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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第3章 『テフ=カ=ディレム』

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第44話 俺は、誰だ

 魂が抜け落ちたような感覚――身体の奥から何かが消え失せ、思考も感情もすべてが空洞に吸い込まれる。

 俺はただ茫然自失のまま、その場に倒れこんだ。

 

 冷たい砂の感触が肌に伝わるが、それすらも現実味を帯びない。

 目の前の光景も、音も、すべてが遠く霞んで見える。


 そのとき、力強い腕が俺の背を支え、ゆっくりと立たせる感触が伝わった。

「……修一?」

 

 ルナテミスの声。

 俺の視界に映るのは、間違いなく知っている姿の彼女だった。


 さらにエリ、シャーリア、グラウスも駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか、修一くん……?」


「創ちゃん、しっかりしてにゃろす!」

 

「どうなされたのだ! 創造主様っ!」

 

 それぞれが心配そうに声をかけてくる。

 けれど、その言葉は、遠くで鳴っている音のようにしか耳に届かず、意味はほとんど頭に入らなかった。


 その瞬間、遅れてイグフェリエルの声が割り込む。

「修一様……!」

 

 ――あ、あぁ……。

 

 俺は、先程目にした、無惨なイグフェリエルの姿を思い出してしまう。

 血まみれで、無力に打ち据えられ、神聖さすら感じさせるその亡骸のイメージが脳内に焼き付く。

 

 「ぎゃあああああ嗚呼ァァぁああアアア!」

 俺はその瞬間、大声を上げて発狂した。

 叫び声は自分のものかもわからず、空気を震わせ、壁や天井を叩き割るような錯覚に陥る。


 大魔女エリザシュアが慌てて駆け寄り、俺の身体に手をかざす。

「外傷は見られません! ですが……精神が完全に壊れてしまっています!」

 

 彼女は俺の身体を解析した結果を、報告し始める。

「感情を整理する心の器が、粉々に砕かれ……思考と意識がねじれ、現実と幻想の境界が溶け、魂の軸が完全に崩れているんです……!」

 長々とした説明のひとつひとつが、俺の脳裏にぐるぐると渦巻き、理解できる言葉すら幻想の中で踊るだけだった。


 シャーリアが震える声で問いかける。

「え……どうして急にこうなっちゃったんですみゃおか、創ちゃんは!」

 

 グラウスは己を責めるように唸る。

「外敵から、幻覚の術でも浴びせられたのか!?

 くそっ! 愚拙がいながら、何という不覚ッ!!」


 そんな混乱の中で、勇者ルナテミスは静かに言った。

「我が、修一の傍にいて面倒を見る。

 そちらは、最終試験に挑んで来い」


 エリが口を挟む。

「いえ、修一くんの傍にいるのは、わてちしが適任だと思います!!」


 しかしルナテミスは、落ち着いた声で告げた。

「いや、よいのだ、エリザシュア。

 恐らく修一をこうさせてしまったのは我の責任でもある。なればこそ、我が修一とともにおらねばならぬのだ」


 彼女はその言葉に納得したように頷き、静かに言う。

「……それでは、よろしくお願いいたします、ルナテミス様」


 シャーリアは力強く言った。

「創ちゃん! 絶対イグフェリエル様を救星神にしてくるから、待っててね!」

 グラウスも声を上げる。

「創造主様を、どうか頼む。ルナテミス」


 そしてエリたちは、遺跡の中へと駆け入っていく。


 その間、イグフェリエルは俯きながら、俺の方をじっと見つめる。

「……修一様……」

 

 その声は小さく、か細く、しかし心に刺さる。

 そして彼女もまた、遺跡の中へと歩みを進めていった。


 遺跡の中に魔女エリザシュアたちが進んでいくのを確認すると、ルナテミスは満面の笑みを浮かべ、背筋をピンと伸ばして言った。

「よし、我らも行くか、修一!」


 その言葉と同時に、彼女は背中で俺を支えながら歩き出す。重さは思ったより軽く、しかし心地よく、俺の身体を預ける感覚が奇妙に安心させる。


 地割れの壁に沿って造られた階段を上り続ける間も、ルナテミスは明るく話しかけてくる。

 「修一! お前……男のくせに、この身体、まるで紙細工じゃないか!」

 

 ルナテミスが俺の肩を掴み、ぐいっと引き寄せた。

 真剣な顔。

 けれどその瞳の奥には、呆れと心配がないまぜになっている。


「見ろ、その腕! 風が吹いたら飛んでいくぞ!」

 言いながら俺の腕を掴み、軽く持ち上げる。まるで羽のように。

 ルナテミスは大袈裟に嘆息し、ぐっと拳を握った。


「いいか、修一。肉だ! 肉を喰え! 肉を喰って、血を熱く滾らせろ!」

 軽快な声と笑いの混ざった調子が、まるで重力すら忘れさせるかのように俺の心を揺さぶる。


 やがて地上に出ると、荒涼とした広大な荒野が広がった。

 ルナテミスも疲れたようで、少し息を整えながら辺りを見渡す。

 

 その瞳には、疲れと共に、いつもの希望に満ちた光が残っている。

 偶然、無人の魔術汽車を見つけ、俺たちはそれに乗り込む。


 車輪がレールを刻むたび、たんごとん、と揺れる衝撃が全身に伝わる。

 俺の身体は重く、魂がまだ完全に戻ってこないような感覚に包まれていた。

 

 休憩の間、ルナテミスは無言の空気に耐えかねたのか、俺の前でとびっきりの変顔を披露した。

 だが、魂が抜けたような俺の視線は一点に止まり、微動だにしない。


 悔しそうに眉をひそめるルナテミス。

 

 負けず嫌いの炎がその瞳に揺れ、次々と至高の変顔を繰り出す。

 しかし、俺はただ茫然として背中に身を任せるだけ。

 

「なにー! あの無口なグラウスを、三日三晩腹を抱えて笑わせたことのあるこの変顔が効かないとは、修一、やるなー!」

 彼女の悔しさ混じりの声が揺れる汽車の中に響く。

 

 俺は無表情のまま、しかしどこか奇妙に温かいその声に包まれていた。


 やがて、以前訪れたことのあるサバル=ハルドの街が視界に入る。

 夕陽が街の建物を赤く染め、雑然とした景色を黄金色に照らしている。

 

 ルナテミスは疲れた息を整えながら、俺を抱えつつ街中を進む。

 その歩調はゆっくりで、しかし確実に進んでいく。


 日がとっくに沈んだ頃、イグフェリエルの住むアパートに辿り着くと、彼女は高らかに声を上げた。

「ただいまー!」

 そして室内に入り、そっと俺を椅子に座らせる。


「はぁー、疲れた、疲れた……」

 静寂が部屋を支配する。

 

 ルナテミスは俺の身体にそっと手を置き、やわらかな温もりを伝える。

 彼女は今までの軽快な口調を緩め、言葉を紡ぎ始める。

 

「我のせいなんだろう……」

 ルナテミスは拳を握りしめ、視線を落とした。

 その横顔は、いつもの威風を失って、ただ静かに、痛みを堪える戦士の顔をしていた。

 

 「我が、修一の気持ちを全く考えずに、気安くこの世界を救ってほしいなどと懇願したから……それに応えるため、頑張りすぎたんだろ……?

 修一は、我らのような存在を、すべて救おうとするほど、優しいからな……」


 声の震え、息遣い、背中の力の入り具合、全てが俺の胸に深く突き刺さる。

 胸の奥でずっと閉じていた感情の扉が、少しだけ開かれるような気がした。


「違う……違うんだよ、ルナテミス」

 

 俺は久しぶりに、絞り出すように声を上げる。

 震える声が部屋の中にかすかに木霊する。

 

 胸の奥の混乱、恐怖、悲しみ、そして微かな安心……その全てが、言葉となって声に現れた。


 俺の視線はルナテミスの瞳に吸い込まれ、そして少しずつ現実の感触が戻ってくる。


 「……修一」

 ルナテミスの声は、俺の耳の奥にゆっくりと溶け込んでいった。

 どこか震え、どこか優しくて、声がそこに在るだけで世界の輪郭がほんの少し戻る気がした。


 だが、言葉は止まらなかった。

 息を吐くように、断片を繋げるように、俺は勝手に喋り続ける。

 

「ルナテミスのせいじゃない……誰のせいでもない。

 ただ、俺だけのせいなんだ」

 

 俺はかぶりを振った。喉の奥が焼けるように熱い。

 けれど、言葉は溢れてくる。

 

 「お前に懇願されたのは確かだ。

 だけど、その願いに応えたかったのは、俺自身だ……。

 創造主として、お前たちを救いたかったのは、俺自身の欲望なんだ」


 言葉が床にこぼれる。ルナテミスの指が俺の袖をぎゅっと握る。

 その彼女の行動が、俺を安心させると思いきや、胸の中の何かがぐずぐずと音を立てて崩れていく。

 

「目の前でお前らを、何度も何度も失って……失い続けて、俺は、俺の無力さを嫌というほど思い知ったんた。

 狂気の渦に呑まれたせいか、本当に俺が、田島修一なのかさえも、もう分かんねぇ……」


 喉を震わせながら、俺は続ける。

 度重なる惨劇の連続、仲間の顔が一瞬にして他人になる不条理――それらが絡み合い、重くのしかかる。

 

「もう疲れたんだよ……」

 声が小さく、しかし確かな切実さを帯びる。

 そこに、渦のような声が混ざってきた――自分でもない何かが、頭の中で囁く。

 

「だから死にたい……死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいぃ!

 俺の中の希死念慮が、そう頭に訴えかけてくるっッ!!」


 言葉の続きが口から飛び出した。叫びのかたちで。

「だから俺を殺せ、ルナテミス! 殺して、殺して、殺し続けてくれ――っ!」


 その叫びは、部屋の空気を震わせる。

 彼女は俯き、唇を噛む。返事はない。

 沈黙が重く堆積し、俺の中の怒りが鬱積した圧力となって爆発した。


 制御の糸が切れた。

 俺は彼女を押し倒し、両手で彼女の肩を掴み、上から抑えつける。肺の奥から絞り出すように喋る。

 

「お前が俺を殺さねぇなら、俺がお前を殺してやる! 

 なぁ、どんな死に方がいい? 首を切るのか? 水に沈めるのか? それとも――!」


 ルナテミスは、顔を逸らしたまま、ゆっくりと目を閉じる。

 頬を伝う一筋の涙が静かに落ちる。

 そこで出た言葉は、俺が予想したどの答えとも違った。柔らかく、痛みに満ちている。

 

「……あぁ、そうしたいなら、そうしろ」


 その声音は、諦めでも同意でもなく、ただ――極度の悲しみだった。

 

「我は、修一の願いであれば、如何なるものでも、至福として受け入れよう」

 目線を逸らし、唇を噛みしめながら、彼女はそう言った。涙が止め処なく零れる。


 言葉が身体の奥に突き刺さる。

 俺の拳がふるえる。

 押し倒した手に力が入る。


 言葉とは裏腹に、ルナテミスの呼吸が震えているのがわかる。

 胸の奥で何かがひび割れて、冷たい静寂が広がった。

 ルナテミスの頬を伝っていた涙が、指先から落ちていく。

 

 それを見た瞬間、俺の視界も滲んだ。何の前触れもなく、ただ自然に、涙がこぼれた。

 その雫はルナテミスの胸元へと落ち、静かに弾けた。


 ——温かい。

 その感触でようやく我に返った。

 胸の奥で、何かがぐしゃりと潰れるような音がした。


「……っ、なんてことを……俺は口にして……」

 言葉が喉の奥でひび割れる。両の拳が震え、頬を伝う涙が止まらない。

 

「この……イカレ野郎が……!」

 自分で自分を罵りながら、嗚咽が込み上げる。

 心臓を握り潰されるような痛み。


 あれほど守りたいと思っていた相手に、俺は……。


 ルナテミスはゆっくりと上体を起こす。髪が光を掬い、涙の筋に沿って流れ落ちていく。

 その姿は、戦場を知り尽くした勇者でありながら——今はひとりの少女のように見えた。


「修一……」

 静かに、しかし確かな意志のこもった声だった。

「もし、そちがすべてを投げ出して、楽になりたいと望むのなら……我が、その引導をくれてやろう」


 その言葉に俺の呼吸が止まる。

 彼女は、涙に濡れた瞳で俺をまっすぐ見つめながら続けた。


「だが——最期に、我の気持ちも話そうと思う」


 勇者の肩が微かに震える。

 唇がかすかに噛み締められ、声が溢れる。


「……我は、修一に……死んでほしくなどない! 生きていてほしい……っ!」

 声が、堰を切ったようにあふれた。

 

「我は、そちが産んだ世界で、笑って、楽しんで、生きてきた……! そちは、我の幸福そのものなのだ!」


 涙が床に落ちるたび、言葉が刃のように胸を裂いた。

「だから……そんなそちが消えてしまうなんて、そんなのは嫌だ……」


 ルナテミスは腰の剣を抜いた。

 刃が月光を掬い、白銀の閃光を放つ。

 その光の中で、彼女は涙を拭うこともせず、俺に剣を突きつけた。


「——さぁ、選べ! 修一!」

 

 その声には震えも迷いもなかった。

「死を選ぶか、生を選ぶか。……我は、どのような選択だろうと受け止めよう!」


 世界が静まり返る。

 鼓動の音だけが、遠くで鳴っていた。

 ルナテミスの瞳は涙で濡れて、それでも決して逸らされることはない。


 俺は口を開く。声が掠れ、喉が痛む。

「俺は……」

 

 ――脳裏を、ある情景が奔流のように駆け抜けた。

 崩れ落ちる街。血に染まった手。届かなかった声。

   

 すべては、俺がこの世界を放棄したことで起こった惨劇。

 それは過去であり、変えることはできないだろう。


 でもこの世界には、まだ生きている人々がいる。

 ならば、彼らだけでも救わなければ。


 ――俺は、誰だ。

 

 「俺は——」


 そのとき、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。

 焼け焦げるような痛みの中で、確かな言葉が生まれる。

 ——そうだ。

 

「俺は……創造主、田島修一だっ!」


 その声は、空気を震わせた。

 崩れかけていた部屋の壁がわずかに軋む。

 その宣言に、ルナテミスの唇が、震えるように微笑んだ。


「——あぁ、そうだ……それでこそ、我が創造主だ」


 勇者ルナテミスの瞳に宿る光が、かつての戦場で見せた輝きと重なった。

 涙の跡が光を反射し、まるで誇りの印のようにきらめいていた。


 割れた窓から差す月光が、埃を金色の霧に変え、机の上の紙束を鈍く照らしている。

 風はない。


 ただ、壊れた時計がひとつ、カチリと遅れた秒を刻む音だけが、部屋の呼吸を保っていた。


 手の甲に食い込むほど拳を握りしめ、俯いたまま唇を噛んでいる。

 その頬には、まだ乾かぬ涙の跡が一本。


 思い出す。

 遺跡の中——あの狂ったループの地獄。

 仲間が何度も死に、何度も崩壊した。

 

 誰かを救おうとするたびに、それが仇になった。

 そして最後には、救おうとした自分自身が壊れかけた。


 膝が震える。

 喉の奥が痛い。

 でも——それでも。


 俺は、拳をぎゅっと握り締めた。

 唇を噛みしめ、震える声を、無理やり絞り出す。


「……あぁ、たしかに辛かったよ。

 死にたくなるようなことが、何度もあった。

 皆を失って、希望も見失って……。俺自身が狂気に染まる瞬間も、たくさんあった」


 声は震えていた。

 けれど、その瞳の奥には熱が灯っていた。


「けど」

 

 頭を上げる。

 目の奥に、確かな“生”の光が宿っていた。

 

「でも、もういい。

 あれは、全部過去のことだ。……終わったことだ。

 ここでいじけてちゃ、結局過去と、何も変わらない。辛い時こそ、顔を上げて進まなきゃいけないんだ」


 拳を握る音が、やけに大きく響いた。

「俺は今、生きている。息をしてる。心臓の鼓動が鳴りやまないでいる。

 だったら、まだ終わってねぇ。終わらせるわけにはいかねぇ!」


 静まり返った部屋に、熱が生まれた。

 俺の声はもう独白ではなかった。自分自身への誓い。焼けつくような決意の火。


「泥を啜ったって、どれほど惨め姿になろうと構わない。

 俺が生きてる限り――希望を、この手で掴み取ってやるッ!!」


 叫びはアパートの壁を震わせ、積もった埃が舞い上がる。

 その瞬間、俺は過去だと割り切り乗り越える。


 その熱に、ルナテミスが息をのんだ。

 窓辺に寄りかかっていた彼女は、いつの間にか立ち上がり、瞳を細める。

 その表情には、呆れでもなく、憐れみでもなく――尊敬があった。


 そして彼女は、ゆっくりと歩み寄る。

 焦げた床を踏みしめ、彼の前に立つ。

 

 彼の肩よりも少し低い位置。

 見上げるようにして、その唇をわずかに持ち上げ――

 

 そっと、俺の頬に触れた。


 柔らかな温もり。

 それは戦場でも涙でもない、確かな“生”の証だった。


「……っ!」

 俺の身体が跳ねる。

 心臓の鼓動が一瞬、現実よりも速く刻んだ。

「な、なにすんだよ……!」


 頬が赤い。恥ずかしさか、熱か、区別もつかない。

 ルナテミスは俺の表情をからかうように、不敵に微笑む。

 

「男というものは、こうすればやる気が出ると、聞いたことがあってだな」


「……まぁ、そこそこ出たんじゃねぇか。ありがとな」

 照れ隠しの声が震えていた。だが、どこか嬉しそうでもあった。


 ルナテミスは胸を張り、いたずらっぽく笑う。

「ふふっ、シャーリアに“接吻の技術”を磨かれた甲斐があったのぅ」


「いや待て、その話詳しく聞かせ……まぁいい! とにかく——行くぞ!」

 俺は振り返り、乱れたマントを払う。

 迷いのない背中。その一歩が、決意の音を立てて床を踏み鳴らした。


「遺跡に戻って、皆を助ける! それが今の俺がやるべきことだ!」


「御意!」

 ルナテミスが笑い、彼のあとを追う。


 だが、部屋の出口で彼女は立ち止まる。

 わずかに顎を上げ、彼の背中に向かって言う。


「それより——先程、我を押し倒し、不埒な真似をしようとした件について。

 まだ謝罪をもらっておらぬのだが?」


 俺は振り返りざま、土下座に近い勢いで叫んだ。

「すんませんっっっ!!!」


「——よろしい」


 笑い声が響いた。

 黄昏の光の中で、ほんの一瞬だけ、世界が生き返ったように見えた。


 そして二人は、扉を開ける。

 閉ざされた部屋をあとにして、歩き出す。


 そのとき心の中でひとつ引っかかっていたことを思い出す。

 ――イグフェリエルはどうして、俺のことを最初に出逢ったときから、「修一様」と。

 そう呼んでいたのだろうか。

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