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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第3章 『テフ=カ=ディレム』

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第50話 希望の光

 俺は抱えていたイグフェリエルをそっとおろす。まだ胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、問いかけた。

「イグフェリエル、俺のことを信用してるってことでいいんだよな……?」


 少し間を置き、イグフェリエルは低く、しかしきっぱりと答える。


 「愚門だ、修一様。

 もしや貴殿は、女性にいちいち自分のことを好きかどうか、尋ねるタチか。

 それでは、意中の相手を振り向かせることなど到底不可能と知り給え」

 

 その言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。

 だが、その表情の奥には安心が潜む。


 「うむ、しょうがない……なれば、此方が貴殿を娶るとしよう。

 どうやら貴殿は、此方のことを愛してくれているらしいからな」

 

 その言葉に、俺が逆にこそばゆくなりながらも、胸を撫で下ろす。

 「と、とりあえず……信用してくれてるんだな!」

 

 俺は、久しぶりに創造の筆を取り出し、確かな意思で右手で握る。

 そのとき、俺の寝室で看病してくれていたときの、エリの言葉が脳裏に蘇る。


 ――当たり前の話ですけれど、もう金輪際、神の御業を使わないでくださいね。

 次にまた使用してしまっては、もう元の万全な身体に戻ることはないと思っていてください。――


 だが俺は迷わない。

 深く息を吸い込み、理論構築を発動する。


 ――光がペン先から広がり、空気を裂くように光線が走る。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――対象:イグフェリエル=テラ=オルディア

 ――理論:「イグフェリエル=テラ=オルディアは創造主田島修一にとって、愛すべき我が子だ」

 ――副理論:「お前たち被創造物は、決して下賤なものではなく、尊厳と美を纏う、純粋無垢なる魂だ」

 ↓

 ――結論:イグフェリエル=テラ=オルディア及びその眷属である天界の民は、誰にも縛られず、生を謳歌するのだ。


      -【絶対服従

      [効果]:■■■■■■に絶対服従

      [分類]:永久呪縛】-


      以上は、解除された。

      

     

 ――理論は、構築された。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺の理論は、止まらない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――対象:イグフェリエル=テラ=オルディア

 ――理論:「お前は、終焉の穴の門番(ヴァルゲート)なんかじゃない」

 ――副理論:「救星神イグフェリエル=テラ=オルディアだ」

 ↓

 ――結論:イグフェリエル=テラ=オルディアの、“終焉の穴”の門番(ヴァルゲート)として責務を解除する。

      そして救星神イグフェリエル=テラ=オルディアとして、再誕させる。


 ――理論は、構築された。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 イグフェリエルの身体が光に包まれる。

 筋肉の奥、血流の隅々まで、呪いの痕跡が浄化されていく感覚が走る。


 その上、世界を呑み込もうとしていた終焉の穴が、収縮を始める。

 

「修一様……身体の中の呪縛が消えていくような感覚がする……。

 それに、終焉の穴も塞がっていくではないか……」


 イグフェリエルの声には、安堵と驚きが入り混じっている。

 胸が高鳴り、目には光が宿る。

 

「もう……此方は誰も苦しめなくて……」


 その瞬間、イグフェリエルの視線が、漸く俺に向く。

 右腕が、蒼紫に変色した腕を俺が押さえ、悶え苦しんでいることに気づいたのだ。


 「そんな……その力には代償があったのか……。

 修一様、戻ってくるなりやっ!」

 

 心配そうに声を上げる。

 息は荒く、体の痛みが全身に響く。

 

 だが俺は必死に立ち上がり、下界を見据える。

 「まだだ……まだ終わっちゃいない!」


 視界には、街を蹂躙する悪魔の群れ。

 

 勇者ルナテミスや魔女エリザシュアたちも戦っているが、数はあまりに多く、殲滅しきれない。

 恐らく、絶対服従の理論を上書きしたことで、悪魔の増殖は停止したはずではあるが、既にいる悪魔の対処が済んでいないのだ。


 俺は拳を握り締め、決意を声に乗せた。

「イグフェリエル……今からお前に究極奥義を授ける!

 だから、下界に連れて行ってくれ!」


 その言葉に、イグフェリエルの眉がわずかに寄る。


 「だが、ひとたび理論構築を使えば、修一様は……!」


 心配の色を隠せない彼女に、俺は右腕を見ながら、平然と答える。


 「大丈夫だ、死にはしないさ。

 深い代償をこの身に刻むことにはなるだろうが、な……」


 イグフェリエルの目が揺れる。

 下界の惨状を見つめる瞳には、迷いと決意が交錯している。

 

 そして、彼女は静かに頷く。

 それがまさしく、決心が固まった瞬間だった。




 ◇ ◇ ◇




 下界では、戦いが熾烈を極めていた。

 

 獣人バルググは汗と血にまみれ、息を荒げながらも斬り続ける。

 後ろでは鳥人がすっかり切れ味が落ちた爪で敵を切り裂き、虫人が体を翻して攻撃を繰り返す。

 

 だが、俊敏性が落ちたせいか、彼らの攻撃はかすりもしなくなり、

 代わりに悪魔の攻撃が、彼らに生涯消えないであろう傷を刻む。


 悪魔の数は減る気配を見せず、群れはまるで暗黒そのもののように広がっていく。


 修道女リシャシェーラは祈りを捧げ、負傷者を一人また一人と癒していく。

 しかしその手は限界を超えており、まだ倒れたままの者たちを救うには手が回らない。

 

 息を切らせ、天を仰ぐ彼女の瞳にも焦りが滲む。


 大天使シェラフィアス=エル=ヴァルハイル率いる天使たちも、全身の力を振り絞ってはいるものの、力尽き始めていた。

 光は弱まり、救済の力はもはや満足に機能せず、天界の輝きは薄れていく。


 そんな戦場を見渡す、魔王軍断罪の四骸。

 ザルギエスは眉をひそめることもなく、軽口を叩く。


 「ありゃりゃ、これはかなりまずい状況じゃないっすかねー」

 

 一方で、ネクロフィリアは険しい目をザルギエスに向け、低く釘を刺す。

 「その想いが真ならば、さらに己の手を奮い立たせよ、ザルギエスッ!」


 空を仰ぐヴァルティーアは、これから起こることを予見し、何かを楽しむかのように、「キャシャシャ……」と笑みを零す。

 その顔には狂気と好奇心が混ざり、戦場の殺伐さを鮮やかに切り裂くかのようだった。


 勇者ルナテミス、魔女エリザシュア、シャーリア、グラウスも、

 悪魔を相手に戦い続けるが、数の圧力と疲労のせいか、防戦一方の状況だった。

 

 炎や斬撃、魔術の奔流が周囲を照らし、轟音が地響きとなって戦場を震わせる。

 空気は煙と硝煙で濁り、息がまともに吸えない。

 

 耳に届くのは、断末魔と爆音と、己の荒い息だけ。

 このままでは――数十分も経たないうちに、悪魔に呑まれてしまう。


 疲労は限界を超え、体の奥が鉛のように重く、思考すら鈍る。

 だが、それでも彼らは踏み止まり、必死に戦い続ける。

 

 誰もが絶望を感じながらも、仲間を信じ、――命を削りながら。


 そのとき、ルナテミスの瞳が自然と空を見上げる。

 何か、これまでにない気配を察知した瞬間だった。


 「修一……」


 その声に微かな笑みが混じる。

 わずかに口角を上げ、希望の光を見つけたときの笑みだ。


 その直後、エリザシュアもグラウスもシャーリアも……そしてテフ=カ=ディレムに住む民たちも、同じ空を見上げる。

 絶望に沈んでいた顔が、徐々に光を帯び、希望に満ちていく。


 「救星神さまぁ……!」


 歓声が次第に街の隅々まで響き渡る。


 空にあったのは光。眩い、世界を照らす希望の光――。

 その光の中心から現れたのは、救星神イグフェリエル=テラ=オルディアと、創造主・田島修一だった。


 絶望の戦場に、ついに救いの光が差し込んだのだ。

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