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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第3章 『テフ=カ=ディレム』

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第28話 テフ=カ=ディレム

 転移魔術の光が消え、視界が安定すると、俺たちはテフ=カ=ディレムの広大な砂漠にひときわ高く聳え立つ一枚岩の上に立っていた。

 

 乾いた風が肌をかすめ、巻き上がる砂埃が視界を揺らす。

 砂の熱と乾燥を感じながら、その岩のざらついた表面に足を踏みしめる。


 見渡す限り、砂漠は無限に広がるが、そこかしこで巨大な地割れが裂け、まるで大地が裂け目から悲鳴をあげているかのようだ。

 ひび割れた地面は深く暗く、底の見えない裂け目には砂が舞い落ち、風が巻き上げる砂嵐とぶつかってうねる。

 

 いくつもの裂け目が迷路のように連なり、砂漠の中に不規則な模様を描いていた。

 この一枚岩もまた、その影響を受けて微かに揺れているようで、立っていると地面の奥深くから伝わる振動を感じる。


 遠方には、小さな街がぽつんと見える。

 

 建物は砂に覆われ、壁は日光にさらされて色あせ、どこかしょぼくれて疲弊した印象だ。

 街の周囲には、かつての繁栄を思わせる遺構が見えるが、風化と砂に侵されて、往時の賑わいはすっかり消え去っていた。

 人影もまばらで、かすかに動く者が見えるだけだ。


 砂嵐がたびたび巻き上がり、地割れから砂が噴き上げられるたび、遠くの街の輪郭が揺らぐ。

 光は照りつけるが、砂埃にかすみ、街の屋根や建物の輪郭は霞んでしまう。

 

 まるで、この大地そのものが生気を失い、息を潜めているかのような、静かで、しかしどこか重苦しい空気が漂っていた。


 「――よし、天界に向かうとするか」

 俺は一歩前に出て、周囲を見回しながら声を張った。


 だが、返ってきたのは、きょとんとした顔の仲間たち。

 ルナテミスが首をかしげ、シャーリアとグラウスは目をぱちぱちと瞬かせている。

 エリは、気まずそうに口を開いた。


「……あの、天界の行き方なのですけれど……」

 彼女は袖を指先でつまみ、申し訳なさそうに続ける。

「昔、救星神様から『この一枚岩の上から通じる道がある』とだけは聞いたことがあるのですが……。

 実際に行ったことはなくて……」


 俺は頭を抱えた。

 まじか。

 誰も正確な方法を知らないのだ。


 俺は脳内の記憶を手繰り寄せ、何とか思い出そうとする。

 すると脳裏の奥底に――かつて俺が描いた“天界への行き方”の設定が蘇ってきた。


 ――……マジでこれ、やらなきゃいけないのか?


 その記憶が蘇ったと同時に、俺はそれを、消したくて堪らない感情に襲われる。

 

 一瞬、心が躊躇した。

 だが背後には仲間たちがいる。

 信じてついてきてくれている。ここで逃げるわけにはいかない。


 俺は深呼吸してから、覚悟を決めた。

 「……天界への行き方を、思い出したよ」

 みんなの視線が俺に集中する。俺は顔を引きつらせながら、一歩前へ出た。


 声を震わせながら、俺は皆の前に立つ。

 

 次の瞬間、彼は砂の上で奇妙な足さばきを踏み始めた。

 両腕を大きく広げ、胸を叩き、足をリズムよく鳴らしながら、古代語のような響きを持つ呪文を低く唱え始める。

 

 「ホイホイ・チャカポコ・バンバン!テフテフ・ディレム・ドンドコ!アラホイ・カラカラ・ドゥンドゥン!テフカ・ディレム・ホロホロ・ウキウキ・バカラッパ・サンバラァ!」

 それは民族的な舞踏のようでもあり、どこか儀式めいた荘厳さを孕んでいた。

 腰を振り、手を頭上でぐるぐると回す。最後に両手を翼のように広げて、奇妙なポーズ。


 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 空気が一瞬、凍った。


 ルナテミスが眉間に皺を寄せ、烈火のごとく叱責する。

「……な、何をしておるのだ、修一! 今はふざけている場合ではない!」


 俺は涙目になりながら叫んだ。

「残念ながら本当なんだよぉぉ! 過去の俺はこれが面白いと思っていたんだよぉぉ……ッ!」


 そう。

 過去の俺は、何をとち狂ったのかは知らないが、天界に行くためにはこのヘンテコな舞踊と、呪文を設定していたのだ。

 これが、世界で最も面白いものだと信じて。

 

 頭を抱えて崩れ落ちる俺を見て、仲間たちは目を見合わせる。

 エリが小さくため息をつき、肩をすくめる。

「……どうやら、やるしかないということですね」


 しばしの沈黙のあと、全員が観念したように円を描いて立つ。

 そして、俺の動きを必死に真似しはじめた。


 ルナテミスが真剣な顔で腰を振り、エリが赤面しながら手を振り回し、シャーリアは涙目でリズムに合わせようとしている。

 一方グラウスはこの踊りが気に入っているようで、ノリノリだ。

 

 あまりに異様な光景に、砂漠の風さえも戸惑っているようだった。

 「「「「「ホイホイ・チャカポコ・バンバン!テフテフ・ディレム・ドンドコ!アラホイ・カラカラ・ドゥンドゥン!テフカ・ディレム・ホロホロ・ウキウキ・バカラッパ・サンバラァ!」」」」」


 その瞬間だった。

 空から、まばゆい光が差し込む。


 眩い柱のような光が一枚岩を貫き、俺たち全員を包み込む。風が渦を巻き、重力が引きはがされる感覚が体を襲う。


「うわ、吸い込まれる――ッ!」

 思わず叫ぶ俺の声をかき消すように、光は強さを増し、俺たちの身体は天へと引き上げられていった。


 ◇ ◇ ◇


 俺は、光の渦に飲み込まれたあと、ゆっくりと目を開けた。

 次の瞬間、胸の奥まで震えるほどの光景が広がっていた。


 足元には、柔らかく透き通る雲の大地。まるで羊毛の海の上を歩いているかのようだ。

 周囲には無数の星々や天体が浮かび、昼も夜も関係なく瞬いている。

 

 天頂からは、どこから流れ出るのかも分からぬ巨大な滝が光の粒を散らしながら落ち、雲を突き抜けて下界へと注ぎ込んでいた。

 すべてが神々しく、すべてが静謐で、ただここにいるだけで心が洗われていく。


 俺は思わず息を呑んだ。


「……これが、天界……?」

 声が自然に漏れる。胸のざわめきが、静かに安らいでいく。

 たしかに、この世で最も美しい場所だと設定したのは俺なのだが、想像以上であった。


 ルナテミスは剣の柄に手をかけたまま、しかし感嘆を隠せずに見渡した。

「修一……この雲、食べられたりしないだろうか!?」


 エリは目を細め、滝の煌めきに髪を揺らしながら呟いた。

「なんて皮肉でしょうね……これほど美しいのに、下界は終焉に呑まれ続けているなんて」


 シャーリアは猫耳をへこへこ揺らしながら、子供のように跳ねていた。

「すごいですっ! すごいですみゃあっ! まるで星の海を泳いでるみたいにゃろす!」


 グラウスは腕を組み、けれど唇の端を少し緩めている。

「さしづめ、御伽の国だな」


 そんな会話を交わしながら、俺たちの視線は自然と正面へと導かれていった。

 そこには、雲と光で編まれたかのような、巨大な城のような建物がそびえていた。


 塔は星々を貫き、白金に輝く門が堂々と口を開いている。

 俺たちは互いに頷き合い、その城の中へ足を踏み入れた。


 中はまさしく荘厳なエントランスホールだった。


 天井は高く、雲母のように透き通った光のシャンデリアが下がり、白大理石の床には金の紋章が刻まれている。

 けれど神聖なだけでなく、意外にも「現実的」な空気が漂っていた。


 受付カウンターには数名の天使が並び、手元の光る板――コンピュータのようなもの――を操作している。

 周囲では翼を持つ天使たちが、書類を抱えて走り回ったり、空中を羽ばたきながら連絡を取り合ったりしていた。


 彼ら彼女らは皆、白や淡い水色の衣をまとい、背には純白の翼を携えている。

 男も女もみな美しいが、その美しさは彫刻的であり、どこか「人ではない」という隔絶を感じさせた。


 俺はカウンターの前に出て、勇気を振り絞って声をかけた。

「あの、すみません。――イグフェリエル=テラ=オルディアは、ご在室でしょうか」

「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 受付の天使は涼やかな笑顔で会釈し、光る板に手をかざした。

 指先が滑らかに走り、光の文字が幾重にも浮かんでは消えていく。

 

 しばしの検索ののち、彼女は首をかしげ、淡々と告げた。


「……申し訳ないのですが、此方で確認させていただいたところ、

 現在、『イグフェリエル=テラ=オルディア』という名の天界の民は登録されておりません」


 俺たちは、一瞬、耳を疑った。

「……え?」と声が漏れる。

 

 ルナテミスが眉を寄せる。

「どういうことなのだ……?」


 俺たちが首をかしげていたその瞬間、天井のはるか上から、澄み切ったがどこか圧を孕んだ声が響いた。


「――それに関しては、妾が説明させていただきましょう」


 言葉と同時に、天井の光が裂けるように広がり、光輪をまとった影が降り立つ。

 その姿がエントランスに現れた途端、周囲の天使たちは驚愕と畏敬の声を上げ、一斉に平伏した。


「おお……大天使様……!」

「御身の光栄なる降臨に、感謝を!」


 場の空気が一変する。

 俺は思わず唾を飲み込んだ。


 降り立った大天使は、他の天使たちとはまるで別格の存在感を放っていた。

 白銀の髪は流れる星河のように揺れ、瞳は蒼穹そのものを閉じ込めたような深さを持つ。

 

 全長はグラウスの数倍は大きく、一般的な男性であれば思わず見惚れるほどに、婀娜しい身体を宿していた。

 ――かく言う俺も、その一般的な男性のひとりである。

 

 そして、背後には翼だけでなく、幾何学模様が幾重にも重なった光輪がゆるやかに回転していた。

 光と影が交錯し、見るだけで心が震える。


 「神々しい」という言葉では到底足りない。

 そんな姿を、彼女はしていた。

 

 大天使は片手を胸に当て、柔らかい笑みを浮かべて告げた。

「お初にお目にかかります、創造主様。

 妾の名は《大天使シェラフィアス=エル=ヴァルハイル》。

 現在の天界において最も高き座を預かる者にございます」


 その声音は慈愛に満ちていながらも、空気を押しつぶすような重圧を纏っていた。

 俺は息を呑みながらも、なんとか口を開いた。

 

「……で、イグフェリエルは……どうして天界にいないんだ?」


 俺の問いに、シェラフィアスは静かに目を伏せた。

 その一瞬、場の空気がさらに張り詰める。

 やがて彼女は、悲哀を帯びた声音で語り始めた。


「救星神イグフェリエル様は……かつて、誰よりも人々に希望を与える象徴でありました。

 ですが――終焉の穴による災厄が続き、世界は破滅の影に覆われていった。

 民は希望を失い、その矛先を……愚かにも最も輝いていた救星神に向けたのです」


 ルナテミスが思わず一歩前に出る。

「……まさか、それで……」


「はい。

 非難は嵐のように吹き荒れ、彼女は“希望の象徴”であることすら許されなくなりました。

 やがて、すべての責を背負うかのように……彼女は救星神の座を辞し、堕天なさったのです」


 その言葉に、俺の背筋を冷たいものが駆け抜けた。

 あの誰よりも優しく、誰よりも強かった存在が――自ら堕ちていったというのか。


 俺は一歩前に出て、大天使シェラフィアスに問うた。

「……それで、イグフェリエルは今、どこにいるんだ?」


 その問いに、シェラフィアスは目を伏せ、わずかにため息を吐く。背後の幾何学の環がひときわ強く輝き、彼女の神々しさを一層際立たせた。


 「――下界です。

 テフ=カ=ディレム、その深淵のどこかに潜んでおられるとしか……。

 大天使の眼でさえも、未だその所在を、正確に捉えることが叶わぬのです」


 重く落ちる言葉に、空気が静まり返る。


 そのとき、大魔女エリザシュア・ルミナが裾を翻し、毅然と声を上げた。

 「では、答えは一つですね。

 もう一度下界に降り、イグフェリエル様を探す他ございません」

 その瞳には決意の光が宿り、迷いの影は一切なかった。


 俺は頷きつつも、最後にどうしても気になって大天使に問いかけた。

「……終焉の穴。お前たち天界は、その居所を掴んでいないのか?」


 シェラフィアスは申し訳なさそうに両の手を組み、深々と頭を垂れた。

「――はい。こちらの方でも調査を進めてはおりますが、未だ霧の中……。

 創造主様に、このようなご不安を抱かせるのは誠に心苦しいのですが……妾たちの力をもってしても、未だ特定は叶いません」


 その答えを聞いた瞬間、俺の胸の奥に冷たいものが走る。

「……そうか。わかった」


 俺は短く息を吐き、振り返って仲間たちを見た。

 

 ルナテミスは静かに頷き、グラウスは「創造主様が決められるならば」と柔らかく微笑む。

 シャーリアは不安げに唇を噛みつつも、その瞳には勇気を灯していた。

 エリはすでに迷いを捨てた眼差しで前を見ている。


「なら……決まりだ。天界はここまでにして、下界に戻ろう。イグフェリエルを探し出すんだ」


 そう告げた俺たちは、大天使シェラフィアスの威容を背に受けながら、天界の白光の城を後にする。

 眩い雲の海が遠ざかり、やがて俺たちの足元を照らすのは再び――荒れ果てた砂と、地割れに裂かれた大地だった。


 下界の街を目指し、救星神イグフェリエル=テラ=オルディアの探索が始まろうとしていた。

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