよ」


 ネクロフィリアは思わず声を荒げる。

 「五月蠅い! 吾輩に嫌な記憶を思い出させるなっ!」


 その背後で、ヴァルティーアは後ろを振り返り、微かにニヤリと笑みを浮かべる。


 戦いの余韻と再生の希望、そしてどこか滑稽さを含んだ安堵の空気が、街全体に静かに、しかし確実に広がっていった。


 ◇


 俺とイグフェリエルは、ルナテミスたちのもとへ向かおうとした。


 イグフェリエルは目を閉じ、深く呼吸を整えると、世界を視覚だけでなく、空気や瘴気、魔力の微細な振動までも感じ取るかのように、慎重に世界を見渡す。

 そうして、ルナテミスたちの居所を掴もうとする。


 だが。

 

 その瞬間、顔つきが一変した。

 表情には言葉にできぬ焦燥と緊張が入り混じる。


 「どうしたんだ、何があったんだっ、イグフェリエル!」


 俺が声を荒げても、イグフェリエルは何も答えず、ただ俺の手を握り、先へと引っ張る。


 地上に降り立つと、イグフェリエルは低く「――あちらだ」と指を刺した。

 その指先に従い、俺は咄嗟に駆け出す。心臓は激しく脈打ち、全身の神経が戦慄していた。


 視界の先に、エリ、シャーリア、グラウスの背中が凍りつくように固まっているのが見える。

 三人の肩は微かに震え、顔には恐怖と絶望が混じった表情が浮かんでいた。


 「どうした!」


 俺が声を張り上げると、魔女エリザシュアは必死に声を振り絞り、かすれた声で告げる。

 「修一くん……ルナテミス様が……」


 俺は言葉を失い、魔女たちの視線の先へ目をやる。

 そこにあったのは、血を流し、体の左半分が――まるで初めからなかったかのように消え去った勇者ルナテミスの姿があった。


 「ルナテ――」


 俺がそう、呼びかけようとした瞬間、俺の体が凍りつくような感覚が走る。

 周囲に漂う圧倒的な存在感。


 確かに、もうひとつの存在がこの場にいた――。


 低く、冷たく、力強い声が響いた。

 「理論は構築された……」


 そこには、そう呟き、右手に創造の筆を握りしめた魔王ディアーナの姿があった。






読了、感謝いたします。


これにて、第三章が完結です。

そして、投稿当初に書き溜めていた30万字の分が、終了しました。


それにより、毎日投稿を終了…………するかと思いきや、

投稿している間に、第四章の文章を書き終えました!!!

 

つまり明日からは、第四章を投稿していきます。


流石に、第四章の書き溜めが終われば、お休みをいただくことかと思いますが、

それまではどうか、どうぞご贔屓に。


この物語が、あなたの中にほんの欠片でも残ってくれたなら、それだけで嬉しいです。


もしよければ、ブックマークや感想で足跡を残していってください。

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