第5話 理論構築
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〈理論構築〉
田島修一の心の具現化でもある、”創造の筆”を媒介にして発動する、創造主固有の能力。
ただしそれは、何でも好き放題に書き換えられる神の奇跡ではない。
例えば、何の格も持ちえないただの脇役に、究極奥義を授けることはできない。
田島修一は思い出した。
創造の根源――評価や称賛ではなく、ただ描くことが楽しかったあの日々を。
その気づきに、世界は応えた。
――故に〈理論構築〉が、今、可能となったのだ。
■基本能力
田島修一がペンで書いた命題、法則などの文字や絵が、限定的に現実に反映される。
効果は「世界の物理・魔術体系と矛盾しない範囲」に限られる。
書いた内容は光の文字や符文として現れ、対象(人・物・現象)に吸い込まれるように付与される。
■発動条件
『文字』
田島修一自身の十分な想像力を以て、書くこと。
田島修一自身が対象・理論・結果を明確に設定し、矛盾のない文章として書くこと。
――理論が曖昧だったり長すぎたりすると失敗し、効果が弱まるか暴走する。
――発動できるのは、田島修一が視認できる範囲・想像可能な範囲に限られる。
『絵』
田島修一自身の十分な想像力を以て、描くこと。
■制限・ルール
世界整合性のルール
――世界の因果律に反する命題(例:「死者が蘇る」「質量ゼロの巨大建造物が空に浮かぶ」など)は弾かれるか、制御不能の異常として現れる。
ただし、理論を強めることで、それらに真に迫る、神の如き所業も可能となる。
信頼ルール
――対象が信頼し合った仲間でなければ弾かれるか、制御不能の異常として現れる。
代償ルール
――書くたびに精神力・神経系を消耗し、頭痛、視界の揺れ、記憶の欠落、吐血などの症状が現れる。
自己制限ルール
――田島修一自身への〈理論構築〉は不可。できるのは、自らが描いた創造物の、局所的な補助・強化・設定の追加など。
以上。
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「……はっ!」
目の前であと一瞬でルナテミスの命の灯が儚く消えようとしているこの瞬間、頭の中に何か大事な情報が流れ込む。
知らなかったはずの「ルール」だったが、ひとつ残らず鮮明に、息をするように理解できる。
世界が、言語化された設計図に見える。
人々の動き、風の流れ、魔術陣の光……そのすべてが行間に並ぶコードのように読める。
胸の奥から、忘れかけていた“あの感覚”が甦る。
子どものころ、最初にペンを握った日の胸の高鳴り。
頭の中の物語が世界に形を持つという、あの歓喜。
――理論構築……それが俺に許された、唯一の力の名。
右手にはいつの間にか光り輝く筆が握られている。
頭に流れてきた知識風に言うならば創造の筆。
ペンの先には待ちわびているかのように光の筋が踊っている。
俺の意識と一体になったそれは、ただの道具ではなかった。
創造主として、内部の世界にて“理”を刻むための鍵――理論構築。
――つまりは、この創造の筆で描いた、事象や絵が世界に反映されるが、何でもかんでもできるわけじゃない……。
仮に架空の読者が存在したとして、彼ら彼女らを納得させられるような、理論にしなければならない、と。
正直、この力がまだどういうものなのか、理解できていない。
だが、この絶望的状況を打破するには、行使する他ない。
「――理論構築――」
そうして、神の言葉が紡がれる。
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――対象:勇者ルナテミス
――理論:創造主の寵愛を受けし存在。
――副理論:勇者ルナテミスは勇者として、如何なる困難だって、打ち破らなければならない。
↓
――結果:『天命逆流剣』
[効果]:逆境に立つほど力を発揮する。
[分類]:固有スキル
【詳細説明】
- 受けたダメージ値×0.8 を即時HP回復に変換
- 受けたダメージ値×1.2 を次の攻撃に上乗せ
- HP残量が50%以下の時、防御力+200%・俊敏性+150%・反応速度+300%
――理論は、構築された。
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ペン先が空をなぞるたび、文字が立体化して光の紋章となり、宙で鎖のように絡み合う。
まるで見えない糸で世界の骨格を結ぶかのように、文字の意味が因果に直接作用し始める。
ルナテミスの瞳に光が宿る。
(体に活気が――)
『天命逆流剣――』
ルナテミスがその名を反射的に心で呟いた瞬間、剣に宿る光が波打ち、彼女の身体と一体化した。
ルナテミスは剣を握り直す。
門番の巨腕が振り下ろされる瞬間、体内に流れる力が反応する。
受けた衝撃が即座に体の治癒へと変換され、
そのすぐ後、攻撃力へと変換され、光の刃が跳ね返る。
斬撃が空気を裂く。
金属のような鳴き声とともに、門番の腕に光の筋が走り、裂ける。
「な、なんなのだ……今の……? 我は……どうして……」
まだこの段階でルナテミスには、何が起こったのか分からない。
だが――
視界の中に俺の存在を確認すると、すぐさますべてを理解した。
「創造主様っ……!」
俺が創造主という立場に、恥じない所業を為したのだと。
「――なあ、思い出したんだ」
かすれた声が、戦場の静寂に響く。
「俺、漫画を描くのがすげー好きだったんだなってさ」
黒いペンから再び神代の光が滲み出す。
「――理論構築――」
そう呟き、この凄惨な現状を打破するべく、また新たな理論を構築する。
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――対象:勇者ルナテミス
――理論:創造主の寵愛を受けし存在。
――副理論:勇者ルナテミスは勇者として、如何なる困難だって、打ち破らなければならない。
――副々理論:そんな困難に立ち向かう勇者ルナテミスを認識し、感化されないものはいない。
↓
――結果:『希望継承』
[効果]:創造主に選ばれし勇者ルナテミスを中心に、周囲の士気と戦意を高める。
[分類]:固有スキル
【詳細説明】
-勇者ルナテミス周囲の攻撃力 +50%(光ノ鼓舞)
防御力 +50%(光ノ盾)
俊敏性 +30%(光ノ迅速)
HP持続回復 +1%/一秒 (光ノ加護)
――理論は、構築された。
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『希望継承――』
ルナテミスがその名を反射的に心で呟いた瞬間、彼女から幾千幾万もの光の粒子が溢れ出す。
戦場の端で倒れていた兵士たちが、空から小雪のようにふってくる光の玉に触れると体を起こす。
光は周囲に波紋のように広がり、士気を鼓舞する。
市民たちも震える足で立ち上がり、歓声を上げる。
その光景にルナテミスは、一瞬微笑みを浮かべ、戦闘の中心へ駆け出した。
――これこそが、希望継承。
さぁ、準備は整った。
勇者ルナテミスはこの場の誰よりも、速く、そして獰猛に大地を駆ける。
剣を握る力が強く、更に強くなる。やがてその力が最高潮に達したとき、地を蹴り飛躍し、ヤツ――門番目掛けて渾身の一撃をお見舞いしてやる。
――ブチュアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
ヤツの叫び声をかき消すほどの斬撃音がこの大地に鳴り響く。
化外の右半身をまるごと削り取る、見事な一撃だったが、数秒しか経っていないにも関わらず再生の勢いが止まない。
この戦場でたったひとりだけそのことに気づいていた勇者ルナテミスは、警戒を一切緩めることなく一撃、また一撃と剣を躍らせる。
剣を振るうたび、逆流の刃が空間に衝撃波を生む。
門番の防御を切り裂き、黒い影が散る。
反撃を受けるたび、剣に宿った光が力に変わり、ルナテミスの身体を押し上げる。
一歩ごとに世界が震え、戦場が生き物のように反応する。
ルナテミスの剣が旋回し、光が鋭く跳ねる。
門番の足が崩れ、影が振り払われる。
巨大な体を揺らしながら、しかし倒れぬ巨躯――それでも、逆流する力の前では確実に押されていた。
戦いは続いた。
剣を振り、光を走らせ、希望の波動を全力で送る。
しかし門番は巨大な体を揺らしながらも、再生能力で傷を縫い合わせる。
どれだけ攻撃を叩き込んでも、あと一歩が届かない。
数分前まで世界中に溢れていた希望が、夕日のように徐々に沈み、絶望が顔をのぞかせる。
兵士たちも再び恐怖に動揺し、市民たちの視線も揺れる。
その絶望を前に、ルナテミスの瞳にも微かな影が差す。
――このままでは、門番を倒せない。
俺は理解した。理論構築を再び行わなければ、戦局は崩れる。
俺はペンを握りなおす。
空中に浮かぶ文字の光が、眩しく、鋭く、身体の奥まで染み込んでくる。
言の葉が渦を巻き、光の波動が世界の因果律に直接干渉する――その圧力は、俺の肉体だけでなく、精神も容赦なく削っていった。
腕は鉛のように重く、指先は震える。
頭の奥で、心臓の鼓動が不規則に跳ね、血の気が引いていく感覚。
意識は断片となり、理論の線と文字の光が入り混じり、現実と幻想の境界が揺れる。
胸の中に圧迫感が広がり、息を吸うたびに鋭い痛みが走る。
全身の筋肉は火傷を負ったように熱く、同時に冷たい鉛のような力で押し潰される。
脳が燃え尽きそうなほど情報を処理しているのがわかる。
「もう……もう少し……」
口の中で呟く声はかすれ、唇をかむ力すら失われかけていた。
――でも、それでも。
彼女は、俺を――。
一度は見捨ててしまったはずの俺を、それでも「創造主様」と呼んでくれた。
あの声が、胸の奥の腐りかけた核を震わせる。
止まっていた世界が、再び息を吹き返す。
――一撫でごと、一線ごと、一筆ごと。心の奔流と、滾る血潮を紡ぐように。
産んでくれてありがとう。
その言葉が、魂の底で光った。
「まだ……終わらせるわけには、いかないんだぁあああああッ!!」
脳髄が焼ける。血管が悲鳴を上げる。
視界が白く弾け、意識が千々に裂ける。
それでも、俺は筆を振るう。
痛覚も、限界も、理を超えて――全身全霊の〈理論構築〉を叩きつけた。
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――対象:勇者ルナテミス
――理論:創造主の寵愛を受けし存在。
――副理論:勇者ルナテミスは勇者として、如何なる困難だって、打ち破らなければならない。
――不変の真理:勇者ルナテミスには完全無欠の必殺技がなければならない。
↓
――結果:『|天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》』
[効果]:戦場全体の状況を「力」に変換して連鎖的な一撃を放つ。
[分類]:究極奥義
【詳細説明】
-周囲の建物損壊度 ×0.3 + 周囲の市民・兵士などの生物被害度 ×0.2 を基本攻撃力に乗算
例:戦場の損傷度70% 生物被害度25%の場合 → 基本攻撃力 ×1.26(1.0 + 0.7×0.3+0.25×0.2 )
-攻撃範囲:勇者ルナテミス周囲 = 5m × (1.0 +周囲損壊度+生物被害度)
-攻撃範囲内の敵に連鎖攻撃(最大5連鎖)
-絶望増幅補正:戦場に存在する絶望量を基本攻撃力に最大+50%まで加算
――理論は、構築された。
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炎と瓦礫の匂い、煙に包まれた城下町。
戦場は再び絶望に沈み、建物は崩れ、人々は泣き、兵士たちは力尽きて地面に伏していた。
俺は地面に膝をつき、目から口から――出てはいけないような至るところから血液が噴出しているのを感じながらも、一言。
「――やってやれ、ルナテミス」
目の前の勇者ルナテミスは、門番の再生力を前に一歩も動けずにいた。
だが、彼女の瞳にはまだ光が残っている。希望が、まだ消えてはいない。
文字が光の筋となってルナテミスの剣に吸い込まれ、刃が眩い光と因果律の渦に変貌する。
ルナテミスの体に力が宿るのを感じる。
攻撃力は周囲の損壊度に比例して、力が増幅するのを感じる。
ルナテミスは目を見開き、俺の視線に力を受け取り、剣を握り直す。
全身を光が駆け抜け、息を吸い込むように戦場全体が反応する。
世界の絶望が力に変わり、光の刃が戦場を切り裂く準備を整えた瞬間――
「――|天命絶光交錯斬《リヴァース=アーク=オブリヴィオン》ッ!!」
剣が光をまとい、戦場を貫く刃となって門番に突き刺さった。
瓦礫の粉塵、空気の震え、周囲の兵士たちの歓声。
希望と絶望が渦巻く中で、戦局を覆す一撃が放たれた。




