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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第2章 『氷結の月影林《フロストムーン・ルミナ》』

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第21話 魔女の悲劇

 舞台の上、鎖の破片がまだ床で転がっている。

 モルフィーナを抱きしめる俺の背後で、魔女エリザシュア・ルミナはかすれた笑い声を漏らしていた。

 

「……ふふ……ふふふ……っ!」

 

 笑いはすぐに歪み、顔が紅潮していく。

 

「クソッ……! 折角の壮麗なる劇場だったのに……悉くぶち壊しにしやがってぇぇェ……!」

 袖口を噛み、足元を蹴り、魔女はまるで子どものように舞台を踏み鳴らす。

 その顔には悔しさと憎悪が絡みついていた。


 その時だった。

 

「いいえ、まだ終わりなどではありませんよ――」

 どこか落ち着いた、けれど鋭く響く声が劇場に流れ込んだ。


 客席が一斉に振り返る。

 舞台の奥に向けられた無数の視線。


 その先、天井から降りたスポットライトが、ゆっくりと一人の影を照らし出す。


 ――魔王ディアーナ。

 その姿は悠然と椅子にもたれ、背筋を伸ばしていた。

 黒い外套の裾が揺れ、薄く笑む唇の端に牙が覗く。


 俺はその姿を見て、心の奥で思わず安心してしまう。


 魔王は席を立ち、舞台を見下ろすように片手を上げた。

 

「さあ――最後の演目を始めましょうか」

 その声は低く、けれど劇場全体を満たすほどよく通った。

 

魔女の悲劇トラジェディ・オブ・ウィッチ、ただいまより開幕です!」

 

 ざわめきが観客席を駆け抜ける。

 エリザシュア・ルミナの顔色が一瞬にして蒼白になった。

 

「やめろ……やめて……見ないでぇっ!!」

 これから起こることを察し、魔女は耳を塞ぎ、背を丸めるようにして叫ぶ。


 しかし、その叫びは誰にも届かない。


 人形師たちの糸が動き出し、暗闇の奥から小さな木偶が姿を現した。

 観客席は息を呑み、あらたな人形劇の始まりを待つ。



 ◇ ◇ ◇



 森は灰色の朝霧に包まれていた。

 

 魔族と人間の戦争が長く続き、森に住むエルフたちは魔王軍の治療班として奴隷のように使われていた。

 争いを好まぬ魔女エリザシュアも、まだ少女の面影を残したまま、その一人だった。


 彼女は深夜まで負傷兵の治療を強いられ、魔力も体力も尽き果て、ただ静かに目を閉じることしかできなかった。

「あぁ、だれか……たすけて」

 小さく呟いた声は、湿った土に吸い込まれて消える。


 その日、森の奥に異変が起きた。


 激しい怒号と鉄のぶつかる音、弓矢の飛ぶ音、そして鎧のきしむ音が迫ってくる。

 檻のように張り巡らされた蔓が切り裂かれ、焔に包まれた空間にひとりの兵士が現れた。

 

 彼の名はオサム。

 鎧は傷だらけで、剣には泥と血がこびりついていたが、瞳だけは真っ直ぐで澄んでいた。


「もういい、君たちは自由だ!」

 

 その叫びとともに、鎖が次々に断ち切られていく。

 エリザシュアは呆然と立ち尽くし、彼の背中を見つめた。


 長い間忘れていた「救われる」という感覚が胸に広がっていく。


「……どうして……貴方は……わてちしたちを助けてくれたのですか……?」

 かすれた声で問う彼女に、オサムは手を差し伸べた。


「争いを好まない君たちエルフに、戦う理由なんてない」

 

 その手は荒れて、傷ついていたが、温かかった。

 エリザシュアは震える指先でその手を取る。

 途端に、胸の奥にあった凍りつくような恐怖が、ほんの少し溶けていった。


 その後、恩を感じたエリザシュアは、一刻も早くこの戦争を終わらせるため、兵士オサムに従軍することになった。

 

 剣の振り下ろされる前に彼が盾となり、魔力が尽きる前に彼女が治す。

 

 血の匂いと火の粉の中で、二人は何度も互いの命を繋ぎ合った。

 戦争が終わるころには、彼女の心の奥にこびりついていた恐怖や憎しみが、いつの間にか別のものに変わっていた。


 時は流れ、森の戦火が消えたあと。

 川のほとりに咲き誇る花々の間に、二人の姿があった。

 

 鎧を脱ぎ、粗末な服に着替えたオサムは不器用に花を摘み、エリザシュアの髪に差し込む。

 彼女は籠いっぱいに野の花を集め、彼に渡しながら微笑んだ。


「オサムくんと、こうしていられる日が来るなんて……夢みたいです」

 彼は少し照れたように笑い、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「それもこれも、君が俺の命を、何度も救ってくれたからだ。エリザ」


 ――いいえ。救われたのは、わてちしの方です。


 川辺の風が二人の頬を撫で、花弁が水面に散って流れていく。

 エリザシュアは胸の奥に芽生えた思いを、言葉にしようと決めていた。

 

 「ねえ、オサムくん……わてちし、貴方に伝えなければならないことが……」

 

 その時だった。


 空が裂けるような音が響き、世界の奥に黒い穴が開いた。

 

 そして、その穴の暗闇から、ゆっくりと影が這い出してきた。

 空気がひんやりと振動し、床にわずかなざわめきが走る。


 その姿――門番(ヴァルゲート)

 

 巨大な影が、漆黒の輪郭を揺らしながら、まるで生き物のように這い出す。


 鋭い爪先が地面をかすめるたび、金属が軋むような音が低く響いた。

 エリザシュアが息を呑む間もなく、オサムは彼女の前に立ち、剣を構えた。

「逃げろ、エリザ!」

 

 瞬間――鋭い爪が彼の腹を切り裂く。

 

 鋼のような痛みが空気を切り裂き、血の匂いが風に混じって漂う。

 深紅の液体が地面に飛び散り、わずかな光を受けて煌めいた。


 エリザシュアは、意外にも冷静だった。

 その甲斐あって、彼が助かる見込みがないことをその刹那に悟る。

 

 心臓が凍りつくように張りつめ、息を吸うのも忘れた瞬間、彼女の反射が世界を覆った。


 一瞬にして、空気が凍る。

 視界の光景が白い結晶の膜に覆われ、血の赤も、爪の閃光も、風に揺れる埃さえも止まった。

 時間そのものが息を潜め、北の森は氷の牢獄と化した――。

 

 ――無謀な延命。

 

 この氷を解けば、ほんの刹那で彼の命は潰える。

 あまりに強度すぎるこの氷は、魔術の類を弾くため上から治癒を施すことはできない。

 

 だからと言って氷を解き、その短い間に傷を修復することは、現状不可能。

 いや、数百年、数千年間腕を磨いたとて、その願いは不可能。


 圧倒的に魔術を組み、実行する早さが足りない。


 氷の上から、彼女はオサムを腕にぎゅっと抱きしめ、声にならない声で泣きじゃくった。

 

 小さな肩を震わせ、嗚咽が胸の奥から溢れ出す。

 手足もぶるぶると震え、唇は真っ赤に噛みしめられたまま。

 「いや……いやぁ……やだぁ……!」


 氷の冷たさが皮膚を刺し、頬を伝う涙が凍りそうになるのも気にせず、彼女は小さな身体を震わせながら泣き続けた。

 凍った森の中で、彼女はひとり取り残された。


 その瞬間から、彼女の中で何かが変わった。

 

 あの穴はどこから来たのか、どうして世界が崩れたのか。

 調べていくうちに、創造主が創造の手を止めたせいだと知った。

 

 そして、温厚だった少女の心に、ゆっくりと憎しみの種が芽吹いていく。

 創造主を呼び寄せ、この手で裁く日が来ることを願いながら、彼女は転移魔術の術式を組み立てていったのだった。


 こうして、かつて温かな心を持っていた少女は、復讐の魔女となった。


 ――おしまい。おしまい。



 ◇ ◇ ◇




 舞台の幕がゆっくりと閉じ、観客席にどよめきが走った。

 

 劇場の空気はまだ熱を持っているのに、俺は妙に静かだった。

 

 さっきの人形劇で暴かれた魔女エリザシュアの過去。

 ──優しすぎるが故に、身を削ってでも誰かを救おうとしていた少女の姿。

 そしてその果てに、喪ってしまったもの。

 

 自分を殺そうとまで思うほど彼女が自分を憎んでいる理由が、今なら骨身に染みて分かる。

 「……エリザシュア……」

 俺は胸の奥で静かに呟いた。


 そのとき、舞台の上の魔女が顔を上げた。

 頬は紅潮し、瞳は揺れ、唇はわずかに噛み締められている。

 

 「おのれ……おのれっ! 魔王ディアーナッっ!

 どうして……どうやって、貴方が……わてちしの過去を覗けたのよ……!」

 その視線は、観客席のスポットライトに照らされた魔王へと突き刺さる。


 彼はゆっくりと立ち上がり、胸の前で指先を組んだ。

 

 「創造主様のために、何か出来ることはないのかと考えた我は、君が築いたこの魔術世界の核を探し始めました。

 そうすると深く、深く地面を掘り進めた先の小さな空洞に、安らかな顔で眠る“もうひとりの君”がいました。」

 

 低く重い声が劇場全体に響く。

 「触れようとした瞬間、とんでもない凄絶な反射魔術を食らいました。……が、この右腕を犠牲にして、やっと核に触れ、世界に刻まれた記憶を垣間見たのです」

 

 その声音には誇りと悔しさが同居していた。

 焦げ付いた右腕を見せながら、魔王はさらに言葉を重ねる。

 

 「このままでは、何も語られずに終わってしまうなどと危惧しておりましたが……

 漸く、真実が明るみになったという訳です。

 君がどんな想いで、創造主を憎んでいたのか。――そして、どれほど孤独だったかも。」


 エリザシュアの肩が小さく震え、視線が揺れた。

 

 「……あーあ、ぜんぶ、全部……見られちゃったわけなのですね……」

 深く息を吸い、吐く。その姿はどこか吹っ切れたようだった。

 「もうどうでもいいや。だったら、肉皮を裏返して全身が赤く染まるほどに、開き直ってやる……!」


 彼女は舞台の中央に歩み寄り、俺を見据えた。

 

 瞳は涙に濡れながらも、激しい怒りと哀しみを宿している。

 

 「あぁ、そうさ! わてちしは、オサムくんのことが……世界でいちばんいちばぁん好きでしたっ!!

 でも、創造主様が……お前ぇがこの世界を途中で放り出したせいで世界は終焉へと向かい、彼もその影響を色濃く受けた!!

 わてちしの大好きな人が……あんなふうに……っ」

 言葉が詰まり、唇が震える。


 やがて、鬱憤を晴らすようにで、吐き出すように言った。

 「憎くて、憎くて……どうしようもなかった!

 何度食事を済ませても、何度眠っても、この胸の黒い炎は消えなかったッ!」


 エリザシュアは、ひどく疲れたように息をついた。

 そして、一切の抑揚がない声で、言葉を紡いでいく。


 「わてちしは……分かっています。復讐っていうのは、ただの報いじゃないってことを。

 愛する者を奪われた痛みで、誰かを壊したところで、その穴は埋まらない。

 それどころか、新しい穴を生むだけだってことを、わてちしは……分かっているのです」


 その瞳は、どこか遠い彼方を除くような虚ろな目で、心なしか瞳孔が大きく開く。

 

 「創造主様にも、きっと、友情を知る人たちがいる。家族がいる。笑いあった記憶も、肩を並べた日々もある。

 もし――もし貴方をこの手で消すのなら、その人たちはまた、わてちしと同じように喪失を抱えることになる。

 誰かが泣くことになる。あの時の、あの胸を刃で抉られたような痛みを、誰かに味あわせることになる」


 声は低く、か細く震えた。

 指の爪が肉を食い縛るように食い込み、白い恐怖の線が掌に浮かぶ。


 「そんなことは、当の昔に、分かっています。分かっているのですよ。

 ――でも、それでも……」


 言葉が引き裂かれる。彼女は髪をかき上げ、荒い息を吐いた。

 かすれた笑いが漏れる。笑いはすぐに嗚咽に変わり、唇が震えた。

 

 そして、豹変する。


 「そんなこと、わてちしには知ったこっちゃねぇぇぇえええんだよッッ!……!」

 

 声が張り裂ける。

 

 叫びは劇場の空気を引き裂き、スポットライトの白が彼女の輪郭を鋭く刻む。

 涙が溢れ、頬を伝って落ちる。

 だがその涙は怒りの塩を含み、憎しみの火を更に燃え滾らせる。


「だから――」

 彼女はそう続け、己が出せる声を限界まで絞り上げ、こう言い放つ。


 「今からお前ェェえをよぉ、ぶっ殺してよぉぉ!

 骨も臓も血潮も、余すところなくいただき、究極のフルコースに仕立て上げてやんよぉぉ!!」

 

 その声音は上品に響きながらも、刃のように鋭く、罵りにも似た汚い響きを帯びていた。

 エリザシュアの周囲で魔力が揺らめき、劇場の天井から光の粉がぱらぱらと降り注ぐ。

 彼女の心の奥に積もった愛と憎しみと孤独が、いまや全て混ざり合って吹き出そうとしていた。


 魔女エリザシュア・ルミナは深く息を吸い込み、地面に膝をつく。

 低く震える声で、耳に刺さるような魔術の詠唱を紡ぎ始めた。


「――ああ、焦がれし光よ、胸を灼きし影よ

 愛を乞うた唇が、いま呪いの詩を紡ぐ


 白瓷の胸に焦がるるは 恋の余燼

 紅玉の舌に滲みいづるは 怨の蜜

 恋焦がれし記憶は血の環に、赦さぬ祈りは刃となりて

 

 愛はわが身を蝕み、

 憎はわが魂を織りなす。


 朽ちよ理、ほどけよ鎖

 沈みし月よ、わが血潮に濡れて舞へ。」

 

 その言葉が響くたび、舞台の床から黒い瘴気の霧が渦巻き、空気は粘度を持ったかのように重くなる。

 

 声が強まるにつれ、魔力の奔流が彼女の身体を貫き、皮膚が黒く艶めき、血管は青黒く浮き上がる。

 髪は逆立ち、無数の細い触手のようにうねり、瞳は深紅の炎を宿す。口元は裂け、牙がむき出しとなり、吐息とともに瘴気が吹き出る。


 全身の骨格がねじれ、関節が異常な角度で曲がり、背中からは巨大な翼とともに触手ともつかぬ瘤が伸びる。

 手の指は長く鋭く伸び、爪先から黒い炎が垂れ落ちる。身体のあちこちにひび割れのような瘴気の筋が走り、まるで内側から憎しみそのものが炸裂しているかのようだった。


 舞台全体が歪み、光がねじれ、周囲の空気は硫黄のような臭いと鉄の匂いで満ちる。

 観客たちは恐怖で息を呑み、背筋が凍る。まるで憎しみの化身そのものが目の前に現れたかのようだった。


 魔女の詠唱は止まらず、声は低く、地鳴りのように響く。


 「――|墜月、蒼穹なる星の向こうへ《アウス・フォール・フェザトゥーラ》」

 

 その瞬間、舞台の床が裂け、瘴気が渦を巻きながら天井へと吸い上げられる。

 彼女の身体からは、暗黒の触手や骨の突起が次々と生え、もはや人間の面影は残っていなかった。


 ――憎しみの炎の、化身となったのだ。


 観客席はざわめき、立ち上がる者が続出する。誰もが恐怖に慄き、舞台から距離を取ろうとする。

 

 だが、そんな中で俺の横に、平然と現れた魔王ディアーナは静かに問う。

「魔術世界の核に接触したときに、彼女から『没世界の管理者』という肩書きを剥奪しておきました。

 ですので、今の(みこと)でも十分に対抗できるとは思いますが、お力添えは必要ですかな」

 

 漆黒のマントを揺らし、瞳にはどこか楽しげな光が宿る。


 俺はゆっくり首を振った。

「いや……俺ひとりで向き合う。彼女の憎しみに、逃げずに、真っ向から……」

 

 そして少し視線を落とし、人形モルフィーナや観客に目を向ける。

「でも……あいつらには危害が加わらないようにしてくれ。お願いだ」


 彼は微笑み、すぐにその願いを受け入れた。

 

 舞台と観客席の間に透明な魔術の防護障壁が立ち上がり、誰ひとりとして危険にさらされない状態が確保される。

 観客たちはそれでも安堵の息をつく暇がなく、常に全身が強張ってしまっている。

「お父ちゃん…!!」

 モルフィーナはひとりだけ危険な場所に未だに立ち尽くしている俺を、心配そうに眺めることしかできなかった。


 魔王ディアーナはゆったりと座り込み、手元のポップコーンを口に運ぶ。

 特等席で、舞台の異形の魔女を見つめながら、まるで映画でも見るかのように楽しんでいる。


 舞台全体を覆う瘴気が渦を巻き、魔女の異形の姿からは圧倒的な魔力がほとばしる。

 

 空気は重く、視界が歪むほどの力の奔流に俺の体が押し返されそうになる。

 全身が凍りつくような圧力、指先に触れれば骨まで砕かれそうな威圧感。

 

 だが、俺は一歩も引かず、手に握る創造の筆を空中にかざした。


 ペン先が輝き、空気を切る音とともに青白い光の軌跡が生まれる。

 俺の意思に従い、光の線が空中に二本の剣として浮かび上がった。双剣はまだただの描かれた線に過ぎない。


 魔女エリザシュアは笑みすら浮かべず、圧倒的な力を振るう。

 瘴気の触手が空中を裂き、骨のような突起が剣を押しつぶそうと迫る。

 

 双剣は柔らかく、空気を切る音だけが虚しく響く。

「このなまくらじゃ、攻撃を受け流すことも叶わないのか……っ!」

 そのとき、この劇場の特等席に座っている魔王ディアーナがひときわ冷ややかな笑みを浮かべ、口にする。


「……ふふ、我が誇る至高の下僕ルナシスファル・セリューヌ、その双剣よ。

 君たちは今日より、”極夜”と”白夜”と名乗り、主のために猛威を振るいなさい」


 魔王が発する言葉と同時に、俺が携える双剣に”格”が与えられる。

 俺は再び筆を取り出し、理論構築を為す。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――対象:ルナシスファル・セリューヌが携える双剣 「極夜」「白夜」

 ――理論:「魔王の下僕として、魔王ディアーナの威光を体現する存在」

 ――副理論:「魔王ディアーナが認め、名付けた究極のふた振り」

 ↓

 ――結果:「極夜」――深淵より昏き刃、使い手の心が闇に沈むほどその切れ味は増し、世界を裂く。

      「白夜」――極光より白き刃、使い手の心が昂ぶるほどその光は鋭く、魂を癒す。


      「極夜」と「白夜」を同時に携帯することで、持ち主の魂は“昼と夜”の境界を越え、感情の振幅そのものが力に変わる。

      絶望の底に沈むほどに破壊力は増し、希望の光に満ちるほどに再生力が高まる。

      二つの極が共鳴した時、使い手は“終わりなき黄昏”の化身となり、世界の法則すら侵す斬撃を放つ。


 ――理論は、構築された。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

 

 軌道の精度、衝撃吸収、反発力。

 

 双剣は、もはや単なる光の線ではなく、理論構築によって魔王の下僕ルナシスファル・セリューヌが携える双剣としての機能を獲得した。

 空気の振動が伝わると同時に、魔女の瘴気の攻撃を受け流す力が宿る。


「これなら…!」

 

 俺の目が輝く。

 双剣を握る指先に確かな感触が戻り、攻撃を受け流し、瘴気の触手を切り裂くことができる。

 エリザシュアの猛攻が次々と迫る中、空中で光の双剣が弧を描き、瘴気の波を跳ね返す。衝撃が舞台を揺らし、黒い瘴気が裂け、舞台の床がひび割れる音が轟く。


 それでも彼女は、力押しを緩めない。触手がさらに絡み、骨の突起が矢のように飛ぶ。

 

 しかし俺は双剣を縦横に操り、理論構築を施された剣の軌道で攻撃をいなす。

 一本の光の刃が魔女の腕をかすめ、黒い瘴気が弾ける。空気が裂ける音、瘴気が空間に拡散する音、双剣の振動が指先に伝わる。


 俺の胸には、仲間の想いと、この世界をただ救いたい絶対の希望で燃えていた。

 魔女の圧倒的な力の中で、光る双剣が初めて“応戦”できる武器として躍動する――まさに、理論と信念が具現化した瞬間であった。


 「……きっとオサムくんも、貴方のことを殺してほしいと心から願っている!

 だから、はやく殺されやがれよおぉぉお!!」

 

 エリザシュアは、喉が裂けるほどの叫び声をあげる。

 舞台全体が揺れ、赤黒い魔力が稲妻のように走り、観客席の障壁をバチバチと叩く。


「オサムが……あいつがそんなこと言うはずねぇだろ!」

 俺の叫びが、魔女の咆哮に真っ向からぶつかる。

「きっとあいつなら、


 ――エリザシュア、君みたいな可憐で心優しい子が手を汚さないでくれ。


 ……って、そう言うはずだぁ!!」


「――やめろぉぉ、聞きたくない!!喋るんじゃねえぇぇえ!!」

 

 魔女の声が悲鳴に変わる。髪が千切れるほど掻きむしり、血走った瞳から涙とも汗ともつかぬ雫が飛び散る。

「そんな“つくられた”彼の言葉なんて聞きたくない!

 お前ぇが、ただ殺されるのがいやだからって……死者の魂をもてあそばないでぇ!!」


 しかし、俺はその叫びの中で、逆に低く、冷淡な声を絞り出す。

「……いや、本当にあいつならそう言うんだよ。それをこの世で一番知っているのは、俺だ。

 ……だってあいつは、


 オサムは――俺なんだから」


 その言葉と同時に、俺の額から汗が滝のように流れ落ち、顔のペイントが溶ける。


 エリザシュアはその俺の隠されていた素顔に、驚きを隠せないでいた。

 

 なぜなら、そこに浮かぶ面影は、かつて戦場でエリザシュアを救った兵士オサムとそっくりだったのだから。

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