第30話 魔王軍断罪の四骸
「ゴォォオオオ――ッ!」
墓地の静寂を裂く轟音に俺たちは足を止めた。
砂埃に混ざる重苦しい空気の向こう、視界に飛び込んできたのは、首が潰された死体の山――生々しい惨状が広がっていた。
その中で、上裸の魔族が一人立っている。
――上半身は一見裸だが、黒革の胸当てと肩当てが不規則に組み合わされ、筋肉の陰影を浮かび上がらせている。
黒髪交じりの金色の髪は、光に溶けるように淡く、片側の前髪は無造作にかき上げられ、片眼が隠されている。
顔の右半分を覆う異形の仮面は、まるで生き物の皮膚のように歪む。
そして特徴的なのは、やはり計四本の腕だろう。
それぞれの腕は微妙に形が異なり、まるで異なる生物の要素を無理やり接ぎ合わせたかのようだ。
頭頂には滑らかな曲線を描く黒い角が伸び、腰からはしなやかな尾が床をかすめるたび、空気を巻き込む。
耳には大振りの金のイヤリングが幾重にもぶら下がり、揺れるたびに鈍く煌めき、軽い金属音を響かせる。
腰から下は、ゆったりとした布が複雑に折り重なり、腰帯や足首には金属製の装飾や鎖がじゃらじゃらとぶら下がっている。
鋭い顔立ち、異形の装飾、揺れる鎖と尾、多腕――美しさと恐怖が入り混じるその姿は、見る者すべてに圧倒的な威圧を与え、戦場の空気すら震わせるかのようだった。――
俺の視線が定まる前に、その魔族はまだ息のある人間に手を伸ばした。
刹那、ルナテミスの剣が間に入り、魔族の攻撃を止めた。
「おや、誰かと思えば勇者ルナテミスちゃんじゃないっすか。
以前殺し合ったときぶりっすね! なんか顔つき、変わりました?」
魔族の声は陽気で、にやけた笑みを浮かべたまま、狂気を含んだ楽しげな響きが墓地にこだました。
ルナテミスは目を光らせ、低い声で告げる。
「そちは、魔王軍の四天王……断罪の四骸のひとり、ザルギエス=ネメリアか!」
ザルギエスは両手を軽く広げ、肩をすくめるように笑った。
「うっわ、よく覚えてくれていましたね! これってもしかして、ボクちゃんたち恋人ってことっすか?」
その軽口に、ルナテミスの瞳が怒りで燃え上がる。
「冗談でもその様なことを口にする出ない……ッ!」
そして二人の間に、再び激しい戦いの火花が散る。
墓地の影が二人の剣の閃光に揺れ、冷たい夜風が戦いの熱気をかき混ぜる。
戦いの光と影を見守りながら、俺はふと「断罪の四骸」のことを思い出していた。
「断罪の四骸」
魔王直属、最高戦力として選ばれし四天王――死刑執行人にして断罪者。
その名を口にするだけで戦場の空気が凍るほどの存在だ。
誰もが異常者、血に飢えた豪傑であり、残虐なまでに戦を楽しむ。
魔王からの命令には絶対服従、だがその忠誠心は単なる規律からではなく、自らの暴力衝動と戦闘欲を存分に発揮する場として選ばれた栄誉でもある。
ザルギエス=ネメリアもその一人であり、俺たちの目の前で繰り広げられる剣戟は、ただの戦闘ではなく――死と狂気を纏った芸術のようなものだった。
頭の角が光を反射し、歪んだ腕が風を切るたびに、恐怖と戦慄が胸に迫る。
俺は戦いを見守りながら、勇者ルナテミスの声に耳を傾ける。
怒りと悲しみの混じった声で、ルナテミスはザルギエスに問う――
「なぜ、こんなことをした、ザルギエス! 世界は依然として終焉へと向かっている最中じゃないか!
魔族であろうと人間であろうとなんだろうと、協力すべきではないのか!」
その問いにザルギエスは、まるで嬉々として笑みを浮かべ、肩をすくめるようにして答えた。
「だってあいつら、すんげぇ死にたそうにしてたんすよ。それに、ボクちゃんは――殺したいほどに殺したいんっすよぉ!
どう考えても、WIN-WINな関係だと思うんっすけど」
その言葉と同時に、ザルギエスは勇者の体制を崩し、頭に一発ぶち込もうとした。
「――星環拘束」
だが、その瞬間、魔女エリザシュア・ルミナの魔術の鎖が空間を走り、ザルギエスの動きを封じ込める。
鎖が絡みつくごとに、彼の腕や体は締め上げられ、痛みに顔をしかめるかと思いきや――不敵な笑みを浮かべ、快感すら味わっている様子だった。
ザルギエスがふと気づく。目の前にいるのは――
「おぉ、もしかして大魔女エリザシュア・ルミナちゃんっすか。もう見ないうちに色づいちゃって!」
鎖の締めつけがさらに強くなるが、彼の表情は変わらない。
俺はエリに目を向けると、こう聞いてくる。
「どうします、殺しますか?」
だが俺は首を振る。
静かに、しかし強い声でザルギエスに問いかける。
「ザルギエス……俺は田島修一、お前たちの創造主だ。どうして、こんなところにいるんだ?」
その声には、怒りも恐れも混じっていない。
ただ、創造主としての問い――存在の意味を問いかける真摯さがあった。
ザルギエスの目が、ほんの一瞬、揺れる。
粉塵が舞い、遠くの地割れが砂煙を吐き出す中、拘束されたザルギエスは軽い身のこなしで肩をすくめ、にやにやと笑いながら口を開いた。
「おやおや、創造主様ってあれっすよねぇ。今世界各地の終焉の穴を、塞いで回ってるあの救世主様っすよねぇ」
俺は少し眉をひそめつつも、「ああ、そうだ」と答える。
ザルギエスはその答えに満足そうにうなずき、肩越しにこちらを見ながら続けた。
「で、どうしてっていうのはあれっすか? 魔王軍が裏で、何かよからぬことをしてるんじゃないか、とでもお疑いって感じっすか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓がぎゅっと締め付けられる。
図星だ。
しかし顔には平静を装い、冷静な表情を維持する。
砂埃に混ざった緊張が、俺の周囲に濃く漂った。
ザルギエスはさらに肩をすくめ、
「魔王様がどうかは知らないっすけど、ボクちゃんたちはまじで何も変なことはしてないっすよ。
ただ各々、生きたいように生きてるだけっす」
と軽やかに笑う。
その発言にシャーリアは眉を吊り上げ、思わず叫んだ。
「絶対嘘みゃおー! こんなにもいやらしい顔つきの人が変なことしてないはずがにゃい!」
対照的に、グラウスは冷静な声で俺に言った。
「此奴は別に、嘘は言ってないとは思います」
俺もその意見にうなずく。
確かに、言葉の端々から、浮つきを感じながらも真意が見える。
しかし、目の前にいるのは、依然として血に飢えた魔族であり、その存在は危険極まりない。
俺は深く息を吸い込み、捕えたザルギエスをどうするか思案していた。
そのとき、突然、遠くの墓地の奥から低く鋭い声が響き渡った。
「いつ迄、道草を食っている、ザルギエス=ネメリア」
声は砂煙を切り裂くように響き、俺たちの周囲の空気を一気に震わせた。
振り向くと、墓地の闇の中から、断罪の四骸のもう一人の死刑執行人、ネクロフィリアが姿を現す。
背筋に凍りつくような威圧感を伴い、その目は冷たく光り、まるで死神そのものが歩み寄ってくるかのようだった。
――その体は全身が白骨で覆われ、筋肉や肉の一片もないが、動くたびに骨が軋むような低い音を立て、周囲の空気を重く沈ませる。
とくに右腕は異様に入り組んだ骨が絡み合い、禍々しい螺旋を描くように伸びており、その先には凶悪な、両端に刃がついた鎌が握られていた。
鎌からは生気が吸い取られていくような圧迫感が漂い、見る者の心を冷やし、無意識のうちに息を詰めさせる。
全高は常人の想像をはるかに超え、顔を思い切り見上げなければその全貌が捉えられないほどの巨体。
頭蓋の隙間から赤黒い光が瞬き、まるで内部に無数の魂を宿しているかのようだ。
角のように尖った骨の突起が頭部からせり上がり、影を落とすたびに周囲の地面の影まで歪む。――
ザルギエスは一瞬たじろいだものの、すぐに笑みを浮かべて肩をすくめた。
「あぁ、すんませんすんません、ネクロフィリア先輩!」
言い終えると同時に、魔女の鎖をまるで遊ぶかのように指先でくるくると操り、あっという間に解いてみせた。
驚きも束の間、彼はスッと立ち上がり、まるで楽しげな旅人のようにネクロフィリアの前へと歩み寄る。
「それでは皆さん、”また”お会いましょうね!」
手を振りながら去っていくザルギエスの姿に、俺たちは思わず目を見張る。
勇者ルナテミスは剣を握り直し追おうとしたが、俺は静かに手を上げて制した。
ネクロフィリアは静かに立ち尽くし、低く澄んだ声で告げる。
「創造主殿、部下のご無礼をどうかお許しいただきたい」
その言葉が墓地の静寂に吸い込まれるように響き、骨の巨体が闇に溶けていく。
ザルギエスの明るい笑い声とネクロフィリアの威圧的な存在感の対比が、なおさら異様で緊張感ある空気を残した。
そして、俺たちの緊張がようやく解けた頃。
俺たちは少し脇道に逸れてしまったが、目的を見失ってはいけない。
「今度こそ、救星神イグフェリエルのもとへ――」
修道女の言葉を思い出し、俺たちは沈んだ空気の中、北の外れにあるスラム街のアパートへと歩みを進める。
◇
スラム街に足を踏み入れると、乾いた砂埃に混じり、何ともいえない嫌な腐臭が鼻をついた。
壊れかけたレンガの壁やひび割れた舗道、路地に転がる空き缶や古布、そしてところどころ壁にかけられた布で覆い隠されたオンボロの建物――まさに荒廃の極みだった。
そんな中、俺たちは目を凝らしながら進み、どうやら救星神イグフェリエルが住んでいるであろうアパートを発見する。
建物は老朽化で至るところに穴が開き、壁はひび割れ、雨戸も落ちかけていた。
だが布でかろうじて隠され、住人の痕跡を感じさせる。
シャーリアが小さく呟く。
「本当に…こんなところに、神聖な救星神様が住んでいるんですみゃおか…」
俺たちは目を凝らし、階段を上ると、少し見にくくなった表札に目を留めた。
そこには間違いなく「イグフェリエル」と刻まれている。
俺はそっとドアを叩くが、返事はない。
「今はいないのか…」
そう思い立ち去ろうとしたその時、
「ぎゃあああああああぁあぁぁぁぁあああああ!」
どこからともなく女性の悲鳴が響いた。――間違いない。救星神だ。
「イグフェリエル…!」
俺たち一行は互いに目を合わせ、無言のうちに判断する。
何かあったに違いない。
迷わず俺はドアを押し開け、中に飛び込む。
部屋は想像以上に荒れていた。
散乱するゴミや古紙、破れた布や空き瓶が足元を埋め尽くし、進むのも一苦労だ。
それでも俺たちは、イグフェリエルの声のする方へ進む。
そしてついに部屋の奥を覗き込み、俺は大声で叫ぶ。
「イグフェリエル、無事か!」
しかし、俺の声は部屋の中でかき消されるように、イグフェリエルの怒鳴り声が響いた。
「くっそー! なんなんだよコイツぅ! ぜってぇチート使ってんだろうがあほんだらぁ!」
俺は目を凝らし、状況を把握する。
ゴミに埋もれた部屋の隅、そこでイグフェリエルらしき存在が憤怒の表情で画面に向かっている。
その前には、魔術で作られた古びたテレビゲーム機――どうやら敗北して悔しがっていたのだ。
なるほど…悲鳴の正体は、神聖なる救星神のプライドがゲームによって打ち砕かれた瞬間だったのか。
イグフェリエルはゲーム機に向かって憤怒のまま叫び続けていたが、ふと部屋に気配を感じ、ヘッドホンを外しながら振り向いた。
「あぁ? 誰だよ、てめぇら! 此方の部屋に無断で入ってくんじゃあねぇぇえ!」
両眼を鋭く見開き、怒りに震える瞳から鋭い視線を投げつける。
まるで一撃で俺たちを貫くような勢いだ。
その声とオーラに一瞬、部屋の空気が重く沈む。
だが、俺たちは動じず、ただ黙って立っている。
ルナテミスは心底呆れ、エリザシュアは軽く眉をひそめ、シャーリアも思わず口を押さえて唖然としている。
グラウスは冷静に彼女を見つめ、俺は改めて、落ち着いた表情を装った。
その様子を見たイグフェリエルは、一瞬動きを止め、慌ててゴミの上にあった眼鏡をかける。そして視線が俺たちに巡る。
「え……勇者ルナテミス様とその部下……たしかグラウス様とシャーリア様だっけ……?
そしてあの紅い髪の人は、大魔女エリザシュア・ルミナ様……!!?」
ようやく認識したようで、口元が少し震え、目を丸くする。
そして視線が、最後に俺の方へと止まる。
微かに息を呑み、低く問いかけるように、しかし声は震えていた。
「…ってことは、もしかして貴殿は?」
俺は一歩踏み出し、胸を張って答える。
「あぁ、俺は田島修一。お前の創造主だ。引きこもりニートのイグフェリエルちゃん」
その瞬間、イグフェリエルの顔から血の気が一気に引いたのであった。
「修一様ぁ~―!?」




