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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第3章 『テフ=カ=ディレム』

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第46話 不穏な影

 シェラフィアスの胸がわずかに震えた。

 俺の言葉が、冷えた硝子の奥に閉じ込められた心へと、かすかな熱を通わせたのだろう。

 その白い頬を、雫がひとつ伝い落ちる。聖なる輝きを帯びた涙は、床に落ちる瞬間、淡い光を放って消えた。


 俺はその光を見つめながら、低く、確かな声で告げる。

「――シェラフィアス。塔の壁にある、隠し通路を開けてくれ」


 空気が張り詰めた。

 彼女の羽根が、音もなく震える。

 疑念と決意が交錯するような瞳で、シェラフィアスは俺を見返した。


「……何のために、そのようなことを?」

 その声音は震えていた。信仰と恐怖のあわいで、迷っていた。


 俺は一歩、踏み出す。

 胸の奥に滾る怒りと焦燥を抑えきれず、拳を握りしめて叫ぶ。


「このふざけた試験を――終わらせるんだ!」


 その言葉に、シェラフィアスの羽根がふわりと広がり、微かな光の粒が舞った。

 だが、彼女の唇は苦しげに歪む。


「……でも、それでは……」

 息を呑み、瞳を伏せたまま続ける。

 

「そんなことをすれば、妾たち天使は“理論”に背くことになります。

 ――また、あの天罰が……下ってしまいます……!」


 声は祈りのようで、絶望のようでもあった。

 その震えが、塔の静寂の中で痛いほど響いた。


 俺は眉をひそめず、むしろ強く前を見据えた。

「大丈夫だ、ちゃんと策はある。だがその前に、天使たちの手を、これ以上、血で汚させはしない。

 俺が、その業を終わらせる!」


 その熱意に、シェラフィアスの瞳が揺れる。

 深く息を吸い、壁をコンコンと規則正しく叩くと、やがて古の仕掛けが軋み、隠し通路が現れた。


 ルナテミスたちは少し戸惑いながらも、俺の後を追い秘密通路の中へ。

 闇が皆を包む中、足音だけがひびく。


 やがて広間にたどり着くと、そこには天使たちが集まっていた。

 老若男女、羽根の色も様々。全員が怯え、涙を零している。


 エリが驚きの声をあげる。

「どういうことなのですか……老若男女問わず、天使がこんなところで一堂に会しているなんて……」


 ルナテミスが震える声で言う。

「皆、涙を零し、怯えている……」


 俺は一歩前に出て、胸を張りながら声を上げた。

「もう大丈夫だ! お前たちっ!

 この世界に、これ以上の強制も犠牲も、俺は許さない!

 この俺――創造主が来たからには、もう誰も泣かせやしない! 俺が、お前たちを救ってやる!」


 その言葉に、天使たちの肩の力が抜け、涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。

 震えながらも、安心しきったように涙を流すその姿に、俺は短く頷く。


 振り向き、シェラフィアスに告げる。

「この場所以外にいる天使たちにも、もう止めるように伝えてくれ!」


 シェラフィアスは力強く返した。

「はいっ! 承知いたしました!」


 俺は今度はイグフェリエルに向き直り、低く言う。

「お前たちは先に神殿に行って、そこで待っていてくれ。」


 イグフェリエルは少し戸惑い、問いかける。

「修一様は……どこにっ!」


 俺は振り返らず、闇の奥を見据えて答える。

「もう一組、最終試験に来ていたやつがいるはずだろ?」


 そして俺は全力で走り出す。


 ◇


 俺は遺跡のあちらこちらを駆け回り、必死で探していた――魔王軍断罪の四骸の一行を。

 

 しかし、何度行き止まりにぶつかっても、彼らの姿はどこにも見当たらない。

 もしかすると、罠に引っかかって死んじまったのか……そんな最悪の考えが頭をよぎったその瞬間、近くから会話の声が漏れてくるのを耳にした。


 俺は声のする方へ駆け寄る。

 そこに見えたのは、角を生やし仮面を被った魔族の男ザルギエス、死神のような姿のネクロフィリア、そしてウサギのフードを被る蒼髪の少女ヴァルティーア――後ろ姿の三人だった。


 俺は後ろから声をかけようとした。

 ――だが、背後の壁がじわりじわりと迫る、初期微動の感覚を感じた。

 目を凝らせば、最後尾にいるヴァルティーアがそのまま押し潰されかねない状況だ。


「ヴァルティーアぁ!!」


 咄嗟の声を張り上げ、俺は全力で彼女のもとへ走った。

 ヴァルティーアは俺の声に気付き、慌てて振り返る。

 そして俺が間一髪で飛び込む――その瞬間、彼女の身体を押し出すように抱え込み、ぎりぎりで危機を回避できた。


「どぅわー! 創造主様、何でこんなとこにいるんすかっ!」


 ザルギエスが叫ぶ。

 彼はすぐさま周囲を観察し、通路の壁が確実に殺すために収縮していることに気づき、感謝を示す。

「ほうほう、なるほど、創造主様はお嬢を命からがらお助けしてくれたんすね! これは創造主様に感謝しなければっすよお嬢?」


 だが、ヴァルティーアは俺に抱きつかれたのがそんなに嫌だったせいか、顔を真っ赤にして怒り立ち上がる。

「名無しちゃんに触るんじゃねえ―!」

 

「もうこらーお嬢、最近反抗期がほんとに酷いっすねー。

 感謝もいえない大人になると、ネクロフィリア先輩みたいな人間になってしまいますよー」


 ネクロフィリアが鋭い声をあげる。

「ザルギエス、吾輩みたいとはなんだ、吾輩みたいとは!」


 その後、少し落ち着きを取り戻して、ネクロフィリアは俺に向き直る。

「それはそうと、創造主殿。我が娘ヴァルティーアを救っていただき感謝する。」

 

 俺は肩をすくめて答えた。

「どうも」


 俺は振り返らずに言った。

「お前たち、俺について来い」


 ◇


 断罪の四骸が、ぴたりと背後に付いた。

 角の男は肩を揺らし、死神の影は静かに佇み、蒼髪の少女は――そのフードの裾をふわりと揺らしたまま、俺の横に寄ってくる。

 

 裏通路は狭く、湿った石壁が息を吐くように冷たかった。

 大聖堂の方角へ向かう足音が、低い鼓動のように並ぶ。


「創造主様ぁ、ボクちゃんたちなんとなーくでついていってますけど、もしかして救星神認定選抜試験って終わっちゃったんすかー?」

 ザルギエスが軽い調子で訊いてきた。相変わらずだ。仮面の隙間から見える目が、好奇心で煌めいている。


 俺は答える。

「違う。これから全部、終わらせるんだ」


 ザルギエスはひとしきりにやにやと笑い、興奮が乗り移ったように言う。

「へぇ、なんか面白そうなことが始まりそうっすね――」


 脇でネクロフィリアが、低く、しかし確かな声で言った。

「創造主殿は、我が娘の命の恩人だ。粗相のないようにな」


 ザルギエスはきょとんと頭を下げ、擬音めいた返事をした。

「へいへい、分かってますっすよー」


 俺たちは走る。

 曲がり角を曲がり、古びた回廊を二度三度折れ、石の匂いが鼻腔を押す。

 俺の足取りに合わせてヴァルティーアが並走してきた。足並みはぴたり。そこには、不意に静かな時間が流れる。


「……さっきは、ありがとな」

 ヴァルティーアの声は小さく、でも真っ直ぐに俺を見ていた。フードの影で頬が赤いのが見える。


 俺は肩をすくめて笑った。

「別に、当然のことをしたまでだ」


 その言葉が過ぎると、俺は少し声を落とした。

 

「それよりも――お前は、誰だ?」

 

 後ろのふたりには聞こえないような音量で、だけど確かに聞こえるように。そう問いかける。


 ヴァルティーアは一瞬、眉間に皺を寄せた。驚くほど鋭い。

「へぇ……案外、鋭いんだな、創造主様」


 俺は肩を揺らして言う。

「俺が鋭いんじゃねぇ。お前の演技が下手すぎるだけだ」

 フードの下の目がちら、と露骨に泳ぐ。

 

「後ろのふたりには反抗期と言えば、この豹変ぶりにも納得してもらえるだろうが……

 今のお前は、あの本当のおしとやかながらも、冷酷なヴァルティーアとは似ても似つかない」


「じゃあ、名無しちゃんのことは誰だと思うんだ?」

 ヴァルティーアが真顔で問い返す。

 口調はとしているが、その瞳にはどこか幼い光が残る。


 俺はため息をひとつ。肩を回してから、つぶやくように言った。

「一人称が“名無しちゃん”で、ガサツで加虐的な一面があるとでも言えば……

 

 ――月からの侵略者しかいねぇな」


 その台詞に、ヴァルティーアの表情がぱっと明るくなる。満面の笑み。

 フードの影が弾けたように見えた。


 月からの侵略者。

 ――かつて俺が描いた物語の中で、勇者、魔女、救星神、魔女が手を組み、対抗した存在。

 彼女も、この世界のどこかにいるかとは、思っていたが……どういうわけか、ヴァルティーアの中にいたのだ。

 

 成り代わりか、擬態か。

 それはまだ分からない。


「お前がなぜ、ヴァルティーアの恰好をしているのかは知らねぇが……。

 もしこの世界に害を為すつもりなら、容赦はしねぇ。覚えておけ」

 俺の声は静かだが、先の言葉は尖っている。


 当然だ。

 俺ではない、創造主と名乗る人物の存在が明らかになった以上、誰かしらが暗躍し、よからぬことを企んでいるのは間違いない。

 そして、怪しすぎる彼女――月からの侵略者も、容疑者の候補なのだ。


 ヴァルティーアは、首をかしげるような仕草で、でも不敵に笑った。

「キャシャシャ……」――その笑いは、楽しげで、どこか冷たい。


 俺はその笑みに、耳鳴りのような違和感を覚える。

 だが今は確かめる時間はない。塔へ。大聖堂へ。やるべきことは山ほどある。

 

 墨で引かれたような古い石板の道を、俺たちはさらに奥へと進んでいった。

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