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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第3章 『テフ=カ=ディレム』

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第37話 二度目の遺跡

 遺跡の中は、息を吸うたびに石と砂のにおいがした。

 

 気のせいだろうか。

 湿った石壁は以前と比べて、塗装が剥がれ、触ってみると分かりやすいが、でこぼこしているような気がする。

 真っ暗闇の中で、心細い炎が光となり、辺りを照らす。

 

 その光の中を――俺は、魔王軍断罪の四骸の三人とともに歩いていた。


 角を生やした長身の男、ザルギエス。

 4本の腕の拳を何度も擦り付け、戦闘の準備を整えている。

 

 死そのものを体現したかのような巨体の男、ネクロフィリア。

 地獄の炎が宿ったかのような目つきで、手には黒い鎌を携えている。

 

 そして蒼髪の少女、ヴァルティーア・シャリンハイム。

 無言で先頭を行くその背中は、冷たい光を纏っていた。


 ……おかしい。

 どう考えてもおかしい。

 

 なんで俺がこいつらと一緒にいる?

 俺はルナテミスたちと共に、行動していたはずだろう。


 今すぐにでも彼女たちと合流して、安否を確かめたいのだが、夢の中にいるみたいに、体がうまく言うことを聞かない。

 まるで、用意されたシナリオをなぞるように。


 胃の奥がひやりとする。けれど、下手に騒ぐわけにもいかない。

 俺は軽く咳払いをして、さりげなく口を開いた。


「……なぁ、ちょっと聞きたいんだが。

 いやというのはな、体調が悪くてな。少し記憶が抜け落ちてしまっているんだ。

 それで聞きたいんだが、どうして俺は――“断罪の四骸”と共に救星神認定選抜試験に参加しているんだ?」


 俺の言葉に、ザルギエスが軽く振り返った。

 その顔はいつも通り、ひょうひょうとしている。


「え? 冗談きちーっすよ、修一先輩。

 ボクちゃんたち、共にすべての“終焉の穴”を塞いだ仲間じゃないっすか!」


「……はぁ?」


 思わず素の声が漏れた。

 耳を疑うどころか、脳が拒否した。


「何言ってる……そんなわけがあるか!

 だってまず、全部は塞いでいないし! それに、終焉の穴を塞いだ仲間ってのは、ルナテミスやエリたちのことのはずだろ!」


 声が少し荒くなった。

 けれど返ってきたのは、静かな悲しみだった。


 少女ヴァルティーアが、俯いたまま小さく呟く。


「……そのようなお言葉、あんまりです、修一さん。

 麿がうぬを、この世界へお招きしたのが、そもそもの始まりですのに……」


 ヴァルティーアの声に便乗するようにして死神ネクロフィリアも、不満を口にする。

「修一殿。

 よもや、吾輩たちとの笑いあり涙ありの冒険譚を、忘れているのではなかろうな」

 

 その声があまりにも切実で、俺は言葉を失った。

 まるで――彼女たちが本当にそう、“信じている”ようだった。


 沈黙のあと、俺はぎこちなく笑ってみせる。


「……あぁ、そうだったな。うん、たしかに、そうだった。

 俺たちは……仲間だったな」


 言いながら、頭のどこかで自分の記憶が改竄されていく感覚がした。

 

 本当に“そうだった”ような気さえしてくる。

 まるで誰かが、俺の物語を編集しているみたいに。


 けれど――もうひとつの疑問は解けない。


「……でも、もし終焉の穴を全部塞いだんなら、なんで俺たちが今“遺跡”にいるんだ?

 救星神認定の試験なんて、もう受ける必要ないだろ」


 俺の問いに、ザルギエスが苦笑した。


「そういう文句なら、ネクロフィリア先輩に言ってくださいよぉ。

 ネクロフィリア先輩が、


 ――我が娘、ヴァルティーアの可愛さは、それはもう神の領域だ!

 そんな可愛さを持つ娘が、神にならない理由などない!――


 ……とかなんとか急に言い出して、こんなことになっちゃってんでしょう」


 場の空気が凍りついた。

 ネクロフィリアの口がぽかんと開く。まるで言われたくないことを言われてしまったかのように。

 

 ヴァルティーアのこめかみがぴくりと動く。


「――やはり、そういうことでございましたのですね」


 彼女はゆっくりと顔を上げた。

 美しい顔に冷たい怒気を宿しながら。


「そんな不埒な想いで、この由緒正しき催しに臨ませるとは……愚劣の極みにございます、“親父殿”。

 ――いいえ、ネクロフィリア=シャリンハイム」


 その呼び方が、まるで刃だった。

 空気が一瞬で張り詰める。


 ザルギエスは顔を引きつらせ、慌てて両手を振った。


 「えっ、あれ、これ言っちゃダメなやつでしたっけ!? す、すんませんネクロフィリア先輩!」


 「ザルギエス……おのれ、貴様ァぁ!!」 

 ネクロフィリアの怒号が轟く。

 天井の砂が落ちてくるほどの咆哮。


 「はぁ……」

 蒼髪の少女ヴァルティーアはため息をつき、冷ややかに目を伏せる。

 ネクロフィリアが愛娘の機嫌を取り戻そうとするが、彼女は徹底的に無視を決め込む。


「……修一殿。

 この通り、吾輩には手に余る。どうか、助けてくださらぬか」

 ネクロフィリアがそう俺に助けを求めるが、俺は頭の中で思考を整理するのに夢中であった。


 ――そうか、確かにネクロフィリアの娘はヴァルティーアっていう裏設定はあったな。

 忘れてしまっていたけれど、この世界における確かな事実として存在しているらしい。


 今俺がいる世界と、ループする前の最初の世界――それらの意味と関連性はまだ分からない。

 ただ、前の世界でも魔王軍は同じような目的で、救星神認定選抜試験に参加していたのかもしれない、と物思いに耽る。


 意識を現実に戻し、薄暗い遺跡の中を進む。

 壁や床に仕掛けられたトラップ、泥濘んだ道。すべてに注意を払い、慎重に歩を進める。


 奥に、わずかな光を見つけた。

 その光を目指して進むと――かつてエリとともに来た、赤い森の光景が広がった。

 天井に根を張る木々、空気に充満する土と樹液の匂い。以前の世界と同じ場所だ。


 そのとき、俺は斧を持ったあの悪魔の姿を思い出す。

 ザルギエスたちに小声で忠告する。


「……何が現れるか分からない。緊張を怠るな」


 ――そして。

 

 「うぁあああああッ……!!!」

 森の奥、塔の方から――必死に絞り出したような、獣のような叫び声が響いた。

 息を飲み、俺たちは駆け足で塔の中へと入る。


 目に飛び込んできたのは、無残に裂かれた女の鳥人と、虫人の死体が床に転がる光景だった。

 その先には、片腕を裂かれ地面に尻もちをつき動けないままでいる獣人バルググと、血に濡れた斧を握った悪魔の姿があった。


 俺は再び冷静に声を出す。


「……あの悪魔の斧から、繰り出される威力は底知れないが、一振りが遅い!

 攻撃を見極めながら挑めば、倒せるはずだ!」


 ザルギエスが頷き、ネクロフィリアも視線を鋭くする。

 ヴァルティーアも小さく息を整え、

 

 「「「御意――ッ!」」」

 

 その声とともに、全員が構えを取った。


 一斉に、彼らは悪魔に向かって突き進む。

 戦いの空気が、塔内を振動させた。

 

 ザルギエスが、塔の床に唸るような足音を響かせながら前に出る。

 腕がぐにゃりと異形に肥大化し、節々に獣のような筋肉が浮かぶ。

 その瞳には、笑いが浮かんでいた。


 「――この程度で死なないでくださいっすよ!」


 その瞬間、彼の巨大な腕が振り下ろされ、悪魔の足を直撃する。

 

 「■■■ッ……!」

 

 悪魔は足を引き、わずかにバランスを崩した。

 塔の石壁に体がぶつかり、鉄のような爪が床を削る音が響く。


 続いてヴァルティーアが静かに足を踏み込む。

 太ももに巻いたガーターベルトに常備していたナイフを抜き、鋭く投擲する。

 

 空気を切る音とともに、刃は悪魔の掌に突き刺さり、力が吸い取られるかのように悪魔の動きが鈍る。

 壁に深く食い込み、血で赤く染まった金属がぎしりと音を立てた。

 

 悪魔は身動きが取れず、低い唸り声を漏らすのみ。


 そして――最後の一手。

 ネクロフィリアが静かに両端に刃がある鎌を握り、刃先に冷気を纏わせる。

 

 振り下ろす動作に合わせ、空気が凍るような音を立て、金属と氷の香りが混じる。

 鋭い刃が悪魔の胸板を裂き、命そのものを切り取るように空間を斬る。


 悪魔の目が揺らぎ、身体が膝から崩れ落ちる。

 床に響く重い音、空気のざわめき、戦いの余韻が塔内を満たす。

 

 ザルギエスは満足そうに肩で息をし、ヴァルティーアは短く息を吐き、ナイフを回収する。

 ネクロフィリアは冷たい視線を周囲に巡らせ、まだ警戒を解かない。


 ――戦いが終わり、塔内に静けさが戻った。


 俺は一歩、また一歩と獣人バルググのもとに進む。

 腕から血を滴らせ、膝をつきながら床に座り込む彼の姿。強気で豪快だったあの獣人が、今はぐったりとして弱々しい。


 俺の腰のベルトを取り出し、血が噴き出す腕に巻き付け止血する。

 皮膚と毛に冷たい金属が触れる感触。血の熱が少しずつ落ち着いていく。


 止血が終わると、バルググの目が虚ろにこちらを見た。

 そして吐き出した言葉は、今までの勇ましい姿とはまるで違っていた。


「……殺してくれ」


 俺は一瞬、言葉を聞き間違えたかと思った。

 しかし彼の目には、後悔と絶望がぎっしり詰まっている。


「……大切な仲間を守れず、逃げて回ることしかできなかった自分が、みっともなくて仕方がない……

 だから……生きる価値のない俺様のことなど、殺してくれ……」


 その懇願は、声にならない呻きのようで、しかし切実であった。


 バルググの言葉を聞き終えると同時に、ザルギエスが軽い足取りで前へ出た。

 まるで舞台に上がる芸人のような調子で、両手を広げながら言う。


「了解いたしましたっす! 生きる価値がないという君を、ボクちゃんが殺してさしあげましょう!」


 一瞬、場の空気が止まった。

 その明るさが、どこか不自然だった。

 だが、次の瞬間――声の温度が、急激に下がる。


 「……なんて言うかと思ったか。おい、この無価値の屑」


 低く、冷たく、血の通わない声。

 笑顔のまま、しかし瞳は氷のように無機質。


 「せっかく修一先輩の恩情で助けられた命だ。なんでもいい、せめて何かに貢献してから死んどけよ。

 ――殺せと懇願しながらも、呼吸をする暇があるならな」


 吐き捨てるように言い終えた瞬間、空気が重く濁った。

 塔の中に漂っていた血と鉄の匂いが、さらに濃くなる。


 「ザルギエス……言いすぎだ」


 俺は低く言った。

 ザルギエスは肩をすくめて、いつもの調子に戻る。


 「あぁ、すんませんっす! ちょっと言葉が過ぎましたっすね!」


 ……豹変の早さに、背筋が冷える。

 まるで人格のスイッチでも切り替わったかのようだった。


 俺はバルググの前にしゃがみ込み、彼の肩に手を置いた。


 「たしかに君の仲間は死んだかもしれない。……けど、君は生きてるだろ、バルググ」


 その言葉に、彼の耳がかすかに動いた。


 「それを理解した上で、それでも死にたいって言うなら……俺は止めはしない。

 けど――」


 俺は右手を差し出す。血で汚れた掌を、そのままに。


 「生きてみないか。俺たちと一緒に」


 しばらくの沈黙。

 そして――バルググは、躊躇いながらもその手を取った。


 立ち上がると、かすかに口元が歪む。

 泣いているような、笑っているような、そんな顔だった。


 「ちぇー……殺したかったなぁ。

 まぁ、修一先輩の言うことなら従うしかないっすけど」

 ザルギエスが口を尖らせながら言う。


 その横でヴァルティーアが柔らかく笑った。

 「今の御言葉……逞しくおなりになられましたね、修一さん」

 

 その声音には、淡い尊敬が滲んでいた。

 俺たちはバルググを新たに迎えた5人で、再び歩き出す。

 

 俺はふと振り返った。

 

 ――壁にもたれるようにして崩れたふたつの白骨遺体が、暗闇の中で静かに佇んでいる。


 ……胸が、ざわついた。

 何かを思い出しそうで、思い出せない。

 そんな感覚。

 

 だがその感覚も、すぐにザルギエスの明るい声にかき消された。


 「修一先輩、はぐれないでくださいっすよー!」


 俺は小さく息を吐き、仲間たちの後を追った。

 疑問は、暗闇の奥へと置き去りにされたまま。

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